男が少ないヤンデレ世界   作:トクサン

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日常訓練

 

 軍人と言えば訓練である。佐官や将官はそれなりの役職、椅子に座っている為デスクワークが中心だが、国防軍尉官である自分は幹部コースと言えど下っ端である。そのため、所属部隊の訓練は必ず取り組まなければならない。

 尉官になると少数だが部下を持つ、少尉ならば十人単位の班、小隊を。

 中尉ならば更に人数を増やし三十から五十人近い複数の小隊、大尉ならば幾つもの小隊を纏めた中隊を指揮しなければならない。佐官クラスになれば支部の中でも上位の人間だ、現場とはオサラバし尉官を束ねる大隊の指揮、基地の運営などを行っている。

 中尉である俺にも勿論自分の部隊が存在する、俺の請け負っている小隊は三つ。

 内海(うつみ)小隊、高橋(たかはし)小隊、暉武(きたけ)小隊の三つだ。

 計三十人からなる俺の部隊は国防軍の中でも機動機甲部隊に組み込まれているが、まぁその話は良い。

 兎にも角にも、今日俺は連中と訓練を共にしなければならないのだ。

 

 第三グラウンド、季節は春、薄着で運動しても汗が流れる季節。俺はサッと汗を流した後、訓練用の服装に着替えグラウンドに来ていた。幾つかの部隊で訓練出来る様に作られたグラウンドは広い、一応障害物コースや単純な持久走なども出来る様、幾つかのスペースに区切られている。

そこには既に各小隊が整列し、小隊長がそれぞれ点呼を取っていた。

 時間十分前に来たが、少し遅れてしまったらしい。

割り当てられた訓練スペースで小隊を見渡すが、見知らぬ面子が勢揃いしている。全く以て見覚えが無い、昨日までは筋肉ムキムキの男達がズラリと顔を並ばせていたが、今は線の細い女達が整然と並んでいる。

 

「……何と言うか、肩身が狭い」

 

 そう思うけれど、流石に上官がサボる訳にもいくまい。

 俺はぐっと背筋を伸ばし、足早に彼女達の元へと姿を現した。

 

「よし、全員揃っているな、では今より訓―― ってぇえ!?」

 

 訓練を開始しようとしていた高橋曹長、彼女は女の身ながら小隊長を務めている優秀な人材だ。つい先ほど男性保護室にて顔を赤くしてブツブツ呟いていた彼女だが、流石に訓練となると意識が切り替わるらしい。

 凛とした表情で訓練開始を宣言しようとするが、俺の姿を見るや否や素っ頓狂な声で叫んだ。

 

「すまない、少し遅れたな」

 

 俺がそう言って手を挙げると、小隊の隊員が一斉にバッと俺に顔を向けた。その表情は一様に「信じられ無いモノを見た」といった風で。

 大勢の人間の視線を受ける事に関しては慣れていたが、凄まじい勢いで首を回転させた隊員達の動きに思わず「ひぇ」と声が出掛ける。それを上官のプライドで飲み込み、何でも無い様に小隊の前へと進み出た。

 何だ今の動きは、軽くホラーだぞ。

 

「ちゅ、中尉!? 一体何故此処に!?」

「部隊訓練に参加するのは当然だろう、何を言っている」

 

 焦燥した様にアタフタと忙しない高橋曹長、その姿に首を傾げながらも隊員達に向き直った。「あ、あの、中尉っ」と何か言いたげな曹長を手で遮る。まずは人員の顔ぶれを 覚える事が先決だ。

 こうして見ると、ふむ、やはり誰一人として見覚えが無い。

 

 身長190cmの巨漢、好きな食べ物はアポロチョコの落田翼(おちた つばさ)

 情報関係の大学を出た後に国防軍に入隊した眼鏡事、零砂泪(こぼすな なみだ)

 若干オネェの入った元オカマバー出身、両静瑠衣(りょうせい るい)

 

個性の強い小隊でも一際異彩を放っていた彼らが見えない、とどのつまりは全く別の人間になっているという事か。整然と並ぶ部隊員の一人一人を見つめ、じっくりとその顔を記憶する。

そうしていると不意に、ある事に気付いた。

 何か俺、目を露骨に逸らされている気がする。

 体の向きを変える事は出来ないし、顔の向きも然り。けれど彼女達は俺と目が合った途端、目線をそっと逸らすのだ。僅かに頬を赤くして息を荒くするのは何故か、額に汗を掻いている奴もいる。

 あれ、若しかしてもう訓練終わった後?

 それも特定の人物ではなく、大体全員だ、全員が顔を赤くして息を荒くしている。

 実は俺が盛大に遅刻していたりするのだろうか、ふと不安になる。

 

「曹長……訓練は、これからか?」

「えっ、あっ、はい、そうです!」

 

良かった。

じゃあ運動による疲労じゃないよな?

俺のすぐ目の前に立つ隊員をじっと見る。

少しだけ長い髪を一つに縛り、顔立ちは素朴、しかし軍人らしい凛々しい風貌。彼女が一番酷い、額から汗を流してTシャツに汗染みが出来ている、まだ訓練前だと言うのにどうしたのか。

 

「……君」

「ッ、は、ハッ!」

 

 俺が目を合わせて話しかけると、上擦った声で返事が返ってきた。俺は数歩近づいてじっと彼女を見つめる、名前を知らないため名指しは出来ないが、今は許して欲しい。

 互いの吐息が感じられる距離まで詰め寄ると、隊員は益々汗を流した。

 

「凄い汗だ、実は体調が優れないのではないか? 余り無理はするな」

「い、いえっ、その様な事は決してッ!」

「本当か? どれ……」

 

 そう言って彼女の額に手を当てると、くわっと彼女の目が見開かれた。手の表面から伝わってくる温度は中々高い、やはり風邪じゃないかコイツ。

 

「熱がある、君は衛生管理室に――」

 

 そう言って手を放した瞬間、プッ という音がした。それは何かの吹き出る音、その音は俺の目の前から。

 俺の前に立っていた隊員が、鼻から勢いよく血を吹いて、そのまま仰向けに倒れてしまった。流れるような動作だ、直立不動のまま後ろに倒れた彼女は、後ろに立っていた隊員に受け止められる。

 

「ゆ、友音(ゆね)!?」

 

 背後にいた隊員が名前を叫ぶ、鼻血を吹いた隊員―― 友音と言うらしい  は何というか、とても満足そうな顔で目を閉じていた。まさか気絶したのか? 嘘だろ、一体どうした。

 

「そ、そこまで酷い症状だったのか……君、彼女を衛生管理室に!」

「えッ、アッ、は、はいッ」

 

 友音の友人と思わしき隊員に指示を出し、そのまま彼女に抱えられ友音は衛生管理室へと連行される。時折「へへ、へへっ」と不気味な笑いを上げる彼女は、相当酷い病に罹ったのだろう。

 

「まさか、感染病とかでは無いよな……?」

 

 部隊の全員が頬を染めて吐息を荒くし、汗を掻いている現状に危機感を覚える。俺は(おもむろ)に友音の隣に整列していた隊員に近づき、その額に手を当てた。

 

「えっッ!?」

 

 突然の行動に驚いたのだろう、その隊員も目を見開く。サラサラな髪を掻き分け、僅かに汗ばんだ額に触れる。そして三秒ほど掛けてじっくり熱を測っている俺の前で、その隊員も プッ、と鼻血を吹いた。

 そしてやはり、流れるような動作で後方へと倒れる。直立不動で倒れるその姿は半ば芸術染みていた。

 俺はその光景を見て確信する。

 マズイ、これは感染病だっ!

 

「曹長! 部隊に感染病が蔓延しているぞッ!?」

「違いますっ! 中尉ッ、落ち着いてッ!」

 

 

 

 

 

 

「一、二、三、四!」

 

 俺の目の前で小隊が腕立てをしている。女性とはいえ軍人、やはり線が細くとも彼女たちの中には筋肉繊維がギッチリ詰まっているのだろう、こうして横から正面から眺めると中々どうして、二の腕の筋肉が隆起しているのが見える。それと胸の谷間がゲフンゲフン。

 

「二十! どうしたっ、声が聞こえないぞッ!?」

 

 隣から上がる飛ばされる檄、飛ばしているのは内海小隊長。短く切りそろえた短髪に、外国人らしい顔つきが特徴の女性だ。因みに彼女自身は(れっき)とした日本人である。

 あの後、感染病の疑いアリとして騒いだ俺を曹長が押し留め、そのまま訓練を開始する運びとなった。なんでもアレは感染病の病状ではなく、俺が不用意に接触したのが原因らしい。何で触っただけで鼻血を吹くのだと問い詰めたい、免疫とかそういうレベルを逸脱しているぞ。

 そういえば高橋曹長も俺が抱えた時は酷く狼狽していたなと思い出す、もしかして男性から女性に接触する事はNGなのだろうか?

 ふとそんな事を考えた。

 

「五十! よし、一分休憩(インターバル)開始(はじめ)!」

 

 五十を超えたところで一分間のインターバルが挟まれる、隊員が各々息を荒くしながら地面の上に転がった。俺も膝を着いて頬を伝う汗を拭う、Tシャツを引っ張って汗を拭っていると、ふと視線を感じた。

 

「ん……?」

 

 汗を拭いながら周囲の様子を伺っていると、何故か俺に視線が集中していた。仰向けになったままジッと俺に視線を向ける者、四つん這いになって俺に視線を固定する者、うつ伏せで呼吸を荒くしながら視線が忙しない者。

 皆一応に俺の顔では無く、具体的には、そう、お腹の辺りを見ていた。

 そして近くに居た隊員がボソリと、「シックスパック」なんて呟く。

 

「?」

「ちゅ、中尉、あの、コレを……」

 

 俺が首を傾げていると、隣に暉武(きたけ)曹長が立っていた。その手には真新しい純白のタオル、俺は暉武曹長とタオルを目線で行き来する、もしやこれを使えと言う事だろうか。腕立ての後だからか顔を赤くし、心なしか吐息も荒い暉武曹長。

元の暉武(男)曹長は丸太の様な腕をした筋肉達磨(だるま)で、腕立て五十回程度では息が上がるどころか汗一つ掻かないマッスルボディだった。しかし女となった今では勝手が違うのか、今にも折れてしまいそうな腕などプルプル震えている。

少し長めのストレートヘア、それを一つに縛って横に流している。顔立ちは純日本風で、どことなくお淑やかな雰囲気を感じる女性、最早男性だった頃の面影など微塵も無い。

 

「あぁ、ありがとう暉武曹長、後で洗って返すよ」

「い、いえっ、その様なお手間は! そのまま返して頂ければ結構ですので……」

 

 顔を真っ赤にして、どこかモジモジと羞恥を感じさせる仕草に何と言うかこう、男性的な部分を刺激された。しかし流石に男の汗に塗れたタオルを手渡すのは忍びない、やはり洗濯して返すべきだろう。

 

「いや、それは申し訳無い、汚れたまま返すのは礼儀に反する、明日にでも洗って返すから――」

「いえ、あのっ、本当に、ほんっとうにッ、そのままで良いのです! 寧ろそのままが良いのです!」

「えっ、あ、はい」

 

 何故か鼻息荒く力説され、思わず頷いてしまう。寧ろそのままが良い、それではまるで俺の汗の染み着いたタオルを欲しがったているみたいじゃないか。何か俺に期待の様な目を向けているし、な、何だこの圧力(プレッシャー)は。

 渡されたタオルで汗を拭いながら、俺は目線を逸らして他の小隊長を見る。こちらをじっと直視する暉武曹長の圧力に耐えられなかったのだ。

高橋曹長は何故か指を唇にあて、何か羨ましそうに暉武曹長を見ている。内海曹長は地面に腰を下ろして瞑想の様な形を取っているが、その眼が時々俺に向かう。二人に共通しているのは頬を赤くして、時折恍惚とした表情を浮かべる事か。

元々女性だった高橋曹長、元男性の暉武曹長と内海曹長。

全てが変わった世界で小隊長の三人だけは苗字がそのまま適応されていた、元々俺と接する事の多かった三人だ、名前が変わらないのは有り難い。しかし、その風貌は全く異なり、今までと同じように接するのは難しそうに思えた。

 

「……休憩(インターバル)終わりッ! 腕立て準備―ッ!」

 

 休憩が終わり内海曹長から声が上がる。瞬間、先程まで各々脱力していた隊員が数秒と待たず腕立て姿勢を取る、かく言う俺も自然と体が声に反応していた。

 首からタオルを下げ、そのまま皆と一緒に「一ッ!」と声を上げる。

腕立てをしながら、この世界に対して色々と思考を巡らせたり、柄にもなく哲学的な部分にまで突っ込みそうになったが、段々と訓練が進むにつれてそんな事を考える余裕も無くなっていった。

 

 

 





書いて欲しいと言われると書きたくなる症候群。
で、でもこれっきりなんだからね!
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