かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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第七回シンデレラガール総選挙!

今年も『綺麗で可愛く美しく子供っぽくも大人の色気を醸し出すユーモア溢れるほろ酔い25歳児』こと高垣楓に清き一票を! 今年も楓さんに総選挙楽曲を歌って貰いましょう!


旭が楓を連れ帰った一日

 

 

 

 『ハーレム』という単語がある。

 

 元を辿ればトルコ語の後宮を意味する『ハレム』が日本語として訛ったもので、転じて一人に対して複数の異性が存在する状況を指す言葉になっている。

 

 さて、それがハーレムの定義とするならば、現在の俺の状況はハーレムと言っても過言ではないだろう。愛する妻がいる身としてはそうでもないが、世の男性諸君からすればそれは羨望に値する状況なのだろう。

 

 そんな諸君らに言いたい。

 

 

 

「それじゃあ、カンパーイ!」

 

『カンパーイ!』

 

 

 

 この酒豪として名を馳せる猛者(アイドル)たちにたった一人で囲まれている状況を、果たして羨ましいと思えるかな……!?

 

 

 

 

 

 

 居酒屋の座敷の大部屋二つをぶち抜いた広い部屋の中、思わず溜息を吐きそうになる。

 

 さて、どうしてこのような状況に陥ってしまったのか。簡潔に説明すると、今回の俺は楓の代理なのである。

 

 アイドル部門の大人の女性陣は定期的に飲み会を開いており、そこにはいつも楓も参加している。しかし楓は現在妊娠中で、飲酒どころかカフェインすら断っている状況だ。勿論そんな状況で飲み会なんて参加しても、周りが飲酒する中一人だけ飲めないのもストレスが溜まるだけである。

 

 そんな楓の代理として、今回こうして女性アイドルだらけの飲み会に招集されたというわけである。

 

 ……いや、わけである、じゃなくて。

 

「川島さん、もう一度伺いますが、どうして俺がここに呼ばれたんですかね」

 

「え? だから楓ちゃんの代わりだって言ってるじゃない」

 

「単純に楓が欠席するだけでいいでしょう。わざわざ俺がここに来る必要は……」

 

「そりゃあるわよ! なんてったって、旭君がブチ込んで撒き散らして孕ましたから楓ちゃんが来れなくなったわけでしょ!? つまり旭君に責任がある!」

 

「言い方ぁ!」

 

 片桐さんの言い方があんまりにもあんまりすぎた。え、何この人、まだカンパイした直後だっていうのに既に出来上がってるの?

 

「まぁまぁ。それに、一度楓ちゃん抜きで旭君と話してみたいとは思ってたのよ。旦那さんの貴方の目から見た楓ちゃんのこととか聞いてみたかったし」

 

「……それなら、まぁ」

 

 まだ理解できる。確かに、川島さんたちとはそれなりに飲む機会はあったが、それは全て楓も一緒だった。それなりに長い付き合いにはなるが、楓がいない状況での飲みは初めてである。彼女たちと楓抜きに飲むのなんて、それこそ楓が強制禁酒中の今以外には訪れない機会だろう。

 

 ちなみに楓からは「私の分まで楽しんできてね」と笑顔で送り出されている。本来ならば、妊娠中の妻を置いて飲み会に参加と言うのも心苦しいのだが……。

 

(出来るだけ早く帰ることにしよう)

 

「それじゃあ、とりあえず旭君は駆けつけ三杯ってことで……」

 

「駆けつけてねーよ!? 最初からいるよ!?」

 

 俺の訴えも虚しく、いつぞやのように目の前に並べられる大ジョッキ三つ。だからわからないわって言ってるでしょ!

 

「安心していいわよ。向こうで清良さんがスタンバってるから」

 

「ダウンする前に止めるという選択肢はないんですか!?」

 

 一言一句同じ文句に文句を言いたくなった。

 

 全員の視線がこちらを向いており、どうやら俺が飲まないと始まらない雰囲気になってしまった。

 

(……楓。俺、この飲み会が終わったらお土産買って帰るよ……! 終わる頃にはコンビニスイーツぐらいしか買えないだろうけど……二人で甘いもの食べような……!)

 

 心の中で妻に生還を誓い、俺は覚悟して一つ目のジョッキを持ち上げた。

 

 

 

 

 

 

「……た、耐えたぞ……!」

 

 また以前のように潰されるかと思ったが、どうやら楓がいないということを考慮して、ある程度勘弁してくれたようだった。わーいうれしいなー。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

 片桐さんとの一気飲み勝負から解放されて一息ついていると、三船さんが心配そうに俺の顔を覗き込んできていた。

 

「どうぞ、お水です……あと、もう少しおつまみも食べた方がいいですよ」

 

 そう言いながら三船さんは俺にお冷の入ったコップを差し出し、料理を大皿から小皿へと取ってくれた。

 

 なんとも甲斐甲斐しいその姿に、お酒の影響もあり思わずときめきそうになったが、はてと首を傾げる。ハッキリ言うと、そこまで三船さんと仲が良いわけでないのだが、一体今日はどうしたのだろうか。

 

「ありがとうございます。……えっと」

 

 お礼を言いながら小皿を受け取り、さて何と聞いたものやらと言葉を選んでいると、俺が何を悩んでいるのか気付いたらしい三船さんがふふっと微笑んだ。

 

「実は、楓さんから頼まれちゃったんです」

 

「え、楓から?」

 

「はい。『私の代わりに、旭君のお世話をしてくれませんか?』って……」

 

「楓……」

 

 俺を心配してくれる楓の優しさにグッときたので、口から出かかった「普段飲み会で世話するのは俺の方なんだけどな」という言葉は飲み込むことにする。いや、普通に嬉しい。

 

「楓さんからは、その……『膝枕までは許します』と言われてしまって……」

 

「ん?」

 

「えっと……い、今だけは、私が旭さんの奥さん……ですね」

 

「高橋さーん! 俺と一気飲み勝負しませんかー!?」

 

「旭さん!?」

 

 酔っているからかなんなのか知らないが三船さんの様子がおかしく、このままでは自分までおかしなことになりそうだったので、その場を緊急離脱することにした。

 

 

 

 

 

 

「……ま、まだ耐えられるぞ……」

 

 だいぶ俺の肝臓も鍛えられたらしく、昔と比べると随分アルコールに強くなったような気がする。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

 

「大丈夫です……ご迷惑をおかけしました」

 

「いえ、そんな……」

 

 アルコールで身体は熱いが頭は冷えたので、再び三船さんのところに戻って来た。少々抵抗もあったが、これだけ飲まされた身としては誰かにお世話されるのは大変ありがたいので、今回は三船さんのご厚意に甘えることにしよう。……流石に膝枕はシャレにならないからやらないけどな!

 

「三船さんは、もうウーロン茶なんですね」

 

 再び三船さんから差し出されたお冷のコップを受けとりながら、彼女のコップが既にアルコールではなくウーロン茶になっていることに気が付いた。

 

「はい……元々、そんなにお酒に強い方ではないので……それに、旭さんのお世話をしなければいけないのに、私が酔っていてはいけませんから……」

 

「美優ちゃん、酔うとすげーからな☆」

 

「佐藤」

 

「はぁとって呼べっつってんだろ☆」

 

 いつの間にか近付いてきていた自称『しゅがーはぁと』こと佐藤(さとう)(しん)が赤ら顔で肩を組んできた。

 

 三船さんと同い年にも関わらず、大人しい妹感溢れる三船さんに対してわんぱくな妹感溢れる佐藤。反対の意味で年上とは思えない女性である。故にタメ語に呼び捨てだ。

 

「ほれほれ、はぁとのおっぱい堪能させてやっから、気軽にはぁとって呼べよ☆」

 

「やめろぉ!」

 

 肩を組んでいるため、プロフィール非公開だが結構大きい佐藤の胸がグイグイと肩甲骨辺りに押し付けられている。男として思わないところはないわけではないが、果たして誰から楓にチクられるか分からないこの状況ではありがた迷惑でしかなかった。

 

「三船さん、どうかこのことはご内密に……」

 

「は、はい……もう、心さんったら……」

 

「だからはぁとだっつーの☆」

 

 とりあえず離れてくれたので一安心。

 

「それじゃあ、酒のツマミに楓ちゃんとの面白いエピソードでも聞かせてもらおーか☆」

 

「面白いエピソード? ……少し大きくて独特の苦味や酸味が特徴の日本原産の柑橘類の話とか?」

 

「そんな傑作(はっさく)なエピソードは求めてねぇぞ☆」

 

 何やら嫌な予感がしたので逃げようとしたが、失敗したらしい。

 

「でも柑橘類みたいに甘酸っぱい話は聞きたいぞ☆」

 

「二十七の男に何を求めてるんだよ……」

 

 ついでに二十八の女が何を求めてるんだよ。

 

「そーだな―……よぉし☆ 初めて楓ちゃんがお前の前で酔っぱらったときの話、聞かせろよ☆」

 

「はぁ?」

 

「あー見えて楓ちゃん、心を許した人の前じゃないと酔わないからな☆ お前に気を許して初めてベロベロになったときの話が聞きたいぞ☆」

 

「……まぁ、それぐらいなら」

 

 多分、大丈夫だろう。いや、俺の心情的には全然大丈夫じゃないエピソードなのだが……俺も、酔って少々口が軽くなっていた。

 

 見ると三船さんもやや興味ありげにこちらを見ているし、何人かもこちらに聞き耳を立てている。

 

「分かった、話すよ」

 

「わぁい☆ はぁとドキドキするー☆」

 

「更年期障害か?」

 

「さっさと話せや」

 

「ウッス」

 

 

 

 

 

 

 俺と楓が付き合い初めてから、そろそろ二ヶ月が経とうとしていた。

 

 既に何回かデートを重ねており、そろそろ次の段階へ……なんて思ってしまう今日この頃。

 

(……まぁ、ゆっくりでいいか)

 

 今日も一緒に食事をする機会があったが、お互いの同僚と一緒の所謂食事会だった。まだ俺たちが付き合っていることは誰にも話してはいないので、ある程度親しげには話すが恋人らしくするわけにはいかないので少々骨だった。

 

 そんなわけで、今回はこのまま終わりだろう……そう考えていた。

 

 しかしそう考えていたのは、情けないことに俺だけだったらしい。

 

「……旭君」

 

「何?」

 

 

 

 ――今夜は、帰りたくないの。

 

 

 

「………………」

 

 飲み会が終わって他のみんなが帰路に着き、あとはタクシーを捕まえようとしている俺と楓のみの状況で、そんなことを言われてしまった。

 

「……あー、うん。そうだな」

 

 こういうシチュエーションを一切考えたことがないと言えば嘘になる。もしこんな美人の彼女に、そんなことを言われたら嬉しいだろうなぁと妄想したことぐらい、俺にだってあった。

 

 しかし心の準備が出来ていたかどうかは別問題だ。思わず変な声が出なかった自分を褒め称えたい。

 

 チラリと横目で楓の様子を窺う。

 

「………………」

 

 楓は耳まで真っ赤になって俯いていた。多分アルコールの影響ではないだろう。肩にかかったショルダーバッグの紐をギュッと握り締めている。

 

 きっと、彼女は彼女で勇気を振り絞ってくれたのだろう。その一方で自分の不甲斐なさを恥じるが、その反省は後回しだ。

 

「……じゃあ、俺の部屋に来るか? 楓の好みに合う酒があるかどうか分からないけど」

 

「……うん」

 

 俺のその提案に、楓はしっかりと頷いてくれた。

 

 

 

 そんなわけで、楓を連れて自宅へ……所謂()()()()()をしてしまったわけなのだが。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

 買ってあったお酒で二人きりの二次会を始めたのだが、一時間も経たない内に楓がカーペットの上で横になって寝てしまった。

 

「……はぁ」

 

 ホッとしたような、ガッカリしたような。複雑な気分である。

 

(……そういえば、楓が酔い潰れるのって初めて見たな)

 

 それまでも何度か飲む機会はあったが、楓はいつも完全に酔いきる一歩手前で留まっていた。

 

 そんな彼女が目の前で酔い潰れている。

 

 アルコールも入り、暑くなってきたと言って楓は上着を一枚脱いでいた。そろそろ暖かくなってきたこの季節なので、既にキャミソールだけという薄着姿だ。そんな薄い布に覆われた楓の胸が、彼女の呼吸に合わせて上下している。

 

「んんっ……」

 

 悩ましげな声と共に寝返りをうつ。ショートパンツから伸びる足が無防備に投げ出され、足の付け根の隙間からチラリと黒色の下着が見えてしまっていた。

 

「………………」

 

 思わず生唾を飲んでしまった。

 

 手を伸ばせば触れることが出来る距離に高垣楓(こいびと)がいる。

 

 「帰りたくない」と言って俺の部屋に来て、そこで酔って寝ている高垣楓(こいびと)がいる。

 

 ここで手を出したとしても、恐らく許してくれるであろう間柄になった高垣楓(こいびと)がいる。

 

「……楓」

 

 そんな恋人の名前を呼びつつ俺は楓の体を抱き上げた。スレンダーな見た目通りの軽さに少しだけ不安になりつつ、そのまま彼女を寝室まで連れていく。

 

 楓を抱き上げたままなので、肘を使ってなんとか寝室のドアを開ける。そして彼女の体をそっとベッドの上に下ろした。

 

「楓……」

 

 そしてもう一度、彼女の名前を呟きながら――。

 

 

 

「……おやすみ」

 

 

 

 ――彼女の体に布団をかけ、そのまま寝室を出るのだった。

 

 

 

「……っ、はあああぁぁぁ……」

 

 寝室のドアを閉め、そこに背中を預けながら肺の中に溜まっていた空気を一気に吐き出した。

 

 きっと、というか間違いなく、あれは所謂()()()というやつだったのだろう。楓も多分、それを覚悟してきてくれたやつだ。

 

 しかし、結局俺は『手を出さない』という選択肢を選んだ。手を出したとしても許される間柄だからこそ、今ここで手を出したくなかった。

 

 

 

 俺はまだ、彼女に「愛している」と伝えていないのだ。

 

 

 

 ロマンチストと嗤えばいい。根性無しと罵ればいい。

 

 彼女のことを大事にしたいからこそ、彼女への想いを伝えてから、俺は彼女を愛したかった。

 

 

 

「……あああぁぁぁでも胸ぐらい触っとけばよかったあああぁぁぁ……」

 

 まぁ、ここでDT臭さが滲み出てしまったところだけは、勘弁してもらいたい。

 

 

 

 

 

 

「……意気地なし……でも……そんなところも……」

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

「お帰りなさい、意外と早く……どうしたの?」

 

「いや……自分たちから話せって言ったくせに、話し終わったら何故かボコボコにされただけだから……」

 

 理不尽なことこの上ない。ただ三船さんの「え、えい!」という撫でるような平手だけは逆に癒された。

 

 ともあれ、それ以外には特に何事もなく飲み会は終わり、俺はこうして五体満足で楓の待つ自宅へと帰還した。

 

「シャワーは明日の朝入るのよね……お腹は大丈夫? よかったら、お夜食でも作りましょうか?」

 

 身重の身でありながら、甲斐甲斐しく俺の世話を焼こうとしてくれる楓。

 

「………………」

 

「……旭君?」

 

 そんな楓を、後ろから抱きしめた。

 

 愛を伝える。あの時あの瞬間に言えなかった言葉は、今では何度だって言える。

 

 けれど。

 

「……ただいま、楓」

 

「? ……おかえりなさい、旭君」

 

 

 

 『ただいま』と『おかえりなさい』。

 

 その言葉が、今の俺たちにとって何よりの『愛の言葉』だった。

 

 

 

 

 

 

 □月□日

 

 今日は346のアイドル部門のみんなでの飲み会の日。しかし当然今の私はアルコールを飲むことが出来ないので、代わりに旭君に参加してもらうことにした。

 

 別に誰かが参加しないといけないわけではないけれど、私に付き合って家で禁酒してくれている旭君に、たまには羽を伸ばしてもらいたかったのだ。

 

 そんなわけで、旭君たちが飲み会を楽しんでいるであろう時間に、私は家で一人お茶を飲んでいたのだが、何故か初めて旭君の部屋へと来たときのことを思い出した。

 

 そう、確かこのソファーを背もたれにしてカーペットに座りながらお酒を飲んでいて……気が付いたら、寝てしまっていた。すぐに意識は戻ったものの、旭君が私のことを覗き込んでいることに気が付いてそのまま寝たふりをしてしまった。

 

 元々そういうつもりで部屋に上がったので、期待半分不安半分でドキドキしながら待っていると、旭君は私を自分の寝室へと寝かせてそのまま出て行ってしまった。

 

 しなかったことに少しだけ不満にも思ったが……それだけ私の事を大事にしてくれているのだと分かると、それまで以上に旭君のことが愛おしくなってしまった。

 

 ならば、次はもっと相応しい状況で愛してもらおう……そう考えてしまうぐらいには。

 

 ……なんて、昔の日記にも、きっと書いてあることだろう。

 

 

 

 

 

 

「それで旭君、心ちゃんのおっぱいは気持ちよかった?」

 

「チクショウ! 誰だよチクったの!?」

 

 

 




 途中まで書いてて「あれ? みゆさんといっしょ……?」みたいになってました。まぁ美優さん可愛いし、仕方ないよね。

 え、そういうシーン? だから無いって(無慈悲)

 第二シーズンも残るところ二話! まだまだいくよー!(ただしネタに苦しむ)

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