Fate/Grand Order 第四特異点-死界魔霧都市 ロンドン-   作:やすべえ

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死界魔霧都市、ロンドン
聖杯探索、発令


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「おはようございます。先輩」

 その日は、自らのサーヴァントの一言によって始まりを告げた。普通、朝日が目に差し込んで目が覚めるという事があるだろう。だがカルデアにおいて、朝日という物は存在しない。窓という無用な長物は必要ないからだ。職員にとって天気とは、レイシフト先の天気を指す。外の天気など気にする必要はこれっぽっちもない。だが、それでも外の天気を見たいという変わり者の為に、ダヴィンチちゃん天気予報が毎朝行われている。最も、閲覧者は二名だけだが。

「今日は良い天気ですよ。昨日とは違って、一つ先の山を見る事ができます。吹雪ではありますが」

 一人は彼女――マシュ・キリエライトである。彼女は毎朝、決まって外の天気を確認する。()()()()()()と教えられたのだそうだ。曰く、

『いいかいマシュ。挨拶も大事だけど、人間関係を円滑にする為に必要な物はあと二つあるんだ。小粋なジョークと、天気の話。前者は重い空気になった時に必要になる。所長が不機嫌な時に言ってみるといい。きっと最高の笑顔を向けてくれるよ。後者は……会話をする前置きみたいなものさ。会話の糸口は何だっていいんだけど、天気っていうのは自然と皆が食いつく話題だ。ここではあまり必要はないけど……外ではよく使うから。覚えておいてくれ。ここから出る事が必ず来る。その時にきっと役立つよ』

 二人目はマシュに天気の大事さを物語ったドクター・ロマンその人である。彼なりにマシュの事を心配しているのか、それとも天気について語り合える友人(同胞)が欲しかったのかは分からない。

「――顔色が優れないようですね。あまり眠れなかったのですか? 何か、その。夢を見たとか」

「怖い夢を見たんだ」

「……それは。どんな夢でしたか?」

「よく覚えていない」

「そうですか。良かっ、い、いえ。何でもありません。怖い夢ならば、覚えてない方が良いと、そういう意味です。ところで先輩」

 コホン、と咳をする。マシュはずれた眼鏡を正し、目的を口にする。親愛の響きを込めて。

「朝食は取られていないですよね? よろしければ、ご一緒にと思いまして。」

 

 ◇

 

 カルデア食堂。生き残った職員達でなんとかやっているところまで回復したのは、投影と呼ばれる魔術を駆使する変わり者のアーチャーの力による所が大きい。台座としての機能すら失ったIHコンロ、事故に巻き込まれて一度も使われる事なく生涯を終えた包丁セット。漏れまくりの蛇口。その全てを元通りにやってのけるのはサーヴァント界広しと言えど、エミヤ以外にいなかった。その功績により、エミヤには食堂王(コックマスター)の称号が与えられているのだが、そんなエミヤさんは毎日のように戦いに身を投じていた。そう。後の世に語り継がれる事のない第三次カルデア朝食戦争である。

 

「だから! この味噌汁だのおひたしだのはいらねぇから、ガリッガリに焼けた肉と! ラムを持って来いって言ってるんだよ」

「朝から酒にステーキだと? ――笑わせる。朝からそんな物を摂取するとは。もし、このカルデアに敵が攻めてきた時はどうする? ()()()()()()()()()()()()()()()()なんて醜態を晒す事になるぞ」

「栄養価だかなんだか知らないけどねぇ。()()()()()()()()()()()()なんて事にならないように肉とラムを持ってこいって言ってるんだ……いいかい? アタシは海賊だよ? 食いたいもんを食ってやりたい事をやる。それが力の源さね!」

「君の食生活は大いに問題がある。いや、問題しかない。サーヴァントが病気になるかどうかは分からないが、なる可能性だってある。体調を管理し、来るべき戦いに備える事が大事なのだ」

「食生活に問題だ?野菜だって食べてるじゃないか。なんだっけ?あの……緑の、長い」

「胡瓜か?」

「そう! キューリ! あれなら食べてるじゃないか。あれとビアの相性は最高だねぇ。ここに来て良かったのはラム以外の酒の味を知れた事さ! ほら、栄養、ちゃあんと取ってるだろ?」

「胡瓜は栄養価が最も少ない野菜だ。あれだけを食べて栄養を摂取したつもりか! 馬鹿者め! それに君はいささか塩分を過剰摂取している。脳卒中で死ぬ英霊など見たくない。本来であるならば精進料理にしようと言っている所だ。分かったら、ありがたくこのほうれん草のおひたしを食え! たわけ!」

「なんなんだいアンタ。いつのまにコックにクラスチェンジしたんだい。アーチャーの名が泣いてるよ?」

「私とて好きでエプロンなど身につけているわけではない。だが、私がこの場に立たんと食生活が堕落する奴らばかりになるではないか!」

 アーチャーはほうれん草の入った器をカウンターに置きながらガァーっと捲くし立てる。カルデアではこの男が執事(バトラー)のサーヴァントではないかと言われつつあるのだが、反対する派閥もある。曰く、

『彼は執事じゃない。オカンだ。お母さん(オカン)のサーヴァントなんだよきっと。マギ☆マリも僕の意見に賛成してくれた』

 そう言われると執事よりもオカンの方が納得できる。願わくば、彼が新たなクラスを取得しない事を祈る。お玉とエプロンが宝具のサーヴァントなんて、人類史を救済する役に立ちそうも無いからだ。

 役に立ちそうと言えば、ここカルデアは人類史を救済する為の機関。そう、聖人が何人もいるこの場所(カルデア)で争いは長く続かない。勃発すれば颯爽と現れ、解決に導くのが彼らなのだ。世界を救う前に、身の回りから救う。身辺を救済出来ないのに世界を救済出来る道理は無かった。

 ……無かったのだが、ジャンヌ・ダルクとゲオルギウスは朝の礼拝中でこの時間帯は自室に篭っている。今現在食堂にいるの聖人はマルタのみ。

「あぁ、神よ。どうか彼らをお止めください」

 困ったような顔をしているが、口元が緩んでいる。心の中ではきっと“もっとやれ”と思っている事だろう。この二人を止める気など、さらさらなかった。困った聖女である。

 

 

「今日もエミヤさんは怒っていらっしゃいますね」

 マシュは自分の分とマスターの分の朝食を受け取り、テーブルに戻ってくる。勿論、騒いでいるサーヴァント達とは離れた場所に席を取った。彼らの戦いに巻き込まれたくはないと判断した為である。シールダーのサーヴァントではあるが、彼女の盾は宙を行きかう箸やらお手拭やらを防ぐ為に使われるべきではないのだ。

「カルデアって、毎日こんな言い争いが起こっているんですか?」

「アンさん。メアリーさん。おはようございます。今日はいい天気ですよ」

 同じタイミングで、海賊二人が席につく。トレーにはパンとワイン。これでもか、という量のカリカリに焼けたベーコンとキャベツをパンで挟み、上からナイフで貫く事で辛うじてサンドされている。間違いなくサンド界の革命児であった。勿論店頭に並ぶ事は無いだろう。

 アン・ボニーとメアリー・リード。第三の特異点を修正した後にカルデアに招かれた新たな戦力である。()()()()()のサーヴァントであり、その抜群のコンビネーションは宝具として昇華された。その特異なあり方にも驚かされるが、何より驚きなのは、アンよりもメアリーの方が年上だという点であろう。

「おはようございます。マシュさん、マスター。いい天気……なんですか?いつ外を見ても吹雪だって聞いてますけど」

「おはよう。そうだね。アンの言う通りだよ。いい天気っていうのは雲一つ無い見渡す限りの蒼い空の事を言うんだ。思わず手を伸ばしたくなるような、そんな自由な空だよ」

「は、はぁ。それはそうなのですが。でも、カルデアで一つ向こうの山が見えるというのは珍しい事で」

「言葉が違うのです。『いい天気』ではなくて『マシな天気』が正しいのでは?」

「……なるほど。勉強になります」

 マシュは一度深く頷き、笑顔を向ける。彼女にとって、外の意見は貴重であり、かけがえの無い物。だから、覚えようとする。

「ところで、先ほどの話ですが。この言い争いは日常なんですか?」

「いえ、エミヤさんはここ最近こうなりました。少し前までは先輩や職員の方々のお手伝いをされるくらいだったのですが……」

「ドレイク船長が来てからこうなったって事?」

「そうですね。言ってしまえば」

「ふーん……まぁ、知り合いみたいでしたから。エミヤさんも嬉しいんじゃありませんか?久しぶりに会う悪友、そんな感じでしょうね」

「ふ、二人はお知り合いだったのですか?エミヤさんは二十一世紀の英霊。知り合う事なんて」

「――月の聖杯戦争。そう呼ばれた聖杯戦争で戦った事があるらしいよ」

「な、なんという事でしょう先輩!月で聖杯戦争があったなんて!」

「詳しくは知りませんが、彼女がそう言っていました。()()()()()()()()()と」

 通常、聖杯戦争に参加したサーヴァントが記憶を持ち越す事は無い。

 その理由は、聖杯戦争に参加するサーヴァントが本体ではないからだ。『座』と呼ばれる場所にサーヴァントはおり、そこからコピーされた者が戦争に参加する。故に、そこで何があったか、どのような事があったのかを知る事は出来るが、それを自身の体験とする事は出来ない。そこで何を得ても、何を失っても、その時だけのものに過ぎない。何時、何処で召喚されたという記録を読む事しか出来ないのだ。

 しかし、ここカルデアの召喚システムは少し違う。カルデアの召喚システムは他の聖杯戦争で使われる物とは違い、()()()()()する。

 アン・ボニー。メアリー・リード。彼女達とオケアノスで戦い、それを打ち破った。故に、後にカルデアで召喚された彼女達は第三特異点で戦った彼女達ではなく、座から召喚された別の彼女でなければならない。だが、彼女達は記憶を持っている。その時の感情や、会話の内容を覚えていたのだ。本来であれば、エミヤとフランシス・ドレイクのように知っているだけでなければおかしい。彼女達の違いをドクター・ロマンとダヴィンチはこう推察した。

 

『たぶんだけど、特異点で得た記憶はそのまま覚えている……んだと思う。特異点の聖杯によって呼び出されたサーヴァントの記憶はどこへ行くのか。座へと返る物もあるのだろうけど、聖杯に留まるんじゃないのかな』

『で、その聖杯をカルデアに持ち帰って、召喚システムを起動するだろう?触媒はその()()そのもの。縁が結ばれているわけだからね。で、特異点で出会ったサーヴァント達と契約する。だから、呼び出されたサーヴァントはその聖杯の記憶を持って現れるんじゃないかい?詳しい事はもうちょっと調べてみないと分からないけど。あくまでも私とロマニが考えた仮説さ』

 

 ようするに、特異点で得た記憶はカルデアの召喚システムを使う場合のみ引き継がれるのである。

「おはよう皆。お楽しみの所邪魔するよ」

 ふいに、軽薄そうな声がかけられる。ピンクブロンドの長髪を後ろで纏め、ポニーにしている姿が軽薄さに拍車をかけている事を彼は気づいていのだろうか。真面目な出で立ちであるならば――いや。その場合とっくに彼はいなくなっていただろう。

「悪いんだけど君とマシュは食事が済んだら管制室に来てくれるかい?ダヴィンチちゃんの調査報告があるんだ」

 

 

 彼の一言で仮初の休息は終わりを告げる。人類史を賭けた戦いが再び始まろうとしていた。

 

 

 ――余談ではあるが。

 食堂で勃発していた戦争は、礼拝を終えたジャンヌ・ダルクの手によって終戦へと導かれた。

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