かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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ここからは二人が『夫婦』になってからのお話。


神谷楓と一緒
旭と楓が結婚式を振り返る一日


 

 

 

「………………」

 

 普段、撮影の現場でしか着ることがないタキシードに身を包み、俺は神父の前に立っている。チラリと視線だけを横に向けると、そこには純白のドレスに身を包み、真っ白なベールで顔を覆った楓が俺に寄り添うようにして立っていた。

 

 神父がスッと静かに右手を挙げ、俺に問いかけた。

 

「新郎旭。貴方は新婦楓を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで、愛を持って共に支えあうことを誓いますか?」

 

「……誓います」

 

 次に神父は楓に問いかける。

 

「新婦楓。貴女は新郎旭を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで、愛を持って共に支えあうことを誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

 俺たちが誓うと宣言すると、神父はニッコリと微笑み頷いた。

 

「それでは、誓いのキスを」

 

 ゆっくりと楓と向き直る。

 

 緊張によって微妙に手のひらが震えていたので、一度ギュッと力一杯握り締める。それに気付いたらしい楓はベールの向こうでクスクスと笑っており、俺も釣られて頬が緩んだ。

 

「……ホント、まるで夢みたいだ」

 

 俺たちはこれから夫婦になろうとしている。

 

 信じられない、とは言わない。けれどまるで夢見心地のような気分だった。

 

 ……というか、今朝全く同じ夢を見たぞ。まさかこれもまた夢とかいうオチじゃないだろうな……。

 

 そんな俺に、ニッコリと楓は笑顔を浮かべた。

 

 

 

「夢じゃないわ。今から貴方は、私と結婚するの」

 

 

 

「……あぁ、そうだよな」

 

 今、俺がいるここは夢じゃない。

 

 今、目の前にいる女性は夢じゃない。

 

 今、俺が手を取った女性は夢じゃない。

 

 

 

 楓の顔にかかっているベールを持ち上げると、彼女はスッと瞳を閉じた。

 

 そっと顔を寄せると、そのまま彼女と唇を重ねた。

 

 

 

 今までに何度も繰り返したそれは、しかし今までで一番幸福な口付けだった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……んんっ……はぁ……」

 

 楓の荒い吐息が俺たちの寝室に静かに響く。身じろぎをすると身体にかかっていたシーツが足元にずり下がり、彼女の素肌を伝う汗がカーテンの隙間から差し込む日差しに照らされて光っていた。

 

 そんな楓をベッドの上で抱き寄せる俺も、まるで先ほどまで運動していたかのように息が荒い。こもった熱を体外に放出させようと、体が必死に空気の交換作業を続けていた。

 

「あさひくぅん……」

 

「かえで……」

 

 俺の腕の中から楓が俺を見上げてくる。トロンと虚ろな目は、彼女もこれ以上我慢できないんだと悟った。

 

 俺も無理だ、これ以上我慢できない。

 

 

 

「「……あっつい……」」

 

 

 

 梅雨明けの朝、俺と楓は暑さで目が覚めた。

 

 

 

 

 

 

「せめて窓を開けて寝ればよかったわね」

 

「いくら高層マンションだからって流石に不用心だからダメ。ここには『神谷楓』っていう他の何物にも代えがたい大切な人が暮らしてるんだから」

 

「ふふっ。そうね、『神谷旭』っていう大切な人も暮らしているものね」

 

 いつも通り、二人並んで朝食を食べながらそろそろクーラーの使用を検討していた。

 

「流石にこのままじゃくっついて寝るのが辛くなってくるからなぁ」

 

「熱中症も怖いし、無理せず付ければいいと思うの」

 

「んじゃ今晩から様子を見て付けるか」

 

 なおくっついて寝ないという選択肢が出ない辺り、我ながら新婚らしいような気がした。

 

 

 

 さて、楓との結婚式から早一ヶ月が経とうとしていた。

 

 しかし、生活面で大きく変化したことは特になかった。元々一緒に暮らしていたわけだし、楓の名字が正式に『高垣』から『神谷』になったぐらい。

 

 しいて挙げるとするならば、俺と楓の左手薬指に結婚指輪がはめられ、時折それを眺めながら楓がニヘラッと緩みきった笑みを浮かべるようになった。まぁ俺も結婚指輪を見るたびに『楓と結婚した』という事実を反芻してしまうので、似た者同士だ。

 

 仕事面ではというと、事務所が同じということもあり、色々なテレビやラジオに夫婦として呼ばれることが多くなった。つい先日もゆるふわお散歩娘(たかもり)が司会のトーク番組の収録をしてきた。

 

 世間の反応は概ね良好。楓は新たなシンデレラガールに選ばれたことも合わせて一躍時の人と言っても過言ではない。そんな楓と比べると俺は若干見劣りするものの、それでも『格差婚』などとは言われていないので一安心である。

 

 まぁ、先ほど触れたトーク番組で放った楓の()()()()()が大分波紋を呼んでいるのだが……それはまた別のお話、ということにしておこう。

 

 

 

 さて、そんな俺たちの今日の予定は一日オフ。買い物には午後から出かけるので、午前中は二人でノンビリと過ごす。

 

「そういえば、これが届いてたわ」

 

「ん? ……あぁ、式の写真か」

 

 キッチンでコーヒーを淹れて戻ってきた楓の小脇には一冊のアルバムが抱えられていた。写真屋に作成を依頼していた俺たちの結婚式及び結婚披露宴の写真が出来上がったらしい。

 

「……時間かかったな」

 

「製本するのが大変だったんじゃない?」

 

 まぁ細かいことは置いておこう。

 

 楓からコーヒーを受け取り、ソファーに二人並んで座ってからそのアルバムを開いた。

 

 まず初めに目に入ったのは、それぞれタキシードとウエディングドレスに身を包んだ俺と楓が並んでいる写真だった。十一月に式場での撮影の際に着たタキシードとウエディングドレスが気に入り、結局それと似たものを選んで採用という形になった。やはりあの仕事を受けて正解だったというわけだ。

 

「ふふ、このタキシードでビシッと決めている人、王子様みたいでカッコいいでしょ? この人、私の旦那様なのよ?」

 

「それを言うなら、その隣でウエディングドレスを可憐に着こなしてる人、お姫様みたいで綺麗だろ? その人、俺の嫁さんなんだぜ?」

 

 お互いがお互いを惚気ながら、お互いの足を擦り付けあう。この足を擦り付けあうというのが俺と楓のお気に入りで、気を抜くと外でもやりそうになってしまう。というか、以前やってしまって「自重しろ」と川島さんに怒られ済みである。

 

 

 

 パラリとページを捲る。次は俺たち二人にそれぞれの家族が加わった集合写真だった。

 

「奈緒ちゃん、緊張してるわねぇ」

 

「なんで俺たちより緊張してるんだろうな、コイツ」

 

 俺側、つまり新郎側の一番端に写っている奈緒の笑顔は、傍から見れば普通のそれだ。しかし分かる人にはそれが緊張で引き攣っているものなのだということが一目で見て取れた。いまや人気アイドルの一員で、人前に立つのにだって慣れてきているはずなのに、基本的に恥ずかしがりやなのは変わっていないようだ。

 

 ちなみに恥ずかしいと言えば、俺のファンらしい楓の両親と楓のファンである俺の両親がそれぞれ「こんな機会二度とない!」と個人的にツーショットを撮ることになり、二人して自分の両親が恥ずかしかった。

 

 さらに余談になるが、そんな両親たちに対して奈緒は「あ、あたしは、その……あ、兄貴と義姉さんの三人で……」なんて可愛いことを言ってくれたので、思わず楓と一緒に両側から抱きしめてしまった。俺だけ殴られた。

 

 

 

 パラリとページを捲る。次は俺と楓の挙式の様子の写真だった。

 

「……そーいや、このときのこと、その日の朝に夢で見たんだよ」

 

「そうなの?」

 

「あぁ。神父さんの言葉とか一言一句同じだし、それに対しての俺たちの言葉や行動や俺がそのとき考えてたことまで全部同じだった」

 

 その後、とてもいい笑顔で楓から夢オチ宣言されたときは本気で目の前が真っ暗になったのを覚えている。いやまぁ、起きる直前だったのだから目の前が真っ暗になるのは当たり前なのだが。

 

 あのときは本当にゾッとした……と一人戦々恐々としていると、何故か楓がクスクスと笑っていた。

 

「どうした?」

 

「うふふ、同じお布団の中にいると、夢も一緒に見ちゃうのね。夢の中まで旭君と一緒だなんて嬉しいわ」

 

 ということは……。

 

「……楓も見たのか、その夢」

 

 偶然ってすげぇ。

 

「とても幸せだけど、その分目が覚めたときはとても辛かったわ。だから目が覚めたらすぐ傍に旭君がいて、思わず抱きしめちゃった」

 

 あのときギュッとされたのはそういうことだったのか。

 

「で、でも旭君、あのときみたいに……その、強く噛むのはもうダメよ?」

 

「捏造は止めようぜ!?」

 

 それはまだお前が寝ぼけてただけだからな!?

 

 

 

 パラリとページを捲る。次はブーケトスの写真だった。

 

 受け取った人が次に結婚出来るという言い伝えがある結婚式お馴染みの行事なのだが……。

 

「……なんというか、凄かったな」

 

「みんな必死だったわね……」

 

 楓のアイドル仲間が多数参加していたので多少は予想していたが、何人かがガチでブーケを獲りに行こうとしていて若干緊迫した空気が流れていた。個人名を挙げると怒られそうなので控えるが、特に楓よりも年上組の気合の入りようといったらなかった。

 

 そして結婚式の最中とは思えない雰囲気の中、ついに楓の手からブーケが投げられた。

 

 何人かが雄叫び(そうとしか表現出来なかった)とともに宙を舞うブーケに殺到するが、屋外だったので突然の強風がブーケを流した。向かう先は幸運娘(たかふじ)で、これは彼女持ち前の幸運が働いたかと思いきや、彼女に用事があったのであろう不運娘(しらぎく)が近寄った途端に風向きが変わった。多分二人の運気が相殺されたのだろう。

 

 そうして最終的にブーケを手にしたのは――。

 

「……まさか、なぁ?」

 

「正直、奏ちゃんが取るとは思わなかったわ……」

 

 ――なんと、まさかのキス魔(はやみ)である。

 

 順当に川島さんや片桐さん、もしくは奈緒や年少組が取ったら面白いなぁとか考えてたところだったので、本当に意外過ぎる人物だった。

 

 少し離れた場所で傍観していたところに風に流されてきたのをたまたまキャッチしてしまっただけだったようで、本人も「あ、あら……?」と珍しく困惑顔だったのを覚えている。

 

「次に結婚するのは奏ちゃんってことよね?」

 

「逆説的に、速水が結婚するまで他の人は結婚出来ないってことになっちまったな」

 

 おかげでブーケトスに必死になっていたお姉さま方からのプレッシャーを一身に受けることになり、若干ビクッとしていた珍しいあの姿は忘れることがないだろう。

 

「まぁ、なんだかんだであいつも芸能人と電撃結婚とかしそうだけどな」

 

「……旭君、今ちょっと残念がらなかった?」

 

「なんでだよ」

 

「普段よく自分にちょっかいかけてきていた女の子だもの、気にならないわけないですよねー」

 

 何故かツーンとそっぽを向く楓。一体ウチのお姫様は何を拗ねているんだか。

 

「俺はお前のことが大好きで結婚した。もしかしたら他の女性から好意を持たれてたかもしれないけど、それに気付かないぐらいお前に夢中だった。それじゃ不満か?」

 

 そう問いかけると、楓はコテンと俺の肩に頭を乗せてきた。

 

「……ごめんなさい、変なこと言っちゃった」

 

「誠意が見えないなぁ」

 

 チョンチョンと楓の唇を指先で触れると、楓は「もう……」と頬を赤く染めながらソッと唇を寄せてきた。

 

 

 

 パラリとページを捲る。次は披露宴での新郎新婦入場の写真だった。

 

 お色直しで純白のウエディングドレスから着替えたのは、緑色のドレス。実はこれ、楓がアイドルとして一番最初に着た衣装をアレンジして作られた特注のドレスなのだ。

 

「感慨深いわ。『高垣楓』がアイドルとして一番最初に着た衣装が『高垣楓』として最後に着るドレスになったのよね」

 

「……そうだな」

 

 突然、楓はハッと何かを思い付いたように顔を挙げた。まぁ、大体予想着くけど。

 

「このドレス、どーです(ドーレス)か?」

 

「感想なら散々言っただろーに」

 

「旦那様からの褒め言葉は何回だって聞きたいの」

 

「……凄い綺麗だったぞ、楓」

 

「ありがとう、旭君。貴方もとても素敵だったわ」

 

 

 

 パラリとページを捲る。次は披露宴で俺や楓の友人の出し物の写真だった。

 

 俺の友人である俳優仲間の出し物は、所謂フラッシュモブというやつだった。突然音楽が鳴り始め、それに合わせて突然踊り出すアレなのだ。割と定番な出し物ではあるが、しかし侮ってはいけない。何故なら『俳優』たちが突然踊り出すのだから、まるで映画や舞台の一場面のような豪華さだった。

 

 豪華さで言えば楓の友人であるアイドル仲間も負けてはいなかった。なにせ川島さんと佐藤さんと三船さんと片桐さんとウサミンの五人、つまり楓の代わりに川島さんが加わった『宵乙女(よいおとめ)』がマイクの前に立ち、『命燃やして恋せよ乙女』でも歌うと思いきや、五人による楓の『こいかぜ』である。さらにその後はなんと楓以前の歴代シンデレラガール五人による、最近結婚式でよく歌われているユニット『Love Yell』の『With Love』だ。

 

 どんなコンサートや音源素材にもない特別版の二曲に、主に俺の俳優仲間たちのテンションが高く、正直主役である俺たちが食われていた感があるが、一番楽しんでいたのが他でもない楓だったので良しとしよう。

 

「何というか、ご祝儀というよりチケット代みたいな感じになってたよな」

 

「みんなしてサイリウムを振ってたから、ますますコンサートだったわね」

 

 出し物が始まる前にアイドル部門の数人で各テーブルに緑とオレンジのサイリウムを配っていたのでまさかとは思ったが、ここまでガッツリやるとは想像していなかった。

 

 苦笑する俺に対し、楓は楽しそうにニコニコと笑っていた。

 

 

 

 パラリとページを捲る。次は楓が両親への手紙を読んでいるところの写真だった。

 

「「………………」」

 

 このときのことを思い返し、思わず二人でしんみりとしてしまった。

 

「……お父さんとお母さんには、本当に何回お礼を言っても言い足りないわ」

 

 涙を流す楓と彼女の両親、その様子が写し出された写真に触れながら楓はポツリと呟く。

 

「特になんの目的もなく東京の短大への進学を許してくれた。卒業後も実家に帰らずにモデルを続けることや、アイドルになることを許してくれた。そして何より、旭君との結婚を心から喜んでくれた」

 

「……俺も同じだよ」

 

 写真に触れる楓の左手に自身の左手を添えると、お互いの薬指にはめた指輪が小さく音を立てて重なった。

 

「俳優なんてものを夢見て家を出た俺を、父さんたちは快く送り出してくれた。もしここで許されてなかったら、楓と出会えてなかったって考えるとゾッとする」

 

「私も、貴方と出会えていなかった未来なんて考えたくないわ」

 

 

 

 本当に両親には感謝しきれない。俳優になることを許してくれてありがとう。俺を育ててくれてありがとう。俺を産んでくれてありがとう。

 

 そのどれか一つでも欠けていたら、俺は楓と出会えなかったのだから。

 

 

 

「早く恩返ししないといけないわね」

 

「あぁ、そうだな」

 

「……一番の恩返しは、孫の顔を見せてあげることだと思わない?」

 

「………………」

 

 午後の買い物は、予定よりもほんの少しだけ遅くなった。

 

 

 

 

 

 

 七月○日

 

 今日は二人揃った休日。やるべき家事を早々に終え、午前中は旭君と部屋でのんびりとしながら、先日届いた結婚式の写真を眺めていた。

 

 勿論、旭君との結婚式ということで一番幸福な一日だったのは覚えているが、こうして思い返してみると『楽しかった』という一言が浮かんでくる一日だった。

 

 ブーケトスのときのことや披露宴での出し物のことは、絶対に忘れることがない。

 

 旭君と結婚してもこの人たちとの繋がりだけは絶対に無くしたくない、そう思えた。

 

 そして何より、例え私の姓が『高垣』から『神谷』に変わったとしても、私はお父さんとお母さんの娘であるということに感謝したい。私を産んでくれたこと、育ててくれたこと、その全てが旭君に出会うために必要なことなのだから。

 

 いつか私も、この人たちのような『親』になりたいと、心から思った。

 

 ……その日は遠くないかもしれないけれど。

 

 

 




 というわけで、今回からは番外編、本編終了後のお話になります。

 更新日は今までと変わりませんが、作中内時間の14日縛りを無くすため、もう少し時期ネタを拾いやすくしました。一応時系列順には並べるつもりですが、突然時間が飛んだりすることもありえます。ご了承ください。

 これからも六代目シンデレラガールこと高垣楓を、そしてついでに『かえでさんといっしょ』を、どうぞよろしくお願いします。

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