『さあ、シンデレラガール総選挙! いよいよトップテンの発表です!』
「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」
テレビ局での撮影を終えてタクシーに飛び乗り武道館へとやって来た俺は、裏口から中に入り狭い通路を全力で走っていた。先ほどラジオで聞いていた生中継では、そろそろトップテンの発表をしている頃だった。
本来ならば関係者以外立ち入り禁止となっているこの舞台裏だが、あらかじめアイドル部門重役の今西さんに頼んで関係者としてのスタッフタグを受け取っていたのですんなりと中に入ることが出来た。
そして中に入れば、今こうして
ありがとうございます! とスタッフたちの横をすり抜け、俺は舞台袖まで最短で走り抜けるのだった。
「……あっ、奈緒! 旭さん来た!」
「えっ!? 兄貴っ! 急げっ!」
「奈緒! 凛ちゃん!」
舞台袖に飛び込むと先ほどまでステージの上にいたアイドルたちが大勢おり、その中に奈緒と凛ちゃんの姿があった。
「奈緒、凛ちゃん、二人とも、十五位と三十位おめでとうっ……!」
「今は私たちのことはいいからっ!」
「早くステージ見ろって!」
舞台袖からもステージの上は見える。そこには、トップテン入りを果たしたドレス姿のアイドルたちが並んでいた。
その中に、緑色のアイドルデビュー時のドレスを身に纏った楓の姿もあった。
『第八位! 北条加蓮さん!』
「よしっ!」
「やったぜ加蓮っ!」
トライアドプリムス最後の一人の名前がついに呼ばれ、ハイタッチを決める奈緒と凛ちゃん。俺も小さく「おめでとう、加蓮ちゃん」と祝福する。
けれど、俺の目にはただ一人、先ほどからずっと、楓の姿しか写っていなかった。
気丈にもしっかりと前を向いている楓。
けれどその内心では、ずっと震えているのがここからでも分かった。
その後もトップテン入りしたアイドルの名前が挙げられるたびに、会場に詰めかけた大勢のファンたちの歓声で空気がビリビリと震える。346プロダクションを挙げての大イベントだけあって、ファンもスタッフも気合いの入れ方が違った。
『さて皆さま、長らくお待たせいたしました。……シンデレラガール総選挙、一位の発表です!』
照明が暗転し、ドラムロールが流れ始める。
この総選挙はあらかじめトップテン入りしたアイドルたちがステージに残るという形で発表され、そこから各アイドルたちの順位が発表されていく。
たった今三位が発表され、残り二人となったところで一位の発表となる。
一人は、凛ちゃんが所属するもう一つのユニット、シンデレラプロジェクトの『new generations』リーダー、本田未央。
そしてもう一人は、『無冠の女王』と称され、この世界で俺が一番愛する女性である、高垣楓。
『栄えある第一位に輝き、シンデレラガールの称号に手に入れたのは――!』
『――高垣楓さんです!』
スポットライトが楓を照らす。
照らされた楓は呆けた顔となり、会場も静寂に包まれた。
しかしそれは、ほんの一瞬の出来事だった。
『――――――っ!!!!!!!』
それは歓声の爆発、音の濁流。机の上に置いてあったコップがビリビリと震えて動くほどの空気の振動。
左右から奈緒と凛ちゃんが何かを言いながら腕を叩いてくるが、それも全く聞こえない。
ステージの上の楓が司会からマイクを受け取り、涙目になりながらファンのみんなに向けて一言コメントを述べているが、それも俺の耳には届いていなかった。
ただ楓が一位を取ったという事実だけが頭の中を駆け巡り。
気付いたときには、ポロポロと涙が流れていた。
「かえで……!」
「ほら旭さん! 泣いてる場合じゃないって! 奈緒も!」
「う、うるざい! わだじは泣いでない!」
凛ちゃんの声にハッとなった俺は、グシグシとハンカチで目を擦る奈緒と同じように自分の袖で涙を拭う。
ステージの上では、一位となった楓が自身の持ち歌である『こいかぜ』を披露していた。若干涙声が混ざりつつも、その素晴らしい歌声は何度聞いても素晴らしいものだった。
「兄貴はこっち! 戻って来た楓さんを真っ先に迎えてあげられるところ!」
「すみません、ちょっと通してください!」
奈緒と凛ちゃんに手を引かれてステージに近付く。
その途中、川島さんや片桐さんなど、仲のいいアイドルのみんなからも「おめでとう!」と背中を叩かれた。
楓が歌い終えると、またインタビューが入り、トップテンが全員揃った記念撮影も行われた。
「あぁもう! そういうのいいから! また後でいいから!」
「それも大事だって分かるけどさ……!」
「どうしてお前らが焦れてるんだよ……」
奈緒と凛ちゃんがイライラしていることで、逆に自分が落ち着く余裕が出来た。
やがてそれら全てを終え、ファンたちの歓声に包まれながら幕が落ちていく。
何故かその幕が落ちるのが、やけにゆっくりに感じた。
幕が落ち切るまで、あと少し、もう少し……!
「……楓っ!」
幕が完全に落ち、照明が切り替わった瞬間、俺は思わず叫んでしまった。もしかして幕の向こうのファンたちに聞こえたかもしれないとか、そういうのは一切頭に浮かばなかった。
ただただ、本当に彼女の名前を叫ばずにはいられなかったのだ。
「……旭、君……?」
一瞬、楓は先ほどのような呆けた表情を見せた。
「……旭君っ!」
そのまま楓はこちらに向かって駆け寄って来た。俺も楓に向かって駆け寄る。
「楓!」
「旭君!」
ドレスや化粧のことなど一切躊躇せず、飛びついてきた楓の身体をしっかりと抱きしめる。
「旭君、やりました! 私、やりましたよ!」
「あぁ、見てたよ」
「私……本、当に……!」
楓の声に涙が混じり始める。
「……うわあああぁぁぁん! あさひくん、わたし、わたし……!」
先ほどまで、一位のインタビューにもいつものように駄洒落交じりに挨拶していた女性とは考えられないような変わりようだった。
ただただ、俺の胸元に顔を埋めて大泣きする彼女の肩をより一層抱きしめる。
おめでとう。そう彼女に告げようとし、首を振る。
違う、俺が言うべき言葉は、俺が今一番彼女に言いたい言葉はそれじゃない。
「……ありがとう、楓」
彼女との結婚発表。それは大きな波紋を呼び、騒動になり、もしかしたら今回の総選挙の結果に大きく影響を与えたかもしれない。
けれど、彼女のファンは高垣楓のことを見捨ててなんかいなかった。
そして彼女は、その栄光をついに掴み取った。掴み取ってくれた。
だから俺は感謝する。感謝の思いを彼女に伝える。
グスグスと涙を流す俺の愛おしい女性は――。
――
ついにこの瞬間を迎えることが出来ました。
実は宮城二日目で先行発表がされたらしく、自分もツイッターで九時より前に知りました。一人静かにガッツポーズを決めて祝杯を挙げ、そして書き上げたこの短編です。
他のPの方への配慮が足りないかもしれませんが、それでもこの場では声を大にして言わせていただきたい。
高垣楓さん! 六代目シンデレラガールおめでとうございます!
さて、いよいよ今度こそ本当に次の更新は六月十四日となります。
去年の誕生日から書き続けてきたこの小説が、ついにまた楓さんの誕生日を祝うときが来たのです。長いようで短かったです。
それでは皆さん、またお会いしましょう。