かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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ハッピーバレンタイン!


旭と楓が旅をする一日 そして…

 

 

 

 さて、夕方である。

 

「さて、これで本日の日程は以上となります」

 

「いやぁ遊んだ遊んだ!」

 

「本当にな」

 

「楽しかったわねぇ」

 

「もう疲れたぞ……」

 

 犬牧場を後にした俺たちは、その後も様々な観光スポットを巡り、様々な名物に舌鼓を打った。何回かミニゲームコーナーが設けられており、勝者のみ限定の名物を食べることが出来たり、逆に敗者は過去の写真を晒されたりとバラエティー色豊かに番組は進んだ。

 

 エアーホッケー対決で楓と奈緒のペアが相手なので負けないだろうと高をくくっていた凛ちゃんと加蓮ちゃんが負けて、昔の写真を晒されて真っ赤になっているのが印象的だった。もっとも、結局楓と奈緒の昔の写真も晒される羽目になって「勝負の意味はなんだったんだよー!?」と奈緒が吼えることになるのだが。

 

「というわけで今回の旅、私たち()ここまで」

 

「……私たち()?」

 

 凛ちゃんの発言に首を傾げる奈緒。

 

「私たちは明日トライアドプリムスとしての仕事があるから帰らないといけないんだけど、実はまだ一つ温泉宿の紹介が残ってます」

 

「……ってことは」

 

「そ。ここから先の司会進行は旭さんにバトンタッチ」

 

「承った」

 

 パチンと凛ちゃんと掌を合わせる。この流れは俺も聞かされていた。

 

「じゃあここから先は、本格的に『神谷夫妻の新婚旅行特番』になるわけだ」

 

 成程と頷く加蓮ちゃんに対し、奈緒はうわぁと露骨に顔をしかめた。

 

「見せつけられなくなるのを喜ぶべきか、この先自重がなくなりそうなことを危惧すべきか……」

 

「おいおい、これでもお前たちよりこっちの業界にいる先輩だぞ? 仕事なんだから、自重するに決まってるだろ」

 

「そーいうのは二人きりで温泉宿に行くって話が出たときからしてる楓さんとの恋人繋ぎをやめてから言え!」

 

 仕事とはいえ、楓と二人での温泉宿である。テンションが上がるのは仕方がなかった。

 

 三人をこの場に残し俺と楓が車で去っていく絵を撮ってから、そのまま最後の目的地となる温泉宿へと向かう。

 

「今回はそのままその宿に泊まる予定になってるから、飲酒オッケーも出てるからな」

 

 まぁ楓の場合、許可を出す前からカメラの回ってないところで日本酒辺りを用意することだろう。

 

「……えぇ、そうね」

 

「……ん?」

 

 何やら楓の返事に間があった。運転中故に首は動かせないので視線を動かしてルームミラー越しに楓の様子を窺うが、別に変なところはない。

 

「………………」

 

 何か引っかかるというか違和感のようなものを感じながら、車は温泉宿へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

「楓」

 

「……旭君」

 

「どうだ?」

 

 部屋の縁側(広縁と言うらしい)の椅子に座っていた楓に、女中さんに頼んで用意してもらった洋酒の瓶とグラス二つを掲げる。

 

 番組の撮影は一時間ほど前に全て終わっている。温泉宿自慢の懐石料理に舌鼓を打ち、露天風呂に二人で浸かり(勿論撮影なので両者ともにタオル着用)、俺と楓が寄り添うように夕日を見る絵をラストに今回の撮影の全工程が終了となった。

 

 撮影後は予定していたように、俺と楓の二人で一泊。スタッフは全員撤収したので、あとは夫婦水入らずで年末の温泉旅行である。もっとも年末どころかまだクリスマスも来ていないのだが、まぁどうせ去年に引き続き年末年始はお互いに忙しいだろうし、ちょうどいい慰安旅行だ。

 

 なので、二人でゆっくりとお酒を楽しもうというわけだ。旅館で洋酒というのもアレかと思ったが、そこはまぁいいだろう。

 

「………………」

 

 しかし楓は首を横に振った。

 

 先ほどの食事のときもそうだったが、よくよく考えたら今日の楓は一滴もお酒を口にしていなかった。

 

 いや、別にそれ自体は滅多にないだけで全くないわけではない。例えば重要なライブやコンサートの前はプロデューサーの方から禁酒を言い渡されることもある。しかしこうして楓が自主的にお酒を飲まなかったのは本当に珍しいことである。

 

 それだけでも十分気になることなのだが、もう一つ気になるのは番組スタッフ側からも楓に飲酒を勧めなかった点だ。

 

 贔屓目なしで見ても楓が飲酒している姿は、それはもう色っぽくて大変絵になる。こういう旅番組やグルメ番組ではほぼ間違いなく彼女の飲酒シーンを取り入れ、ファンはそれを待ち望んでいると言っても過言ではない。

 

 にも関わらず、何故か番組スタッフは楓の飲酒シーンを撮ろうとしなかった。普段ならばそれとなくお酒を飲むように誘導したり、そういうお店をスケジュールに組み込むはずなのにそれもなし。アイドル四人でとても華やかだったので撮れ高的には問題ないだろうが、それでも何故それを撮らなかったのか……。

 

「……もしかして、体調が悪いのか?」

 

 楓の向かい側の椅子に座りながら、彼女の顔を覗き込む。月明りに照らされた楓は化粧を落とした状態でも十二分に綺麗で、顔色が悪いということはなかった。

 

 ただ……何処か緊張しているような気がした。

 

「……旭君」

 

「ん?」

 

「私たちが出会って、もう七年も経つのよね」

 

「? あぁ、そうだな」

 

 突然そんなことを言い出した楓。話の意図はよく分からないが、とりあえず首肯する。

 

「前にも話したことがあると思うんだけど、旭君と出会ったその瞬間から、私は貴方と結婚するんだっていう予感があったの」

 

「……俺も一目惚れだったから、お互い様だな」

 

 そう返すと、楓は「嬉しい」と微笑んだ。

 

「長いようであっという間だった。初めは一目惚れした同僚で、恋人になって、夫婦になった。旭君が、女の子の憧れであるお嫁さんにしてくれた」

 

 何故か楓の視線が泳いでいる。落ち着かない様子で、チラチラとこちらを見ながら左手の薬指にはめた結婚指輪をしきりに触っていた。

 

「それだけでも幸せだった。だけど旭君はそれだけじゃなくて……もっともっと()()()()()にしてくれた」

 

「……()()()()()……?」

 

 何かが引っかかる。楓が何かを言おうとしている。

 

(……え)

 

 まさか。もしかして。

 

「か、楓……」

 

「旭君」

 

 真っ直ぐの目を見つめながら名前を呼ばれ、思わず閉口してしまった。その目は先ほどの迷ったものではなく、決意を決めた目。覚悟した目。ならば、自分はそれを聞かなければならない。

 

「……あのね――」

 

 

 

 

 

 

 ――赤ちゃんが、出来ました。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 遠くからボーンッボーンッという時計の鐘の音が聞こえてきた。多分、ロビーに置かれている古い時計のものだろう。それが静かな館内を響き渡り、この客室まで届いていた。

 

「まだ二ヶ月だから、お腹は出てきてないけど……」

 

 そう言いながら楓は自身の下腹部にそっと手を添えた。

 

 もしかしてドッキリなのかもという考えは一切浮かばなかった。ただ楓が身ごもったという事実だけが、頭の中で反響していた。

 

「………………」

 

 俺は一言も発せなかった。口を開いても、楓にかけるべき言葉は喉の奥に引っかかったまま出てこようとしない。

 

 言わなきゃいけないことがある。言いたいことはそれ以上にある。

 

 これ以上黙ってちゃダメだ。楓が不安がる前に言わないと。

 

「か、かえ――」

 

「えいっ」

 

 しかし、ようやく絞り出せたその言葉は、いつも間にか立ち上がり目の前にまでやって来ていた楓によって遮られてしまった。真正面から抱きしめられ、胸と浴衣で口が塞がれる。

 

「無理しなくて大丈夫よ、旭君」

 

「……!」

 

 違う! そうじゃない! 俺は、お前に……!

 

 

 

「大丈夫……言葉にしてくれなくても、喜んでくれてるってことは分かってるから」

 

 

 

「………………」

 

「ありがとう、旭君」

 

 視界が滲む。情けない、楓にそれを言わせてしまった。けれど、これは情けなさのそれじゃない。

 

 本当に。純粋に。

 

 嬉しかったのだ。

 

「……あり、がとう……!」

 

 だから、これだけは口にする。なんとか絞り出す。

 

「ほんとうに、ありがとう……!」

 

 俺たちの子供を身ごもってくれて。

 

 俺を父親にしてくれて。

 

 

 

 ――本当に、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 『高垣楓、第一子妊娠!』などというニュースが流れて、早一ヶ月である。

 

 なんとあの楓の告白のときにカメラが隠してあったらしく、どうやら楓と事務所と番組スタッフが打ち合わせて用意したサプライズの場だったらしい。それを知らされたのは翌朝で、流石にガチ泣きしているところを撮られていたと知ったときは結構なダメージを受けたのを覚えている。

 

 そしてそのときの映像を新年特番の際に番組のサプライズとして流し、放送後に改めて関係各所に楓が妊娠した旨をFAXにて報告し、めでたく翌日の芸能ニュースで大々的に取り上げられることとなった。

 

 ちなみにその映像が流れたのが生放送の番組収録中でのことなので、当然観覧客もいれば一緒に炬燵に入っていた奈緒たち三人娘もいた。

 

 凛ちゃんは目を大きく見開いて驚き固まり、加蓮ちゃんはキャーキャーと黄色い声を上げながら俺の背中をバンバンと叩いてきた。

 

 そして奈緒は――。

 

 

 

「う゛わあああぁぁぁん! あ゛にぎいいいぃぃぃ! ね゛えざあああぁぁぁん! おめでとおおおぉぉぉ!」

 

 

 

 ――それはもう、俺以上に号泣しながら祝福してくれた。俺と楓の結婚披露宴のときと同じぐらいの号泣っぷりだった。改めて奈緒との血の繋がりを感じつつ、それに釣られて再び鼻の奥がツンとしてしまったのはナイショである。

 

 そうして関係各所への連絡、記者会見、お互いの両親への報告、様々なメディアからのインタビュー、さらに今後のアイドル活動についての話し合いなど、それはもう慌ただしく一ヶ月が経ったわけだ。

 

 

 

「お酒が飲みたい……」

 

 絶賛禁酒中の楓が、ソファーの上でグダッと脱力していた。

 

 旅番組収録前に妊娠が発覚していたために収録中に一滴も飲まなかったことが判明した楓だが、禁酒を始めてからまだ二ヶ月半ほどで既に辛そうだった。いや、寧ろ初めてまだ三ヵ月も経っていないような時期だからこそ、飲めないのが辛いのだろう。

 

 ちなみに俺も楓と一緒に禁酒中だ。楓が飲めないのに俺一人で飲む気になれず、そもそも家にアルコールを置いておいても意味がないので、家にあったアルコール類は全て周りの人間にあげたり実家に預けておくことになった。

 

「今から授乳期間が終わるまで、お酒はおろかコーヒーも飲めないなんて……」

 

 一応授乳前を避ければ絶対にダメというわけではないが、あまり飲まない方がいいことには変わりない。故に授乳期間が終わる一歳頃まではアルコールやカフェインの摂取は推奨されない。

 

 今から約二年。これまでの楓にとっては気が長くなるような禁酒期間だろう。

 

「大丈夫か?」

 

「……体調は悪くないわ。テンションが上がらないだけ」

 

 顔色を窺いながら楓の隣に腰を下ろすと、そのまま楓はコテンと横に倒れてきてそのまま俺の太ももに頭を乗せた。膝枕する形となったので、そのまま前髪を梳くように触れると楓はニコリと微笑んだ。

 

「でも不思議。私のお腹の中にいる赤ちゃんのためだって考えるだけで、どれだけだって頑張れる気になれるんだから」

 

「……俺も同じだよ。今だったら、楓と赤ちゃんのためになんだって出来る気がするよ」

 

 全能感というとまた何か違うが、何があっても楓とそのお腹の子供のことを考えるだけで体中からやる気が漲ってくる。これが父親になるということなのだろうか。

 

「そんな絶賛禁酒中で口寂しい楓のために、チョコレートを用意したわけなんだけど」

 

「ウイスキーボンボン?」

 

「おい」

 

()()()っとだけ冗談よ」

 

 今日は二月十四日。恋人だけでなく恋仲全ての男女のためのバレンタインデーである。

 

 今年も楓のモーニングチョコから始まったバレンタインだが、今回は趣向を変えて俺も楓のためにチョコレートを用意することにした。

 

「初めて湯煎とかやってみたけど、案外難しいんだな」

 

「そうよ。女の子はいつもそうやって大変な思いをしながら、大切な人のためのチョコレートを作るんだから」

 

「女の子?」

 

「オ・ン・ナ・ノ・コッ!」

 

 俺の太ももに頭を乗せたままウィンクをする楓。そろそろアラサーが見えてくる歳でありお腹の中に赤ちゃんがいる女性だというのに、その仕草がとても可愛らしく似合う辺り、アイドルという存在の凄さを思い知る。

 

「あーん」

 

 目を瞑り口を開ける楓。どうやらそのまま食べさせて欲しいということらしい。

 

 レシピを見ながら作ったピーナッツチョコを一つ摘み上げ、そのまま楓の口の中に入れた。ただ指ごと食べられるのは想定していたが、そのまま指を咥えたまま離さず噛まないようにチョコを咀嚼してくるとは思わなかった。

 

「……うん、美味しい。ありがとう、旭君」

 

「どういたしまして」

 

「……それじゃあ、今回も恒例のアレ、やっときましょう」

 

「恒例って」

 

 何が言いたいのかは、再び目を瞑り、今度は唇をそっと突き出す楓を見ればすぐに分かった。要するに今朝もやったアレである。

 

「今の私はお酒が飲めないから……存分に、旭君に酔わせて?」

 

「………………」

 

 まぁ、来年の今頃は既に赤ちゃんも生まれてきているだろうから、流石にここまでイチャつくことも出来ないだろう。

 

 ならば、二人きりの新婚生活を精一杯楽しもう。

 

 俺は自分で作ったチョコを摘み上げ、自分の口に咥えた。

 

 

 

 

 

 

 二月十四日

 

 今日はバレンタインデー。

 

 いつもならば旭君のために用意したチョコレートを食べながらお酒を飲むのだが、今年はお腹の子どものためにお酒を飲むことが出来ない。ある意味幸せな悩みではあるのだが、それでもやっぱり少しだけ物足りないものがあった。

 

 でも、来年の今頃にはきっと私と旭君の子どもがいて……まだチョコレートを食べさせるには早すぎるだろうが、それでもきっと今日以上に素敵なバレンタインになる気がした。

 

 ……本当に、今が幸せだ。これまでもことあるごとに日記に書いてきたが、それでもまだ書き足りない。

 

 私のお腹の中に旭君との子どもがいる。なんて幸せなことなんだろうか。

 

 こうして日記を一ページ書くたびに幸せが積もっていく。

 

 これからもずっと、旭君と幸せを……。

 

 

 

 

 

 

「そっか……」

 

「奈緒も、叔母さんになるんだね……」

 

「なんだその目は!? 言っとくけど、あたしは普通に嬉しいんだからな!?」

 

 

 




 ついにこの日が来てしまいました。

 第 一 子 誕 生 !

 この展開、人によってはあまり好きじゃないのかもしれませんが、ある意味この小説を書き始めたときからずっと書きたかったシーンです。

 軽く「出来ちゃった(はーと)」ぐらいのノリにする案もあったのですが、流石に軽すぎるか……とこちらになりました。

 さて、そんな子どもが出来た二人ですが、まだまだイチャつかせていく所存ですので、これからも変わらずよろしくお願いします!
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