12:40 ウエスタンエリア
『グランマ・メグの陽だまりダイナー』でのんびりと食事を済ませた俺たちはゆっくりと園内を見て回るため、カントリーエリアからウエスタンエリアへとやって来た。
ここはその名の通り西部開拓時代の雰囲気を醸し出しているエリアで、後ほど訪れる予定の『ブラックダイヤモンド・マウンテン』もここにある。なので基本的にはアトラクションを遠巻きに見つつ通り抜けるのみなのだが、ここで俺たちはとあることに気が付いた。
ランド内の通路は基本的に広く作られており、場所によっては広場と呼んでも差し支えのないスペースも存在する。しかしそんな広場のど真ん中に座っている人たちがおり、そんな人たちが横並びになって通路が出来上がっていた。
「さっき『フェアリーテイル・マウンテン』に並ぶ前にカフェテラスでお茶してたときから思ってたんだけど……もしかしてこれ、お昼のパレードを待ってる人たちなのか?」
「もしかしなくても、そうなんでしょうね……」
きっとパレードがこの人たちの間を通っていくのだろう、ということが一目で分かる状況だった。
予定ではパレードは14時からなので、それまで彼らはここで待機しているのだろう。
「夜のパレードでもきっと同じような状況になってるんでしょうね……」
プロデューサーは『一口にマジックリゾートマニアと言っても様々な種類がいます。アトラクションが好きな人がいれば、パレードを見ることに全てを懸けている人もいます』と言っていた。
「人の好みはそれぞれってことだな」
「そうね……私が一番好きなのは勿論ひぃくんよ」
「俺も一番好きなのはふぅだよ」
今日何度目になるか分からないようなやり取りではあるが、何度目になったとしてもむず痒く心地よい気持ちになれてしまうので思わず繰り返してしまう、そんなやり取りをしながら歩いていると、不意に刺激的な香りが漂ってきた。
先ほどまで食事をしていたというのに思わず食欲が湧いてきそうなこの香りは、日本人の国民食と言っても過言ではないカレーの匂いである。
「そういえば園内でも人気のカレー屋さんがあるんだっけ」
「んー……でも少し違う気もするわ」
二人揃ってクンクンと宙に漂っている香りを嗅ぐ。確かに楓の言う通り、料理のカレーというよりお菓子のような……。
「「……あっ」」
西部開拓時代のエリアから密林のエリアへと向かう途中で見つけたポップコーンのワゴン、そこに『カレー』と書かれているのを見つけたのは二人同時だった。
「なるほど、カレー味のポップコーンか」
ポップコーンはマジックリゾート内全域における名物のようなもので、様々な場所で様々な味のポップコーンが販売されており、ポップコーン専門店でしか買えない味のものまであるとのこと。
「そういえば昨日から色々な場所でポップコーンを売ってるのを見かけてるけど、一度も買ってなかったわね」
「基本的に買い食いっていこうとをしなかったもんな」
「……買い食いって、学生っぽいよな」
「えぇ、凄く学生っぽい気がする」
先ほど飲酒したことを頭の片隅に追いやり、学生服デートっぽいことをすべく俺たちはポップコーンの列へと並ぶのだった。
12:55 アマゾンエリア
カレー味は人気で購入に時間がかかってしまった。しかしやはり定番で人気の味というものはそれなりの理由があるわけであり、端的に言えば凄い美味しかった。
「凄くビールに合いそう……」
「成人のふぅはさっきのレストランに置いてきただろ」
さっきご飯食べたばかりだというのに手が止まらない。
二人で並んでポリポリとポップコーンを食べつつ、目的の場所へと辿り着いた。
「ここがプロデューサーさんが言ってた『比較的空いてる場合が多いアトラクション』?」
「みたいだな」
二つのアトラクションの乗り場が二階建ての上と下に分かれていて、下の列に並ぶと『密林の船で探検するツアー』に参加することになり、上の列に並ぶと『三つのエリアを広く旅する列車の旅』に参加することになる。
どちらも二十分ほどの待ち時間で乗ることが出来るようで、他の人気アトラクションが軒並み一時間以上の待ち時間であることを考えると比較的空いていると称しても間違いではないだろう。
「それじゃあどっちに並びましょうか」
「船の冒険と列車の旅かぁ……」
どうやら船は一度に三十人ほどを乗せるらしい。隣の人との距離が近く対面にも人が座るとなると、当然身バレの危険性は高くなる。
「ついでに船は昨日乗ったしな」
「それじゃあ今日は列車の旅にしましょうか」
『エクスプレス・トラベルズ』
時空を超える不思議な列車に乗り、アマゾンを出発して西部の時代と動物の国を旅するアトラクション。本物の蒸気機関車に乗ることが出来るらしい。
「旅と言えば、うちの事務所で言えば芽衣子ちゃんね」
「同郷なんだっけ?」
「えぇ、和歌山出身」
階段を昇りアトラクションの待機列を進みながら、話題は今回の旅行デートのことについて。
「実は私が『どこか旅行へ行こう』って考えてるって話を聞いて、彼女も私たちにおすすめの旅行地をプレゼンするつもりだったらしいの」
「へぇ……なんというか、お前の部署ってそういう熱意のある人多いよな」
良くも悪くも
「これもそうだし」
「そういえばそうだったわね……」
二人揃って自分たちがかけている伊達眼鏡に触れる。実はこの伊達眼鏡、美城のアイドル部門の某眼鏡の妖精がご祝儀として「お二人にピッタリの眼鏡を選ばせていただきました!」と渡してきたものだったりする。
「みんな、自分の好きなものに一途なのよ」
「限度はあると思うけどな」
美城の事務所では『アイドル部門に近づくと眼鏡やらドーナツやらサメ映画やらをゴリ推しされる』みたいな噂が流れていたりする。
「ふぅだったら何を推す? ……って、一択か」(お酒)
「えぇ、勿論一択よ」(神谷旭)
どうせお酒だろうなと思いつつ尋ねてみると、楓は当然といった様子で胸を張った。
「でも私はあまり周りにおすすめとかはしたことないわね」
「意外だな。よく飲みに行くみたいだし、進めたりしないのか?」
「え? うーん、自分の好きを話すことはあっても、好きになって欲しいって思ってお話しすることはないわね」
まぁ川島さんたちにも好みはあると思うし……でも三船さんには飲みやすいお酒を紹介したことがあるって話を聞いた気がするんだけどな。
「そもそも私が推さなくても、みんな自然と好きになってくれるみたいだから」
「そうか」
「……愛梨ちゃんとか」
あれ、十時ってもう二十歳だったっけ? 確か十九ぐらいだったような気もするんだけど……。
「最初は後ろめたさもあったらしくて、遠慮してたみたいんなんだけど」
やっぱりまだ未成年だったのでは……。
「瑞樹さんと早苗さんに詰められてゲロっちゃって」
「大人としての配慮ぉ!」
片桐さんはともかく、川島さんが付いていながらどうしてそこまで飲ませた。
「でもそれ以降は愛梨ちゃんも吹っ切れたみたいで、私にも凄く楽しそうに話してくれるようになったの」
「意外だった……まさかあの十時が……」
……ちょっとだけ本音を言わせてもらうと、あの暑がりにアルコールを入れるとどうなるのか少しだけ気になってしまった。
「むっ」
しかしそんな一瞬の思考も、すぐ傍で腕を組んでいる楓には見透かされてしまった。
「ひぃくんってば、今愛梨ちゃんのこと考えてたでしょ」
「いやいやそんなこと」
「……でも、やっぱりひぃくんはそのままでいいと思うな」
「え?」
「急にひぃくんがよそよそしくなっちゃったら、愛梨ちゃんも悲しいでしょうし」
「そんなことしないさ」
いくら十時がお酒の席で粗相をしたとしても、そんなことで彼女のことを遠ざけるようなことなんてしない。
「でもあんまり優しくしすぎちゃいやよ? ……私だって、妬いちゃうんだから」
「必要以上に優しくすることはないよ」
「ひぃくんがこうして優しくするのは私だけ。約束してね」
「はいはい」
本当に俺はこの女性に惚れ込んでいるのだろう。こんなにも堂々とした『何か粗相をしたときのお世話』を頼まれているというのに、逆にそんな痴態を安心して見せられるほど愛されているのだと感じてしまうのだから。
「それじゃあ、ひぃくんは何か推したいもの、あるの?」
「俺か? そりゃあ勿論あるさ」(高垣楓)
「ふふっ、そうよね、ずっと好きだものね」(演劇)
そんな会話をしつつ、待ち時間はあっという間に過ぎていくのであった。
「実は俺も最近までは『誰かに見つけてもらいたい』って思ってなくてな」
「そうなの!?」
「私の好きは言うまでもないよね!」(家族)
「そうだね」(家族)