18:05 マジックランド・キャッスルエリア
夕飯を食べ終えた俺たちは、マジックランドの中央に位置するエリアに戻って来た。夕闇と呼ぶにはまだ明るいが、徐々に夜の帳が見え始める黄昏時。あと三十分ほどすれば辺りは暗くなることだろう。
「この辺にしようか」
「レジャーシート出しますね」
そんなキャッスルエリアの一角、パレードルートに沿って広がる鑑賞エリア。流石に一時間前となると最前列は当然のように埋まっていたが、それでも前から五列目ほどの位置に俺たちはレジャーシートを敷いた。二人が座れる程度にコンパクトに広げたレジャーシートに、俺たちは並んで腰を下ろした。
「あとはここで座ってパレートが始まるのを待つだけ……と」
「パレード自体は十九時に始まるけど、この辺りにパレードが到着するまで二十分ほどかかるらしいですよ」
「園内をほぼ一周するようなルートみたいだし、そりゃ時間もかかるか」
つまり、ここからがこの二日間で一番長い待ち時間になるわけだ。
「なんだかんだ言って、この二日間あまり待ち時間に苦労しなかったね」
「要するにそれだけお金のチカラを借りたわけだが……」
俺自身はそれが悪いことだとは思っていない。要するに二人で楽しむための『時間』を買ったわけだから、いい買い物をしたと思っている。
「ふふっ、本当にこの二日間は楽しかったわね」
「思い出を振り返るのはちょっと早くないか?」
楓がスマホを取り出して二日間の内に撮った写真を眺め始めたので、俺も隣からそれを覗き込む。
記念すべき一枚目は昨日の朝、海舞駅の改札を潜った直後に撮影した写真だった。俺と楓が顔を寄せ合う自撮りの基本スタイルで、後ろに海舞駅の駅名が見えるように撮った一枚。
「プロデューサーさんにお勧めされて、この二日間のお休みをマジックリゾートデートにしようって決めたのよね」
「ほぼ都内での泊りっていう発想は提案されなきゃ思いつかなかっただろうな」
写真をスクロールしていくと『ホテル・シャングリラ』のロビーを撮影した写真や、列が進み間近に迫って来たゲートを映した写真がスライドしていく。
次に楓の手が止まったのは『マジックフロンティア』入園直後に二人で撮った写真。俺が楓の肩を抱き寄せて密着し、楓が俺の腕の中で小さくダブルピースしたものだった。 川島さんたちには送って自慢したが、他の人に見せて思い出を語るには少々甘すぎる写真である。
「初日はフロンティア」
「数年ぶりだったから、殆ど新鮮な気持ちで楽しめたな」
写真のスクロールを続けていくと、フロンティアの園内の様々な場所で撮影した自撮り画像が流れていく。普段は俺も楓も沢山自撮りをするタイプではないのだが、今回の旅行ではお互いにテンションが高かったこともあって、かなりの枚数の写真を撮影した。
それは勿論自撮りだけでなく、風景やお互いを撮影したものも。
「え、こんな写真いつ撮ったんだ?」
「ふふっ、ひぃくんがお手洗いから戻ってくるとき」
なんか俺が上を見上げてビクッとしている。多分、ヘスティア火山が噴火する演出に不意を打たれて驚いた瞬間を収めたらしい。
「よく丁度いいタイミングで撮影出来たな」
「奇跡の一枚です」
「そういうことなら、俺の方にもあるぞ」
「え?」
「これこれ」
「……これ、ですか?」
俺も自分のスマホを取り出して写真のフォルダを開いて楓に見せるが、彼女は不思議そうに首を傾げた。
それは楓が幸せそうにビールを飲んでいるときの写真だった。
「自分で言うのもアレですけど、私の飲酒画像って結構なバリエーションが出回ってると思うんですよ」
「本当にアレだよ」
この写真を出した俺が言えたもんじゃないけど、今学生の姿だって忘れてないよな。
「俺にとっては、ふぅの写真は全部奇跡の女神様の写真ってことだよ」
「ひぃくん……!」
「ん? メッセージ……『トイレから戻ってくるついでにコーヒー買ってきて』? まぁ別にいいけど……『隣のカップルが甘すぎる』? 何言ってるんだコイツ」
18:35 マジックランド・キャッスルエリア
引き続きパレード待機中の俺たち。日中は暖かかったが、日が沈んでくると少し涼しくなってくる。先ほど隣のグループの連れの人がコーヒーを買ってきていたので、俺たちもちょっと暖かいものが飲みたくなった。
そこで楓がお手洗いのついでに二人分のホットコーヒーを買ってきてくれた。
「はい、ひぃくん」
「ありがと」
「ふふっ、さっきそこでまた梨沙ちゃんに会っちゃった」
「また?」
昨日から合わせて四回、今日だけでも三回のエンカウントである。この広いマジックリゾート内でよくもまぁそれだけ遭遇出来るものだ。
「梨沙ちゃんたちはパレードを観る前に帰っちゃうんですって」
なんでも車で遊びに来ていたようで、帰宅ゲストが増えるパレード前に退園して渋滞を回避する算段らしい。
「俺たちの夢の国の滞在時間も残り僅かだな」
「……本当にこの二日間、長かったわね」
「今日一日だけでも相当長く感じたからな」
「やっぱりホテルに泊まりでっていうのが長く感じた要因じゃないかしら」
「それもあるかもな」
再びスマホを取り出し、思い出話に花を咲かせる。
初日の最後は『ホテル・シャングリラ』のテラスルームで撮影した写真ばかりだった。豪華な内装の中で二人で沢山写真を撮った。
「この写真なんか、コラム作成に使えそうよね」
「……コラム?」
「ひぃくん、もしかして宿題忘れちゃった?」
「学生なのは見た目だけで宿題なんか十年近く出されて……」
いや違った思い出した。今回『ホテル・シャングリラ』のテラスルームに特別に泊まらせてもらった代わりに宿泊レポートのコラムを作成するという約束だった。
「コラムを書くのはいいんだけど……」
写真を何枚かスライドさせる。二人で映っている写真は基本的にべったりとくっ付いているものばかり。中には恥ずかしながらキスをしながら撮影したものも。
「……この辺りを使うと、ただの俺たちの惚気話になりそうだよな」
「見せつけるチャンスね」
「流石にやめとこうぜ」
二日目の写真はホテルでの朝食ビュッフェから始まり、部屋に戻って二人揃って学生服に着替えてからの記念撮影に。
「うふふっ、今日一日ずっと着てたからお互いに大分違和感が無くなってきたわね」
「そうか? ……って言いたいところなんだけど、あながち冗談でもなくなってきたんだよな」
旅行の企画中にいきなり楓が「学生服デートしたい」と言い出した時は本当に何事かと思った。そういう文化があることは知っていたが、まさかこの歳になってすることになるとは思いもしなかった。
「でも、ふぅと出会えていなかった学生の頃の空白を埋めることが出来たみたいで、楽しかったな」
「……もう! もう! そういうことは私が言おうとしてたのに!」
ギュッと隣から強く抱きしめられる。寧ろ楓が言いそうなことだったから俺が先んじて言わせてもらったのだ。
「それじゃあ、次は中学生の頃ね」
「流石にそこまで遡るのはやりすぎなんじゃないか?」
まさか次は学ランにセーラー服……?
写真を次に送る。『フェアリーテイル・マウンテン』に乗ったときの写真だった。
「ふふっ、ひぃくんってば凄い顔」
「逆にふぅは完璧だな。ちょっと敗北感」
カメラを探すことに必死になって表情を作るのがワンテンポ遅くなってしまった。『演じる』ことならば楓よりも上のつもりだっただけに少々悔しい。
アトラクションに乗ったときの写真といえば、初日の『フォール・オブ・ザ・カース』に乗ったときにも写真を撮っていたっけ。
「……ぷっ、こっちは相変わらず酷い顔だ」
「お互い様ね」
「……本当に沢山撮影したな」
たった二日間の旅行だというのにこんなに写真を撮影した。今でも目を瞑れば思い出せるような思い出ばかりなので、写真を見ることでより鮮明に思い返すことが出来る。
「ねぇひぃくん、この写真を印刷してアルバムを作りましょうよ」
「アルバム?」
「データのままで残しておいてもいいけど……ほら、この二日間で色々なシールや印刷物を貰ったじゃない?」
一番最初のモノレールの駅で買った記念の切符や、道すがらのキャストが配っていたシール。食事のときに付いていたコースターなど、ささやかなお土産もいつの間にか増えていた。
「これも写真と一緒にアルバムに挟んじゃうの。この二日間、私たちが初めてお泊りマジックリゾートデートをした記念を手元に残しておくの」
「いいな、それ」
今はクラウドでデータを残して置ける時代ではあるけれど、そんな時代だからこそ手元に残すことに価値があるのだと思う。
「折角だし園内にアルバムとか売ってないかしら」
「今時写真のアルバムは売ってるかどうか……とりあえず探してみるか」
そんなことを話している間に、ふっと周りの照明が暗くなった。いつの間にか俺たちが座っているところにパレードが到着する時間になっていたようである。
「やっぱり、二人で待ってれば一時間なんてあっという間だったな」
「わざわざパスを買わなくてもよかったかもね」
「いやそれは……」
自然と楓との距離が近くなっていた。
(パレードを観終わったら、モノレールに乗ってホテルに戻って荷物回収して、またモノレールで海舞駅に……)
思わずこの後のことを考え始めてしまった頭を振って考えを霧散させる。今はまだそんなことを考えるタイミングではない。余計なことを考えていてはマジックランドが誇る人気パレードを思う存分楽しみつくすことは出来ない。
パレードに集中しようとした俺は……そのままふと視線を横に向けてしまい、再び集中が途切れることとなってしまった。
どれだけ楽しい二日間のデートを楽しんだとしても――。
――『楓が恋人で良かった』なんて単純な想いに上書きされてしまうのだから。
「なるほど、これがこの子の正体だったのね」
「今時珍しく現物の写真が残ってるわけだ」
「……お姉ちゃん、私、パパとママにお願いしたいことがあるんだ」
「奇遇だね、月ちゃん、私もあるの」
「二人とも、何してるんだ?」
「あら、もしかしてそれって……」
「「パパ! ママ! 今度の連休、お泊りでマジックリゾート行こう!」」
まずはこんな完全に作者の趣味に長らくお付き合いいただいたことに感謝を。
正直こんなに長くなるとは思わなかったっていうのが本音だったりします。ちなみに連載中に三回ぐらいインパしてました。やっぱり楽しい夢の国。
来月からはまた新章です。多分また趣味に走ります。