14:55 マジックランド・アマゾンエリア
「まさかタイムスリップするとはな……」
「ただの遊覧ではないとは思っていたけど……」
ボートごと落下した俺たちが辿り着いたのは、なんと海賊たちが暴れ回る時代だった。
『かつて海賊たちが暴れたという海域を遊覧するアトラクション』とは仮初の姿であり、アトラクションの実態は『かつて海賊たちが暴れていた時代にタイムスリップしてしまうアトラクション』だったのである。
「昔からあるアトラクションと言いつつ、動く人形たちが凄くリアルで本物みたいだったわね。でも何を言ってるのかさっぱり……」
「英語の訛りが強くて聞き取りづらかったな」
「えっ」
「ん?」
何故か楓が意外そうな表情をした。
「……ひぃくん、英語分かるの?」
「え? うん、喋るのは苦手だけど聞き取るのはそこそこ」
俳優としての仕事も増えてはいるが、元々の畑は舞台役者。勉強のために本場の舞台を鑑賞する機会が多く、繰り返し映像で見ている内に英語を聞き取る能力だけは結構伸びたのである。
「おかげでリスニングの点数は取れたけど、それ以外はイマイチだったな」
「そうだったのね……」
さて、『ブラックダイヤモンド・マウンテン』のマジックエンジョイパスの時間まであと一時間。まだまだ余裕がある時間である。
「ふぅ、ちょっとおやつでも食べないか?」
「賛成!」
さっきまでポップコーンを食べていたので反対されるかとも思ったが、全然そんなことはなく楓は笑顔で手を上げた。
「ここからちょっと歩いたところにアイスクリーム専門店があるらしいんだよ」
プロデューサーから渡された『マジックリゾート一泊二日のしおり』の中にはお勧めのおやつポイントなんてものが当然のように記載されていた。
本当ならば目と鼻の先にパーク内で一番人気と呼んでも過言ではないワッフル専門店があったのだが……。
「予約必須という点に気付くのが遅かったな……」
「まさか開園と同時に予約争奪戦になるレベルの人気だなんてね……」
もっと前日にしおりを読み込んでおけばよかったと少し反省。
「次はリベンジしたいな」
「そうね」
店先のテラス席で美味しそうにワッフルと食べる他のゲストたちの姿を尻目に、俺たちはアイスクリーム専門店へと向かうのだった。
「例えば神谷夫妻がこのワッフルと食べるとして」
「急になんか言い出した」
「どっちが先にあーんすると思う?」
「……全く、何をくだらないことを言い出すのかと思えば」
「むっ」
「旭さんが先に決まってんでしょ」
「は? 楓さんに決まってるんだが?」
「「あ?」」
「ママー、あの人たち何話してるの?」
「聞いちゃダメ、私たちには救えないお姉さんたちの会話よ」
15:00 キャッスルエリア『アイスクリーム・カップ』
様々なショップやレストランが並ぶキャッスルエリアの一角に位置する『アイスクリーム・カップ』は、その名が示すようにアイスクリーム専門店。勿論ここ以外のお店でもアイスクリームを買えるところはあるものの、ここは一番その種類が豊富らしい。
ここも人気店なのでそれなりの列が出来ているため、俺の左腕に右腕を絡めている楓と共に列に並ぶ。
「ひぃく~ん」
「ん?」
「何が好き~?」
「おい」
ある意味学生らしい呼びかけではあるのだが思わずツッコミを入れてしまった。確かに流行っていたけれども。
「むっ、分かってるならちゃんと返して欲しかったな?」
「うっ、悪い、思わず反射的に……」
確かに今目の前にいるのはアイドルの『高垣楓』ではなく学生の『ふぅ』であり、今の俺も俳優の『神谷旭』ではなく学生の『ひぃ』なのである。しっかりとそれっぽく反応をしなければ制服デートをしている意味がない。
「では改めて……ひぃく~ん」
「はーい」
「私のこと、好き?」
「めっちゃ好き」
「私も~」
「いやさっきのやり取りなんだったんだよ。真面目に反応した俺も俺だが」
そう言いつつもぎゅーっと腕に抱き着いてくる楓に満更でもない俺。ただ学生のバカップルがイチャついただけだった。後ろに並んでいる本物の女子高生二人組が揃ってクスクスと笑っていた。
「本当は私も、こういう可愛い感じの曲を歌いたいんだけど」
「まぁ、流石にイメージって言うもんがあるからな」
346プロが誇る歌姫『高垣楓』が歌う曲と言えば『こいかぜ』を代表とした、楓の歌唱力に頼り切った楓のための曲ばかりである。346プロが企業戦略説明会で使用している『アイドルの三属性』に分類して言えばクールな曲であり、島村たちが歌うようなキュートな曲は彼女のイメージと合っていない。
「はぁ……仕方がないから、カラオケで個人的にひぃくんに聞かせてあげることで我慢してあげます」
「お、おう、何をどう譲歩したのか全く分からないが、聞かせてもらえるというのであれば喜んで聞こう」
「『エヴリデイドリーム』と『マイ・スイート・ハネムーン』、どっち聞きたい?」
「俺はそれよりも先にその二曲をチョイスした理由を聞きたい」
キュートな曲ではあるのだけれど、ピンク色っていうよりはもっと濃い深紅って感じの選曲だった。歌っているアイドルを含めて選んだ理由が凄く気になる。
「そりゃあ勿論、私と同じぐらい愛が深いアイドルの曲ですもの」
「アレと同レベルの愛で愛されているのか俺は……」
「……いや?」
「めっちゃ嬉しい」
また後ろの女子高生二人が笑っていた。
「あー笑った笑った」
「さっきの二人、やたらとトークが小慣れてたけどカップルチャンネルやってたりするのかな?」
「動画配信者じゃなくて、本物の芸能人だったりして」
「会話内容的にアイドル? まっさか~」
15:15 マジックランド・キャッスルエリア
思ったよりも時間がかかったものの、俺と楓は無事に二段重ねのアイスクリームを購入して店を出た。
食べ歩きをしてもよかったのだが、他の食べ物よりもアイスの食べ歩きは諸々のリスクが高いを判断し、近くのベンチに座って食べることにする。若干陽射しが強く、冷たいアイスを美味しく食べることが出来る絶好のシチュエーションだった。
「はい、ひぃくん、あーん」
「初手あーんかよ……あーん」
まだ一口も自分のアイスを食べていなかったが、楓から差し出されたスプーンを口に咥える。定番のチョコ味ではあるが、俺がチョイスしなかったフレーバーなので素直にありがたかった。
「ほいお返し。あーん」
「あーん」
俺も楓にお返しのあーんをして一通りイチャついてから、お互いのアイスを食べ始める。
「それで早速この後のことなんだが」
「むぅ。もうちょっとのんびりしても……」
「そう、のんびりしよう」
「えっ」
思えば時間を気にしてばかりでずっと動きっぱなしだった気がする。人気テーマパークを存分に楽しむためにはそれも重要かもしれないが、デートとしてそれはどうなのだろうかと二日目にしてようやく思い至ったのである。
「と言っても次のマジックエンジョイパスの時間までにはなるから一時間もないけど」
「……ううん、十分よ」
隣に座る楓がコテンと頭を預けてくる。
「それじゃあ、アイスを食べながら……のんびりしましょうか」
「あぁ」
予定を詰め込んでもまだ遊び足りないマジックランドの園内で、こうして何もせずにのんびりすることが……きっと一番の贅沢な時間なのだろう。
「見て、あのカップル」
「なんと、学生にしてマジックリゾート上級者の楽しみ方の一つ『何もしない』を実践しているとは……なかなかやるな」
「えぇ、私たちもあの域に達するのに何年かかったか……」
「それはそうと次のパスの時間って」
「あと五分」
「急げ急げ!」
「月ちゃ~ん」
「はーい」
「何が好き~?」
「お姉ちゃんとパパとママ」
「目が据わってる……」