18:25 ホテル・シャングリラ テラスルーム
さて、プロデューサーの指示通りに十八時半前には部屋で待機できるように戻って来たわけだが。
「本当に何処でディナーなんだろうな」
「プロデューサーのことだから、もしかして食事をしながら十九時からのショーを見ることが出来るレストラン……とか?」
「それだったら凄い豪華だけど……」
そんな会話をしていると、部屋の固定電話が鳴った。
(……誰だ?)
正直ホテルの電話なんてスタッフへの質問やモーニングコールぐらいにしか利用したことがないため、それ以外の用途が思い付かない。
同じことを思ったらしい楓と顔を見合わせて首を傾げつつ、受話器に手を伸ばす。
「もしもし」
『恐れ入ります。神谷様、ご予約いただいたディナーを
「え」
ディナーを……『持ってきた』?
「あ、はい、お願いします」
「旭君? どうしたの?」
「……えっとな」
「まさか
「すごぉい……!」
感心すると俺と目を輝かせる楓の視線の先には、テラスのテーブルに並べられた料理。そう、プロデューサーがサプライズに用意してくれたディナーとは、個室のテラスで夜のショーを観ながらルームサービスによるディナーだったのである。
様々なイタリアンの一品料理や副菜が並べられ、しっかりとワインまで用意してくれている辺り流石プロデューサー分かっている。
用意してくれたホテルスタッフを見送ってから、改めて俺と楓はテーブルに付く。既に空は夕闇に包まれており、パーク内の景観に合わせてホテルの照明もやや薄暗いものになっていて、月並みな言葉ではあるがロマンチックな雰囲気になっていた。
「色々と目新しいものや初めての体験だらけの一日だったけど、まさかこんな時間になってもまだ驚きが更新されるとは思わなかったな」
「ふふっ。まだ明日もあるし、なんならこの後もパーク内に戻ってアトラクションに乗るんだから。きっとまだまだ更新されちゃうかもね」
「だな」
クスクスと笑い合いながら、スタッフが注いでいってくれたワイングラスを掲げる。
「「乾杯」」
「……先輩」
「どうした」
「……あの二人の部屋に行くなんて聞いてない……!」
「言う必要ないだろ」
「心の準備ってものがあるでしょう……!」
「限界カプ厨ここに極まれりって感じだな」
19:00 ホテル・シャングリラ テラスルーム テラス
「お、始まるみたいだな」
「あーん……本当ね」
サーモンのカルパッチョを楓に食べさせていると、照明がさらに薄暗くなってきた。テラスから見えるパーク内の海には、いつの間にか不思議な形のフロートがスタンバイしていた。
「あれは……魔法の帽子?」
マジックドッグがいつも被っている魔法の帽子の形をしていて……その先端に花火と共にマジックドッグが姿を現した。
――さぁ、魔法のオーケストラのスタートだよ!
『スターライト・マジックオーケストラ』
マジックフロンティアの海で開催される光と音のコンサート。マジックドッグがパークに来てくれたゲストたちを歓迎するために魔法を使い、火花と水と星々に意志を持たせて、歌とダンスを披露してもらう。
流石に座ったままでは見づらいため、立って手すりのところまで移動。勿論二人ともワイングラスは手放さない。
「きれい……」
「あ、凄い、プロジェクションマッピングでホテルの壁に絵が」
海だけでなく、パークの一部としてホテルまでもショーに組み込まれているらしい。パークワイドショーという名に相応しい規模のナイトショーである。
「っと、楓、変装変装」
「あ、そうね」
ホテルの壁にプロジェクションマッピングで映像が映されるということは、自然とゲストの視線もこちらに向く。スマホやカメラでショーを録画や撮影するゲストも多いため、テラスからショーを観ている俺たちの姿が映る可能性が高いのだ。
「これで私たちは芸能人夫婦からただのいちゃラブ夫婦になったわけね」
「いちゃラブは変装前からしてただろ」
「えー? それはこんな風にー?」
「おいやめてくれショーを観ようぜ」
甘い声を出しながらしな垂れかかってくる楓。上目遣いにそんなことをされてしまえばショーどころではなくなってしまうので勘弁してほしい。
そんなやり取りをしつつも、二人並んで目の前に広がる光と音のショーを楽しむ。
――最後に、今夜みんなが、幸せな夢を見れますように!
ショーのフィナーレは、そんなマジックドッグの言葉と共に打ち上がった一発の打ち上げ花火だった。
『光と魔法のコンサート、スターライト・マジックオーケストラ、お楽しみいただけましたか? 引き続き、マジックフロンティアで素敵なひと時をお過ごしください』
終焉のナレーションと共に、眼下でショーを楽しんでいたゲストたちが一斉に動き始めた。
「こんな特等席でお酒を飲みながらショーを観れるなんて、プロデューサーには感謝しかないな」
ディナー予約の連絡忘れなんて些細なミスが帳消しになってもまだお釣りが来るほどの良い仕事をしてくれた。流石は高垣楓のプロデューサーである。
「先に冷めちゃう料理を食べておいて正解だったわね」
「だな」
三十分ほどのショーだったため、その間料理に手を付けることが出来なかった。そうなることを見越してパスタなどの暖かい料理を先に食べておいてよかった。
「それじゃああとは、悪くなりそうな生モノを食べて……」
「もう一回パーク内に戻るか」
閉園まであと一時間半。
俺と楓の『マジックフロンティア』初デートのラストスパートだ。
「それじゃあワインも早く飲んじゃわないと」
「いやそれは戻ってきてから飲めばいいだろ」
「……………」
「さっきからショーも見ずに何してるんだ」
「……なんか反対のテラスルームのカップルが……見覚えのある二人のような気がして」
「なんだそれ」
「推しカプに見える……推しカプがイチャついてるように見える……確かめたい……この肉眼で確かめたい……!」
「スマホと使わないという理性は残ってるみたいだな」
19:55 ウォーターフロントダウンタウン
料理の残りとワインを備え付けの冷蔵庫の中に放り込み、再び園内に戻って来た俺たちは、次に乗る目的のアトラクションへとやって来た。
『フォール・オブ・ザ・カース』
とある呪われたビルのエレベーターで巻き起こった落下事故を追体験することになってしまう、フリーフォール型のアトラクション。パーク内を一番高くから見渡すことが出来、さらに落下の瞬間を記念撮影してくれる。
絶叫系プラスお化け屋敷タイプのアトラクションということで、自分たちの遥か頭上から悲鳴が聞こえてくる。
「なんかこの辺りを通るたびに悲鳴が聞こえてたけど、これだったんだな」
「でも楽しそうな悲鳴ね」
人気アトラクションというのも頷けるが、それでも現在の待ち時間は三十分。今から並んでもギリギリ最後の『マジックエンジョイパス』の時間には間に合いそうである。
「流石に平日のこの時間になると、これぐらいの待ち時間になるのね」
「一時間待つようなことにならなくてよかったな」
というわけで早速に並ぶ。人が多いときは外の待機列に並ぶことになるらしいのだが、人が少ないためすぐに建物の中に入ることが出来た。
「……うーん、なかなかそれっぽい雰囲気」
アトラクションの設定としては、エレベーターの落下事故が起こってすぐにビルは閉鎖、所有する会社も倒産してしまったが、とある好事家の大富豪がビルを買い取って保存。その大富豪の孫が落下事故百周年記念パーティーなんて悪趣味なものを開催したため、俺たちはこうしてビルの中に入ることが許されているらしい。
なのでお化け屋敷とまでは言わないが、ほぼ人の手が入っていない廃墟のようなものなので、なんとも言えない不気味さがあった。
「ふぅはお化け屋敷平気だっけ?」
「大丈夫。ひぃくんは……聞くまでもなかったわね」
「去年の舞台がアレだったからな」
とある村の怪奇事件を題材とした舞台に出演させてもらったのだが、運営から『十二歳未満の方がの観劇は推奨されません』という警告が入った舞台なのである。作り物とはいえガッツリ臓物が出るタイプのホラーであり、しかも題材に曰くが付いていて関係者全員でお払いに行く必要があったタイプ。
「まぁ何事もなくてよかったよ」
そういえばあの舞台、346のアイドル部門からも一人出演してたっけ。
「えぇ、小梅ちゃんから話は聞いてるわ。ちょっと危なかったけど、誰にも危害が及ばなくてよかったって」
そうそう、白坂小梅ちゃん……え?
「ふぅ? それどういう意味だ?」
「それは……あ、ひぃくん前に進まないと」
「待って」
「え? 待つと後ろの人に迷惑だし」
「そうじゃない、待つのはそこじゃない、話を少し戻してくれって言ってるんだ」
「?」
「おいお前それはわざとだろあぁもうチクショウ可愛いなぁ!」
「お部屋のテラスでショーを観ながら食事……すっごい羨ましい!」
「これも今度やりたいことリスト入りだね」
「でも四人分って考えると、金額が凄いことになりそうじゃない?」
「ふっふっふ、月ちゃん……『神谷旭』と『高垣楓』と『神谷椛』が本気を出したらどうなると思う?」
「ぅゎ、ぉねぇちゃんっょぃ」