スライダーがお気に召した鬼嫁により、スバルは何度も何度もジェットコースターのようなスライダーを繰り返していた。
「レム、ちょっと待ってくれ」
「はい、スバルくんどうかしましたか?」
「体力の限界だ……」
スバルのリタイア宣言で、長い空中プールの時間は終わった。スバルにしてみれば、プールというより内容はジェットコースターだったと言いたいところだが。
「バルス、もう疲れたの……と言いたいところだけど、レムがはしゃぎ過ぎだわ」
「うう……ごめんなさい」
「暇だったから数えていたけれど、二人で滑った回数は軽く三十回を超えてたわよ」
「まじかよ、それでまだまだ元気なレムがすげぇよ」
「あ、そういえば姉様は滑らないんですか?」
「レム、一生のお願い。素直に降り……やめましょう?」
「姉様、諦めましょう。素直に落ちてください」
「バルス!」
高台の上で、震えながら助けを求めてくるラムに、スバルは手を差しのべる事にした。
『見えざる手』を。
「えっ!?」
「姉様!?」
『なにか』に押されるようにしてラムは高台から身を踊らせた。
スバルはこんな事に使って怒られそうなものだとほんのり冷や汗をかきながら、やってやったとほくそ笑む。
「レム、一生の」
「姉様、さっき聞きました」
「バルス!一生のッ」
「お義姉様、俺には何も出来ません」
「姉様、もう行きますよ」
「レム!?」
ラムの抵抗も虚しく、レムに押されるようにしてラムはスライダーを滑り始めた。
スバルはその光景を下から見ているのだが、不思議なもので、下からは乗っている時には見えなかったスライダーが見えている。
絵面としてはスライダーを駆け上がる二人の女の子という図だが、駆け上がる事に対しての違和感が拭えない。
二人が地上から米粒程に見える位置まで上がった所で、上へ上へという動きが止まった。
「レム、え、これ、何が」
「姉様、ちゃんと前を見ていてくださいね」
「あっ」
レムの声を残して、二人は落ちていった。
「バルス、あなたの嫁は鬼だわ」
「ラムの妹だけどな?」
「もう二度と滑らない……もう二度とプールには入らない……」
一人にトラウマを植え付けて、この世界初であろうプール体験が終わった。
ラムが立ち直るまでの時間で、ちょうど良いぐらいに当初の予定通りの時間に、旅館に入る事となった。
ちなみに旅館では、スバルとレム、ラムのみという二組に別れて部屋に入る事になっている。
旅館は、ある程度は仕方ないとして、カララギ流にスバルの提案を加えた和風な空間づくりになっていた。
部屋に分かれて、ひとまずご飯の時間までは休憩ということになった。
「やっぱり違和感はあるけど和はいいな」
「ワフー、というのがどんなものかは分かりませんが、なんだか落ち着きます。鬼の村と同じ香りを感じます」
「いい匂いだろ?ナツキ・スバルプレゼンツの、厳選したいい香りの木を使って作って貰ってる」
「はい。あ、匂いといえば」
レムがくんくん、くんくんとスバルの周りを嗅ぐ仕草をする。
そんなに臭うだろうか、汗臭いだろうかとスバルも見習って服の匂いを嗅いだが、レムが首を横に振る。
「スバルくんが魔女の香りをほんのり漂わせていた気がしたので」
「あぁ、なんか悪い」
「いえ、これもスバルくんの匂いですから!それにレム以外の人にはほとんど伝わらない匂いです、レムだけの匂いです」
二人だけで居るには少し広い一室で、二人の距離はほとんどないに等しい。
ことん、とレムの頭が揺れた。
目を擦りつつ、レムが必死に眠気を振り払っているようだった。
「レム、眠いなら寝てもいいぞ?結構はしゃいだからな」
「い、いえ、スバルくんとこんなふうに遊べる時間は限られてるんです、ここで寝たら後悔します!」
レムにとっては初めての、スバルにとっても初めての、最初で最後の新婚旅行。
この一分一秒が、とても大切なものなのだ。
「そうだな、でもレムが後悔するかもしれない分、俺はレムの寝顔を満喫出来るしーーいつもバタバタしてて忙しいからな、今ぐらいは落ち着いて寝てていいと思うぜ。ご飯の時間になったら起こしてやるから」
「ん……スバルくんがそういうなら……」
レムがうとうととしたまま、スバルの太ももの上に頭を乗せて猫のように丸まる。
少しの間を置いて、すー、すーという寝息が聞こえてきた。
「バルス、レム、ご飯のーー」
「ラム、わかったからちょっと静かに」
ご飯の時間だと呼びに来たラムを一度止めて、規則正しい寝息を奏でるレムの頭を撫でながら、スバルは優しく声をかける。
「レム、ご飯の時間だってさ」
「んん……スバルくん?姉様?」
「レム、ご飯の時間だわ」
「……あっ!すっごく気持ちよくて寝ぼけてました」
「バルス、ラムの妹が犯罪的なまでに可愛いわ」
「ラム、俺の嫁が可愛すぎて犯罪起こしそうだ」
「スバルくんも姉様もからかわないでください!ご飯に行きますよ!」
すっかり目が覚めたレムが先導する様に、三人は晩飯へ向かう。
旅館の一階に位置する料亭には、見知った顔が既に待機していた。
「は?ロム爺?」
ニヤニヤと新婚夫婦を見ながら料理を手にするロム爺の姿がそこにはあった。
ロム爺登場への期待が強かったので出てきちゃいました、ロム爺ですよ!