20:25 フォール・オブ・ザ・カース
『呪われているんだ……この建物も……この私も……!』
二十人が乗ることが出来る大型エレベーターでビルを登っていく。偶然俺と楓は最後列の一番端の席だったが、まぁこれはあまり関係ないだろう。
『逃げられない……私はもう逃げられない……!』
例え俺と楓が一番前の席に座っていたとしても、それはそれで俺たちの後頭部しか見えていないわけである。
『頼む……!』
……それ以前の話として。
『タスケテクレぇ!』
「うわあああぁぁぁ!?」
「きゃあああぁぁぁ!?」
同じエレベーターに乗り合わせたゲスト全員、ジャンプスケアと同時に落下するという驚きの体験にそれどころではなかった。
『せめて、君たちだけでも逃げてくれ……!』
『この地獄は……私一人で十分だ……!』
「……なんか、最終的には普通にいい人だったな、ビルのオーナー」
「『悪質な経営をしていた悪徳オーナー』っていうお話でしたけど、最後は私たちを逃がしてくれましたね……」
アトラクションを降りて、他のゲストと共に出口へと向かいながら楓と共に感想を口にする。
「しかし噂程度には聞いてたが、かなりガッツリ驚かされたな」
「プロデューサーさんが『ネタバレはダメ』って言葉を濁した理由がよく分かったわ」
ホラー的な怖さは比較的マイルドなのだが、そこに落下の浮遊感を組み合わせることで怖さが一段階上がっていた。場合によっては大人でも泣きそうである。
「でも、最上階からの夜景は確かに綺麗だったわね」
「それも評判通りだったな」
一度落下し、そこから急上昇して辿り着いたのはビルの最上階。荒れ果てた窓枠から見えるフロンティアの夜景は、確かにそれだけでも見る価値があるほどの絶景だった。
しかし、残念ながら夜景を堪能出来たのは一瞬。子ども特有の甲高い笑い声が聞こえたかと思うと、再びエレベーターは急落下してしまった。
そしてこのアトラクションは『落下中の様子を撮影』してくれるわけで、つまりどういうことかというと……。
「「……ぷっ」」
思わず笑ってしまうぐらい典型的な驚愕の表情を浮かべる一枚がそこにはあった。
「ひぃくん、凄い顔してる」
「ふぅだって人のこと言えないぞ」
アトラクションの出口がショップになっており、そこに壁に先ほど撮影された写真が表示されていた。ゲストは画面に表示されたバーコードをアプリで読み取ることで、写真を買うことが出来るという仕組みになっていた。
「折角だから買いましょうか」
「すみません、事務所を通していない写真はちょっと」
「プロデューサーさんなら秒で承諾してくれると思うけど」
「するだろうなぁ」
寧ろホテル宿泊のコラムを書くという仕事があるため、多分そこで使うという名目で提出を求められる気がする。
「っと、そうこうしてる間にもうすぐ『マジックエンジョイパス』の時間だな」
「あ、そうだった」
アトラクションをスムーズに乗るための『マジックエンジョイパス』は指定された時間内に列へ並ばなければいけない。今回は『20:30~20:40』の間に列に並ばなければならず、現在時刻は20:30。かなりギリギリだった。
「バーコードさえ読み取っておけばアプリ内で後で購入できるらしいから、詳しい手続きは後回しだな」
「急ぎましょう!」
幸い次のアトラクションはここからすぐ近くだ。
園内を走ることは禁止されているので、他の人に迷惑がかからない程度の早足で次のアトラクションへと向かうのだった。
「……………」
「何処見てるの? 私たちの写真こっちだけど」
「……この写真、後ろの二人」
「ん? そのカップルがどうしたの?」
「なんか、私の推しに似てる気がして……」
「ふーん、気になるなら買ったら?」
「自分が映っていない写真の購入はモラルに反するためやめましょう!」
「うわビックリした」
20:35 ウォーターフロントダウンタウン
早足で俺と楓がやって来たのは……本日最後のアトラクションである。
『トイ・オブ・ザ・ワンダーランド』
おもちゃの世界で開催されるシューティングゲームに参加するアトラクション。実際に自分でプレイするタイプのアトラクションのため、園内でも屈指の人気を誇る。
「ギリギリだったな……」
「ちょっとだけ汗かいちゃった」
パタパタと手で首元を仰ぐ楓に視線を奪われつつ、無事に『マジックエンジョイパス』の時間内に滑り込むことに成功した俺たちは、特別待機列に並んでアトラクションの建物の中に入っていく。
「へぇ、おもちゃ箱の中なのね」
「ゲストはさっきの入り口で魔法をかけられて、おもちゃと同じ大きさまで小さくなるんだと」
こういう細かなバックグラウンドストーリーを知るのが意外と面白い。『イン・トゥ・ジ・アース』では調査隊に参加するために地底装甲車に乗車するという設定だったし、『ファンタジーフライトツアーズ』でも式典に参加するという設定だった。
「こういうところもファンが夢中になる理由の一つなんだろうな」
「私も、ファンのみんながひぃくんのことが夢中になっちゃう理由を一つ知ってるわ」
「え?」
突然フフンと自慢げに笑い出した楓に、果たして何のことを言っているのだろうかと首を傾げる。それはつまり『神谷旭』の人気の理由……ということか?
「さて、それはなんでしょう!」
「自分のことを自分で答えるのなんか抵抗があるな……」
突然のクイズ形式にゆっくりと列を進みながら考える。
楓がわざわざこんなことを言い出すってことは、きっと普通の答えではないのだろう。そうすると『俳優として』の俺ではなく、きっと別の要素になるわけで……。
「……あ、分かったかも」
「おお! それではひぃくん、答えをどうぞ!」
「こういうことだろ?」
答え代わりに、楓の腰を抱き寄せるとスマホをインカメラにして上から見下ろす形で自撮りの構えをする。楓も素早くそれに反応して、頭を寄せ合って一枚パシャリ。
「正解でーす! ひぃくんの沢山ある人気の理由の一つに『とっても可愛いお嫁さんがいる』ことでしたー!」
「え? どんなお嫁さんだって?」
「……………」
自分で言って照れてたことには気づいてるんだからな。
しかしなんというか、随分と特殊な理由である。世の中にはカップリング厨というものが存在しており、そんな彼ら彼女らの中では『神谷旭』と『高垣楓』のカップリングに対して並々ならぬ情熱を注いでいる人たちもいるんだとか。
今撮ったこの自撮りもプロデューサーの検閲を経てから、そんな彼ら彼女らの元にコラム記事と共に届けられることになるのだろう。
「普通、芸能人の恋人っていうのはファンにとっては目の上のタンコブみたいなもののはずなんだがなぁ」
「私たちはそれだけファンのみんなに愛されてるっていうことなのよ」
そんなことを話しながら、列は着実にアトラクションの乗り場まで進んでいった。
「今すれ違った特別待機列のカップルの会話、聞こえた?」
「しっかりとは聞こえなかったけど、なんとなく話の流れなら」
「……まさか、あれほどビジュアルのいい『あさかえ』カップリング厨カップルがいるなんて……!」
「やっぱり『かえあさ』は万人共通の大人気コンテンツなんだね……」
「「……今お前、なんつった?」」
21:00 ポルト デ メディテレニア
二人でシューティングゲームを楽しんでおもちゃ箱から外に出ると、既に閉園時間になってしまっていた。フロンティアの閉園時間は完全にゲートが閉められる時間ではなく、厳密には違うがだいたい『アトラクションやレストランなどの施設が利用出来なくなる』時間らしい。スタッフたちに軽く誘導されつつ、ゲストたちはゲートへと向かっていく。
俺たちもホテルへと帰るためにウォーターフロントダウンタウンからメディテレニアへと戻って来た。
「……今からあそこのホテルに戻れるって考えると、なんだか優越感があるわね」
「そうだなぁ……一応俺たちはまだパーク内に残れるようなもんだもんな」
なんとなく、二人で道を逸れて海の間際へと寄っていく。
手すりにもたれかかり、穏やかなランプの灯りに包まれた園内を眺める。
「……楽しかったね」
「……あぁ、初めてのマジックリゾートデートもこれで初日が終了だな」
まだ明日がある。そう理解していても、どうしても名残惜しくなってしまう。
「……………」
何となく楓の横顔を眺めていると、俺の視線に気付いた楓はクスリと笑った。
「ここでもチュー、しちゃいます?」
「……………」
なんと甘美な誘惑だろうか。二人きりのときにこれをされていたら、俺は耐えられる自信がない。
しかしここはまだマジックフロンティアの園内。周りには人がいて、あいつら何してるんだという視線もチラホラと集まってきていて……。
(……まぁ、その、なんだ)
たまにはこういう、デートの終わり方だってあってもいいだろう。
「ねぇ、あの二人」
「しっ、邪魔しちゃいけません」
「分かってるって。でもなんていうか、こう……何故か幸せになってほしいって思った」
「……うん、それは私も思った」
「そしてこれがその写真になります……と」
「パパとママ、ちゃんと印刷して残してくれるから本当に助かる……」
「この頃からパパとママのペアって人気だったんだね」
「今ではオフ会が開催される規模にまで発展して私は嬉しいよ」
「名誉会員は言葉の重みが違うね」
「ところで、このアトラクションって子どもの笑い声なんてあったっけ?」
「……え」