7:55 マジックフロンティア・ステーション
今は各部屋のテレビからチェックアウト手続きが出来るらしいので、ありがたくそのサービスを使わせてもらい、スムーズにチェックアウトを済ませた俺たちは直通通路からモノレールの駅へとやって来た。
チェックアウトしても荷物をロビーに預けることは出来るらしいのだが、わざわざこちらまで戻ってくるのも手間なので後ほどロッカーに預ける算段になっている。
「……なんか落ち着かないな」
「ふふっ、普段と違う恰好っていうのも楽しいわね」
舞台の上で様々な衣装を着てきたので今更学生服程度に抵抗はないし、気恥ずかしさもない。
「ただなんだろうな、これは……罪悪感?」
「悪いことは何もしていないと思うけど」
「罪悪感って言うのは実際に悪くなくても感じるものなんだよ」
それに感じているのは罪悪感だけではなかった。こうしてホームでモノレールを待っている間にも周囲からの視線も感じていた。
ジロジロとガン見されているわけではないが、それでも周囲に視線を向けて目が合っては逸らされるということを何回も繰り返していた。どう考えても見られている。
「うーん、どこか変なところでもあるのかしら」
そう言いつつ身体を逸らして自分の背後を見ようとする楓。その仕草だけで短いスカートの裾がチラチラと揺れて大変よろしくない。
「そうだ。変なところがないかどうか、客観的に見てもらいましょう」
「誰に?」
「瑞樹さんたちに」
「つまりまた自撮りを送り付けるってことか」
楓の「はい近寄ってくださーい」という言葉に従い、顔を楓の顔に近付けて彼女が構えるスマホの画角に収まる。
「はいウサミーン」
楓の掛け声とともにシャッター音。無駄に爽やかな笑顔を浮かべる学生服姿の俺と楓の一枚が撮影された。
「それじゃあ早速メッセージアプリに」
トントンとスマホを操作して画像を上げる楓。
『今日は二人で学生服デートしまーす!』
返信は早かった。
『そういうプレイなん?』
プレイって言うな。
『本気でその恰好でランド行くの?』
『一日その恰好?』
『勿論本気ですよ!』
『見守っててください。俺たちの雄姿を』
『それってつまり惚気を聞けってことじゃないの?』
『なぜバレたし』
川島さんと片桐さんを含めた四人でそんなやり取りをしている内にホームにモノレールが入って来た。続きは次の写真を撮った後だ。
『マジックフロンティア・ステーション』は乗車側と降車側が分かれているため、反対のドアからゲストが降りてから俺たちは乗車することになる。
「意外とまだ人が乗ってますね」
「一つ前の駅がホテルエリアだから、そこから海舞駅かマジックランドへ行くゲストが多いんだろうな」
「なるほど……」
混雑しているわけではないが、家族連れやグループが多く座席は全て埋まっていた。荷物もあるので、俺と楓は隅の方に寄る。
そしてモノレールは次の駅、昨日俺たちが乗車した『リゾートエントランス・ステーション』へと到着したのだが、そこで大勢の乗客たちが乗って来た。流石に山手線の朝のラッシュとは比べ物にならないが、それでも十分満員電車と言った様相である。
「悪い、詰めるぞ」
「うん」
楓を壁際に立たせ、俺がその目の前に立つ形で彼女のスペースを確保する。若干窮屈ではあるが、あと一駅なので問題ないだろう。
「……うふふっ」
「どうした急に」
すぐ目の前、俺の伸ばした腕の中にすっぽり収まる形の楓が突然笑い出した。
「こうしてると、まるで二人で通学中みたいじゃない?」
「……まぁ確かに、見た目的にはそうなるな」
中身は二十を超えて数年経つ二人ではあるが現在学生服。こうして寄り添って立っていると高校生カップルの通学風景に見えなくもないだろう。
「どうする? 今日はひぃ先輩って呼びましょうか?」
「流石にやめておこう」
そこまでやったら本当にプレイになりかねない。
「こういうの嫌?」
「嫌じゃないからこそ肯定出来ないんだよ」
楓はこちらに頭を傾けると、額を俺の首元に押し当てる。
「……こんな風に、学生のときも旭君と一緒だったら良かったのに」
「……俺はちょっと勘弁してもらいたいな」
「えっ」
「楓と一緒の学生生活なんて、勉強に手が付かなくなりそうだ」
「……もうっ」
拒絶するような物言いに一瞬ショックを受けたような声を出した楓だったが、俺の返答に満足してくれたようだった。
『まもなく『マジックランド・ステーション』です。マジックランド、マジックランドホテルへお出での方は下車駅です』
(……すぐ後ろのカップル、会話の内容的に成人済みっぽいね)
(なんだろう、確かに学生には見えないんだけど……)
(それ以上に顔が良すぎて似合っているという感想しか出てこない)
(それな)
8:05 マジックランド・ステーション
一方通行にマジックリゾート全体を一周するモノレールに揺られ、俺たちは二日目の目的地であるマジックランドへとやって来た。
大きな荷物を駅のロッカーに預けた後、手荷物検査を終えてゲート前にやって来たのだが、既に開園一時間前を切っているため、ゲート前には大勢のゲストが多くの列を作って開園を待っていた。今から並び始めたら、入るのは果たして何分後になることやら。
しかし今日の俺たちにはそんな長蛇の列を回避する手段があった。そう、昨日開演時間を待つ俺たちの尻目に十五分早く入園していったゲストたちと同じ特権『アーリーエントリー』である。
マジックリゾートのホテル宿泊者のみが利用出来るサービスであり、昨日の晩を『ホテル・シャングリラ』で過ごした俺たちも当然利用することが出来るのである。
今日の開園時間は九時。それより十五分早く俺たちは入場出来るのだが……。
「……なんか結局並ぶことにはなりそうだな」
「そうねぇ……」
アーリーエントリー専用の入場ゲートというものがあるのだが、そこにも既に列が出来ていた。正直通常のゲートとあまり変わりなかった。
「ここで久しぶりにプロデューサーからの一言があるんだが」
「なんだか久しぶりな気がするね」
アーリーエントリーの列に並びつつ、今日もお世話になる予定の『マジックリゾート一泊二日のしおり』を開く。
「『アーリーエントリーは朝をゆっくりするためのものと割り切るべし』だそうだ」
要するに『アーリーエントリーを利用することで、朝ゆっくりしていても朝一で並ぶ人たちと同じぐらいの時間で入園することが出来る』のだと考えるといいらしい。
「確かに。私たちが今からアーリーエントリーの列の最後尾に並んだとしても、少なくとも普通のゲートの一番前に並んでいる人たちよりは早く入園出来るものね」
「朝のレストランが六時半からしか利用出来ないから、一番前に並ぼうとしたらのんびりご飯食べてる暇もないな」
予定では開園まであと三十分少々。昨日一時間以上待ったことを考えると、ゆったりと時間を使えているような気がする。
「さて、それじゃあ今日一日の予定を復習するぞ」
「おー」
昨日に引き続き、まず入園したらアプリで『マジックエンジョイパス』を習得する予定になっている。ではどのアトラクションのパスを取るか。
「やっぱり折角だし三大マウンテンは乗りたいな」
「学生気分だものね!」
「その言葉の使い方はあっているのか?」
三大マウンテンというのは、マジックランドの『マウンテン』の名を冠する三つの人気アトラクションのことである。炭鉱を走る『ブラックダイヤモンド・マウンテン』、御伽噺の国を冒険する『フェアリーテイル・マウンテン』、宇宙を旅する『アストロノーツ・マウンテン』の三つのことを差す。
どれもスリルがあるアトラクションのため、全て『マジックエンジョイパス』の対象になっているのだが……。
「ふぅ、忘れたのか」
「え?」
「残念ながら、今は『アストロノーツ・マウンテン』は休止期間中だ」
「あ」
『マジックランド』および『マジックフロンティア』のアトラクションに定期的に休止期間というものが設けられている。これはアトラクション全体のメンテナンスをするものだったり、期間限定イベントのための改装を行うためのものだったりで、最低でも一ヶ月以上休止したりすることもある。
一応人気アトラクションの休止期間は夏休みや年末年始といった繁忙期を避ける傾向にはあるようだが……。
「今回は閑散期だったことが仇となったな」
「残念……」
特に『アストロノーツ・マウンテン』は一度リニューアルをしているため、以前乗ったときとどう変わったのかが気になっていたので、本当に無念である。
「というわけで、それ以外のアトラクションをどう回るのか考えるぞ」
「はーい」
肩を寄せ合って手元のスマホの画面を二人で覗き込みながら、俺たちは今日一日の予定を考えるのであった。
「……後ろのカップルの会話、聞こえた?」
「聞こえた」
「「……アストロノーツ休止マジか」」
「同級生のパパとママかぁ」
「私もパパとママと通学してみたかったなぁ」
「え、月ちゃんそっち?」
「お姉ちゃんは違うの?」
「……ううん! なにも違わない! 四人で通学してみたいね!」