かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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地底の次は大空へ。


世界の空を旅しましょう

 

 

 

 10:45 ストレンジアイランド ベンチ

 

 

 

「……ねぇ、ひぃくん、提案があるんだけど」

 

「ダメ」

 

「まだ何も言ってないんだけど……」

 

「ビールをもう一杯って言いたいんだろ」

 

 図星だったらしい楓が不満そうに唇を尖らせる。正直なところを言うと俺も飲み足りない気分ではあるのだが、まだまだ今日のデートは始まったばかりなのだ。

 

「それにこの後も色んなところで飲む予定ではあるんだろ? ならここで飲むのは一杯だけにしておこうぜ」

 

 旅のしおりを読むとそれなりに飲酒タイミングが確保されている辺り、プロデューサーだけあって楓のことをよく分かってくれていた。

 

「……ひぃくぅん、だ~め?」

 

「うぐっ」

 

 しかしそれでも諦めきれない楓の可愛らしい上目遣いのおねだりを至近距離から喰らってしまい、意志に罅が入る音がした。も、もう一杯ぐらいだったら……。

 

「って時間的に無理だって。今から買いに並んだら間に合わなくなる」

 

「あっ」

 

 気が付けば『マジックエンジョイパス』の時間が迫っている。ここから乗り場まで遠くないので時間はかからないが、もう一度ビールを買うための列に並ぶ時間まではなかった。

 

「ほらまた後で飲もうな」

 

「はーい」

 

 これには流石の楓も納得せざるを得なかったようだった。

 

「ふふっ、ひぃくんが私のおねだりに屈してたら時間に間に合わなくなっちゃってたから、今回は逆に良かったのかも」

 

「そうだな、俺がふぅの夫じゃなかったら耐えられなかったかもしれない」

 

「でも、たまにはちゃんとお願い聞いてほしいなぁ~?」

 

 ゴミをゴミ箱に捨ててから並んで歩いていると、楓はピトッと腕にくっついてきて再び上目遣いになった。女性としては高身長の楓から上目遣いをしてもらえる程度には高身長であることを喜びつつ、それ以上にこうして楓から甘えられる数少ない存在になれた幸せも一緒に噛みしめる。

 

「普段から聞いてる方だろ?」

 

「……そうだった、ひぃくんは私に甘いんでした~」

 

 そりゃあもうダダ甘だぞ。楓から甘えられて抗える男なんているわけないのだ。ただ俺の場合は『高垣楓と愛し合っている』という事実だけでそれに抵抗しているだけなのだ。

 

「というか楓、ビール一杯で酔ってる?」

 

「残念、私はいつだってひぃくんにベロベロに酔ってますよ」

 

 奇遇だな、俺も楓にデロデロに酔ってるよ。

 

 

 

 

 

 

 11:00 ポルト デ メディテレニア

 

 

 

 パーク中心に広がっている海を時計回りに迂回してストレンジアイランドへとやって来た俺たちは、再び時計回りに迂回してメディテレニアへと戻ってきた。

 

 そしてその途中にあるのが……現在のマジックフロンティアにおける人気アトラクション筆頭である『ファンタジーフライトツアーズ』である。

 

 

 

 『ファンタジーフライトツアーズ』

 

 空想と飛行の研究に関する博物館の創設百周年を記念する式典に参加し、イマジネーションを動力として空を飛ぶファンタスティックフライヤーに乗って世界中の空を旅するアトラクション。まるで本当に空を飛んでいるような臨場感を味わうことが出来る大人気アトラクション。

 

 

 

「……えっ、もう二時間待ち!?」

 

「流石大人気アトラクション……」

 

 まだ開園して二時間しか経ってないのにこの行列である。……先ほどのイントゥジアースのときも似たようなことを言ったような気がするが、本当に今が閑散期なのかと疑いたくなる。

 

「あれ? 開演三十分で三十分待ちになって、開演二時間で二時間待ちになるってことは、意外に順当な待ち時間なのか……?」

 

「何かを間違えているような気もするけど……」

 

 しかし俺たちはこの行列を回避するための手段が用意してある……そう、それが『マジックエンジョイパス』なのである。

 

 通常待機(スタンバイ)の列を横目に進んでアトラクションの入り口へと近付くと、数名のキャストさんが「『マジックエンジョイパス』をお持ちの方はこちらからご入場いただけます」と呼び掛けていた。

 

「えっと、確かアプリを開いて……」

 

 道の端に寄ってからスマホを開き、マジックリゾートのアプリを起動して画面にQRコードを表示させる。

 

 そして入口に数台設置された機械にそのQRコードを読み込ませると……。

 

「お二人様ですね、このままお進みください」

 

 オッケーのようだ。

 

「……前に遊びに来たときは、確か紙のチケットに描かれたバーコードを読み取ってたような気がする」

 

「今はスマホに表示させることで何でも出来る時代なのね」

 

 よく考えたらライブやコンサートのチケットもスマホに表示させる形式が増えてきているのだから、常に進化し続けるマジックリゾートでそれが取り入れられないわけがなかった。

 

 そんな会話をしながら、通常列とは反対側の通路を進んでいく。

 

「やっぱりこうして並ばずに通路を進んでいけるのって特別感があるな」

 

「ちょっとした優越感を覚えちゃうわね」

 

「まぁ俺はお前の旦那であることに常に優越感を覚えているけどな」

 

「まぁ……私も、ひぃくんの奥さんであることに優越感、覚えてるわよ」

 

 お互いがお互いの一番愛している人と一緒にいることが出来ているという事実は、やはりどんな事象よりも優先されるべきことなのである。

 

 

 

 

 

 

「……前を歩いてるバカップル、進むスピードが速いわけじゃないんだけど全然追いつけないな」

 

「寧ろ遅いぐらいなのに距離が縮まらない……コ、コレは一体……!?」

 

「……そ、そうか、二人が速いんじゃない……()()()()()()んだ……!」

 

「な、なにっ!?」

 

「俺たちはきっと深層心理で『二人に近付いては、近付いてはいけない』と考えている……だから、二人の歩くスピードよりも速いスピードで歩くことを()()()()()()()()()()()んだッ!」

 

「な、なんだってぇぇぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 しばらく列を進むと通常列のゲストと合流し、一つの部屋に集められた。壁には世界中の様々な『空を飛ぶ乗り物』の絵や写真や資料が展示されており、まさしく飛行に関する研究をしていた博物館といった様相だった。

 

 そんな中でひと際大きく目立っていたのが、今は亡きこの博物館の館長『アメリア・イーグル』女史の肖像画である。まるで写真のように繊細に描かれており、今にも動き出しそうな迫力が……。

 

「っ!?」

 

「鳥が……!?」

 

 描かれていた鳥がいきなり動き出して思わずビクッとしてしまった。周りの人たちのリアクションが薄いので若干恥ずかしさを覚えるが、もしかして有名な仕掛けなのか……?

 

 

 

『Bongiorno!』

 

 

 

 と思ったら肖像画も喋り出したんだけど!?

 

(これ、絵じゃなくて映像だったのか……)

 

 彼女の口からこの博物館の由来が語られ……なるほど、ここでこのアトラクションのストーリーが説明される構成になっていたらしい。

 

 そして話を終えた彼女は再び最初の姿勢となり……そのまま肖像画へと戻ってしまった。

 

「やっぱりただの肖像画にしか見えないんだよな」

 

「でもこういう仕掛け、ライブとか舞台とかで使えるんじゃないかしら」

 

「……あぁいや、舞台だとあるぞ」

 

「えっ」

 

 最近は映像……プロジェクションマッピングを用いた舞台というのも少なくはない。

 

「前に観に来てくれた舞台でも使われてたぞ」

 

「……もしかして、ひぃくんを襲った犯人役のあの人、映像だったりしたの?」

 

「そうそう」

 

「ひぃくんのことばかり見てたから気付かなかった……」

 

「俺のことに集中してくれるのは嬉しいんだけど、出来ればもうちょっと舞台全体に意識を向けて欲しいんだが」

 

 アメリアの肖像画の部屋を出ると、ようやくこのアトラクションのメインとなる『ファンタスティックフライヤー』の乗り場である。その際、アトラクションに乗った際のシートベルトの付け方などの説明する映像が流れたのだが、これもまた動く絵であった。

 

「意外と気にしてなかっただけで、ここまで歩いてきた中でも絵じゃなくて映像だった場所があるかもな」

 

「そういうところを見つけるのも、マジックリゾートの楽しみ方の一つなのかもしれないわね」

 

 さていよいよ『ファンタスティックフライヤー』への搭乗となる。九つのフライヤーにそれぞれ十人ずつ横並びに乗るようで、俺たちが案内されたのは真ん中中央のフライヤーだった。

 

「もしかして一番いい所だったりするのかな?」

 

「どうだろうな」

 

 そもそもアトラクションがどのように進行していくのか、俺たちは一切の情報を仕入れていなかった。前に乗ったことのアトラクションは仕方がないが、初めて乗るアトラクションは出来るだけ何も知らない状態で楽しもう、というのが今回の方針である。

 

 俺たちは一番端の二席に並んで座り、いよいよ空の旅が始まった。

 

「うわっ」

 

「浮いたっ」

 

 足が床から離れると、俺たちだけではなく周りのゲストからも小さな驚きの声や歓声が聞こえてきた。フライヤーはテラスから夜空へと飛び立ち……。

 

 

 

 

 

 

「「……空飛んでた……」」

 

 フライヤーが博物館のテラスに戻ってきても、俺と楓はそう口を揃えて呆けてしまった。

 

 いや本当に凄い。映像の臨場感が凄く、足元の浮遊感も相まって高高度を飛んでいるようにしか思えなかった。

 

「土の匂いや、香辛料の匂いも凄かったですね……」

 

「だなぁ。あと一瞬水までかかるのかと思って身構えちゃったよ」

 

「私も」

 

 何時までも座ったままでいるわけにもいかないので、シートベルトを外して退席する。周りのゲストの反応を見ると俺たちと同じように初めて乗った人たちも何人かいるようであった。皆口々に俺たちと同じような感想を言っていた。

 

「唯一の不満点があるとすれば、上の人の足が視界にチラついてたことぐらいか」

 

「そこは仕方がないわね……」

 

 九つのフライヤーが三つずつ上段中段下段と配置される形になるのだが、中段の俺たちの頭上には上段の人たちの足が見えてしまっていた。これだけが唯一の不満点であり、逆を言えばアトラクションそのものには何の不満も存在しない最高の空の旅だった。

 

「最後のシーンも本当に東京の上空を飛んでるみたいだったな」

 

「夜景が綺麗だったなぁ……」

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「いやぁ初めて乗ったけど凄かったねぇ!」

 

「私、あんまり集中出来なかった……」

 

「えっ!? なんで!?」

 

「……私の隣にさ……カップルが座ってたんだけどさ……」

 

「え、なに? 煩くて集中出来なかったとか? 迷惑カップルだった?」

 

「チラっとさ……横目で見ちゃったんだ……」

 

「?」

 

「……私の魂の推しカプである神谷夫妻に滅茶苦茶似てて、二人がフロンティアデートしてたらっていう妄想が捗っちゃって……!」

 

「えぇ……」

 

 

 




「ママのおねだりに抗える人間は世界でパパだけだと思う」

「分かる……」

「……そういえば、私たちって海外旅行行ったことないよね」

「パパもママも忙しいもんね」

「いや、現状一番忙しいのはシンデレラガールのお姉ちゃんでは……?」
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