8:40 マジックランド ゲート前
楓と入園したら何をするか、今日一日何をしたいか、そんなことを話している内に開園五分前になっていた。
アーリーエントリーの列でも通常の列同様、徐々に前に詰めていくため人口密度が高くなる。なので昨日と同様に軽く楓の身体を抱き寄せて周りの人間からガードする。
「うふふっ」
するとまたご機嫌になる楓。……見た目的には学生カップルがイチャついている絵面になるから、昨日よりはこういう接触のハードルが下がったような気もする。
そして開園時間となると、徐々に前へと進んでいく。
「……あれ、ひぃくんスマホ」
「あ、いけね」
今日も昨日と同じようにスマホのアプリでチケットとなるQRコードを表示させる必要があるのだが、先ほどまでプロデューサーのしおりを楓のスマホで見ていたため、自分のスマホを出すのを忘れていた。
「私のスマホにひぃくんのチケットも表示させようか?」
「いや、どのみち『マジックエンジョイパス』は俺のスマホで取るわけだし」
ズボンのポケットにあるスマホを取り出すため、楓の背中に添えていた右手を下に下して――。
「ひゃんっ」
――その途中で、楓のお尻に触れてしまった。触れてしまったというか、殆ど上から撫でるような形であった。
「……………」
「本当にすまん」
思わず可愛らしい声を上げてしまったことが恥ずかしかったらしい楓が頬を赤く染めつつ下から見上げるように睨んでくる。いや怒られてる上に申し訳ない気持ちもしっかりとあるのだけれど、普通に可愛いので困る。
「……瑞樹さんたちにひぃくんに制服痴漢プレイされたって言いつけてやる」
「罰は甘んじて受け入れる気はあるけどそれはちょっと勘弁してほしい」
身内で風評被害が広がる上に、多分片桐さんの物理的制裁も加わるため心と身体が共にボロボロになってしまう。
「そうなったら、今度はナースの恰好で癒してあげるわね」
「さてはお前、コスプレがちょっと楽しくなってないか?」
制服デートをきっかけに何に目覚めようとしているんだ。
そんなやり取りをしている内に、いつの間にか目の前には入場ゲートが。
……あ、待ってスマホ出してない、楓、先に入って。
「なんか向こうのカップルから夢の国には似つかわしくない単語が聞こえた気がする」
「ビッグサイトも魔法の国も東京駅から同じ路線で辿り着くんだから誤差だろ」
「誤差がデカすぎて逆サバ読んだ城ヶ崎美嘉のスリーサイズかと思ったわ」
「過少報告にもほどがあるんだよなぁ」
8:50 マジックランド メインエントランス
ゲートを潜った俺たちを出迎えてくれたのは、マジックドッグの似顔絵が描かれた大きな花壇だった。マジックランドの人気撮影スポットの一つであるため、入園直後だというのにそれなりの人数が記念撮影に勤しんでいた。
「ひぃくん、私たちも」
「はいはい」
「腰は抱いてもいいけどお尻はダメよ?」
「まさかそれしばらく言われ続ける?」
しっかりとお尻ではなく腰を抱き寄せて顔を近付けると、ちゃんと俺たちの顔とマジックドッグの花壇が一緒に写る画角に収める。
「はいマジーック」
マジックリゾート内特有の掛け声とともにパシャリ。うん、いい笑顔の一枚である。
さて記念撮影を終えたところで、パークに入園してやることと言えば。
「『まずはベンチに座ります』」
「昨日振りね」
昨日に引き続き『マジックエンジョイパス』獲得のため、歩きスマホをしないようにベンチに座る。人気アトラクションへ確実に乗るための手段として『マジックエンジョイパス』が非常に優秀だということは昨日の時点で存分に思い知った。
ベンチに座り俺のスマホでアプリを開く。朝一番で取得する『マジックエンジョイパス』は入園前の相談でしっかりと決まっていた。
「お昼の前に『フェアリーテイル・マウンテン』ね」
「その後でアトラクション近くのレストランで昼食、だな」
昼食の場所としてプロデューサーから何か所か候補を教えてもらったのだが、『フェアリーテイル・マウンテン』の近くにあるレストランのオムライスが美味しそうだった。
「そうなると……この『11:00~11:10』ぐらいだな」
というわけで当初の予定通り『マジックエンジョイパス』を取得。
「よし、それじゃあ早速一つ目のアトラクションに向かうか」
「えぇ。今日も一日、全力で楽しまなくちゃ」
ベンチから立ち上がり、腕を絡めてべったりとくっ付いてくる楓と共にメインエントランスを抜けてメインストリートへと足を向ける。
俺たちがのんびりと写真を撮ったり予約をしたりしている間にも、次々にゲストが入園してお目当てのアトラクションへと急ぎ早に進んでいく。走ることは禁止されているものの、やはり全力で楽しみたいという気持ちが出すぎているため、早歩きを超えたスピードの人たちもチラホラ。
そんなゲストたちにゆっくりと園内を進んでもらおうというキャストたちの取り組みの一環として、開園したばかりのメインストリートにはキャストたちがところどころに立ってゲストたちを手を振りながら出迎えてくれていた。
にこやかに挨拶をされるのはどんな人間でも嬉しいもので、これには思わず歩くスピードも緩やかになってしまう……というのは全てプロデューサーの言葉である。
「にこやかに挨拶をされると『あぁ私たちを歓迎してくれているんだな』っていう気持ちになりますね」
「向こうも
楓と共に手を振って「おはようございまーす」とすれ違うキャストに挨拶をする。
「……………」
「どうかしたか?」
歩きながら何かを思案している様子の楓。腕を組んでいるので余程のことがない限りは誰かとぶつかったりはしないだろうが、それでも危ないのでしっかりと前を向いて歩いて欲しい。
「私、実は今度美波ちゃんや唯ちゃんたちと遊園地でお仕事することになってるの」
「そうなのか」
詳しく話を聞いてみると、346プロダクション恒例のアイドル総選挙の上位五人のユニットで、遊園地をテーマにした新曲を歌う予定らしい。
「もしかして今回プロデューサーがマジックリゾートの旅行を勧めてくれた理由って」
「いやそれは多分彼女の趣味だと思う」
逆に趣味じゃないとここまでの熱量はないか。
「それでマジックリゾートとは別の遊園地での撮影や握手会があるんだけど、今のキャストさんたちみたいに入場してきてくれた人たちに内緒で変装して手を振るっていうのはどうかなって」
「あー、テレビのドッキリ企画みたいなやつか」
最近流行の『なんか変な人がいると思ったら実は変装した芸能人でした』系のドッキリ企画。俺も一度『立ち読みできる本屋の絵本コーナーでやたらと熱心に絵本を朗読するおじいさん』という設定の仕掛け人側で出演したことがある。
「例えば……おはようございまーす。……今すれ違ったキャストさんが、実は美波ちゃんだったらビックリしない?」
「そりゃ後から知ったらビビるだろうよ」
後で知った人が「え!? あのとき挨拶してくれたの新田美波!?」と驚くこと間違いないだろう。
「なんだか話しているうちに本当にやりたくなってきちゃった。帰ったらプロデューサーさんに相談してみようっと」
「バレたときのリスクが高すぎるから難しい気もするけどなぁ」
なお後にこの楓の案は採用され、実際に変装したアイドルたちがスタッフとして、彼女たちがライブをする遊園地内に現れるという企画が実施されることとなる。
当日は一切正体がバレることもなく、後にこのときの様子が346プロダクションの動画サイトにアップされると、その日その遊園地に来園していた多くのファンの気付けなかったことに対する慟哭が溢れかえることになるのだった。
「今キャストに挨拶してくれた学生カップル、私の推し夫婦と声そっくりでビビった」
「アンタ前々から推し夫婦の近所に住んで挨拶をされるだけの人間になりかったって言ってたもんね」
「最悪挨拶を返してくれるのであれば、私は挨拶が出来る文鳥に生まれ変わってもいい」
「火の鳥にでも頼んでみたら?」
9:05 マジックランド・ファンシーエリア
メインストリートから歩くこと約10分。辿り着いたのはマジックランドの中で一番新しく出来たアトラクションであり、現在最も人気のあるアトラクションだった。
『魔法の鏡の物語』
呪いによって鏡にしか映らなくなってしまった少女が、街中で一人の青年と出会う。彼はお忍びで街に来ていたその国の王子様で……という愛と魔法の物語を追体験できるライドタイプのアトラクション。
「昨日もそうだったけど、やっぱりマジックリゾートのアトラクションは『楽しみを後に取っておく』っていうことが出来ないわね」
「それやると最悪乗れない可能性があるからな」
乗れるときに乗っておくのが鉄則だと、プロデューサーから何度も念を押されていた。
というわけで、ここが本日最初のアトラクション。人気アトラクションなので入園したゲストの多くがここを目指しており、先ほど入場した一般ゲストもすぐにここに辿り着くことだろう。
「まだ20分待ちだけど、ここから圧倒間に時間は伸びていくんだろうな」
「早く並んじゃいましょう」
当初の予定通り、俺たちは古めかしいお城の中へ続く列の最後尾に並ぶのだった。
マジックリゾート一泊二日デート、二日目は始まったばかりである。
「私さ『魔法の鏡の物語』好きなんだけど、実写でやるとしたら神谷夫妻に演じてもらいたいんだよね」
「それはただの夫婦推しオタクの願望では?」
「高垣楓を見つけられるのは神谷旭しかいない」
「なんでコイツはマジックランドに来てまでここまで強火なんだ」
「いやだった?」
「いや普通に好物だからもっとちょうだい」
「あれ、なんか不可思議な空白があるね」
「入園直前に何かあったのかな?」
「気になる?」
「いやその後にツーショットが良すぎてどうでもよくなっちゃった」
「流石月ちゃん」