かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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今回は前回以前のお話となります。

※最後の楓さんの日記を追記。


旭と楓がテレビ出演した一日

 

 

 

 『アイドルはファンの恋人である』とは誰の言葉だったか。詳しくは知らないし別にそこまで知りたいわけでもないが、とりあえず「アイドルとはどうあるべきか」というものを語ったものなのだということは理解できる。同性のアイドルに対して抱く感情が『憧れ』ならば、異性のアイドルに対して抱く感情が疑似的な『恋愛』なのは容易に想像がつく。

 

 これも誰かの言葉だったが、『全国を飛び回るアイドルを追いかけることが出来るのは、恋人ではなくファンだけだ』という言葉も耳にしたことがある。確かに、全国ツアーをしているアイドルを追いかけて各公演に参加するファンはいれど、その行動力を自身の恋人の為に発揮できる人が何人いるだろうか。

 

 時には時間を、時には金銭を。それは目に見えぬ『愛』を分かりやすい形にした『求愛行動』と言っても過言ではないだろう。

 

 ()()()、というのは流石に傲慢かもしれないが。それだけ自身のことを想い行動してくれるファンの為に、アイドルは誠意を見せなければならない、ということらしい。

 

 

 

 ……ならば、自分自身の『恋愛』を選んだアイドルに、誠意は無いのだろうか?

 

 

 

 

 

 

「……うーん……」

 

「? どうかしたの、旭君?」

 

 壁にもたれかかって足を投げ出すように座り、その俺の足を枕にしながら横になっている楓が俺の顔を見上げてくる。最近暑くなってきたので、角度的に薄着の楓の胸元から谷間が見えた。そっちに手を伸ばしても良かったが、体勢的に無理があるので楓の首筋を撫でる。すると楓はまるで猫のように喉を鳴らし始めた。

 

 その仕草がたまらなく可愛くてしばらく続けていたが、本題からズレていたので話を戻す。

 

「いや、確かに世間に公表して改めて夫婦になったが……楽屋も一緒になるのが普通なのか?」

 

 今日は楓と共にとあるテレビ番組に出演するためにテレビ局へとやって来ているのだが、用意された楽屋が同じ部屋だったのだ。それも多人数が使用するタイプのものではなく、明らかに個室タイプ。取りようによっては一部屋に二人詰め込まれたようでもあるが、多分『夫婦だから』という気遣いなのだろう。

 

「別にいいじゃない。二つ用意されたところで、結局一緒にいるんだから」

 

「え? いや、二つ用意されてたら多分俺は自分の楽屋に――」

 

「………………」

 

「――いようと思ったけど、やっぱり楓が恋しくなっちゃうかなー」

 

「もう、旭君ったらっ!」

 

 あからさまなジト目になったので慌てて言葉を選び直すと、途端に楓はご機嫌になった。

 

(……まぁ夫婦だし、一緒の時間を過ごすのは当然か)

 

 今は別にそこまで一人の時間が欲しいわけじゃないし、欲しくなったらそのときに考えることにしよう。

 

 何より、今はこうして楓とイチャイチャすることが人生の楽しみだからな。

 

 コンコンッ

 

 しばらくかえにゃんと遊んでいると、楽屋のドアがノックされた

 

 ――神谷さん、高垣さん、そろそろお願いしまーす!

 

「「はーいっ」」

 

 同時に返事をすると、一度名残惜しそうに俺の手に頬を擦り付けてから楓は身体を起こした。

 

 ちなみにではあるが、当然現在の楓の本名は『神谷楓』となっているが、芸能界ではこれからも『高垣楓』として活動していくことになっている。

 

 いくら一緒の番組に出演とはいえ、そこは俺たちも芸能人としてプロだ。私情は持ち込まず、俳優『神谷旭』とアイドル『高垣楓』としてしっかりと仕事を……と言いたいところではあるが、今回ばかりは例外。

 

 今日は()()としての仕事である。

 

 

 

 

 

 

 テレビ局の一角、撮影スタジオの一つに組まれた、まるで部屋のようなセット。一人掛けと二人掛けのソファーが一つずつ、そしてその間に置かれた小さな丸テーブル。壁には窓の絵が描かれ、その向こうには青空と草原が広がっているように見えた。

 

「皆さん、こんにちは~! 本日も始まりました、『藍子の部屋』! なんと今日は、番組史上初の生放送スペシャルでお送りしま~す!」

 

 そんなセットの真ん中に立ち、観覧席側に向かって、そしてカメラに向かって挨拶をするゆるふわお散歩娘こと、アイドルの高森藍子が頭を下げる。

 

「ゲストも特別な方をお呼びしてますよ! 先日の第六回シンデレラガール総選挙において見事六代目シンデレラガールに選ばれたアイドル、そしてそんな女性の心を射止めた若きベテラン俳優! なんと十日前に入籍したばかりという新婚のお二人です!」

 

 パチンと手を叩いた高森は、楽しそうにフフッと微笑んだ。

 

「実は私、お二人とは事務所で仲良くさせてもらっているんです。ライブのときは勿論、ドラマの撮影現場でもお世話になってしまって……あ、披露宴にも呼んでいただいたんですよ? 私、披露宴というものに初めて出席させていただいたんですけど、ウエディングドレスがとても綺麗で、隣に立つ旦那様もとてもカッコよくて……え? あっ、ごめんなさい!? まだお呼びしてませんでしたね!?」

 

 いつもの調子でゆるふわとオープニングトークをしていた高森だったが、ADからのカンペで我に返った。これもこの番組のお約束であり、普段は放送時にカットされてブルーレイにおまけとしてノーカット版のオープニングトークが収録される。しかし今日は生放送なので、それやっていたら本当に時間が無くなってしまう。

 

「そ、それではゲストをお呼びしましょう! 高垣楓さん! そして神谷旭さんです!」

 

「お邪魔しまーす」

 

「どうもー」

 

 高森に呼ばれ、セットの扉から俺と楓が中に入ると、観覧席の観客からの黄色い声と拍手が俺たちを出迎えてくれた。

 

 というわけで、今日の俺たちの仕事はこの高森の番組への出演である。

 

「楓さん、旭さん、今日はよろしくお願いします」

 

「よろしくね、藍子ちゃん」

 

「よろしく」

 

「『藍子の部屋』始まって以来初めての生放送スペシャルに、お二人をお迎えできてうれしいです」

 

 挨拶もそこそこに高森は一人掛けのソファーに、俺と楓は二人掛けのソファーに座る。この番組のオープニングトークは普段ならゲストが登場してからもかなり長く続くのだが、やはり今回は生放送なのでそこも若干巻きである。

 

「改めまして……お二人とも、ご結婚おめでとうございます」

 

「ありがとうね、藍子ちゃん」

 

「それでなんですけど……結婚指輪、もう一度見せてもらってもいいですかぁ?」

 

 目を輝かせながら手のひらを合わせて『お願いポーズ』をする高森。やはりアイドルなだけあって、若干キャラじゃないような気もしたが流石に様になっていた。

 

 まぁ、楓の全力で媚びる「おねがぁい?」には敵わないけどな。あれは無理、断れない。「わざとらしい」と思う前に「可愛い」と思ってしまうので抗えない。しかも大体「最後にお酒をもう一杯」的な意味で使われるので、そのときの楓はトロンと酔っぱらった状態だから本当に無理。

 

「はい、これでーす」

 

 楓が薬指の指輪を見せるように左手を挙げるので、俺も一緒に左手を挙げる。手の甲を向けながら二人の左手を近付け、2カメ(下手側から二番目のカメラ)で写しやすいようにする。

 

 重鎮レベルの大御所俳優のようにウン百万するようなレベルではないが、それでもかなり値が張る指輪である。値段を聞いた楓が若干気後れしたほどだが、それでも楓を娶る男として(ついでに紛いなりにも芸能人として)譲れなかった。

 

「わぁ! とっても綺麗な指輪ですね!」

 

「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいわ」

 

「トップアイドル高垣楓さんに贈る結婚指輪だからな、奮発しないと」

 

 下手に安物だとファンから怒られるかもしれない、というのもあるが。

 

「あら、私にとっては、人気俳優の神谷旭さんから贈られた指輪なら、どんな安物だって喜んだわよ?」

 

 ニッコリと微笑む楓からそう返され、照れくさくなり頬を掻く。観覧客からも「ふぅぅぅ!」とはやし立てる声が上がった。

 

「ふふっ、そんな仲良しなお二人ですが、私生活でもどれだけ仲良しなのか? 新婚生活真っ只中のお二人の私生活の様子を、ほんの少しだけ撮影してきていただきました」

 

 これはこの番組の定番企画の一つで、ゲストの自宅での様子をゲスト自らがビデオカメラで撮影してくるというものだ。生放送スペシャルの今回もその企画は健在で、既に我が家での撮影を終えてスタッフにテープを渡してある。

 

「それではVTR、お願いしまーす!」

 

 セットの影からササッと近付いてきたスタッフから受け取ったイヤホンをセットし、観覧席側に置かれた出演者用のモニターへと視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

「はい、おはようございます」

 

 スタッフから渡された手持ちタイプのカメラを自分に向けて、挨拶をする。

 

「えー、皆さん、まずカメラにアイドルの高垣楓ではなく神谷旭が映ったことに対して不満があると思いますが、ご安心を。今からお見せするのは、髙垣楓が朝食を作っている後姿です」

 

 ただの後姿と侮るなかれ。事務所の他のアイドルは割とお料理バトル的なバラエティー企画に参加したりしているようだが、何故か楓にはそれが無かった。なので『高垣楓が料理をしている姿』が地上波で放送されるのは初めてのことなのだ。

 

「ちなみにテレビスタッフからは寝起きドッキリ的なものを期待されましたが、事務所からNGが出てしまったので撮影できませんでした」

 

 流石にアイドルの寝起きはそこまで安くない。というか俺自身、まだ新婚生活始まったばかりの楓の寝姿を見られるのはかなり癪だったのでありがたかった。

 

「というわけで、キッチンに移動しまーす」

 

 自撮りをしていた廊下からリビングに入り、さらにその先のキッチンへと向かう。

 

「ふふふーん、ふふふーん」

 

 我が家のシステムキッチンに、後姿でも分かる美女が鼻歌交じりに料理をしていた。普段は余り上げることのない髪をポニーテールに結ぶことで晒されているうなじと、キャミソールとホットパンツという大変ラフな格好故に真っ白な二の腕と生足が大変眩しい美女。当然、俺の嫁こと楓である。

 

「今日は楓さんが朝食を作ってくれていまーす。後姿も大変お綺麗ですが、邪魔にならない程度にこちらに振り向いてもらいましょう」

 

 「楓さーん!」と呼びかけると、楓もノリノリで「は~い!」と答えながら振り返ってくれた。

 

 というわけで地上波初登場となる、エプロンを着た『新妻』高垣楓である。

 

 

 

『きゃあああぁぁぁ!?』『おおおぉぉぉ!?』

 

 そんな楓の珍しすぎる姿に、俺たちと共にVTRを見ている観覧客から歓声が上がった。MCである高森も小さくキャーキャー言いながら画面に釘付けになっている。

 

「ふふっ、こうして見ると少し恥ずかしいわね」

 

「俺は楓の魅力をまた一つ知ってもらえたような知られてしまったような、複雑な気分だ」

 

 

 

 場面は変わり、出来上がった朝食を二人で食べる様子を撮影する。

 

 いつも通り二人並んで座り、カメラを持つのは変わらず俺。

 

「はい、旭君。あーん」

 

「あーん」

 

 楓がスプーンで掬った野菜スープのニンジンをカメラ(こちら)に向かって差し出してくるので、そのままカメラを通り過ぎて俺の口へ。うん、今日も味が染みてて美味い。

 

「旭君、交代して」

 

「お、ちょっと待ってろ」

 

 今度は楓にカメラを渡し、俺が楓に食べさせることに。

 

「はい、楓。あーん」

 

「あーんっ!」

 

 楓があーんしている映像ほど需要は無いだろうが、紛いなりにも俺も俳優なので一部の層で需要があるだろうと思いつつ、楓にスプーンを向ける。……ってコイツ、カメラに写ってないからって口を開けつつチロッと舌を出しやがって……どうせそれ片桐さんの差し金だろ!? ありがとうございます!

 

「ん~、我ながら今日も上手に出来たわ」

 

「最近の朝はずっと楓が作ってるな。たまには変わるぞ?」

 

「ううん、いいの。将来、子供にはちゃんとお母さんの手料理を食べてもらいたいから、その予行演習」

 

 そんなことを言う楓に、カメラが回ったままだというのに抱きしめたくなり――。

 

「それに、お母さんの朝食が美味しくないって言われたら超ショック(朝食)だから」

 

「………………」

 

 ――あっという間に毒気が抜かれた気がした。

 

 

 

『………………』

 

 楓の『子供』や『お母さん』発言に湧き上がった観覧客が、あっという間に沈静化した。

 

「あら? やっぱり、たまにはお父さんにも作ってもらった方が子供は喜ぶかしら?」

 

「そこじゃねーんだよ楓……」

 

「ふ、普段からとっても仲良しなんですね!」

 

 いつもニコニコしている高森が珍しく愛想笑いしているのが印象的だった。

 

 

 

 

 

 

「さて、楽しかった時間も、そろそろお別れの時間となってしまいました」

 

 その後も俺たちの私生活を(問題がない程度ではあるが)赤裸々に明かし、俺たちにゆかりのある人物からのタレこみ(主に川島さんや片桐さん)を元にしたトークに花を咲かせたり、俺や楓が最近気になっているスイーツがスタジオに運び込まれたりと、番組は順調に進んだ。

 

「楓さん、旭さん、今日は本当にありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそ」

 

「楽しかったよ」

 

 最後にゲストから一言ずつ、ということでまずは楓から。

 

「……私は、神谷旭さんと結婚をしました」

 

「楓……?」

 

 これからもよろしくお願いします、的な簡単に一言のはずだったが、楓の口から発せられたのは俺が知らない語り始めだった。

 

「でも、私がアイドルであることには変わりません。これからも、今まで通り、そして今まで以上に、アイドルとして輝く姿を皆さんにお見せ出来るように頑張っていきます」

 

 

 

 ――だけど、私もステージを降りればただの人なんです。

 

 

 

「皆さんにお見せしてしまったらきっと幻滅や失望してしまうようなことだって、一つや二つじゃありません。そんな私の、嫌なところを、汚いところを、面倒くさいところを、全て曝け出すことが出来るのが、旭さんなんです」

 

 

 

 ――きっと夫婦になるっていうのは、そういうことなんだと思います。

 

 

 

「ファンの皆様に対する裏切りと……そう思われる方もいるかもしれません。でも、私の中での『ファンの皆様を大切にする気持ち』と『神谷旭という男性を大切にする気持ち』は別の物なのだということを、どうかご理解いただきたいです」

 

 

 

 ――そんな私ではありますが、これからも()()()をよろしくお願いします。

 

 

 

『………………』

 

 楓が丁寧に頭を下げると、スタジオはシンと静まり返った。

 

 しかしそれも一瞬の事。

 

『――っ!!!』

 

 次の瞬間には、歓声と拍手の嵐がスタジオに響き渡った。

 

 それは、そんな高垣楓の想いを称賛する喝采。俺たち夫婦を肯定してくれる応援(エール)だった。

 

 今ネットを開けば楓の発言に対する賛否両論が飛び交っていることだろう。

 

 きっと、高垣楓は『アイドルの結婚』に対する世論に風穴を開けたのだ。

 

(……本当に、俺には出来すぎた嫁さんだよ……)

 

 

 

 この後一言を話す俺のハードルがトンデモなく跳ね上がってしまったが、今こうして寄り添ってニッコリと微笑みながら俺の顔を見上げる楓に免じて、許してあげることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 六月○日

 

 今日は藍子ちゃんの番組に旭君と二人で出演させてもらうことになった。夫婦になって初めてのお仕事なので、話が決まったときからずっと楽しみにしていた。

 

 まずはオープニングで藍子ちゃんに「指輪を見せて欲しい」と言われて二人で揃って見せると、藍子ちゃんは「綺麗な指輪ですね!」と褒めてくれた。旭君が宝石関係の仕事についている友人と一緒になって頭を捻って考えてくれたデザインの指輪だったので、それを褒められると嬉しいと一緒に少しだけ誇らしくなった。

 

 次に、先日撮影した自宅での様子をVTRとして全員で視聴することになった。確かにエプロン姿をテレビで見せたことがなかったので、何故か恥ずかしかった。お互いに食べさせ合うシーンも実は内心では凄く恥ずかしかったのだが、それでも『私は旭君と一緒に暮らして凄く幸せなんだ』ということを知ってもらいたい気持ちの方が大きかった。

 

 だからエンディングトークで、少しだけ予定外のことをしてしまった。

 

 私が思う、ファンへの想いと旭君への想い。

 

 ……なんて綺麗ごとを言ってしまったが。

 

 それでも……ほんの少しだけ、ファンのみんなより旭君の方が大切に想っているということを、私の心の中に秘めると同時にこの日記に書き残しておこう。

 

 こんな私のワルイところを見せるのも……きっと、旭君だけ。

 

 

 

 

 

 

「……うひゃー、楓さん言うねー……これは荒れそうだなぁ」

 

「………………」

 

「……で? 何で奈緒はさっきから突っ伏してるの?」

 

「多分、お兄さんとお義姉さんの甘々新婚生活を見せられて身内として恥ずかしくなったんじゃないかな」

 

 

 




 というわけで、ついに旭と楓の新婚生活が地上波に乗るテロが発生しましたとさ、というお話でした。

 アイドルとの結婚うんぬんのお話でいつも通りの独自理論が展開されておりますが、どうかふわっと流していただけると(ry



 あと余談ではありますが、SSAお疲れ様でした!

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