かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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一応水着回!


神谷椛2歳とプール遊びをする8月

 

 

 

 俺と楓は椛を連れてとある大型屋内プールへとやって来た。

 

 

 

 何とも雑な導入ではあるが、詳細を説明しよう。

 

 この屋内プールは現在346プロのアイドル部門とタイアップ企画を開催しており、アイドルたちが考案したオリジナルメニューが売店で売られていたり、プールの真ん中に作られた特設ステージでミニライブが開かれたりしている。勿論、結婚出産を経てなお346プロを代表するアイドルの一人として人気のある楓も、他の酒飲み仲間たちと共にオリジナルカクテルという形でこの企画に参加していた。

 

 そしてそんなタイアップ企画の宣材写真を撮影するために、プールを346プロで一日貸し切ってアイドルたちが自由に遊んでよいことになった。勿論部外者は参加出来ないのだが楓の要望&上層部の許可&他のアイドルたちの了承を得たことで、俺も椛と一緒に参加することが出来るようになったのだ。

 

 最初は、男の俺がそんな女性の園に参加してもよいものかと思ったのだが、みんなが言うには「いつも楓さんとラブラブしている人を今更警戒してもしょうがない」とのこと。……一応信頼されている、ということにしておこう。

 

 そんなわけで、今回はプール回ということだ。

 

 

 

「……パンフレットは見たけど、実際に見てみると本当に広いな」

 

 椛を連れて女性更衣室に入っていった楓と別れ、男性更衣室で水着に着替えた俺は一足先にプールサイドへとやって来た。そして眼前に広がるアミューズメント施設としての屋内プールの規模の大きさに驚いた。

 

 普通のプールは言わずもがな、流れるプールや波のプール、水深の深い飛び込み用や種類の豊富なスライダーまで。様々なプールに加えて人工砂浜での砂遊びやビーチバレーまで出来るので、水辺のレジャーはほぼ完備しているのではないかという多種多様っぷり。意外なところだと、なんと一角には釣り堀まであるという。これには海鮮娘(あさり)も思わずニッコリ。

 

「ぱぱー!」

 

 そしてそんな可愛らしい呼び声に俺も思わずニッコリ。この屋内プールにおいて『パパ』と呼称される人物は俺以外にいない。そしてそんな俺を『パパ』と呼ぶこの可愛らしい舌足らずな声を発する人物に、一人しか心当たりはなかった。

 

 振り返ると、ピンク色のワンピースタイプの水着に身を包んだ椛が、紫色のツーピースタイプの水着を着た女性と手を繋ぎながらこちらに歩いてくるのが見えた。

 

「おっ、可愛いぞ、椛」

 

「えへへ」

 

「だろ?」

 

 その場にしゃがんで目線を合わせながら褒めると、椛は恥ずかしがりながらも嬉しそうに笑い、そして何故か椛を連れてきてくれた女性がドヤ顔をしていた。

 

 というか、俺や楓の親バカと同レベルで叔母バカ街道まっしぐらな奈緒なわけだが。

 

「悪いな奈緒、椛連れてきてもらって」

 

「いいよ別に」

 

「というか、楓は?」

 

「ちょっと用事を済ませてから来るってさ」

 

 そう言って髪をかき上げながら反対の手をヒラヒラと振る奈緒。来月にはもう二十二歳となる彼女は、既に『少女』と称するには年齢も見た目もすっかりと大人びたものになっていた。妹相手に下世話な話をするのは若干憚られるが、それでも同年代のアイドルの中では負けず劣らずなプロポーションに成長したと言ってもいいだろう。

 

 ……それでもなお浮いた話が聞こえないのは、アイドルとして喜ぶべきか、妹として嘆くべきか……。

 

 そんな彼女もプールへと来ているのは、そもそもこの場が346プロのアイドルたちの写真撮影のためなのでなんら不自然ではない。勿論いつも通り、凛ちゃんや加蓮ちゃんも一緒。こうして一緒にいる理由としては、俺と楓が椛を連れてくると聞きつけた奈緒が付いてきたのだ。……本当にコイツは。

 

「っと、来たみたいだぞ」

 

 初めて見るプールに俺の足の影に隠れておっかなビックリしている椛の姿にホッコリとしていたところ、奈緒のそんな言葉に顔を上げる。

 

 そこには、既に三十を超えるというにも関わらず女神の如き肉体を惜しみなく晒す白いビキニを身に纏った楓が――。

 

 

 

「旭くーん! 椛ちゃーん!」

 

「おっまたせしましたー!」

 

 

 

 ――水色のビキニを着た加蓮ちゃんと腕を組みながら、カクテル片手に現れた。

 

「なんで二人して既に飲んでるんだよぉ!?」

 

 俺の代わりに奈緒が万感の思いを込めたツッコミを入れてくれた。

 

「だってお店の引き込みの人が『サービスする』ってPull(プール)してくるから~」

 

「だって楓さんが一緒に飲もうって言うから~」

 

 ね~? という笑顔がとてもアイドルらしい素晴らしいものだった。

 

 どうやら二人が持っているそれが、コラボ企画として作られた楓をモチーフにしたカクテルらしい。鮮やかなエメラルドグリーンのそれは正直に言うと俺も飲みたかったが、ここで俺まで飲んでしまったら収拾がつかないのでグッと我慢する。

 

「凛も、一緒にいたんなら止めてくれよ……」

 

「少し目を離した隙には、もう買って飲んでたんだよ……」

 

 そんな二人と一緒にやって来た凛ちゃん(黒ビキニ)も疲れた様子でため息を吐いていた。もっとも、目を離していなかったとしても結局は押し切られていたような気もするけど。

 

「ホント、どうして加蓮ちゃんはこんなことになっちゃったんだか……」

 

 二十歳を過ぎて飲酒が可能になってから酒飲みの才覚を見せていた加蓮ちゃんは、今ではすっかり346プロアイドル部門の酒飲みメンバーの一員になっていた。つい先日、飲み比べで鷹富士と共に高橋さんと篠原さんを打ち破り、新生クール酒飲み四天王となったらしいが正直どうでもいい。本当に昔は病弱だったのかと問い詰めたいぐらいだ。

 

「……半分ぐらいは、旭さんが原因な気がする」

 

「何故」

 

「半分は言い過ぎだって。兄貴の責任は三割ぐらいだろ」

 

「だから何故!?」

 

 謂れのない原因の擦り付けが俺を襲う。……いやまぁ、多分去年の夏祭りでの加蓮ちゃんのあの発言のことを言ってるんだろうけど……それと彼女がこれだけの酒飲みになったことは無関係だと主張したい。なお聞き入れてもらえない模様。

 

「まま!」

 

「ごめんね、椛ちゃん。お待たせ」

 

 やっとママが来てくれたことで喜色満面に飛び出してきた椛を、楓はカクテルのグラスを加蓮ちゃんに預けて抱き上げる。流石に椛を落とすほど酔ってはいないだろうが、一応念のためすぐにフォロー出来るようにすぐ傍に寄っておく。

 

(……やっぱりこうやって三人で並んでるところを見ると『芸能界一のオシドリ夫婦』って呼ばれるだけのことはあるよな)

 

(絵になってるよね)

 

(楓さん美人だし、旭さんカッコイイし、椛ちゃん可愛いし、妥当だよねー)

 

((………………))

 

(……何?)

 

 何やら三人娘がコソコソと話していた。

 

 さて、先ほどからずっと椛がプールに興味を示しているのでそろそろそちらに行くことにしよう。個人的には流れるプールでのんびりと……それこそカクテルでも飲みながら、というのも捨てがたい。しかし流石に椛を連れてそれは出来ないので、大人しく幼児も遊ぶことが出来る砂浜のプールへと向かう。

 

「奈緒たちはどうするんだ?」

 

「あたしは勿論付いていくぞ。椛と遊ぶために来たんだから」

 

「私もそっちに行きます。遊んでる椛ちゃん見ながらお酒飲んでた方が楽しそうですし!」

 

 奈緒と加蓮ちゃんはこちらに付いてくるらしい。

 

「私はちょっと離れるよ。向こうで久しぶりに『ニュージェネレーションズ』の三人で撮影の予定だから」

 

「「「「撮影?」」」」

 

「……なんで四人して今日ここに来てる目的を忘れてるのさ……」

 

 そういえば、今日は写真撮影が目的だったな。椛の可愛さと楓の美しさにすっかり頭から吹き飛んでいた。

 

「……本当は、このメンバーの中から良心役が抜けることに対して抵抗はあるんだけど」

 

「「「「心外だ」」」」

 

「全員『自分は違う』って思ってる最悪のパターンだよ……椛ちゃん、君だけが頼りだよ」

 

「? ……ばいばい」

 

「……うん、バイバイ」

 

 何度も心配そうに振り返りながら……そして椛から早々にバイバイされたことで少しだけ悲しそうにしながら、凛ちゃんはその場を離れていった。

 

 

 

 さて、というわけで椛のプール初体験だ。

 

「………………」

 

 砂浜のプールは所謂波のプールで、先ほどから俺たちが立っている砂浜に向かって何度も寄せては返る波に椛はおっかなビックリしている。

 

「……っ!」

 

 恐る恐る波打ち際に近付いていくが、足に波が触れた瞬間、まるで猫のように飛び上がった。そのままワタワタとこちらに逃げてきた椛は、恐ろしいものを見たかのように楓の足の影に隠れてしまった。

 

((((可愛い……!))))

 

 自分の子どもじゃない奈緒や加蓮ちゃんまでもがここまでメロメロになるのだから、親の俺と楓なんかもうたまったものじゃない。椛を撮るために購入したデジカメを使って、そんな彼女の姿を何枚も写真に収める。

 

「椛ー、怖くないぞー? 奈緒お姉ちゃんと一緒に行くか?」

 

「………………」

 

 身を屈めながら奈緒がそう尋ねるも、プルプルと首を横に振って拒絶する椛。

 

「それじゃあ椛ちゃん、ママと一緒に行こう? そうすれば怖くないよ?」

 

「……うん」

 

 しかし楓が尋ねると、しばらく考えたのちに頷いた。自分が尋ねても首を縦に振らなかった椛が、全く同じことを楓から尋ねられたら頷いたことに奈緒は若干ショックを受けている様子。いくら懐いているとはいえ、母親と比べられては勝ち目も無いだろう。

 

 クイッ

 

「ん?」

 

「ぱぱも……」

 

「………………」

 

 そしてそれは父親にも適用されるらしい。椛は上目遣いに俺が着ているパーカーの裾を引っ張ってきた。

 

「あぁ、一緒に行こうか」

 

 右手で楓と手を繋ぐ椛の左手と手を繋ぎ、デジカメは奈緒に預けておく。奈緒ならば俺が頼まずとも椛の写真を撮ってくれることだろう。

 

「ぐぬぬっ……!? やっぱり母親と父親には勝てないか……!」

 

「そんなに羨ましいなら、奈緒も自分の子どもを産めばいいのにー」

 

「じ、自分の子ども!? あああ、相手もいないのに、産めるわけないだろ!?」

 

「つまり相手がいれば、いつでも産む準備が出来てると……ヤダー奈緒ってばー!」

 

「かかか、加蓮んんん!?」

 

 顔を真っ赤にした奈緒と、そんな様子を見て楽しそうに笑う加蓮ちゃん。アイドルになった頃からずっと見てきた奈緒と加蓮ちゃんのやり取りだが、加蓮ちゃんが酒飲みになってからはより顕著になったような気がする。

 

 さて、そんな奈緒と加蓮ちゃんの二人を尻目に、楓と共に椛と手を繋いで波打ち際へと再び近付いていく。先ほどと同じようにビクビクしている椛だが、それでも両手を俺や楓と繋いでいるので少しだけ勇気を出して、ギュッと目を瞑りながら更に一歩を前に踏み出した。

 

 ザザッと小さな波に椛の足が飲み込まれる。ビクリと体を震わせて――。

 

「……ほぉー……!」

 

 ――その冷たくくすぐったい感触に、目を輝かせた。

 

「……っ! ……っ!」

 

 その感動をどうにか俺たちに伝えたいらしく、目を輝かせながら俺や楓の手をグイグイと引っ張る椛。

 

「ふふっ、気に入ってくれてよかった」

 

「気持ちいいだろ、椛」

 

「っ! っ!」

 

 言葉を発することなく、ブンブンと首を縦に振る椛。チラリと横目で見ると、ニヘーッとだらしない顔をした奈緒がデジカメのシャッターを切りまくっていた。そんな奈緒の様子に飽きれつつも、加蓮ちゃんも微笑ましいものをものを見える目でカクテルを飲んでいた。

 

「えい! えい!」

 

 楓がしゃがんで手のひらで水を掬って椛に軽くかけると、椛はキャッキャと笑ってそれから逃げる。……女神が天使と戯れているという神の如き光景がそこにはあった。

 

 そんな楽園から少しだけ離れ、未だにシャッターを切り続けている奈緒の下へ。

 

「カメラ代わるぞ。お前も行ってこい」

 

「……ありがとう兄貴! 椛ー! 奈緒お姉ちゃんとも遊ぼうぜー!」

 

 聞き返すことすらせず俺にデジカメを押し付けるようにして渡すと、奈緒は楓と椛の下へと飛び出していった。あまりの勢いの良さに一瞬ビックリした椛だったが、そのまま三人でキャッキャと楽しそうに水の掛け合いをしていた。

 

「……遊ぶ役割を奈緒に譲ってあげるなんて、旭さんやさしー」

 

 そんな光景をフレームに収めてパシャリと一枚撮っていると、クスクスと笑いながら俺のすぐ横に立つ加蓮ちゃん。彼女も奈緒と同様、すっかりと大人の女性といった風貌になっており、昔の彼女を知っている身としてはそのギャップに少しだけドキリとしてしまった。

 

「まぁ毎日顔を合わせる俺と比べると、会える頻度は少ないからな。少しだけサービスだよ」

 

「……それじゃあ、私も遊んでこようかなー?」

 

 そう言って「はいコレ」と手にした二つのカクテル……彼女の分と楓の分……を俺に押し付ける。

 

「左は楓さんの分ですから、飲んでもいいんじゃないです?」

 

「……全く……」

 

 まぁ、彼女も椛と遊びたいんだろう。デジカメによる撮影は一旦お休みし、彼女から受け取った楓の分のカクテルを一口飲んだ。

 

「……あれー? やっぱり左は私が飲んでた奴だっけなー?」

 

「ぶふっ」

 

 わざとらしいそんな加蓮ちゃんの言葉に、思わず吹き出してしまった。

 

「わっ、ぱぱきれい」

 

 そんなカクテルが霧状になって宙に漂う光景を見た椛が目を輝かせる。

 

「? 旭君、何やってるの?」

 

「い、いや、余りにも美味しいカクテルだったから思わず噴き出しただけだ」

 

「美味しくて吹き出すってどういうことだよ……」

 

 疑問符を浮かべる楓と奈緒に、何でもないと言って誤魔化す。

 

 そんな俺を見ながら、加蓮ちゃんは腹を抱えながら息を殺して笑っていた。

 

「くくくっ……! あー面白い! 旭さんってば焦りすぎー」

 

「君ねぇ……」

 

 こんな子持ちのおじさんを揶揄って何が楽しいんだか。

 

「そういうの、君のキャラじゃなかったと思うんだけど?」

 

「……そのキャラを変えたのは、一体誰だと思ってるのかな?」

 

 そう言ってベーと舌を突き出した加蓮ちゃんは、そのまま三人の下へと行ってしまった。

 

「……やれやれ」

 

 楓と奈緒と加蓮ちゃんが椛と波打ち際で楽しそうに遊ぶ姿を見ながら、俺はこの幸福な時間を噛みしめつつ小さく嘆息するのだった。

 

 

 

 

 

 

 八月十四日

 

 今日はプールへと遊びに行った。

 

 本当はプールを貸し切って346プロのアイドルのみんなで撮影をする予定だったのだが、特例で旭君と椛ちゃんも一緒に入れてもらって遊ぶことが出来た。

 

 景気づけに加蓮ちゃんとカクテルで一杯やった後、椛ちゃんを連れて砂浜のプールへ。

 

 初めてのプールに最初は怖がっていた椛ちゃんも、次第に慣れたようで私や奈緒ちゃんと一緒に水かけをして楽しんだ。途中で加蓮ちゃんも加わり、最終的に写真を撮っていた旭君も加わった。

 

 夏祭りと同じように、こういうプールも毎年の定番になればいいな……と思った。

 

 ちなみに撮影は、私たちが遊んでいる間にいつの間にか終わっていた。私たちが遊んでいる様子をしっかりと撮っていたらしく、家族向けの写真として使われるそうだ。

 

 

 

 

 

 

「写真も貼ってある……いや、普通こういうときって『うわー! みんな若い!』っていうリアクションを取るべきなんだろうけど……なんでみんな殆ど変わってないの……!? えっと……日付が私の三歳の誕生日のちょっと前だから……じゅ、十年前……!? 嘘でしょ……!?」

 

 

 




・現在のクール酒飲み四天王
柊志乃・高垣楓・北条加蓮・鷹富士茄子
※なお礼子さんと礼さんが負けた理由の一つとして、肝z(ry

 酒豪・加蓮爆誕。どうしてこうなった……。


奏「その役目」
愛梨「私たちじゃダメだったんですか……?」

 からかい上手の加蓮ちゃん。どうしてこうなった……。

 今回はちょっとイチャイチャ不足。次回こそは……。

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