英雄と鬼の婚約
この異世界に導かれてからというものの、元の世界では味わえない苦痛、驚愕、激怒、そして数々の大切な人達との出会いがあった。ナツキ・スバルの人生は良くも悪くも大きく変わったのだろう。
スバル自身をそれを良い方向に変わったと思っている。そんな中、今までで一番嬉しい出来事がつい先月起こった。否、起こしたと言うべきか。
満月が綺麗な夜に、その契りは結ばれた。
王選騒動が終わってからというものの、エミリアを王にした新しい王国は徐々にエミリアを受け止め、それと共に彼女の仕事が激務の一途を辿る事となった。
そんな中でスバルの立場といえば、仮にも騎士だが王を守る立場につけるほど突出した武力は持っておらず、知恵も死んでから死なない事に固執して生き残る事ぐらいしか脳のないもののため、武力のみは兵に頼るという形で収拾がついた。
ただし裏切りを図らない信頼や、来るかもしれない驚異を圧倒的に叩き潰す事の出来る力を持つ人間は少なく、そこで白羽の矢が立ったのは王国唯一の「剣聖」ラインハルトだった。
王戦絡みではライバルだったラインハルトだが、フェルトやその親類に値するロム爺の身の安全を王国側に保障してもらうことを条件に、エミリアを守る事を約束してくれた。
その時冗談半分に俺も守ってもらえたらなぁと呟いたら
「スバルがピンチなら約束なんてせずとも助けるよ。ただスバルに僕が手を貸さないと乗り越えられない壁なんてあるとは思わないけどね」
などと真剣な顔で言われたのだから、ラインハルトのスバルへの信頼は疑いようの無いものだ。
剣聖である彼にそこまでの信頼を置かれる程に、スバルはエミリアや、スバルに関わる多くの人達を救い、その人々に助けられてきた。
その中でもスバルが一番助けられて、一番助けたくて、一番守りたかったのは、スバルが一番辛い時にその辛さから逃げる事を許さず、それでも立ち向かうのがスバルくんだと言ってくれた彼女だろう。
ロズワール邸メイド姉妹の一人、スバルが最愛の人だと言い切る少女、レムだ。
レムが目覚めてから、嬉しさやら喜びやら安心やらで泣き崩れるスバルと、自身の最愛の妹の存在を思い出して号泣するラムに、レムは驚いた顔をしながらも優しく二人を包んでくれた。
屋敷の他の人々も驚きを隠せないようだったーー無論、ロズワールは申し訳なさそうな、複雑な感情を浮かべていたのだが、温かく受け入れられた。
そして一連の騒ぎが終わった後、スバルはレムを呼び出した。
「なんですか?スバルくん」
「……レム、超好きだ」
「スバルくん緊張し過ぎて茶化してるように聞こえますよ?緊張したり何かを腹に括る時、スバルくんいつも茶化しちゃうんですから」
「ごめんレム……レムの前ではかっこよく、レムにとっての最高の英雄になれるようにって頑張って来たんだけど、いざ想いを伝えようと思ったら言葉が出てこなかった」
「スバルくんはレムにとってもう十分すぎる程には英雄でしたよ。……その、スバルくんはレムを第二夫人として受け入れてくれるんですね?」
「第二なんて言わねぇし言わせねぇ。いつだってレムは一番だし、エミリアたんも然りだ。どちらか選べって言われたらどっちも選ぶ。ただその……レムがまだそれでもいいと言ってくれるなら、だけど」
「愚問ですよスバルくん。レムは始めからスバルくんの傍に居られるなら傍に他の誰が居ても構いません」
「レムっ……」
白鯨戦の時と同じだ。彼女は全幅の信頼をスバルに寄せ、自身が断言するほどに心酔しているのだと。
『暴食』の手によって皆の記憶から存在を消され、一年以上も眠ったままでも。
そんな事があっても彼女はスバルを信じてくれている。
愛して、くれている。
「レム、俺はレムが好きだ。絶対に傍に居て、離れないでいて欲しい。それで……」
レムの綺麗な瞳と視線を合わせて、瞬きもせずに言う。
「結婚、して欲しい」
「はいっ」
その時のレムの満面の笑みは、魔獣との戦いの後彼女が見せた笑顔よりも、スバルにとって輝いて見えた。
そしてその夜からというものの、スバルとレムの生活は大きな変化を迎える。
翌朝には、レムの
「ナツキ・レムという名になりました。夫のスバルともども改めてよろしくお願いします」
という発言によりその言葉の真意を根掘り葉掘り聞かれ、まるで宣戦布告するかの様なレムの発言にエミリアとの緊急話し合いが開かれる運びとなった。
エミリアにスバルが一夫多妻制を許して欲しいと言った所、エミリアの反応といえば
「まだ婚約もしてない国の王様にスバルは何を言ってるんだか……二人ともおめでとう。レム、わたしも負けないから」
というごもっともなもので、どうやら許可が得られたらしいかった。
そんな中でももっとも反応が両極端だったのはラムとオットーだ。
オットーは、スバルのレムが眠り姫と言われている間の必死さや態度を見てきて、正統だろうと素直に喜んだ。
だが、ラムはというとスバルがレムの為にしてきた事、中でも記憶が失われても一緒にいて欲しいと願ったスバルの行動に感謝しつつも、最愛の妹が嫁に行ってしまう事への抵抗が隠しきれていなかった。
もう元の世界での二十歳を超えたスバルとラムは、お酒の力を借りて今後やレムの事について語り尽くす事となった。