11:30 ポルト デ メディテレニア
「あ、次の『マジックエンジョイパス』の予約が出来るようになってるな」
「ホント?」
『ファンタジーフライトツアーズ』を降りてアトラクションの外に出た俺たちは、アプリを立ち上げるために人の流れから外れる。丁度近くに座れるところがあったので、そこに腰を下ろすことにした。
「えっと、次はどのアトラクションの予約を……って」
「もうこんな予約時間になっちゃうのね」
楓と共にスマホの画面を覗き込む。やはり人気アトラクションの予約はかなり埋まっており、既に夕方以降の時間しか残されていなかった。
「次に予約出来るようになる時間のことを考えると、人気のアトラクションは一つしか選べなさそうだな」
「そうね……」
二人でどのアトラクションに乗るかを考える。
「……そういえばこの『フォール・オブ・ザ・カース』は夜に乗ると夜景が綺麗に見えるってしおりに書いてあったわね」
「そういえばそんなこと書いてあったか」
俺のスマホでアプリを開いているため、PDFファイルは楓のスマホで開いてもらう。
この『マジックリゾート一泊二日のしおり』には旅のしおりとしての予定表などは書かれておらず、基本的にはプロデューサーのおススメポイントが記されている。アトラクションだけではなくレストランやショップなど俺たちの好きそうなところを抑えてくれていて、まさしく世界に一つだけのしおりと言えよう。
(……いややっぱりその熱量は別の方向に向けるべきなのでは)
そんなことを考えつつもしおりを確認。確かに楓の言う通り、このアトラクションは日が落ちてから乗ることをおススメされていた。
「日が落ちてからって考えると、この『19:40~19:50』ぐらいの時間帯にするか?」
七時にここメディテレニアでナイトショーが行われるらしいので、それを観終わった後に丁度並べそうである。
「でも注釈によると意外と混まないって書いてあるわよ」
「む、人気アトラクションだと思ったんだが意外とそうでもないのか?」
「多分他のアトラクションの方が人気ありすぎて相対的に人が並ばないってことじゃないかしら」
となるとこのアトラクションの予約を取るのは少々勿体ないような気がしてきた。
「それじゃあ別のアトラクションを……こっちはどうだ? 『トイ・オブ・ザ・ワンダーランド』」
これは『ファンタジーフライトツアーズ』や『イン・トゥ・ジ・アース』と並ぶ三大人気アトラクションの一角である。現在の待ち時間が二時間を超えていることからもその人気ぶりが窺える。
「予約時間が最短で『20:30~20:40』か。もうギリギリだな」
「それじゃあそこにしましょうか」
「だな」
というわけで次のマジックエンジョイパスは『トイ・オブ・ザ・ワンダーランド』になったのだが、そこでふと気付く。
「……ということは、今から夜のショーを見るまで完全にフリータイムになったわけだ」
「……そういえばそうなるのね」
新しくアトラクションの予約も出来ないため、ここからアトラクションを乗るためにはしっかりと並ばなければいけないことになってしまった。
「でも何時間も並ばないといけない人気のアトラクションを予約出来たんだから、少しぐらい待ってもいいんじゃない?」
「んー……まぁ、そうだな」
プロデューサー曰く『マジックリゾートとは待つことも楽しむ場所』であるらしい。ならば予約ばかりで並ぶよりも、しっかりと待ち時間を堪能するのも醍醐味なのだろう。
「そもそもひぃくんと一緒だったら何時間でも待てちゃうもの」
そんな可愛らしいことを言いながら楓がコテンと肩に頭を乗せてきた。
「流石に何時間も待つのはなぁ」
「あら? 私は数ヶ月も待ったんだから、数時間ぐらいへっちゃらよ」
「……何を数ヶ月待ったんだ?」
「ひぃくんがプロポーズしてくれるのを」
「え゛」
喉から変な音が漏れ出た。
「……え、えっと……き、気付いてたのか……?」
「ううん、なんとなくそんな気がしてただけ」
自分が何かしらのミスをしていたのかと思ったが、楓は笑いながら首を横に振った。
「ひぃくんが『そろそろプロポーズのタイミングなんだろうな』って思ってくれていたのと同じように、私も『そろそろプロポーズしてくれるんだろうな』って、そんな気がしたの」
……それはなんとも。
「女の勘ってやつか?」
「どうかしらね?」
そんな会話をしている内に、そろそろお昼の時間である。先ほど餃子で一杯やったとはいえ、しっかりとした食事はしたいものである。
「とはいえ、何処に入っても今は混んでるだろうな」
「しおりによると、レストランも予約出来るみたいよ」
「いや、いくらなんでも今から予約して入れるレストランは……」
「そうじゃなくて、アトラクションみたいに時間指定して商品を受け取るタイプの予約みたい」
「へぇ……つまりアレか、ファーストフードとかのモバイルオーダーみたいな」
「そうそう」
再び『マジックリゾート一泊二日のしおり』に目を通すと、初日のフロンティアでのランチ候補となるレストランがピックアップしてあった。選考基準はモバイルオーダーに対応していて、さらに当然のようにアルコールの提供をしているお店である。
「なに食べる? この近くのレストランだとパスタかな」
「うーん……今はワインよりも、もうちょっとだけビールを飲みたい気分なのよね」
パスタの店にもビールは置いてあるだろうが、そういう気分じゃないということか。
「……あ、ここなんてどうかしら」
「スモークチキンやスモークポークなどのメキシコ風料理……いいんじゃないか」
『マジックフロンティア』の一番奥に存在する密林エリア『ロストシティフォレスト』の『ルインズ・ベースキャンプ』というレストラン。このレストランも先ほどの『タキプレウスギャレー』と同様に、カウンターで料理を受け取って自分で席に運ぶタイプである。
「えっと……ここかな」
アプリを開いてモバイルオーダーのページを開く。どうやら来店時間を指定して予約するらしく、確かにアトラクションの予約と同じような形式だった。
しかしアトラクションの予約と同じような形式ということは、つまり予約時間がどんどんと埋まっていくということでもあった。
「最速の受け取り時間が既に十三時を回ってるな」
「お腹が空いて今すぐ食べたいわけじゃないし、何処かで時間をつぶせばいいんじゃないかしら」
「……それもそうか」
というわけで、アトラクションに続いてレストランの予約も取得。今から約一時間後にランチタイムという予定になった。
「となると、一時間ぐらい余裕が出来たな」
「折角だし、ゆっくり園内を見て回らない? 入園してから結構せかせかしてたし」
確かに言われてみれば、予約を取ったりアトラクションに並んだり餃子で一杯やったり、割とせわしなく動いていた。
「それじゃあここらでのんびりと園内デートしますか」
「さんせー! ……あら?」
そろそろ移動をしようと立ち上がりかけた瞬間、しおりを見るために覗き込んでいた楓のスマホにメッセージの受信通知がピロンと入る。どうやら先ほど楓が自撮りを送ったグループチャットからのようだ。
「早苗さんが『楽しんでるー?』ですって」
「そりゃ勿論」
ピロンピロンと続けざまに送られてくるメッセージを読むとどうやら川島さんと片桐さんは二人でお出かけ中らしく、丁度お昼のタイミングなのでメッセージを送ってきたらしい。
「つまり二人は今一緒にいると……いいこと思い付きました」
そう言いながらニヤリと笑った楓は、片桐さんの個別チャットを開き……。
「ビデオ通話しちゃいましょう」
「いいな、自慢するか」
楓の提案を快諾して早速ビデオ通話開始。
数回コールが続き、流石に急すぎたかと思っている内に通話が繋がった。
『はいはーい』
「うふふっ、早苗さん、こんにちは」
『はいはいこんにちは』
画面には片桐さんが映った。どうやら何処かのお店のオープンテラスらしい。
「瑞樹さんとのデート中にごめんなさい」
『……それ、旦那様とデート中の楓ちゃんが言うと結構な皮肉よ』
『私たち以外に言っちゃダメヨー』
「はぁい。瑞樹さんもこんにちは」
ひょっこりと画面に川島さんも映る。片桐さんの隣に移動してきたようだ。
「お二人ともこんにちは」
『はい旭君もこんにちわー』
『そっちも楽しんでる?』
「そりゃあもう」
「ひぃくんと一緒に朝から飲むビールは最高でしたよ」
『何それメッチャ羨ましい……って、楓ちゃん今なんて言った?』
『誰と一緒にって?』
「ひぃくんです」
片桐さんと川島さんの問いに答えるように、再び楓は俺の肩にコテンと頭を乗せた。
「そしてこちらに美人さんはふぅちゃんです」
『え、なに、なんでいきなりバカップル化してるの?』
『それもマジックリゾートマジックなの?』
「違いますよー」
「公に名前を言うと身バレの危険性があるので、リゾートにいる間はお互いに愛称で呼び合うことになったんです」
『いや絶対そんなの建前でしょ』
何故かノータイムで片桐さんから否定されてしまった。
「そんな!」
「俺たちがこうしてイチャイチャするためにこんなことしてるって言うんですか!」
『やっぱりコレ自慢するために通話してきたわよね!? 当てつけよね!?』
「「はいっ!」」
『このバカ夫婦がっ!』
褒められてしまった。
……そういえばさっきから一歩も動いてなかった。
「……はっ!?」
「ん? どうした? さっきからぼーっとしてたみたいだけど」
「いや……あそこ、見える?」
「ん?」
「あそこに座ってるカップルがずっとイチャコラしてるもんだから、思わず見入ってしまった……」
「……お前、そういうの見るの好きだもんな」
「マジックリゾートの待ち時間はこれが醍醐味だぜ……」
「いや流石にそれはお前だけだろ……」
「やっぱりね……イチャイチャっていうのは……こういうのでいいんですよ……」
「月ちゃんが凄い達観した表情をしている……」
「パパとママは座ってるだけで絵になるからね」
「それはそう」