11:45 ポルト デ メディテレニア
『それじゃ、切るわよ』
『お土産よろしく~』
「勿論です」
「またの機会に」
十分ほど会話をした後、川島さんたちとの通話を終了する。
「……まだまだお昼まで時間があるね」
モバイルオーダーの受け取り時間までまだ一時間以上あった。
「一時間も時間があるんだから、何か手ごろなアトラクションにでも乗りたいな」
「……あ、折角だからアレ試してみない?」
「アレ?」
「プロデューサーさんの『マジックリゾートなんでも相談所』」
「……アレかぁ」
――パーク内で何かあったら気軽に相談してください!
それはプロデューサーから貰った旅のしおりの最終ページに記載された一文。どうやら旅のしおり以外のことでもプロデューサーは何でも相談に乗ってくれるらしい。
「プロデューサーさんは『この二日間はどんなタイミングでもすぐに相談に乗れるように待機しておきます!』って言ってましたね」
「だからその情熱をもっと別の方向に向けるべきなのでは……」
なんでも『マジックリゾートのオタクはパークに関する相談はどんな些細なことでも乗りたい』らしい。まぁ、マジックリゾートに限らずオタクっていうものは自分の好きなもののことならば何でも話したい生き物だからな。俺も『高垣楓』のことだったらいくらでも喋りたいし。
「でも折角『頼って欲しい』って言われてるんだから、少しぐらい頼ってあげてもいいんじゃない?」
「……まぁな」
プロデューサーが俺たちのために全力で様々なプレゼンや各種申し込みをしてくれたわけだから、相談に乗ることで彼女も楽しめるのであれば相談するのもまたお礼の一環になるのかもしれない。
「それじゃあ早速……」
メッセージアプリでプロデューサーに簡単に現状を説明する。
『現在ファンタジーフライトツアーズを降りたところ。ルインズ・ベースキャンプのモバイルオーダーを13時に予約。何か時間を潰す良い案を教えてください』
「……自分で文章を打っておいてなんだけど、なんか凄いAIに質問してる感覚」
「反応速度もAI並みね」
「嘘だろ!?」
一分どころか三十秒ぐらいしか経ってないんだが!?
『ファンタジーフライトツアーズ目の前の階段を降りて右手にあるマジックフロンティア・クルーズに乗れば、そのままルインズ・ベースキャンプのあるロストシティフォレストに行けますよ! 今ならロストシティフォレストの奥にあるマジックドッグズ・グリーティングが待ち時間40分です!』
「……今の僅かな時間でこれだけの文章を打ち込んだんですか……?」
「しかもフロンティアの待ち時間を確認した上でこれか……」
楓と二人で顔を見合わせて「オタクって怖ぇ……」とちょっとだけ引く。
しかし提案された内容自体は流石と言わざるを得ないぐらいしっかりとしたものだった。
「移動手段としてのアトラクションを活用しつつ時間調整までされてるとは」
「それじゃあ、プロデューサーさんの提案通りに動いてみましょうか」
「そうだな」
プロデューサーに『ありがとうございます。提案通りに動いてみます』とお礼のメッセージを送ってから、俺たちは移動を開始するのであった。
「……っし!」
「ぷ、プロデューサーさん? どうしていきなりガッツポーズを……?」
「プロデュースが成功したんですよ、ちひろさん……!」
「……な、なんのですか……?」
11:55 マジックフロンティア・クルーズ
『マジックフロンティア・クルーズ』
マジックフロンティアを巡る航海を楽しむアトラクション。『ポルト デ メディテレニア』を出発し『ウォーターフロントダウンタウン』と『フューチャーホライズン』を経由して『ロストシティフォレスト』への船旅。
五分ほどの待ち時間ですぐに船に乗ることが出来た。他の乗客もいるため、自分たちの変装がちゃんと出来ていることを再確認してから乗船。運よく一番隅に着席することが出来た。
ほどなくして出航した船に揺られつつ、海側から見るマジックフロンティアの景色を楽しむ。
「私、あんまり船って乗らないな」
「俺は撮影のときに何回か。プライベートで乗ることもあんまりないもんな」
「あっ、私アレに乗りたい。屋形船」
「それは船に乗ることが目的じゃなくて、船に乗ってお酒を飲むことが目的では……?」
そんな会話をしつつ船はポルト デ メディテレニア』にかかる大橋の下を通って『ウォーターフロントダウンタウン』と入っていった。ここは古き良きアメリカの街並みが再現されたエリアであり、先ほど話題に挙げた『フォール・オブ・ザ・カース』と『トイ・オブ・ザ・ワンダーランド』があるエリアでもある。
「……あ、橋の上から手を振ってる人がいる」
「キャストだけじゃなくて、ゲスト同士でも手を振り合ってるんだな」
少しだけ不思議な光景ではあるが、橋の上のゲストから見た俺たちは『船旅をする乗客』というアトラクションの一部であり、俺たちから見た橋の上のゲストは『船旅の途中に見かけた現地の住民』というアトラクションの一部でもあり、お互いがお互いの
折角なので俺と楓も船から手を振り返しておく。ファンに向かって手を振り返すのは俺も楓も得意分野だ。
「………………」
「どうしたの? いきなり立ち止まって」
「……待って。今『神谷旭と高垣楓が手を振り返してくれた』っていう幻覚の余韻に浸ってるから」
「救護室行く?」
12:10 ロストシティフォレスト
人類未踏のジャングルの奥地で、考古学者『アンディ・ジョンソン』が発見した古代都市の遺跡を探検するエリア。それがここ『マジックフロンティア』最奥のエリア『ロストシティフォレスト』である。
「幸子ちゃんがこんな雰囲気のジャングルに行ってたわね」
「本当にアイツは凄いよなぁ……」
楓の同僚アイドルのプロ根性に感心しつつ、下船した俺たちは早速プロデューサーからの提案に従って『マジックドッグズ・グリーティング』へと向かう。
『マジックドッグズ・グリーティング』
ジャングルへ探検にやって来た、マジックリゾートのマスコットであるマジック・ドッグやその仲間たちと一緒に写真を撮ることが出来るアトラクション。園内に何ヶ所か存在し、ここでは『マジック・ドッグ』『マジック・キャット』『マジック・ウルフ』の三人と写真を撮ることが出来る。
「各キャラクターごとに待ち時間が違いますね」
「やっぱり『マジック・ドッグ』が一番人気だな」
1時間待ちである。対して彼の恋人である『マジック・キャット』や共通の友人である『マジック・ウルフ』は少々短めの40分。ここからレストランまで10分もかからないため、このどちらかならば余裕で間に合うだろう。
「短いからここにするっていう決め方は少々よろしくないかもしれないが……」
「一応『マジック・ドッグ』との記念撮影は明日する予定だったし、今日は『マジック・キャット』ちゃんと写真を撮りましょうか」
というわけで『マジック・キャット』とのグリーティングの列に並ぶ。
「……アイドルの握手会に並ぶ人の気分に初めてなったわ」
「ふぅはいつも並ばれる側だもんな」
「そういうひぃくんは並ぶ側だものね」
「……え」
まさか……バレていたのか? 付き合う前にこっそりとプライベートで楓の握手会に並んでいたことが?
「……だってその頃には、私だってひぃくんのことが好きだったんだもん」
「えっ、そうだったのか……!?」
お互いにいつ頃から好きだったのかという話はしたことがあったが……そうか確かに思い返してみれば、時期的には既に両片思い時代だったのかもしれない。
「いけないことだとは分かっていても……私は、ひぃくんが握手に来てくれることがとても嬉しかったの」
「……まるで逆だな」
一体どっちの握手会なんだか。
「ひぃくんの握手会があったら、私も行ってたのになぁ」
「舞台挨拶の際に手渡しでグッズを渡すことはあるけど、握手会っていうのはなかったな」
「まぁ……握手なんかよりもっと近くに、ずっといれるからいいんだけど」
そう言いながら、楓は俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
あの『高垣楓』が握手どころか身体を密着させながら俺の顔を見上げてくるこの状況を、当時緊張しながら握手会に並んでいた俺が知ったらどんな反応をするのだろうか。
「……あのとき、貴方が握手会に来てくれることをドキドキしながら待っていた私が今の私を見たら、一体なんて言うのかしら」
当時の俺たちがなんて言うのかは分からないが……今の俺たちが昔の自分に伝えるべき言葉は決まっている。
――もっと早く勇気を出せば。
――それだけ長く幸せな時間を過ごせるぞ。
今こうして一緒に並んで待っているだけの時間ですら幸せなのだから、当時のまだ交際していない時代が如何に勿体なかったかと、逆に後悔することがある。それぐらい今が幸せ過ぎるのだ。
「……『マジック・キャット』と写真を撮りに行く途中だけど、今凄くひぃくんと写真が撮りたい」
「……俺も」
だからこれは予行演習だ。
「……私はね、そのとき。一つの極致に至ったの」
「私はもう……誰にも負けない」
「そんな全能感を胸に、私は生きていく」
――とあるテーマパーク内でとあるキャラクターを演じていた女性が。
――とある人物たちと写真を撮影した後の発した言葉より抜粋。
「そしてこれがそのときの写真と」
「『マジック・キャット』ちゃんだ~可愛いよね~」
「まぁママの方が何倍も可愛んだけどね」
「そうだけどさ」
「お姉ちゃんも可愛いよ!」
「月だって可愛いんだからね!」