11:00 マジックランド・カントリーエリア
「はい、お時間確認出来ました。どうぞいってらっしゃい」
「「ありがとうございまーす」」
マジックランドの一番奥のエリアで、俺たちはスマホに表示させた『マジックエンジョイパス』のバーコードを読み取ってくれたキャストにお礼を言ってから先へ進む。本日二つ目のアトラクションとなる『フェアリーテイル・マウンテン』だ。
『フェアリーテイル・マウンテン』
ウサギの少女が様々な御伽噺の世界を渡り歩いて『自分の居場所』を探すストーリーを、丸太船に乗って追体験するアトラクション。終盤、滝壺へと落下するシーンは迫力満点で大人気。
「実は、今日このアトラクションが一番楽しみだったの」
「俺も。昨日のジアースに乗ったときから『あ、俺こういう落下系好きだ』ってなった」
「私より?」
「嘘だろこの会話の流れでその選択肢出してくる?」
「……………」
「……勿論、お前が一番だよ、ふぅ」
「やーん、耳が幸せ~」
なんか求められている気がしたので耳元で呟いてやると、楓は頬に手を当てて嬉しそうに笑った。
話が大分逸れた。
「それでこのアトラクション、最後思いっきり水を被ることになるらしいな」
というかそれがこのアトラクションの一番の売りと言っても過言ではないだろう。ここまで歩いてくる途中にも何度も『水浸し注意!』という注意書きを見てきたし、基本的にこのアトラクションの評判は『凄い濡れる』というものばかりである。
「色々と大丈夫か?」
「実はそのためにちゃんとメイクを防水仕様にしてるの」
楓が両手の人差し指を自身の頬に当てて「どう?」と尋ねてくるが、その仕草が可愛いということ以外何も分からない。
「一応拭くためのタオルは用意してあるけど、実際どれぐらい濡れるんだろうな」
「プロデューサーさんは『時期によって濡れ具合が変わる』って言ってたわね」
寒い時期は控えめに、暑い時期はより濡れるように水飛沫の量が調整されるらしい。
「今は……どっちだ?」
「暖かいけど肌寒いときもあるし……」
多分平均的な水飛沫なのだろう。
そんなことを話しながら、隣に並ぶ90分待ちの列を尻目に『マジックエンジョイパス』専用の通路を進んでいく。ただこの通路は洞窟がモチーフになっているため薄暗く、先ほどまで明るい日の下にいたこともあって目がこの薄暗さに慣れていない。僅かな明かりを元に暗闇を歩かされている気分である。
「今更言うまでもないと思うけど、ふぅ、足元気を付けろよ」
「大丈夫、今の私が転ぶとしたらひぃくんも一緒よ」
「じゃあ余計に気を付けてくれよ」
確かにむぎゅむぎゅと俺の腕に密着している状態で楓が転んだら必然的に俺も巻き込まれるだろうが、巻き込こもうとする前に耐える努力をしてくれ。
「それよりひぃくん、そろそろモバイルオーダーを注文しておかないと」
「そうだった」
前に並ぶ人に合わせてゆっくりと進みつつ、スマホを取り出す。
「えっと……ここだな。『グランマ・メグの陽だまりダイナー』」
このアトラクションのすぐ近くにある、プロデューサーに教えてもらったオムライスの美味しい店だ。今日はここでお昼にすると決めていた。
「えっと、11時から並び始めたから……」
「30分……いえ、余裕を持って40分ぐらいにしましょうか」
「通常が90分待ちとはいえ、流石に『マジックエンジョイパス』ならそれぐらいには乗り終われるかな」
予定の時間を決めたら次はメニューを選ぶのだが……。
「っ」
「おっと」
スマホに夢中になっていると、舌の根も乾かぬうちに楓の身体がふらついた。慌てて反対の手で楓の肩を掴んで支える。
「だから気を付けろって言ったのに。大丈夫か?」
「びっくりしちゃった……」
どうやら足元が少しだけ下り坂になっているようだ。恐らくそれが原因で……。
「今日の流れから、ひぃくんに胸とか触られる展開かと……」
「嘘だろまだ入園前にお尻触ったこと言われんの……!?」
寧ろここまでくると逆に楓がそういう展開を期待しているのではないかと、一瞬本当に楓のお尻に手が伸びかけるのを必死に自制するのであった。
「今さっき横の通路を通って行った学生カップルがすっごい羨ましいイチャつきをしていた件について」
「このネタで夏に新刊出すわ」
「誰と誰で?」
「朧気ながら頭に浮かんできたんだよね、神谷夫妻って」
「まさかのナマモノ」
11:15 フェアリーテイル・マウンテン 乗り場
流石に人気アトラクションということもあり『マジックエンジョイパス』を活用しても十五分ほどの待ち時間で乗り場へとたどり着くことが出来た。逆に『マジックエンジョイパス』を利用したことでたった十五分で人気アトラクションに乗ることが出来た、とも言えよう。
「二名様ですね、足元の番号1番と2番へお進みください」
キャストさんに案内されて乗り場へと進む。
「なるほどね」
「一番前ね」
どうやら俺たちは四列ある座席の一番前に座ることになるらしい。
「どう考えても一番濡れるポジションだよなぁ」
「覚悟しないといけないわね」
とは言いつつもワクワクが隠せない俺たち。やはり格好に釣られて大分学生気分になっているような気がする。
ボートに乗り込み安全バーを下げ、いざ御伽噺の世界へ。
アトラクションのストーリーは、あらすじ通りのシンプルなものだった。周りのみんなと馴染めないウサギの少女が「きっとここは自分の居場所じゃないんだ」と世界を飛び出す。森や海など様々な世界を渡り歩き、しかしどれもしっくりと来ない。
やがて今まで自分がいた世界が恋しくなり、帰ろうとするが世界の扉が閉じようとしていて……。
『今ならまだ間に合う!』
『もう間に合わない! 危険だ!』
『私は! それでも帰りたいの!』
そんなやり取りを聞きながら、俺たちを乗せたボートはゆっくりとベルトによって上昇していく。ジェットコースター特有の落下待ち時間だ。
「そういえばこのアトラクションも落下の時に写真撮影があるんだった」
「あ、完全に忘れてた」
緊張感が高まる中、そんな気の抜けたやり取りが始まってしまった。しかし頂点はすぐそこまで迫ってきているためあまり時間がない。
「とりあえずシンプルにピースサインで行くか」
「こうやって顔の横にピッタリと付ける卯月ちゃんピースにしましょうか」
「え、それってそんな名前で呼ばれてるの?」
「今私が名付けました」
ええいツッコミ入れてる暇もない、もうその卯月ちゃんピースとやらで行こう。
「ちなみにカメラは右斜め45度ぐらいだって!」
「え、ちょっ、そういうのはもっと早く」
きゃあああぁぁぁ!
うわあああぁぁぁ!
めっちゃ落ちた。めっちゃ濡れた。
「っ、あははっ、びちゃびちゃ~!」
「ずぶ濡れだぁ……」
『落ちた後ワンテンポ置いてから水飛沫がかかるので、あまり濡れたくない場合は落ちたら顔を伏せましょう』というプロデューサーからのアドバイスを思い出したのは、水飛沫と呼ぶには多すぎる水の塊が顔面に叩きつけられてからであった。
「今の時期でこれってことは、夏になるとどれだけ濡れるんだ……?」
「レインコートが必要かもしれないわね」
アトラクションの場面と場面を切り替えるクールタイムのような場所をボートが流れている今のうちに、濡れた顔や服をタオルで拭くことにしよう。
「ほら、ふぅ、タオル……」
「ありがとう、ひぃくん……どうしたの?」
「いや、なんでもない。なんでもないよ」
そう言いつつ、取り出したタオルを楓の胸元にかける。
真っ白な服っていうのは濡れると透ける。つまりそういうことである。
俺の行動の意図に気付いた楓は「あっ」と目を見開いたが、すぐに少し困ったように眉を顰めつつ照れ笑いを浮かべた。
「もう、ひぃくんったら」
「今回は俺が責められる要素一切なくない……?」
「嘘嘘。ありがとう、ひぃくん」
「はぁ、結果的に一番前で良かったよ」
「あら、やっぱりえっちなひぃくん?」
「濡れた姿が見れてよかったとかじゃなくて」
楓の耳元に口を寄せる。
「万が一誰かが前に座ってたら、振り返って楓の姿が見られちゃうかもしれないだろ」
「~っ! も~! ひぃくんってば、もぉ~!」
「こら叩くなって」
「ひぃくんってば私のこと好きすぎっ」
「当然だろ。ふぅだって、俺のこと好きだろ?」
「大好きっ」
「俺も好き」
そんなやり取りをしている間にも、ボートは先へと進んでいくのであった。
「いやートイレ混んでたぁ」
「お帰り」
「いた?」
「多分いない。学生カップルとかはいたけど」
「うーん、絶対さっき聞こえてきた叫び声、あの二人だと思ったんだけどなぁ」
「やたらとコーヒー飲みたそうな顔の人たちは出てきたけどな」
「なにそれ」
「そして毎度のごとく、これがそのときの写真と」
「頑張ってカメラ目線になろうとして、それでも落下の勢いに顔が笑顔になりきれていない二人の表情が良すぎる……」
「相変わらず月ちゃんはパパママオタクだなぁ」
「ちゃんとお姉ちゃんオタクでもあるよ!」
「私も月ちゃんオタクだよ~」