15:00 ポルト デ メディテレニア
ケープマカレルにて『バニティー・ラビット』やそのグッズを購入し、メディテレニアへ戻ってきてからも様々なショップで買い物を楽しむ。
「うふふ、いっぱい買っちゃった」
「流石に買い過ぎたか……?」
あれをお土産にしようこれは家に買って帰ろうなどと際限なしに買い物カゴにお土産を入れまくった結果、大きめのショッピングバッグを二つも購入することになった。とりあえず二人並んで「こんなに買っちゃった」と記念写真。
「明日もお土産買うんだろ?」
「うーん……流石に明日は自分たちが欲しいものだけにしましょうか」
「それがいい」
さて、そんなこんなでいつの間にか三時である。
「荷物も増えたことだし、そろそろホテルにチェックインするか」
「いよいよ『ホテル・シャングリラ』に……なんだかドキドキしちゃう」
これまでも仕事の関係でそれなりにいいホテルは泊まって来た俺たちではあるが、それでも期待に胸が膨らむ何かがあった。
「えっと、確か園内から直接ホテルへ入れるゲートがあるのよね」
ある意味『ホテル・シャングリラ』の特徴とも言える、宿泊者のみ利用可能の『マジック・フロンティア』へ直接出入りすることが出来るゲート。ゲート前で予約を確認してくれてチェックイン前でも使えるのはありがたい。
大荷物を抱え、俺たちは『ホテル・シャングリラ』専用ゲートへと向かった。
15:10 ホテル・シャングリラ
今朝も訪れたホテル内のロビーは、俺たちと同じようにチェックインを目的としたゲストが多く今朝よりも混雑していた。チェックインカウンターにも列が出来ていて、これは少々時間がかかりそうである。
「俺がチェックインに並ぶから、ふぅは座って待ってていいぞ」
「……そうね、荷物も少し多いし、お言葉に甘えようかしら」
ロビーに並ぶソファーには多くのゲストが休憩に利用しているものの、一人ぐらいなら座れるスペースはありそうである。先ほど買った大きなショッピングバッグ二つを楓に任せて、俺はチェックインカウンターの長蛇の列へと並ぶのだった。
「ふぅ……」
旭君と離れて、私は一人『ホテル・シャングリラ』のロビーのソファーに腰を下ろす。自分の荷物は膝の上に乗せ、ショッピングバッグ二つを足元に置いて、私は一息つく。
視線をチェックインカウンターの列に向けると、一人列に並ぶ旭君の姿が見えた。私からの視線に気付いたらしく目線があったので微笑みながら小さく手を振ると、旭君も苦笑しながら手を振り返してくれた。こんな些細なやり取りにすら小さな幸せを感じてしまう。
「……………」
ふと何気なしに視線を周りに向ける。私たちと同じようにチェックインを待っているであろう家族連れが多く、落ち着いた雰囲気のホテルではあるが少々賑やかでもあった。
「……子ども」
不意に口から漏れ出た言葉に我に返り、そしてその内容に思わず顔が熱くなるのを感じた。
いや、欲しくないわけじゃない。寧ろ欲しい。けれど今はもう少し二人でゆっくりとしたい気持ちがないわけではないしそれでも旭君との子どもの三人の生活に憧れていることも事実であって……。
「楓」
「っ!」
そんなことを考えて一人で悶えていると、不意に名前を呼ばれて一瞬身体が強張った。
身バレするほど油断していたのかと自分の失態を悔いつつ、しかし現状の変装は一切解けていないことに気付く。つまり変装している状態の私を『高垣楓』だと認識出来るような知り合いであるということだ。
そして私の名前を呼んだ声に聞き覚えがあるような気がして、視線をそちらに向けると――。
なんか楓がイケメンと談笑してるんだけど。
ちょっと目を離している間の出来事である。え、アレ誰!?
(三十代前半……ぐらいか?)
俺や楓よりも少し年上ぐらいの、凄く落ち着いた雰囲気のイケメンである。出来る男のオーラが半端なく、何処かの企業のバリキャリといった風貌。これがただのナンパなのであれば簡単にあしらっているはずの楓が、何故か楽しげに会話をしているところが地味にショックであった。
勿論、楓に俺の知らない知り合いがいてもおかしくはない。俺にだって楓の知らない知り合いぐらいいる。しかし、どうしても一度思い浮かべてしまった『楓の元彼』という発想が脳裏にこべりついて離れてくれないのだ。
そんな俺の心の中の苦悩を知ってか知らずか、楓は俺に向かって手を向けた。どうやら男性に俺のことを紹介しているらしい。一体何を話しているのか、どう紹介しているのか、楓のことを疑うわけじゃないけど結局彼は誰なのか……そんなことを考えていた俺は、男性の隣に立っていた一人の少女の姿に気が付いた。
男性に気を取られすぎていて存在を全く認識していなかった中学生ぐらいのその少女は、キャミソールにミニスカートと露出が高く、頭に乗せたサングラスと長い黒髪で随分とませた印象を与える……って、あれ?
(……あっ、的場梨沙ちゃんか!?)
普段のツインテールではないため一瞬分からなかったが、彼女は紛れもなく
そんな彼女と一緒にいる男性は、よくよく見ればしれっと梨沙ちゃんが腕を絡めている男性の正体は、つまり……。
(あの人が噂の的場父か!? 若っ!?)
ファザコンで有名な的場梨沙の父親の話は度々聞いていたが、まさかこれほど若々しい見た目をしているとは思わなかった。
的場父がこちらに向かって頭を下げたので俺も慌てて頭を下げ返しつつ、俺はようやく今の状況を理解することができた。
つまり『父親と共にフロンティアに遊びに来ていた梨沙ちゃんが、同僚アイドルである楓の姿を見つけて声をかけ、自慢の父親を紹介した』といったところなのだろう。
(……焦ったぁ~……)
結局俺の勘違いというか独り相撲だったわけだが、俺はこっそりと胸を撫で下ろした。
「全く楓ったら、愛しの旦那様とのデートに浮かれちゃって。……え、なぁにパパぁ? パパの可愛い娘に何かご用ぉ?」
15:40 ホテル・シャングリラ テラスルーム
「それではごゆっくりお寛ぎください」
俺たちの荷物を持ってきてくれたホテルマンが一礼してから退室するのを見送ってから、俺と楓は一息ついてからそれぞれの変装を外した。
「なんだかようやく一心地つけた感じねぇ」
「そうだな、ようやく『神谷旭』に戻れたって感じだ」
「ふふっ、なぁにそれ、それじゃあ私も今までは『高垣楓』じゃなかったってこと?」
「さっきまでの俺たちは『ひぃくん』と『ふぅ』だったからな」
「そういえばそうだったわね」
別にホテルの従業員にまで正体を隠し通す必要はないのだが、向こうもきっと『暗黙の了解』というテイを取ってくれているはずなので、無暗に身バレするようなことはしないのだ。
荷物を下ろしつつ、俺と楓はジリジリとテラスに近づいていく。
「それじゃあ行くぞ。せーので……」
「一番乗りー!」
「あ、ずりぃ!」
二人同時にテラスに出ようとしたら楓に裏切られた。テラス一番乗りを奪われてしまい、俺も慌てて楓の後を追った。
「「……うわぁ……!」
眼前に、マジック・フロンティアの海とヘスティア火山が広がっていた。
「凄い……」
「ホント、凄いしか言えないな……」
言葉少なに、俺たちはテラスの手すりへと歩み寄る。手すりに手を置きつつ眼下に視線を向けると、先ほどまで俺たちが歩いていたメディテレニアのメイン広場を見下ろすことが出来た。
「旭君、写真写真!」
「落ち着け楓、まずはこの贅沢な光景を存分に堪能してだな」
「撮ります」
「はい」
腕に抱きつかれて俺は秒で楓に屈した。
二人並んで手すりに背を向け、背後のフロンティアの園内がしっかりと写るように角度を調整する。顔を寄せ合い、小さくピースサインをしつつスマホを構える。
「はい、せーの」
パシャリ
「……まさかの不意打ち二連続とは」
「うふふっ」
先ほどテラス一番乗りを奪われたばかりだというのに、今度は不意打ちで
楓にキスをされて呆気に取られる自分の間の抜けた表情を確認していると、楓はクスクスと笑いながら「だって」と言葉を続けた。
「ちょっとだけ嫉妬してる旭君が、とーっても可愛かったんだもん。ずっとチューしたかったのよ?」
「……バレてた?」
「多分梨沙ちゃんにもバレてたと思う」
「……………」
クソ恥ずかしい。妻の友人の父親にモヤモヤとしていたなんて、字面だけ見ると間抜けすぎるだろ俺。
「旭君、私のことが好きすぎて嫉妬してくれることなんて殆どなかったから……ちょっとだけ新鮮で嬉しいな」
ここぞとばかりにニヤニヤと俺を攻め立てる楓だが……ここまでされては俺も先ほど手に入れたばかりの切り札を切らざるを得ない。
「……そうだな、小さな声で『子ども』って呟いた後、顔を赤くして悶えてた楓の姿も新鮮で嬉しかったぞ」
「っ!?」
勿論本当に聞こえてはいなかったが、楓の視線と口の動きで何となくそうじゃないかと鎌をかけてみたところ見事に的中したらしい。
さて、ここからは両者恥ずかしいところを突かれたことによる
「……………」
「何見てるの?」
「いや何か反対のテラスルームでカップルがイチャついてるみたいでさ」
「出歯亀は良くないぞ」
「それもそうね」
「うわぁぁぁほっぺにチュー写真だあああぁぁぁ!」
「月ちゃんのテンションが鰻登りだぁ」
「……そういえば梨沙ちゃんって去年引退したよね。今何してるんだろ」
「……………」
「お姉ちゃんは知ってる?」
「知らない方がいいかなぁ」
「え?」