かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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新章スタート!


神谷椛と一緒
神谷椛1歳と納涼祭に行く7月


 

 

 

「………………」

 

 夜、喉の渇きを覚えて目を覚ます。いつの間にか梅雨が明け、日に日に暑くなっていく今日この頃ではあるが、我が家では早々にクーラーが仕事をしてくれているので寝苦しいということには無縁だった。

 

 昔はギリギリまでクーラーを使っていなかった我が家であるが、今年は……というか、去年からはそうも言ってられない。

 

 その理由は勿論――。

 

 

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「……くぅ……くぅ……」

 

 

 

 ――俺の隣で眠る(つま)と、(まなむすめ)のためである。

 

 そろそろ一歳と十一ヶ月になる椛は、去年の夏から既にベビーベッドではなく俺たちと一緒のベッドで添い寝をしている。元々大きめのダブルベッドだったので、椛を挟んで川の字に寝てもまだまだ余裕があった。

 

 スピスピと寝息を立てる椛の鼻の頭をツンツンと触ると、彼女は小さく身じろぎをした。そして同じように楓の鼻の頭を触ると全く同じ反応をされた。これぞ親子の反応である。

 

 こんなことをしておいてあれだが、二人を起こすのも忍びないのでゆっくりとベッドから降り、喉の渇きを潤すために寝室を出てキッチンへと向かう。

 

 ヒタヒタと蒸し暑い廊下を歩く。キッチンの冷蔵庫を開けると作り置きの麦茶を取り出してグラスに注ぎ、そのまま一気に流し込む。これだけ蒸し暑いとビールが大変美味いのだろうが、流石に夜中に一人呑むような飲兵衛のつもりもなかった。

 

「……ん?」

 

 ふとリビングの壁にかけられたカレンダーに目が留まった。明日……というか、日付が変わった今日の日付のところに、赤い丸が付けられていた。

 

 使ったコップを流しで洗いながら、さてあれは何の印だったかと首を傾げる。仕事の予定は寝室のカレンダーにしているため、恐らく仕事の予定を示すものではない。となるとプライベートなものの予定のはずだが……。

 

「……あぁ」

 

 頭の中で今日の自分の予定を思い返すことで、それがなんの予定だったかを思い出すことが出来た。

 

 

 

「……事務所の納涼祭か」

 

 

 

 

 

 

 専務の粋な計らいによって四年前に始まった346プロダクションの納涼祭は、既にこの時期の定番となっている。最初こそビアガーデンを中心とした僅かな出店しかなかったが、今では多くの屋台が軒を連ねて未成年でも楽しむことが出来るようになった上に、関係者の家族も連れてきていい『夏祭り』となっていた。

 

「旭君、お仕事お疲れ様」

 

「楓もお疲れ様」

 

 夕方に仕事を終えて事務所の入り口近くで待っていると、楓が椛を連れてやって来た。既に育児休暇も終えてママドルとして芸能界に復帰した楓だが、仕事量は以前と比べるとだいぶ抑えており、今日も一足早く仕事を終えてから保育園に椛を迎えに行っていたのだ。

 

「ぱぱ」

 

「椛、今日も一杯遊んだか?」

 

「うん」

 

 テトテトと俺の元まで歩いてきた椛の体をひょいと抱き上げる。まだまだ小さい体だが、日に日に増していく体重が彼女の成長を実感させてくれた。

 

 右腕に座らせるように抱っこしながら左手で椛の頭を撫でる。鶯色の髪は楓譲りで、赤みがかった茶色の瞳は俺譲り。流石に楓のオッドアイまでは遺伝しなかったようであるが、保育園の他の子たちと比べるとやや大人しい性格は、昔の楓にそっくりだとお義母さんとお義父さんは言っていた。

 

 右腕は椛を抱っこしたまま左手は楓と繋いで納涼祭の会場となっている中庭へと向かうと、既に本日の仕事を終えたアイドル・俳優・スタッフで賑わっていた。屋台が立ち並び頭上に張り巡らされたロープから提灯が吊るされている様は、普通の夏祭りとなんら変わりが無かった。

 

「椛、何か食べたいものあるか?」

 

「たまご」

 

「卵かぁ……」

 

 食材を上げられると何を買っていいものか悩む。

 

「パパ、かえでちゃんはビールが飲みたい!」

 

「……まぁお祭りだし、別に……って既に買ってるじゃねぇかよ」

 

「あら、これはビックリ」

 

 気付けば楓の左手にはプラスチックカップに注がれた泡の出る麦ジュースが。授乳期間を終えてアルコールが解禁された楓は、すっかり以前の酒飲みに戻ってしまっていた。勿論、以前と比べると飲酒量は減っているが……現在進行形でグビグビとビールを飲んでいる姿を見ると何とも言えない気持ちになる。

 

「せめてテーブルに座るまで待てなかったのか?」

 

()()()()()由はないわ」

 

「そうですか……」

 

 このまま楓を歩き飲みさせるのも忍びないので、とりあえず俺たちも適当に食べ物を買って適当なテーブルを陣取ることにしよう。

 

 さて、何処かでテーブルは空いてないものか……。

 

「楓ちゃーん! 旭くーん!」

 

「椛ちゃーん!」

 

「ん?」

 

 名前を呼ばれたので振り返ると、そこにはテーブルに座りながらこちらに手を振る川島さんと片桐さんの姿があった。なんともデジャブな光景であるが、空いているテーブルを探す手間が省けた。

 

「こんばんは、川島さん、片桐さん」

 

「こんばんは。ほら、椛ちゃん」

 

「こんばんわ」

 

「はい、こんばんは、椛ちゃん」

 

「うんうん、ちゃんと挨拶出来て偉いわねー」

 

 椛を地面に降ろすと、彼女はペコリと頭を下げた。そんな椛の様子が可愛くて、川島さんと片桐さんはニコニコと笑顔になった。何度もウチに遊びに来てすっかり椛も二人にすっかり懐いてしまっている。

 

「って、楓ちゃんも既に飲んでるのね」

 

「いただいてまーす!」

 

 自分も飲んでいる川島さんだが、流石にここに来るまでの間に飲んでいるとは思わなかったらしく苦笑いを浮かべていた。

 

「まぁいいわ。食べ物なら沢山買ってきてあるから、旭君たちもどうぞ」

 

 テーブルの上には焼きそばやたこ焼きといった粉モノを始め、イカ焼きや焼き鳥といったお祭りの定番の食べ物が揃っていた。二人で食べる分には多すぎるような気がしたが、多分最初から俺たちの分を買っておいてくれたのだろう。お金は後で渡すとして、とりあえず今はご相伴に預かることにする。

 

「ありがとうございます」

 

「ござーます」

 

 お礼を言う俺の真似をする椛。そんな椛の仕草の一つ一つが可愛らしくて、その場にいる全員がメロメロだった。

 

「どーいたしまして! 椛ちゃんは、何が食べたいの?」

 

「たまご」

 

「卵……出汁巻き卵ならあるわよ」

 

 片桐さんが四角いスチロールのお皿の上に乗った卵焼きを差し出すと、椛は分かりやすく目を輝かせた。

 

「よーし椛ちゃん、こっちおいでー」

 

 片桐さんはひょいと椛を抱き上げて自分の膝の上に座らせると、爪楊枝で卵焼きを小さく切り分けるとその内の一つを椛の口元に持っていく。

 

「はい、あーん」

 

「あーん」

 

 言われるがままに口を開け、そのまま卵焼きを食べる椛。もむもむと美味しそうに咀嚼している辺り、どうやらお気に召したようだ。

 

「美味しい?」

 

「おいしー!」

 

「……やっぱり可愛いわぁ、椛ちゃん……はぁ」

 

 ニパーッと笑う椛に頬を緩ませたかと思うと、片桐さんは疲れたように溜息を吐いた。

 

「……何かあったんですか?」

 

 まだ暖かいたこ焼きを一つ頬張りながら尋ねてみる。折角なので自分もビールが飲みたいところだが、まぁ後で買いに行くことにしよう。

 

「別に……いつものよ」

 

「いつもの、と言われても……あぁ、そういうことですか」

 

 一体なんのことを言ってるのか分からなかったが、すぐに気付いた。多分、というか間違いなく、これは両親からの「いつ結婚するんだ」と言われているのだろう。

 

 現在片桐さんは三十二歳だ。俺は女性の結婚適齢期についてとやかく言うつもりはないが……彼女の両親からはずっと結婚のことについて聞かれ続けているらしい。あとこれは憶測だが、椛を見て自分も子どもが欲しくなったのではないかと思う。

 

 まぁ椛は特に可愛いからな! 仕方ないね!

 

 ちなみに片桐さんと同年代の川島さんは先ほどから視線を逸らしている。自分も片桐さんと同じ状況なので知らんぷりをしている……ように見える。

 

 しかし、実は最近年下の俳優との交際を始めたことを俺は知っている。というのも、その俳優というのが俺の後輩で、そいつから「アイドルと交際する上で気を付けなければいけないこと」のレクチャーを頼まれたことで二人の関係を知ることになった。

 

 そのことを知っているのは俺と楓、そして当人二人のプロデューサーだけと、俺たちのときよりも更に少なく、川島さんと仲の良い片桐さんも今は知らせれていないのだ。というか、今この状況でそれを打ち明けたら片桐さんがどれだけ荒れることやら……。

 

「ホント、溜息しかでないわよ……ねぇ、瑞樹ちゃん?」

 

「……そ、そうね、早苗ちゃん」

 

「ん? どうしたの? なんか、声が震えてるような……」

 

「な、なんでもないのよ!?」

 

 ……願わくば、川島さんがゴールインする前に片桐さんにも吉報が訪れますように。

 

 

 

「おっ、兄貴たちも来てたんだ」

 

「こんばんは」

 

 俺も買ってきたビールを飲みながら、小さくちぎったベビーカステラを川島さんが椛に餌付けしている様を眺めていると、奈緒と凛ちゃんが声をかけてきた。

 

「なお!」

 

「椛ぃぃぃ! 今日も可愛いなぁぉぉ!」

 

 椛に名前を覚えてもらってから奈緒の溺愛っぷりに拍車がかかったような気もするが、産まれた直後から割とこんな感じだったなと思い直す。

 

「二人ともお仕事お疲れ様。奈緒ちゃんもいかが?」

 

 こっちこっちと手招きをしながらビール(三杯目)を掲げる楓。去年の誕生日を境についに飲酒可能になった奈緒は、しかし楓からの誘いに苦笑いを浮かべた。

 

「あ、あたし、ビールはちょっと……」

 

 折角飲めるようになったのだから、と言ってウチに招いてお酒を振る舞ったことがあるが、どうやらビールはお気に召さなかったらしい。まぁ正直ビールは初心者向けの飲み物じゃないからなぁ。コーヒーと同じようにいつの間にか飲めるようになっているものだ。

 

「それに……今日のあたしたちは飲んでる場合じゃないから」

 

「? それは……」

 

 どういう意味なのかを尋ねる前に、すぐに理由を察することが出来た。

 

 

 

「奈緒~、凛~、置いてくなんて酷いぞ~!」

 

 

 

 それは聞いただけで酔っぱらっていると分かるあからさまに間延びした声。

 

「……こんばんは、加蓮ちゃん」

 

「あっ! 旭さんだ~! こんばんわ~!」

 

 ビールの入ったプラスチックカップを片手に、赤い顔の加蓮ちゃんはニヘラッと緩みきった笑みを浮かべた。

 

 この子も去年の誕生日を境に飲酒可能な二十歳アイドルとなったのだが……なんとこの子、意外なことに酒乱枠だった。本音を言うと奈緒の方がアルコールに弱いようなイメージだったが、こちらも意外なことにそれほど弱くなかった。何故か裏切られた気分である。ちなみに加蓮ちゃんは翌朝に亡者もかくやという状態になるのも、我が家での飲み会で確認済みだ。

 

「私たちもこっちで飲んでいいですか~?」

 

「もっちろん! 大歓迎よ!」

 

「ほら座って座って!」

 

「お邪魔しま~す!」

 

 同じく既に酔っ払いモードの突入している片桐さんと楓に手招きされ、喜々として俺たちのテーブルに着いた加蓮ちゃん。そんな姿を見てはぁ……と重い溜息を吐きく奈緒と凛ちゃんにも同席を進めると、二人とも頷いて座った。

 

「なんでこんなことになったのやら……」

 

「まさか加蓮の酒癖がこんなに悪かったとは……」

 

「人は見かけによらないものよ」

 

「楓だって普段はクールな美人だけど、酔うとこんなだろ?」

 

 川島さんのフォローの言葉に便乗して顎で酔っ払い組を指す。一体何が面白いのか、片桐さんと加蓮ちゃんは爆笑しており、楓も口を手で押さえながら肩を震わせていた。

 

 ちなみに椛は先ほどから川島さんの膝の上に避難済みだ。お腹が膨れて満足したのか、先ほどからウトウトと舟を漕いでいる。そんな様も可愛らしく、全員が笑顔になった。

 

 しかし椛がおネムならば、これ以上無理させるのも忍びない。それなりに飲んだことだし、そろそろ……。

 

 

 

「実は私、旭さんのこと好きだったんですよねー」

 

 

 

「「「「ぶっ!?」」」」

 

 突如として聞こえてきた加蓮ちゃんのその言葉に、俺と川島さんと奈緒と凛ちゃんは思わず口に含んでいた飲み物を吹き出してしまった。咄嗟のことではあるが、ちゃんと四人とも椛に吹きかけないように首を捻るファインプレーだ。

 

「……旭君?」

 

「兄貴?」

 

「旭さん?」

 

「何でそんな非難めいた目で見られなくちゃいけないんですかねぇ!?」

 

 流石に今回のこれは悪いことしてないと思うぞ!?

 

 一体何事かと思いつつ、加蓮ちゃんたちの会話に耳を傾ける。

 

「そうだったの!? 意外とモテるのねぇ、あの朴念仁」

 

「流石、私の旦那様ね~」

 

 驚いた様子を見せる片桐さんと何故か誇らしげな楓。……しかしよく見ると、楓のこめかみに青筋が浮かんでいるような気がした。

 

「初めはただの友達のお兄さんだったんですけどね~……一番身近なところにいる家族以外の男の人って、どうしてもカッコよく見えちゃうんですよ」

 

「「「「「へぇ……」」」」」

 

「………………」

 

 その目で一体何を言いたいのかが痛いほど分かってしまったので、俺は沈黙する。

 

「でも……結局ただの憧れでした。よくある話ですよ……ただ、それだけの……」

 

 加蓮ちゃんの声が徐々に小さくなっていき、それはいつの間にか寝息に変わっていった。どうやら寝オチしてしまったようだ。

 

「……加蓮ちゃんは、私と瑞樹ちゃんで送っていくわ。旭君と楓ちゃんは椛ちゃんを連れて先に帰りなさい」

 

「……はい」

 

 一人の()()の独白を聞いてしまい、何とも居た堪れない気持ちでその場はお開きとなってしまった。

 

 

 

「はぁ……」

 

「もう、溜息吐かないの」

 

「吐きたくなるよ」

 

 タクシーを降り、マンションのエレベーターで自宅の階まで上る。背中の椛はタクシーに乗った辺りからずっと夢の中だ。

 

「別に私は怒ってるわけじゃないのよ?」

 

「ホントかよ」

 

 突然チュッと頬にキスをされた。

 

「信じた?」

 

「……はぁ……信じた。なら、何で不機嫌だったんだよ」

 

「……しょうがないじゃない。例え結婚して、娘が生まれても……嫉妬はしちゃうもの」

 

 旭君はしてくれないの? と顔を覗き込んできた楓に口づけをする。

 

「するさ。嫉妬して、何度もして……その度に、もっと楓のことを好きになる」

 

「……私もよ、旭君」

 

 

 

 

 

 

 七月十四日

 

 今日は346プロの納涼祭。去年はまだ小さすぎて連れていくことが出来なかった椛ちゃんも、今回初参加だ。

 

 仕事終わりに椛ちゃんを保育園へと迎えに行き、旭君と合流していざ納涼祭へ。

 

 先にテーブルを確保してくれていた瑞樹さんと早苗さんと一緒にお酒を楽しんでいると、そこに奈緒ちゃんと凛ちゃんと加蓮ちゃんもやって来た。既に加蓮ちゃんも出来上がっていたので、私と早苗さんの輪の中に入れて一緒に飲むことになった。奈緒ちゃんはまだお酒が苦手みたいなので、いつかはこうして一緒に飲めるようになりたい。

 

 その途中で、加蓮ちゃんから「実は旭さんのことが好きだった」という衝撃的な発言を聞くこととなった。奏ちゃんといい愛梨ちゃんといい、本当にウチの旦那様はおモテになるようで……少しだけ誇らしいような気もするが、やっぱり嫉妬してしまった。

 

 でも、嫉妬する度に旭君のことが好きになる。子どもが産まれると夫婦の間の熱が冷めるという話も聞くが……どうやら、私と旭君の間の熱は当分冷めそうにない。

 

 

 

 

 

 

「当分どころか、現在進行形でアツアツだよ……っていうか、まさか加蓮さんまで父さんのことが好きだったなんて……アレ? この間、確か二人でお酒を飲みに行くって言ってたような……?」

 

 

 




椛(1歳11ヶ月)
・まだまだ危なっかしいが、一人でも随分歩けるようになる
・ママが歌ってくれる歌が好き
・パパが読んでくれる絵本も好き
・まま→ぱぱ→なおの順番に名前を覚える

 というわけで、椛がメインキャラに追加された新章です。

 既に一歳です。今後はこのように順々に歳を重ねていきます。要するに、次のお話は一年一ヶ月後のお話ということになります。

 今後も椛の成長のついでに、旭と楓をイチャつかせていきますので、これからもよろしくお願いします!

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