高垣楓に求婚する6月
唐突ではあるが、346プロダクションのトップアイドルである
恋人の誕生日なのだからプレゼントは勿論のこと、一緒にデートやディナーへ……と言いたいところではあるが、そんな考えが通るほど我々の業界は甘くない。
ファンの間では『にじゅーごさいのおたんじょうび』などと称されるバースデーイベントの他、ラジオやテレビなど各方面にいつも以上に引っ張りだこ。俺は俺で映画の撮影や取材で忙しく、今日は一回も顔を合わせるどころか電話の一つもする暇がなかった。
さらに夜は楓の同僚のアイドルたちが誕生日パーティーを開くらしいので恋人と二人きりでのディナーも無し。世間一般には公表していないものの、事務所には俺たちのことを知っているアイドルもいるので「夜ぐらいは恋人を優先させてパーティーは後日にするとか気を利かせてくれよ」と声を大にして言いたい。
しかしパーティーの主宰が
全く、そんなんだから二十八になるっていうのに浮いた話の一つも――。
――ピリリリリッ
「ん?」
着信を告げるスマホを手に取る。画面に表記された名前は『kwsmさん』。
(……稀によくあるよな)
完璧過ぎるタイミングの着信にワカルワーと内心ビビりながら、はてと首を傾げる。
先ほども述べたように、彼女は今楓の誕生日パーティーの真っ最中のはずである。いや、既に夜の十時を回ろうとしているのでそろそろお開きになっているかもしれないが。
そんな彼女が何故俺に電話を? っていうか楓は?
そんな疑問を抱きつつ通話ボタンをタップする。
「今晩は、川島さん」
『今晩は、
電話越しに聞こえてきた声は画面で表示された名前の通り、ほんの少し前まではアナウンサーとして聞いていた声で、最近ではアイドルとして聞くようになった声の川島さんだった。
『唐突だけど、さっき何か変なこと考えてなかった?』
「そういうサイキックなことはエスパーユッコちゃんに任せておきましょうよ」
後輩の持ちネタを奪うのはいけないと思います。
『まあいいわ。それより二つほど質問したいんだけど、いいかしら?』
「唐突ですね」
『一つ、今時間大丈夫? 二つ、お酒飲んでない?』
「……質問の意図は分かりかねますが、とりあえず両方ともイエスですね」
今日一日忙しかったとはいえ流石に夜の十時にまで長引くような仕事は無かったので、今は自宅に帰って来てリビングで次の撮影の台本を読んでいたところだった。
そして大のお酒好きの楓の影響というわけではないが、俺もそこそこお酒は飲む。職業柄それなりに
『そう、だったら丁度良かったわ』
その旨を伝えると、川島さんは安心したような声を出した。
『実は楓ちゃんがすっかり酔っぱらっちゃって、旭君に迎えに来てもらいたいのよ』
「……別にそれはいいんですけど」
酔った恋人を迎えに行くこと自体は別に不自然ではないのだが、川島さんが俺にそれを依頼してくることに違和感を覚えた。今までそういう場合は川島さんか
『楓ちゃん、貴方の家に行くって言って聞かないのよ』
「え?」
よくよく耳を澄ますと川島さんの声の向こうから微かに楓の声が聞こえてきた。川島さんの言う通り、俺の家に行くんだと言って他の人を困らせている様子で、酔うと笑い上戸になる楓にしては珍しい酔い方だった。
『やっぱり誕生日は恋人と一緒にいたくて寂しくなっちゃったのね、わかるわ』
「流石に白々しすぎやしませんかね」
個人的なやっかみでその恋人同士を引き離したのは何処の誰だと強く言いたかったが、それよりも恋人が自分に会いたいと我儘を言っているということが凄く嬉しかった。
「とにかく、今から出ますね。いつものお店でいいですか?」
『えぇ、お願い。それまで私たちが――』
――キャーッ!? 楓ちゃんがオロッたー!?
『――……楓ちゃんを人前に出せる状態にしておくわ』
「……ご迷惑をおかけします……」
先ほどまでの感情は吹き飛び、後に残ったのは申し訳なさだけだった。
どうか楓の消えない粗相が思い出せない記憶になることを祈るばかりである。
「……んー……あれぇ……?」
「お、目ぇ覚めたか?」
川島さんたちから楓を回収して後部座席に優しく放り込み、とりあえず俺のマンションへと向かう途中で後ろから声が聞こえてきた。バックミラーで確認すると、丁度楓が体を起こすところだった。先ほど少々粗相があったものの服は汚れておらず、熱いと言って少々肌蹴た胸元が大分セクシーな感じになっていた。
「……うふふふ……あーさーひーくーん」
しかしまだ酔いは残っているらしい。赤信号で車が停車した途端、そんな風に笑って俺の名前を呼びながら後部座席から腕を伸ばしてくる。
「こら楓、ちょっと大人しくしてろって」
ヘッドレスト越しに後ろから首に抱き付かれる形になり、今は停車中だが流石に運転中は危ないので注意する。頭がすぐ横にあり少々酒臭いが、割といつものことなのでもう慣れた。
「……ねぇ、プレゼントちょーだい?」
「俺の部屋に着いたら渡すよ。今日のためにいいお酒取り寄せたから」
楓に対するプレゼント=お酒というのも少々安直なような気もしたが、なんだかんだ言って彼女も一番喜ぶし俺も一緒に飲めるのでこれがベストというのが俺の出した結論だった。
故に今回もベタではあるが彼女の生まれた年に仕込んだというワインを購入しておいたのだが、楓は「んーん」と首を横に振った。
「そうじゃなくて」
「まぁもう今日は飲めないだろうし俺も飲ませるつもりはないから、大人しく後日――」
「そーいうことでもなくて」
じゃあどういうことだろうと傾げる首は、次の楓の一言により中途半端な位置で止まることとなる。
「プレゼントは指輪じゃないの?」
「………………え?」
「前、前」
信号が青に変わり、車を発進させつつ内心では心臓がバクバクしていた。
(な、なんでバレた……!?)
実のところ、今回はお酒以外のプレゼントも用意してあった。
それが楓の言う通り、指輪なのだ。
「この間、寝ている時に私の指を触ってたでしょ? あの時、指のサイズを測ってたんじゃないかなって思ったの」
何その察しの良さ。アルコールが入ったことで推理力が上がったのか?
「
「……お、おう」
動揺しまくりで運転が怪しくなりそうだったが、楓のいつもので若干冷静になることが出来、なんとかマンションの駐車場に辿り着くことが出来た。
未だに足元が若干怪しい楓を背負い、エレベーターで自室のある階へと昇っていく。
背中の楓はそれ以降一言も発さず、しかし俺の胸中は穏やかではなかった。
それは決して背中に楓の柔らかさと暖かさが広がっているからではなく、その指輪を用意した『理由』が『理由』だったからだ
――俺は楓に結婚を申し込もうと考えていた。
今日の誕生日を境に、俺と楓は揃って二十五歳になる。付き合い始めて四年が経ち、そろそろお互いに結婚を考えてもいいのではないかと俺は思っていた。
今後楓と別れるという選択肢は存在しないと断言できるし、結婚というものを考えた時にいつも隣にいるのは楓だった。
だから楓の誕生日という節目にプロポーズをしようと考えていたのだが……。
(はぁ……運がねーよな、マジで)
二人きりの時間が取れなかったばかりか、二人きりになったと思いきや当の楓は酔っている状態だ。流石にこのタイミングでプロポーズは間違っていると「女心が分かってない」と妹に叱られる俺にも分かる。
とりあえず指輪自体はサプライズのプレゼントとして渡すとして、プロポーズはまた日を改めて……と考える一方で、まさかこのまま永遠にプロポーズが成功しないのではないかという一抹の不安が頭を過る。まだ一回しかタイミングを逃していないくせに、我ながら何ともまぁネガティブというかマイナス思考というか。
そんなことを考えている内に、両者無言のまま俺の部屋まで辿り着いた。
「ほら、着いたぞ楓」
楓を背負ったままではあるが何とか鍵を開け、部屋に入るとリビングのソファーの上に楓を降ろした。
「気持ち悪くないか? 今水持ってくる……って、楓?」
そう言ってキッチンへと向かおうとしたのだが、そんな俺の服を楓が摘まむようにして引き止めた。
そのままくいっと引っ張られ、そこまで強い力では無かったにも関わらず俺は引き寄せられるように楓の隣に腰を下ろした。
そしてそのまま俺の肩に頭を乗せるようにもたれかかって来る楓。ほんのり赤い顔で目を伏せ、しかし寝ている様子では無かった。
ふと視線を下に向けると、そこには恋人繋ぎをする自分と楓の手。こうやって隣に座るといつもこうして手を握っていたので、無意識的に握っていたらしい。
「……楓?」
再度呼びかける。
「……寂しかった」
「え」
それはか細い囁くような声。カチカチという時計の針の音にすらかき消されてしまいそうな、そんな声だった。
「今日は私の誕生日で……それなのに、一回も顔を合わせることも声を聞くことも無くて、寂しかった」
拗ねるような声で、それでいて甘えるように、楓はクシクシと額を俺の肩に擦り付けてくる。
「だから、せめて日付が変わる前に……私の誕生日の最後の時間ぐらいは、貴方と一緒にいたかった」
「……そうか。ありがとな、誕生日の最後の瞬間を俺にくれて」
そんないじらしいことを考えていてくれたことが素直に嬉しく、そして――。
「……でもね、本当はいつだってずっと貴方と一緒にいたい」
――楓のそんな一言に、呆気に取られてしまった。
「誕生日だけじゃなくて、明日も明後日も、ずっと、ずーっと貴方といたい」
「楓……」
「……あのね、私……」
「ス、ストップ」
もうここまで言わせておいてストップも何もあったものじゃないが、それ以上は楓の口から……というか、楓から先に言わせるわけにはいかなかった。
運が悪いとか、タイミングがないとか、既にそんなことどうでもよかった。
女性の方から先にこれだけ言わせておいて、今更男の面目も何もあったものではないが。
それでも、楓が俺と同じ想いでいてくれると知ってしまった以上、この言葉は『今』彼女に伝えずにはいられなかった。
「……楓」
「……はい」
繋いでいた手を離し、少し体も離して楓と正面から向き直る。
正面から改めて顔を見た楓の目は、優しい目でしっかりと俺を見ていた。
「……今から、超大事なこと言うぞ?」
「はい」
「……明日になって『酔ってたから覚えてません』とか無しだぞ?」
「そんなこと言わないわ」
すーはーと二度三度深呼吸をし、しっかりと両手で楓の手を握りながら彼女の二色の瞳を覗き込む。
「……俺は、貴女を愛しています。これから先の人生も貴女と一緒に過ごしていきたい。……俺の人生を貴女に捧げます」
――だから、貴女の人生を俺に下さい。
「高垣楓さん……俺と結婚してくだ
「「………………」」
……とりあえず、一つだけ言いたいことがある。
(……誰か俺を
いやマジで。
何だよこのタイミングで噛むってしかも俺俳優だよ芸歴で言えば十年だぜ割とベテランの癖して何この最悪な噛み方今までどんなに緊張した現場や舞台でも本番は一回も噛んだこと無いのにどうしてこんな時に限って噛むんだよマジありえないクッソ恥ずかしいアレだけカッコつけた台詞吐いておいて最後の最後になんて噛み方するんだよやっぱり今日はプロポーズが成功しない日じゃないか。
「……ふふふ」
楓にも笑われてるよもう無理実家に帰って大人しく余生を過ごしてみくにゃんのファン辞めます……と、そこまでグルグルと回っていた思考は――。
「……へ?」
――目の前の彼女に抱きしめられることでようやく止まった。
「ふふ、貴方でも噛むことがあるのね? いつものドラマや映画での姿からは想像できなかったわ」
「マジで勘弁して……カッコ悪すぎてもう泣きてぇ……」
「でも……そういうカッコ悪いところも、これからは全部私に見せてね?」
「……え?」
「……プロポーズ、お受けいたしま
「……かえ、で……」
「私も噛んじゃったから、これでお揃いね」
「っ!」
楓の身体を力一杯抱きしめる。力加減とか全然考えてなくて、きっと痛かっただろう。
でも楓は何も言わず、ただただ俺の背中に手を回して抱きしめ返してくれた。
「絶対に、大切にするから! 幸せにしてみせるから!」
「……安心して」
――今この瞬間から、私はずっと幸せだから……。
「それで、指輪はくれないの?」
「……あっ。……ちょ、ちょいタンマ! 今持ってくるから!」
「ふふふ」
六月十四日
今日は私の誕生日で、人生最良の日となった。
朝から事務所が企画してくれたバースデーイベントに参加。多くのファンの皆さんが私の誕生日を祝ってくれた。ファンの皆さんからのプレゼントの中にはお酒も沢山あったのだが、一度事務所が中身を確認してからでないと呑むことが出来ないらしい。森伊蔵とか飲みたかった……。
事務所のイベントの他もラジオやテレビで私の誕生日を祝ってくれた。
そして夜は事務所のみんなが私のために誕生日パーティーを開いてくれた。最初は事務所で、その後はいつものお店に場所を移してお酒を飲みながらのパーティーになった。
ただ、いつものお店に着いてからの記憶が殆ど無い。少々酸っぱい匂いがした気がしたが、から揚げにかけるレモン汁でも溢したのだろうか。
そして夜。私を迎えに来てくれた旭君に連れられ、彼の部屋へ。
そこで私は、彼からプロポーズを受けた。
肝心なところで噛んでしまうという、普段の彼からは想像できない可愛いミスもあったものの……それでも、凄く嬉しかった。
それを私が拒む理由も無かった。
まだ婚姻届けは出していないものの、彼と夫婦になると思うと心がポカポカする。余りにも幸せすぎて、夢なのではないかと思ってしまう。
けれど今こうして日記を書いている後ろを振り返ると、幸せそうに眠る彼がいる。
だからこれは夢ではなく、この幸せが明日からずっと続く。
ずっとずっと……この幸せが続きますように。
・旭
主人公。名無し系主人公にしようとしたが無理だった。
主人公の詳細は徐々に明かされていく
・高垣楓
六月十四日に生まれた女神。
作者の力量の問題で駄洒落は少々控えめ。
『楓さんメイン作品が増えないなら自分で増やせばいい』という電波を受信した。
「出会い→プロポーズ」の過程ではなく「プロポーズ→挙式」の過程にすることでイチャラブ成分を増やし作者のモチベーションを保つ目論見。
楓さんの誕生日にちなみ毎月14日を更新日とし、全十三話、来年の楓さんの誕生日完結を目標に書いていきます。
なお更新ペースが遅いのはメイン更新の妨げにならないようにするためと、締め切りを設けてエタらないようにするため。
一年という長いようで短い期間でありますが、どうぞお付き合いください。