古明地さとりは至極当然のような顔をして仕事をさぼっていた。
地霊殿の主として、べつだん、四六時中机に向かっている必要も……ないでしょう。
そんな言い訳を考えながら、だらだらと、本を読んでいた。
絵の本だ。
隣にはペットのオオウミガラスがいる。他のペットからたまにいじめられたりするので、よくさとりの傍にいるのだ。もちろん、年月を経て分別のついたペットや、時には気づいたさとりがやめさせているが、飛べない鳥であるそいつはどうにも鈍くさかった。
一匹しかいないからなのかもしれなかった。
温和で人懐こいそいつ自身の事は、さとりはけっこう好いていた。
ただ、今のさとりはぐるんぐるんと、頭の中の空いた部分をどうにか回転させて、テスト終了間際の必死こいた受験生の気分で、行き詰った小説の続きをどう書こうかしらんと悩んでいた。そのために、ペットに気をやる余裕はあんまりなかった。
何か一つ、発想のタネになればいいと思って探している。
絵の本である。
妖怪に出回るたぐいではない。いくらかの絵が載っていて、それぞれにわずかな文章が付随している。
さとりは絵をぼんやりと眺めていた。
「さとり様? いるんですか? にゃん」
「そのわざとらしい語尾は」
お燐である。
巷では主人よりもよっぽど口がうまいと評判である。人気もおそらく上だ。誰だって、暗くって陰気で意地が悪く、一緒にいて気が滅入るヤツよりは、話の盛り上がる方が好きになるだろう。
尻尾と耳もついてるし。
「丁度よかったわ、お燐。紅茶のお代わりが欲しかったんだけど、淹れなおすのが面倒くさくって」
「それあたいに言ってます?」
いまさらながらに思うのだが、お燐は少々リボンをつけ過ぎているんじゃないだろうか。さすがに狙い過ぎている。
さとりはこっそり思った。
口に出さなければ、別に相手に伝わるわけでもないからだ。
「いやあ、はは。それで、さとり様、お空の奴を見ませんでしたか? あたいちょっと、用向きがありまして」
「空を? ぜんぜん、見ていないけれど。とくに最近」
猫は愛想笑いを浮かべて、それから、ふとさとりの手元に目をやった。
何です、それ? ちょっと珍しそうに、訊ねてきた。
「絵本ですか? さとり様が読んでいるのって、いっつも小難しい、字ばっかりの本じゃないんですか」
「んん……興味があるの?」
見やすいように、手元の本を広げてやる。
それと一緒に、まあ猫にはまだ難しいかしらね、とも思った。
「これは画集というらしいわ。絵描きの絵を集めたものみたいね」
「はあ……」
返事は煮え切らない感じだ。「赤い空」やら「音楽家」なんて見せられても、学もなければ興味もない妖怪猫にはぴんとこないのだった。
「これがどーしたんですか」
「別にどうもしないけれど」
本に描かれた絵は、風景だとかのありふれたものを、それとわかるようなわからないような、うっすらと焦点をぼかして、あいまいにしてしまっている。
難しいものではなさそうだ。それ自体は単純な絵だった。
その感じが、古明地さとりにはぴったりなのだった。
さとりがいつも覗いている世界は、ややこしくて雑多で大げさに過ぎ、何を見ているのかもすぐにわからなくなる。
本の絵はシンプルだった。明るくて、綺麗だった。それが好きだから見ているのだ。
そもそも絵の事なんて全然詳しくないし。
そういう事を説明すると、お燐はまったくどうでもよさそうに「なるほど」と頷いた。
それから、失礼しますと一礼して、そそくさと部屋を出て行った。
一度も振り向かないその背中をじっと見つめる。
手元の本に目を戻した。
隣のペットに、視線でもって、紅茶のお代わりを淹れられないかと訊ねる。もちろん、無理だ。
さとりの腕は短くて、けれどわざわざ椅子から立ち上がるのも、なかなか億劫だった。