プールとは、何だろうか。
定義はみんなで遊べる水場、と言ったところか。
少なくともスバルはプールが地面にある物だと思っている。
もっと言えば地上を掘って作った半地中の様な場所か。
ロズワールに提案した「プール」は異世界風に解釈され、スバルたちの目の前にその姿を晒している。
「確かにみんなで遊べる水場とは言ったけど、誰も空中に作れとは言ってねぇぞ……」
「これが、ぷーるなんですね!」
スバルたちが目にしたのは、球体状に浮いている大きな水球、文字通り水の玉に複数のスライダーらしきものが繋がっている、空中に大きなプール要素を詰め込んだものが浮いている姿だった。
レムは未知の存在に期待を隠せない様子だ。
「このぷーるについての説明はロズワール様から任されているわ」
「説明が必要なプールを作っちゃう人間を初めて見たよ」
「まずあの浮いた水球は、その下に置いてある魔法器によってロズワール様の魔法を半永久的に反映し続けている事であの形を保っているらしいわ」
「想像してたより説明ざっくりしてるな!……みーてぃあ、か。懐かしいぜ、盗品蔵を思い出す」
「後、すらいだーとやらは見ての通りだそうよ。水球の中は息もできる上に、水球から落ちる事もないそうよ」
「マジかよ、魔法ってすげぇな……」
スバルの、この世界での魔法の印象はほとんどが人を攻撃したり、殺めたりといった類でこうして無駄に使われている所を見るのは何処か新鮮だった。
「スバルくん、スバルくん!」
「はいはい何でしょうレムさん」
「レムは早くぷーる、で遊んでみたいです!」
「おうおう、とりあえず着替えるか」
スバルとレム、そして名目上は護衛の騎士として行動を共にしているラムは、各々の水着に着替えたり、荷物を置くなどして再び水球の前に集まった。
水球は、飲料水のCMで宙に投げられている水と同じように透明で、向こう側まで良く見える。
「あそこの高台から飛び込めばいいのか?」
「たぶんそうじゃないかしら」
「案内役を買って出てる割には適当だな」
「早く行きましょう!」
この旅行が始まってからまだ一日と経っていないが、この旅行でのレムはいつにも増して子供らしい。
三年前のあの頃ですらここまで子供の様にはしゃぐレムは見られなかった。
きっとこれが、今まで誰かの元で働いたり、誰かの命令で動いたり、誰かの為に尽くし続けてきた一人の女の子の、女の子としての姿なのだろう。
スバルが見てきた元の世界の少女達が何の苦労もなく浮かべていた笑顔が、レムという少女にとって何処までの苦労を必要としたのか。
スバルにはその断片しか分からない。
それがもどかしくもあり、妻となった女性をもっと知りたいという願望にも繋がっている。
「あ、えへへ」
「あっ、悪い。手が勝手に」
「スバルくんの手は悪い子ですね。どうかしましたか?」
レムの浮かべる無垢な笑顔を見ていると、自然と頭を撫でてやりたい衝動に駆られたスバルは、気がつけばレムの頭をぽふぽふと撫でていた。
「上から見ると、少し怖いですね」
「そうだな……水が透明過ぎるのも問題だろこれ」
水球の上に位置する高台に登り終わった二人は、真下に広がる水の塊と、そこから透ける地面をみて各々の感想を漏らす。
「でもスバルくんとならこれぐらい全然怖くないです!」
「あ、あぁ。俺もレムと一緒ならこれぐらいちっとも怖くねぇぞ」
「スバルくん下を見れてませんよ?」
「そ、そんなことねぇし?超余裕だし?」
「高い所が苦手なスバルくんも可愛いです」
「ぜんっぜん余裕だし余裕だけど、あとちょっと待ってくれ、息を整えるから」
そうしてスバルが息を大きく吸い込んだところで。
後ろから大きな衝撃を受けた。
「えっ」
「姉様!?」
落ちていく視界の片隅に見えたのは、ドヤ顔で足を突き出すラムの姿だった。
「すげぇなこれ、本当に落ちねぇし息できるどころか喋れるぞ!?どういう魔法使ったらこんなこと出来るんだよ」
「本当ですね。こんな芸当は恩恵持ちじゃないと出来ないものだと思ってました」
「そして何より水が透明でレムの肌が眩しく白くふにっとしてるのがよくわかってロズっちマジナイスだ」
「スバルくんにそんな事言われると必死に気にしてこなかったのに恥ずかしくなってきます……」
頬を染めるレムの表情、視線、ひとつひとつのすべてが水の中とは思えないほどはっきりと見える。
水の中に居る時の目の不快感もない。
まるで水の中にいて水の中に居ないようだ。
「とりあえずスライダー滑ってみるか」
「はい!」
泳ぐという行為を必要としないこの空間で、歩く様に水球から飛び出るスライダーへ向かう。
スバルはスライダーの入口に座ると、水球から飛び出ている部分の身体に、生暖かい風を感じた。
すると、レムがその後ろに座る。
「スバルくん、一緒に滑ってもいいですか?」
「レムがいいなら俺はうぇるかむだぜ」
「えへへ」
遠慮がちに、でもしっかりと後ろから抱きつかれる。
まだ背中やレムの体は水中だと言うのに、やけに生暖かい感触が背中を支配する。
レムもそう思ったのか、一瞬回していた手が止まった。だがすぐにまたしっかりと抱きつかれた。
「よし、じゃあ滑るぞ!」
「はい!」
より一層強く抱きつかれて心臓の鼓動が速く速く加速する。
それを無視する様に、スバルはスライダーを飛び出した。
流される。
二人の体が一つの弾丸のようにスライダーを駆ける。
何故か、登り続けるスライダーを。
「なん、で、登ってんだ、よ!?」
「魔法だと、思います!さっきからすらいだーの底で小さな魔法が動いてます!」
「スライダーは無理やり滑ってる人を加速させるものじゃねぇー!」
スバル達がスライダーを飛び出したあと、一度は下ったはずのスライダーが、その勢いとは無関係にひたすら登り始めた。
しかも、スピードを上げながら。
しかも不思議な事に、目の前に広がるのは何も無い空間で、スバルたちが通ってからそのスライダーが視認できる仕様になっていた。
つまり、常に真下に何も見えない高所をスピードを上げながら滑っている一種の恐怖体験だ。
「レム、ちゃんと前見えてるか!?」
「はい!スバルくんのおっきな背中が見えてます!」
「それ見えてねぇから!ちゃんと楽しめてるか?」
「もちろん!スバルくんの心臓の音が直接聴こえてきて、レムはすっごく幸せです!」
「俺はそれどころじゃねぇ!!」
雲も掴めるんじゃ無いかと思う程の高さまで登ったところで、加速が止まった。
二人の滑る傾きが変わる。
ジェットコースターの大きな下りに差し掛かった時のような緊張が心臓を掴んで、静かに大きく脈打つ心臓が、より一層大きく跳ねる。
「う、う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「わーーーーー!!」
まるで地面に突き刺さるように、ほぼ垂直方向に近い角度で滑る。
もちろんスライダーが直前まで見えないのは変わらない為、視界はほとんど自由落下の様な状態だ。
その長い下りを経て、二人は謎の開放感を得る。
本当の意味での、自由落下が始まったのだと知ったのは、二人の目の前に水球が現れた瞬間だった。