もしも『シャイニーカラーズ』だったら
その1
「ただいまー」
妹の帰宅を告げる声と、それに続いてパタパタと廊下を歩くスリッパの音。ガチャリとドアが開き「あー疲れたー」と言いながらリビングダイニングに入って来た妹は、ソファーに座る兄と姉を確認しつつキッチンの冷蔵庫から飲み物を取りだそうとし……俺たちと共にソファーに座る来客の姿を綺麗に二度見した。
「えっ。……えっ!? なんで楓さんがいるの!?」
「お邪魔してます、にちかちゃん」
本来我が家にいるはずがない
「にちか、ちょっと話があるからこっちに来てくれないか」
ちょいちょいと手招きすると、にちかは完全に混乱した様子でふらふらとこっちにやって来た。普段の彼女ならば「もー帰ってきてそうそうなにー?」と文句の一つでも言っていたのだろうが、どうやらそんな余裕もないらしい。
そのままにちかは、姉であるはづきの隣にポスンと腰を下ろした。これではづきとにちかの対面に、俺と楓がそれぞれ並んで座っている構図になった。
「それで、お話ってなぁに? 兄さん」
口火を切ったのははづきだった。俺が我が家に楓を連れてきた時点で何となく察してくれている様子だったが、ちゃんと俺たちの口から告げるべきだということも理解してくれているのだろう。
「説明は全部後でちゃんとするから、まずは要件だけを報告させてもらう」
チラリと隣に楓と視線を合わせてから、俺は二人の妹に告げる。
「俺たち、結婚するんだ」
「……誰と?」
「俺たちがっていう意味に決まってんだろ」
なんでボケた。いや言葉の内容を受け入れられなくて脳がエラーを起こしたか。
「はあああぁぁぁ!?」
そしてようやく情報を処理することに成功したらしいにちかは、今度は信じられないといった様子で叫びながら立ち上がった。ついでにキョロキョロと部屋を見回し始める。
「お兄ちゃんが!? 楓さんと!? そんなの信じられるわけないじゃん!? 何これドッキリ!? カメラどこ!?」
「随分とまぁコッテコテなリアクションだこと」
「すっかりバラエティー番組で鍛えられちゃって」
正直にちかのこの反応は予想通りだったため、俺もはづきも動じない。ついでに「にちかちゃんは今日も元気ねぇ」と楓も動じた様子は無かった。
「楓さん! 本気ですか!? 本当にこんな男と結婚するんですか!?」
両親を早くに亡くし、俳優として活動しながら
「えぇ、本当よ。これからは親族としてもよろしくね、にちかちゃん」
「そ、そんな……はっ!?」
のほほんと返答する楓に対してさらに言いつのろうと身を乗り出していたにちかは、何かに気が付いたようでその動きを止めた。
「そうじゃん、楓さんがお兄ちゃんと結婚するっていうことは……楓さんが、私のお義姉ちゃんになるっていうことじゃん……!?」
「私のお姉ちゃんということにもなるんですよね~」
「ふふっ、不思議。はづきちゃんとにちかちゃんが私の妹になるなんて」
「是非私のお姉ちゃんになってください!」
「貴女のお姉ちゃんは私よ~?」
「それ以前に俺の嫁だって言ってんだろうが」
その2
その日集まることが出来るアイドルを事務所の一室に呼び寄せた楓さんは、みんなに向かって告白した。
「私、高垣楓は結婚します」
『『『けっこん!?!?』』』
こうなることが分かっていたため予め耳栓をしておいたのだが、それを貫通するほどの絶叫だった。
「わー! おめでとうございます!」
「ありがとう、果穂ちゃん」
ただ一人果穂ちゃんだけが素直に祝福していたが、それ以外は祝福の言葉を口にするどころではないほどの混乱に包まれている様子だった。
「だ、誰ですか!? お相手は誰なんですか!?」
「うちらが知っとる人!? まさかプロデューサーなんて言わんとね!?」
甘奈ちゃんと恋鐘ちゃんが楓さんに詰め寄るが、楓さんは頬に手を当てながら余裕そうに微笑んだ。
「うふふっ、安心して、プロヂューサーさんじゃないわ。でもみんなも一度はあったことがある人よ」
「私たちがあったことある人……!?」
「だ、誰……!?」
「誰でしょう。……ねー? にちかちゃん?」
「……………」
先ほどから輪に加わらずにソファーの隅っこで顔を背けていたにちかだったが、楓さんに話を振られたことで全員の視線が集まってビクリと身体を震わせた。
「え!? もしかしてにちかちゃん知ってるの!?」
「なんで!? 誰!?」
「え、もしかして……!」
一部の人は気付き始めた様子だったが、にちかは少しだけ嫌そうな表情で渋々楓さんの結婚相手の正体を口にした。
「……私のお兄ちゃん」
『お兄ちゃん!?』
「えっ、ということは、俳優の『七草旭』ってこと!?」
「た、確かに何回かお会いしたことありますけど……!」
「み、瑞樹さんも知ってたんですか!?」
「えぇ、楓ちゃんから直接聞かされてたわ。寧ろ私と社長とプロデューサーさんぐらいしか知らなかったんじゃないかしら?」
部屋の隅で傍観していた瑞樹さんが苦笑しながら肩を竦める。彼女は『レイ・ディスタンス』のユニットメンバーとして以前から楓さんから相談や口裏合わせの協力をしていたらしい。
「というか、にちかちゃんはどうしてあんなに不機嫌というか、なんだか釈然としない感じなの?」
千雪がこっそりと近付いてきて私にそんなことを尋ねてくる。
「にちかちゃん、楓さんには割と懐いていたみたいだし、お兄さんと結婚するのは悪くないと思うんだけど……」
「昨日、ウチで結婚の報告を聞いたときは結構喜んでいたんだけど……ふふっ」
「はづき?」
「ねぇ千雪、にちかって兄さんに割と当たりが強いじゃない?」
「え、えぇ、そうね、お家だとそんな感じよね」
「実は
「え?」
「ちょっ、お姉ちゃん何言おうとしてるの!?」
私と千雪の内緒話を耳ざとく聞きつけたにちかが、事務所内にも関わらず『七草さん』ではなく『お姉ちゃん』と呼んでしまうほど焦っていた。さらにそれで大声を出したことによって他の人の注目を集めてしまったことにすら気付いていない。
「昔は普通にお兄ちゃんお兄ちゃんって素直だったのに――」
「お姉ちゃん、ストップ……!」
「――兄さんが出演したドラマで、初めてキスシーンを見ちゃってこうなったの」
「えっ!? それじゃあにちかちゃん、お兄さんが盗られたと思って嫉妬しちゃったってこと!?」
「ちがっ、千雪さん!? なんでそうなるんですか!?」
「なーんだ、にちかちゃんも可愛いところあるじゃない」
「うふふ、ごめんなさいね、にちかちゃん、今度は私がお兄さんを盗っちゃって」
「瑞樹さんも楓さんも頭撫でないで!? みんなも生暖かい目で見ないで!?」
それ以降、その日は楓さんの結婚のお話とにちかを愛でることに全てが費やされた事務所なのでした。
「だから違うってばぁぁぁ!」
その3
「……アイツには報告したのか?」
「いえ、まだです。昨日の晩、はづきとにちかに報告しまして、父さんたちには来週楓と休みを合わせて墓前に報告してきます」
楓との結婚を家族に報告した次の日の晩、俺は天井さんに連れられてバーへとやって来た。以前父さんと共によく利用していたらしい。
「本当ならば、俺なんかよりも先にそちらへ報告するべきだろう」
「故人よりも生きている人の方が優先です」
天井さんと肩を並べてカウンターに座り、グラスを傾ける。
「……こうして、お前と酒を飲みながらこんな話をする日が来るとは思わなかった」
「はづきとにちかがいますから、あと二回ありますよ」
「先日も言ったが、いちいち俺に言う必要はないだろう。今回の件に関しては、ウチのアイドルが絡む案件だったから話を聞いたわけであって……」
「いえ、しますよ。俺だけじゃなくて、はづきやにちかも、きっとします」
「……俺はお前たちの……」
そこまで口にした天井さんは、続きの言葉をお酒と共に喉の奥へと流し込んだ。
「大丈夫です」
天井さんが何を言おうとしたのか、何が言いたかったのか。そんなもの聞かなくても分かる。
「俺たちは、貴方が『天井努』だから報告するんです。父さんとは何も関係ありません」
「……そうか。ならば、もう言わん」
俺ははづきやにちかは、俺たちの家庭事情を天井さんに背負わせるつもりはない。
今の俺たちは、俺たち自身が選択した結果だ。
だから俺たちが天井さんに望むことは。
「こうして、お酒を飲みながら話を聞いてくれるだけでいいんです」
「……あぁ」
本当は楓との結婚の発表のタイミングや、彼女のアイドル活動のことを含めて天井さんに相談するつもりだったのだけれど……なんとなく、そんな気分じゃなくなった。
もっと別の話がしたい。
こうして二人きりでお酒を飲むのは久しぶりなのだから。
さて、何を話そうか。
・七草旭
七草家長男になっている世界線。
兄妹三人で仲良く暮らしている。
・高垣楓
川島瑞樹と共に283プロダクションでアイドルをやっている世界線。
はづき千雪を合わせて四人の飲み会が地獄。