13:10 エクスプレス・トラベル 乗り場
プシューッ!!!
「っ!?」
「うわビックリした」
乗り場まで近くなってきたところ、突然すぐ傍で蒸気機関車が大きな音と共に白煙を吐いた。
「本物の蒸気機関車っていう話は聞いてたけど、こうして動いてる実物を見るのは初めてだな」
「私も」
多分だけど、俺たちみたいに『マジックランドで初めて蒸気機関車に乗る』っていう人は多いんじゃないだろうか。ここが一番手軽に蒸気機関車に乗れる場所だと思う。
物珍しさに蒸気機関車の写真を撮っていると、給水作業をしているキャストさんがこちらに向かって笑顔でピースしてくれた。遠慮なく写真を撮って「ありがとうございます」と手を振っておく。
さて、ついに乗車である。客車が三両編成で、一両に四人掛けの座席が十列ほど。念のため一番奥の座席へ楓を座らせて、俺が隣のゲストとの壁になるような配置で乗車。幸い俺の隣に座ったのは小さな女の子を連れたお父さんだったため、身バレとかそういうことは気にしなくてよさそうである。
『時と場所を超えて、魔法の国を旅するマジックエクスプレス、出発進行!』
そんなアナウンスと共に、ゆっくりと機関車が動き出した。
駅のホームから手を振ってくれるキャストや、それに釣られて手を振ってくれるゲストたちに向かって手を振り返しつつ、俺たちは園内を巡る旅へと出発した。
『まず我々が通過するのは熱帯の密林。目を凝らしてみると、動物たちの姿が見えるかもしれません』
いきなり密林である。景色としてはイマイチではあったが、アナウンスに従って目を凝らしていた楓が「あっ」と声を上げた。
「ひぃくん、あそこ、トラ」
「え? 片桐さん?」
「怒られちゃうわよ」
「そうだな、大阪って考えれば寧ろ川島さんの方だな」
「そっちでもなくて」
冗談はともかく。楓が指差した方へ視線に向けると、確かに木々の隙間にトラの縞模様が見えた。屋外ではあるがマジックリゾート特有の動く人形らしく、尻尾が動いていた。
「素人考えだけど、こういう動くものを雨風に晒される場所に配置出来るって凄いよな」
「毎日ちゃんとメンテナンスしてるんでしょうねぇ」
ちょっとだけ裏側を考える視点になってしまっていると、機関車は密林を抜けて西部開拓時代へと辿り着いたことをアナウンスが告げた。メタ的な視点で言うと『アマゾンエリア』から『ウエスタンエリア』まで移動してきたわけだ。
後ほど俺たちが乗る予定の『ブラックダイヤモンド・マウンテン』も『石炭採掘により巨万の富を得たことから、黒いダイヤモンドの山と呼ばれるようになった』と紹介されていた。
「……でも西部開拓時代って言えば、普通はゴールドラッシュのイメージだけどな」
「何か大人の事情があったのかしら」
さっきの動く人形のくだりよりも嫌な裏側の事情が頭を過ってしまった。
「それより西部の時代って言ったらやっぱり禁酒法だろう。生きづらそうな時代だよな」
「ふっ、甘いわね、ひぃくん。西部開拓時代は1800年代の話、でも禁酒法時代は1900年代の話なのよ」
「なんでそんなに詳しいんだよ」
「志乃さんが教えてくれたの」
あの人、お酒に関係すればなんでも知ってるのか……?
「まぁ私たち学生だから関係ないけどね」
「あぁ、勿論だ」
どうやら俺たちの会話が聞こえてしまっていたらしい隣のお父さんが噴き出した。まぁ成人済みだってバレるよな。
西部開拓時代を通り過ぎた機関車が次にやって来たのは動物の国。先ほど俺たちが乗った『フェアリーテイル・マウンテン』がある『カントリーエリア』である。
アナウンスでは『動物たちの国は現在人間の観光客たちで大賑わい』と紹介されていた。なるほど、今こうして見えている大勢のゲストたちはそういう立ち位置の設定になっているわけだ。
列車が先ほど俺たちが並んでいた『フェアリーテイル・マウンテン』のすぐ傍を通ると、並んでいたゲストたちが数人こちらに向かって手を振って来た。昨日『マジックフロンティア・クルーズ』に乗っていたときもそうだが、今の俺たちは『蒸気機関車で旅をする乗客』というアトラクションの一部。こちらからも振り返しておこう。
「「……あれ」」
不意に楓と声が被った。
「……もしかして、ふぅも見つけた?」
「そう言うひぃくんも、見つけたのね」
主語を省いた会話ではあったが、しっかりと通じたということはやっぱり楓も俺と同じものを見つけたらしい。
「……あれ、昨日の人だよなぁ」
「間違いなく、昨日橋の上から手を振ってくれた人だったわね」
お互いにステージの上から観客席のファンの顔を見ることに慣れているために気付いてしまったが、昨日『マジックフロンティア・クルーズ』で手を振ってくれたゲストが『フェアリーテイル・マウンテン』の列に並んでいたのである。
「しかも改めて記憶を遡ってみると、もしかしたら俺の舞台を観に来てくれてた人かもしれん」
こうしてしっかりと顔を認識することが出来たということは、ワンチャン彼女の顔を見たのが三回目以上である可能性が高い。
「あら、そこも奇遇ね。私も握手会に来てくれてたような気がするの」
ここまで二人の『もしかして』が重なったのであれば、それはもうきっとそういうことなのだろう。
「まさか共通のファンだったとはなぁ」
「ふふっ、向こうは私たちのこと、気付けたかしら?」
「どうだろうな」
軽く変装している上に、今日に至っては二人揃って学生服。余程のファンじゃない限り気付くことは難しいだろう。
「でも今は気付けなくても、後で気付くことにはなるんじゃないかしら。この姿の写真は後日公開することになるんだし」
とはいえ学生服デートしているカップルなんていくらでもいるわけだから、その内の一組としてか認識してない可能性の方が高い。
「でもまぁ、ファンに気付いてもらった方が俺たちとしては嬉しいか」
「えぇ」
「……………」
「どうしたの? いきなり立ち止まって……ってこのやり取り昨日もした」
「……二度目の幻覚は、もう現実ってことでいいわよね?」
「明日心療内科受診しましょう」
13:30 アマゾンエリア
蒸気機関車の旅を終えた俺たちは再びアマゾンのジャングルへと戻って来た。
「次は密林の船旅にでも行くか?」
「それもいいけど……折角だからパレード見てみない?」
「お昼のパレード? 14時からだったか」
あと三十分ほど。先ほど見たゲストたちのように一時間以上座って待つことには若干の抵抗を覚えるが、これぐらいならば待ってもいいかと思えるような時間になった。
「それじゃあ何処か空いてそうなパレードルートを……の前に、喉乾いたから何か飲まないか?」
今日は比較的暖かく、それなりに歩いているので喉も乾く。
「それじゃあ何処かのバーに……」
「学生学生」
「おっとうっかり」
てへぺろする楓が可愛すぎるが、どのみちこの近くにアルコールを販売している店は無さそうなので諦めてもらう。
さて何処かで飲み物を……と考えていると、たまたま自動販売機が目に入った。
「……そういえば今はパーク内に自動販売機があるんだよな」
「あれ? 昔はなかったかしら」
「なかったと思う」
氷水で冷やされたペットボトルの飲み物をワゴンで売っていたけれど、自動販売機というものはなかったはずである。
「流石、夢と魔法のマジックランド。自動販売機一つとっても手が込んでる」
通常の自動販売機とはまるで形状が違い、中南米風の建物に組み込まれる形になっていた。
「これも世界観を崩さないための工夫なんだろうな」
「プロデューサーさんも『エリアごとにゴミ箱のデザインを変えるぐらい』だって言ってたものね」
持ち歩けるように二本ぐらい水を買っておこうと近づくと、俺たちより先に自動販売機でお茶を買って振り返った少女と目が合った。
「げっ」
「『げっ』は流石に酷くない?」
「こんにちは、梨沙ちゃん」
今回のマジックリゾート旅行で三度目となる的場理沙ちゃんとの邂逅であった。確かに今朝レストランで会ったときに『今日はマジックランド』とは言っていたが、こうして園内で顔を合わせることになるとは思わなかった。
「二度あることは三度あるってことね」
「自動販売機ですら現実感を薄れさせてくれてるっていうのに、全く別方向から現実に引き戻されることになるとは思わなかったわ……」
はぁと溜息を吐いた理沙ちゃんは「それにしても」と俺たちの姿をまじまじと見た。
「……本当に学生服デートしてるのね」
「似合ってる?」
「この場合、似合ってることの方が問題だと思うんだけどね」
相変わらずコメントが辛口だが、悪意は感じられないので笑って楓とのやり取りを見ていられる。
「それより、ちょっと噂になってるわよ」
「噂?」
「SNS見てないの?」
理沙ちゃんに言われて、楓と共にスマホでSNSをチェックする。
『マジックリゾートに神谷夫妻と激似のカップル!?』
「「……おっと」」
「まだ二・三人ぐらいしか書き込んでないけど、ちょっとは気にしなさいよね」
「「ごめんなさい」」
ちょっと調子に乗りすぎたと、大の大人が二人揃って小学生女子に頭を下げるのだった。
「本当にいたら凄いけど」
「……あ、今度はなんか的場理沙ちゃんの目撃情報も」
「これだけ人が多いんだから、アイドルがいてもおかしくないでしょ」
「ちなみにお姉ちゃんは見えてるの?」
「見えてるし認識してるよ~」
「やっぱりトップアイドルって凄い……」
「それで、梨沙ちゃんなんだけど」
「月ちゃん、ダメだよ」
「何が!?」