9:55 マジックランド・キャッスルエリア
マジックキャッスルと一緒に写真を撮ったところで、取得した『マジックエンジョイパス』の時間まであと1時間もあった。
「この空いた時間を使って『ブラックダイヤモンド・マウンテン』に並ぶっていう案もあったんだけどな」
「流石にあと1時間で60分待ちのアトラクションには並べないわね」
開園して1時間で60分待ちはきっと短い方なのだろうが、流石に「じゃあ並ぼうか」となるほどの時間の余裕はなかった。
というわけで突発的に時間を潰す方法を考えなければいけない。
「まさかこんな早い時間からこんなことを考えることになるとはな」
「選択肢が多いっていうのは嬉しい悩みよね」
ショップ近くのベンチに座り突発作戦会議と言いたいところなのだが、待ち時間としては長い1時間だがマジックランドで過ごすにはあまりにも短い時間だということは、この二日間で学んだ。
悩んでいる間に1時間なんてあっという間に過ぎてしまう。楓と二人で悩む時間もまたマジックランドの醍醐味と言えなくもないが、今は少しでも時間が惜しい気がする。
「それじゃあ、今日も頼りましょうか」
「そうだな」
スマホを取り出してメッセージアプリを起動する。
「「プロデューサーの『マジックリゾートなんでも相談所』~!」」
昨日活用させてもらった相談所を、今日も早速利用させてもらうことにしよう。
『現在マジックキャッスルの裏門近辺。11時からのフェアリーテイル・マウンテンのマジックエンジョイパス取得済み。何か時間を潰す良い案を教えてください』
昨日の文章を引用してちょっと楽をしつつメッセージを送信。
「果たして昨日よりも早いこの時間、プロデューサーは対応することは出来るのか」
「全く油断はしてなかったみたいね」
「やっぱりAIなのでは?」
始業はしてるはずなんだけどなぁ、と若干呆れつつ返信を確認する。
『お土産としてシンデレラガールの象徴であるガラスの靴の置物なんていかがでしょうか? お二人がいらっしゃるマジックキャッスルの中にあるガラス細工のお店『グラスアートズ』で購入可能です。今日の日付を刻んでもらえば記念品になりますよ』
「え、ガラスの靴買えるの?」
「まぁ! 素敵! うちにあるやつの隣に並べましょう」
「そこに並べるのは……まぁそれもありといえばありか」
すぐそこにショップがあるらしいので、早速行ってみることにする。
10:00 マジックキャッスル内 『グラスアートズ』
先ほどカチューシャを買ったショップもそうだったが、まだ早い時間なので店内のゲストはまだまばらだった。人との距離が近くなるのはアトラクションの待機列も同じだが、同じ方向を向いている待機列よりも隣に並ぶ可能性が高い店内の方が身バレの可能性があるため、俺たち的にはありがたい。
「あ、ひぃくんコレじゃない」
「どれどれ」
ショーケースに陳列されているわけでもなく、意外と普通に机の上に並べてあった。流石にサイズはお土産用ということで手のひらに乗るぐらいのサイズだった。
「可愛いデザイン……やっぱりウチにあるのとちょっと違うわね」
「自宅にガラスの靴がある前提のセリフ」
「凛ちゃんや愛梨ちゃんのおウチもそうじゃないかしら」
「そりゃあな……」
ちょっと大きい方が大体六千円。単品のお土産として考えると少し高価だが、このサイズのガラス細工と考えると妥当な価格だろうか。
「それじゃあコレに今日の日付を入れてもらおうか」
「ついでに私たちのイニシャルも入れてもらいましょうよ」
「いいな。K&Aって入れてもらうか」
「折角だからH&Fにしない?」
なるほど、確かに今日の俺たちは
「将来的に一瞬なんのことだか分からなくなりそうだな」
「逆に絶対に忘れないと思うわ」
「……確かにな」
きっと今回のマジックリゾートデートが終われば『ひぃ』と『ふぅ』はお役目御免。けれどガラスの靴に刻まれたイニシャルを見れば、今日の俺たちを思い出すことだろう。
「決まりだな」
「えぇ」
「おかしい……絶対にA&Kだと思ったのに……これには何か別の意味が……もしや既に二人の間に……まさか双子が……!?」
「あの人、休憩に入るなり何をぶつぶつ言ってるんですかね」
「さぁ……推しのアイドルでも見つけたんじゃない」
「いくらあの人がアイドル狂いだからって……」
10:20 マジックランド・キャッスルエリア
ガラスの靴への文字入れを注文し受け取りは午後になったため店を後にした俺たちは、『フェアリーテイル・マウンテン』へと向かう途中にあったカフェテラスのようなお店に立ち寄った。
この後、アトラクションに乗ったらすぐに昼食の予定にはなっているが、昨日から動きっぱなしなので少しはのんびりしようということになったのだ。
「こういうカフェでお茶っていうのも、実にデートらしい感じね」
「らしいじゃなくてデートだけどな」
どうやらマジックリゾートの飲食店にはスペシャルドリンクというものを提供している店舗があるらしい。そのお店でしか飲めない限定メニューであり、時期によって様々。俺たちが入ったこの店はのスペシャルドリンクはイチゴとラズベリーのシェイクだった。
というわけで早速注文し、屋外のテラス席で肩を並べて座る。俺は楓の顔が見える対面が良かったのだが、楓が隣に座りたがったのだ。
「そういえばプロデューサーの話を思い出したんだけど」
チューッとストローでシェイクを吸い出す楓の横顔を堪能しつつ、今日のマジックリゾートデートを迎えるまでに聞いたプロデューサーとの会話を振り返る。
「マジックリゾートには『バケーションプラン』っていう、チケットや宿泊するホテルをまとめて予約するプランがあるらしいな」
「言ってたわね。アトラクションのマジックエンジョイパスが特典に付いてくるとか」
このプランで貰えるマジックエンジョイパスは、なんと乗るアトラクションを自由に選べる上に、好きな時間に乗ることが出来るようになるという特別なパス。しかも複数枚を貰えるらしく、それなりのお値段に見合ったサービスを受けることが出来るとのこと。
「その中の特典にフリードリンク券っていうのも含まれてるっていう話は聞いたか?」
「聞いた。ドリンク飲み放題って凄いわよねぇ」
文字通り、ドリンクがフリーで飲めるようになるチケット。このカフェテラスのように自分で料理を受け取ってテーブルに持っていくカウンタータイプと呼ばれるお店や、ワゴンタイプのお店でしか利用出来ないらしいが、それでもドリンクが飲み放題なのだから破格のサービスと言ってもいいだろう。
「そのフリードリンク券、このスペシャルドリンクにも適用してるらしいぞ」
「え、これも?」
驚いた楓が自分が持つカップに視線を落とす。マジックドッグとマジックキャットがプリントされたプラスチックの容器に入れられた果肉たっぷりのシェイクは、当然のように普通のドリンクよりも値段が高かった。
「これが飲み放題って考えると、やっぱり相当凄いよな」
「凄いなんてレベルじゃ……はっ!?」
何かに気付いた様子で楓が目を見開いた。
「ま、まさか……そのフリードリンク券って……!」
「アルコールは適用外だぞ」
「ちぇ~」
全くもって分かりやすいリアクションだった。
「学生デートだって言ってるだろ?」
「ぶぅ。……それじゃあ、学生らしいことしなきゃね」
そう言って楓はコテンと肩に頭を預けてきた。昨日から……どころか普段から割とよくしてくる楓の甘え方だが、普段とは恰好が違うからかやはり少し新鮮だった。
「でもこれって学生らしいことなのか?」
「電車やバスの二人掛けの席でこんな感じの制服のカップルいない?」
「いや見るけどさ」
学生らしいことではない気がする。
「あと猫耳が当たってちょっと邪魔」
「ひぃくん、文句ばっかりにゃ」
「一気に最高になった」
至近距離で高垣楓に「にゃ」とか言われて耐えられる人類なんているわけなかった。
「「……………」」
ちょっとだけ無言。ただ周りの喧騒がとても楽しげで、少しも気まずい空気になるようなことはなかった。
「ここは、こうしてるだけで楽しいんだな」
「えぇ。プロデューサーさんが『一人でも、アトラクションに乗らなくても、マジックリゾートは楽しめる』って言ってた意味が、今は少しだけ分かる気がする」
一人でも楽しいのだから、愛しい人とこうして一緒にいて楽しくないわけがないのだ。
「難点を上げるとすれば……」
「ん?」
「急にちゅーしたくなっても、出来ないことぐらいかしら、にゃ」
「……………」
楽しかった空気が一転して、俺は急に修行僧のような試練に直面することになった。
お願いだから何か俺の気を紛らわす何かが起きて欲しい。
「学生カップルのいちゃつきに見えて、実はしっかり成人してそうな二人……いい」
「白米が欲しくなるね」
「これぞマジックリゾートの楽しみってもんよ……」
「このガラスの靴のイニシャルの謎が解ける日が来るとは……」
「私たち的にはまさかの伏線回収だったね」
「二人揃って『ないしょ』だって言って教えてくれないんだもん」
「これからもこの子がウチのガラスの靴のセンターだね」
「多分、ウチが日本で一番ガラスの靴がある家なんだろうなぁ……」
「そうかな?」
「普通の家庭にガラスの靴は五個もないよ」