かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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タイトル通り、日常回。


神谷椛5歳となんでもない日常の10月

 

 

 

 6:00

 

 

 

「……ん」

 

「あ、ごめんなさい旭君」

 

 起こしちゃった? と俺の顔を覗き込んでくる楓。確かに同じベッドで寝ていた楓が体を起こしたことで俺も目が覚めてしまったが、別に不快ではなかった。

 

 朝起きて、真っ先に目に入るのが女神と見まごう美貌の妻なのだから、不快な筈がない。むしろ『今日はどんな寝癖が付いてるかな』『もしかしてまだ寝てるかな』などと毎朝起きるのが楽しみなぐらいだ。

 

 そんな今日の目覚めのワンシーンは、なんと着替えの真っ最中だった。結婚してから六年、交際を始めてから十一年経ち、お互いの身体の隅々までを知っているとはいえ、未だに愛する女性の下着姿は胸が高鳴る。

 

「………………」

 

「きゃっ」

 

 ベッドで横になったまま手を伸ばして楓の脇腹を撫でると、楓は小さく声を上げた。

 

「もう……旭君は起きる?」

 

 それなら朝御飯先に用意するけど、と着替え終わり再び顔を覗き込んでくる楓。ギシリとベッドの上に乗って覆い被さってきたので、そのまま彼女の首に腕を回して引き寄せてキスをする。

 

「んっ……」

 

 舌を楓の口内に這わせ、彼女の水分を奪い取るように喉の渇きを潤す。

 

 去年までは椛も同じベッドで寝ていたためこういう朝のやり取りを自重していたが、少し前から彼女は一人部屋で寝るようになった。「わたし、もう一人でねれるよ」と自信満々だったので、本人の意思を尊重してあげたのだが……まぁ早々に添い寝が無くなってしまった寂しさは、愛する人との触れ合いで埋めることにしよう。

 

「……ごちそーさま。もうちょっと寝るわ」

 

「全く……チュッ」

 

 困ったように笑いながら、もう一度俺の唇のキスを落としてから楓は寝室を後にした。

 

 そんな後姿を見送ってから、俺は再び瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 8:00

 

 

 

「ふわぁ……」

 

 欠伸を噛み殺しつつ、顔を洗って眠気を飛ばす。

 

 今日は日曜日で、世間的には休日。俳優という職業に定休日は存在しないが、今日はたまたまオフの日だった。楓もオフで、椛の保育園も休み。どうせなので何処かへ出かけるのもよかったが……スマホを使って調べた今日の天気は曇り時々雨。遠出には向かなさそうだ。

 

 歯も磨き終わり、服も着替えてからリビングに入ると、既に起きていた椛がテレビを見ていた。

 

「おはよう、椛」

 

「あっ、おはようパパ」

 

 俺が挨拶すると、振り返って挨拶を返してくれた椛。しかし挨拶もそこそこに、視線はテレビへと戻ってしまった。

 

 さて何に夢中になっているのかと思えば……なんてことはない、朝の情報番組だった。日曜日なのでいつも平日にやっているものではなく、どちらかというとバラエティー色が強いそれを、椛は食い入るように見ている。

 

 その理由は、すぐに分かった。

 

 

 

 ――トライアドプリムスが行く!

 

 ――温泉バスツアーの旅!

 

 ――九州編ー!

 

 

 

「なおちゃんたちだ……!」

 

 奈緒たち三人の姿に、椛は目を輝かせる。やっぱりこれが目的だったようだ。普段から頻繁に顔を合わせているのだから……と思わないでもないが、俺もテレビに楓が映っていると自然に目が向くから気持ちは分かる。むしろ俺に似た結果のような気もする。

 

 もっとも、椛の場合は――。

 

「椛ちゃーん。パパ、別のチャンネルに変えたいなー。奈緒たちのコーナー終わったら変えていいー?」

 

「このあと、ビートシューターが出てくるからヤダ」

 

 

 

 ――大の()()()()()()だからだ。

 

 

 

 別に俺や楓が何かしたわけでも、ましてや奈緒たちが何かしたわけでもない。それでも母親がアイドルで、叔母とその友人がアイドルで、ウチに遊びに来るママの友人が元アイドルなのだ。各々の現役時代の映像などは気軽に見ることが出来、なんならウチで実際に歌いだすこともしばしば。そして実際に椛を連れて346の事務所に顔を出し、現役のアイドルたちと接する機会も多かった。椛が『アイドル』という存在に興味を示すのは、自然な流れだったのだろう。

 

 ……別に、パパの職業に興味を示してくれなかったことに対してショックなんて受けてないし。俳優に興味を持つにはちょっと早かっただけだし。

 

「ふふっ、娘がチャンネル譲ってくれなくて、()()前に()()()()()?」

 

「ん、スランプか?」

 

「絶好調ですっ」

 

 テーブルに座ると、ふんだっと少し拗ねながら楓が朝食の乗ったトレイを置いてくれた。チーズを乗せて焼いたトーストにベーコンエッグと野菜スープが並んでいる。

 

「ごめんごめん」

 

「パパの意地悪」

 

 自分と俺の分のコーヒーを持って俺の隣の椅子に座る楓。ススッとさりげなく椅子を俺に近づけてくるところが大変いじらしい。

 

 

 

 ――熊本出身といえば、この人。

 

 ――あたしたちと同じ346プロ所属のアイドル、神崎蘭子ちゃんでーす!

 

 ――よろしくお願いします!

 

 ――蘭子ちゃん、闇に飲まれよ!

 

 ――……あの、加蓮さん、そろそろ勘弁していただけると……。

 

 ――やみのまー!

 

 ――やみのまー。

 

 ――奈緒さんと凛さんまでっ!?

 

 

 

 九州ということで、元祖邪気眼系厨二娘こと神崎も一緒にテレビに映っているが……彼女も今ではスッカリ黒歴史系アイドルである。流石に二十歳になってまであのキャラを貫き通すのは無理だったか……。

 

「ねぇパパ、ママ、『やみのま』ってなに?」

 

「あれは蘭子ちゃんが昔使ってた挨拶なの。また今度、動画見せてあげるわね?」

 

 こうして神崎の現役(ちゅうにびょう)時代のことを知らない世代の子どもにも、彼女の黒歴史は広まっていくこととなる。

 

 キャラで思い出した。346プロで一二を争うキャラの濃さを誇っていた永遠の十七歳『ウサミン』こと安部菜々だが、彼女に関して特筆すべきことは二つある。

 

 

 

 ――ナナは……私は、ウサミン星に帰ります!

 

 

 

 まず一つ目は、今年の七月七日のイベントを境についにアイドルを引退したということ。地下アイドル時代もあるらしいので詳しい芸歴は定かではないが、それでも相当な古株の引退に世間では大きなニュースとなった。今後は声優として活動していき、基本的にステージには立たないらしい。

 

 そして二つ目だが、なんと引退と同時に入籍したということ。お相手は彼女のプロデューサーで数年前から交際していたらしく、俺たちのように上層部で情報が秘匿されていたようだ。どうりで早苗さんと瑞樹さんの結婚報告ラッシュを聞いても全然焦る様子を見せなかったはずだよ。

 

 元三船さんや元佐藤も今ではアイドルを引退し地元に戻って落ち着いたみたいだし……二人とも、それぞれのいい人と一緒に幸せになっていることだろう。

 

「……どうしたの?」

 

「いや、なんでも」

 

 俺自身の幸せを隣に感じながら、いつも通りに愛情が込められた朝食を食べ進める。

 

 

 

 

 

 

 11:00

 

 

 

「パパ、ご本よんで」

 

「ん?」

 

 アイドルが出演する番組を一通り見終わって満足したらしい椛は、ソファーに座って次の舞台の台本を読んでいた俺のところに絵本を持ってきた。

 

「いいぞ。ほら、おいで」

 

 手招きをすると、椛は俺の横に腰を下ろして絵本を手渡してきた。

 

 基本的にお母さんっ子である椛だが、この絵本の朗読だけは俺に読んでもらうのがお気に入りらしかった。新しい絵本を買ってきても俺が読んでくれるまで決して開こうとせず、楓が代わりに読もうとしても「パパがいい」と言って譲らないらしい。たった一つのことでも、ママよりもパパの方がいいと言われるものがあるのは、本当に嬉しかった。

 

「ん、新しい絵本だな……って、森久保せんせーの新作か」

 

 今までに読んだことなかった本で、表紙をよく見てみるとそこには数年前から絵本作家としても活動している346のアイドルの名前が書かれていた。

 

「この間、事務所で会ったときに『うちの娘もファンなの』って言ったら、わざわざ送ってきてくれたのよ」

 

 そういうつもりじゃなかったんだけど……と、キッチンで昼食を作りながら困ったような笑顔を浮かべる楓。

 

「今度何かお礼しないとな」

 

「乃々ちゃんは『か、感想が聞ければ……それで、いいです……』って」

 

「謙虚だなぁ」

 

 ならば今度椛を連れて行って直接お礼を言わせてやろう。きっと作家という人間は、それが一番喜ぶことだろう。

 

「はやくよんでー」

 

「はいはい」

 

 椛にせがまれ、早速表紙を開く。どうやらシンプルにお姫様と森の動物のお話らしい。

 

「昔々、あるところに――」

 

 

 

 

 

 

 14:00

 

 

 

 天気が悪く遠出には向かないものの、一日中家の中にいるというのは元気が有り余っている五歳児には辛いだろう。丁度食材や日用品などの買い物があったので、近くのショッピングモールへとやって来た。

 

「ママ、アイスたべたい」

 

「買い物終わってからにしましょうね、椛ちゃん」

 

 髪の毛を首元で結んで目元のホクロをファンデーションで隠すという変装をした楓が、手を繋いだ椛にそう言い聞かせる。

 

 俺と楓は芸能人という立場上、当然変装は必須。俺も伊達メガネをかけた上に髪をアップにして普段との印象を変えている。時期的にそろそろマスクという変装手段もあるが、あれはあれで『いかにも』という雰囲気を醸し出してしまうのであまり付けたくはなかった。

 

 そう、丁度前から歩いてくる、見覚えのある黒髪の女性のように。

 

「あら、凛ちゃんこんにちは」

 

「っ!?」

 

 楓が話しかけると、マスクをつけたその女性はビクリと肩を震わせた。そして声をかけたのが楓だと気が付くと、安堵のため息を吐いた。

 

「ビックリした……こんにちは、楓さん、旭さん。……椛ちゃんも、こんにちは」

 

「こんにちわー!」

 

 知り合いでありアイドルでもある凛ちゃんと会えたことで椛のテンションがにわかに上がっていた。

 

「はぁ、やっぱりマスクはイマイチ頼りにならなかったか……」

 

「まぁ、俺たちは知り合いだったからってのはあるけどね」

 

 奈緒に紹介されてから、かれこれ十年近い付き合いの女性の顔に気付かないはずがなかった。

 

 ……そうか、女性、か。自分で言っておいてなんだが、少女だった凛ちゃんも既に女性なんだよなぁ。奈緒や加蓮ちゃんにも当然当てはまることなのだが……俺も年を取ったなぁと少々感傷にふけってしまう。

 

「それで、今日は一人? 奈緒ちゃんや加蓮ちゃんと一緒?」

 

 なんとなく話題の一つとして、楓がそんなことを尋ねた。

 

「っ」

 

 その瞬間、凛ちゃんは一瞬だけ眉を動かしたのを見逃さなかった。基本的にクールで表情をあまり変えない凛ちゃんがそれほど分かりやすく反応したのだ。

 

「……あら」

 

 そしてそれに気付いたのは楓も一緒だったが……どうやら彼女はさらにその先のことにまで気付いたらしい。

 

「ふふっ、お邪魔しちゃったみたいでごめんなさいね」

 

「……いえ、知り合いがいそうなところを選んじゃった私が迂闊だっただけですから。……それで、楓さん、その……このことは、奈緒と加蓮には」

 

「今は黙っておいてあげるわ。いずれ、ちゃんと自分の口から報告してあげてね?」

 

「……ありがとうございます」

 

 お礼を言い、そそくさと凛ちゃんは去って行ってしまった。椛も喜ぶし、どうせならそこら辺の喫茶店でお茶でもと思ったのだが……。

 

「どういうことだ?」

 

 バイバイと凛ちゃんの背中に手を振る椛の頭を撫でながら尋ねてみると、楓はクスクスと笑っていた。

 

「今の凛ちゃんね……昔、結婚する前に旭君とのデートの最中に知り合いと会ったときの私と似てたから」

 

「ということは……」

 

 つまり、今日の凛ちゃんは……。

 

「……そういうことね」

 

「あの三人の中で、一番乗りは凛ちゃんかもしれないわね」

 

「? どーいうこと?」

 

「何でもないぞ、椛。よし、そこでアイス買ってやろう」

 

「ホント!?」

 

「だから買い物してからって……もう、パパ!」

 

 

 

 

 

 

 21:00

 

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

「よっと」

 

 スヤスヤと眠る椛を子ども部屋のベッドに寝かせて布団をかける。今日は昼寝をしていなかったからか、夕飯を食べ終えた頃からウトウトとし始めていて、楓が引っ張り出してきた神崎のライブの動画を見ている間に寝落ちしてしまっていた。

 

「……やみにのまれよー……むにゃ……」

 

「すっかり気に入ったみたいだなぁ」

 

 これは是非神崎本人に合わせてやらなければ。こんな小さい子どもにも知られてしまったと知ったら一体どんな反応をするのかが楽しみだ。

 

 電気を消してから部屋を出てリビングに戻ると、楓がワインをグラスに注いで待っていてくれた。

 

「はい、旭君……ここからは夫婦の時間……ね?」

 

「そりゃもう、喜んで」

 

 ソファーに並んで腰かけると、楓はそのままコテンと肩にもたれかかって来た。

 

「乾杯」

 

「はい、乾杯」

 

 チンッと軽くグラスを合わせる。椛を寝かしつけてから一緒にお酒を飲むのはいつものことで、この時間は昔から変わらず楓と過ごす時間の一二を争うぐらいに大事なものだ。

 

「それにしても……凛ちゃんが、ねぇ」

 

「そうね……でも、凛ちゃんも可愛いもの。奈緒ちゃんだって加蓮ちゃんだって、男の人が放っておくわけないわ」

 

「それもそうだな」

 

 俺が楓と出会ったように、そして早苗さんや瑞樹さんたちのように、きっと彼女たちにも運命の出会いというものがあるのだろう。

 

「……んふふ~」

 

「おっと」

 

 突然笑い出した楓が真正面から抱き着いてきた。俺の肩に額をクシクシと擦り付けてくるので、ワインを零さないように注意する。

 

「みんなも相手を見つけてくれたから……私も我慢しなくてよくなったのねぇ」

 

「……何を? というか我慢してたの?」

 

「したのよ。……私ばっかり幸せになりすぎちゃって、ちょっとだけ申し訳なかったの」

 

 それは……少しだけ思ったことがある。自分は世界で一番幸せな人間なのだと、本気で考えたこともある。

 

「でも、もう我慢しなくていいものね」

 

 いつの間にかグラスをテーブルの上に置いていた楓が、そのまま俺の膝の上によじ登って来た。俺もグラスを置いて、彼女の腰に腕を回す。

 

 

 

「……愛してます、旭君」

 

「愛してるよ、楓」

 

 

 

 

 

 

 十月十四日

 

 今日は旭君と私は一日オフだった。保育園もお休みだったので、親子三人水入らずに過ごせた。

 

 昼にショッピングモールへと買い物に行ったのだが、そこで凛ちゃんに会った。マスクをした完全変装状態で逆に目立っていたが……なんとデート中だったらしい。ついに奈緒ちゃんたち三人の中から恋人持ちが生まれたことが、妙に嬉しかった。

 

 夜は夕食に椛ちゃんの要望のカレーライスを食べた後、過去のライブ映像を持ってきて三人で一緒に見た。椛ちゃんは昔の蘭子ちゃんを気に入ったようで、何度も「闇に飲まれよ!」「煩わしい太陽ね!」とポーズを取っていた。……旭君が「今度会わせてみよう」と言っていたが……申し訳ないけれども、私も面白そうだと思ってしまった。いずれ実現させよう。

 

 そして椛ちゃんが寝た後は、のんびりと夫婦の時間。久しぶりに旭君に愛してもらった。

 

 今日はとても平凡で……とても幸せな一日だった。

 

 

 

 

 

 

「子どもになんてもの読ませて……いや、勝手に読んでるのは私なんだけど……!」

 

「ねーねー椛ねーちゃん、遊ぼうよー」

 

「遊ぼうよー」

 

「あーちょっと待って二人とも……」

 

「あっ! 椛姉ちゃんと遊ぶのはオレだぞ!」

 

「げっ、アズマ」

 

「あーもう、喧嘩しないの……」

 

 

 




 イベントがないならイベントがない日を書けばいい。

 というわけで何事もない日常の話。何やら既に何人かアイドルが引退したり結婚したりしていますが、原作時間軸より七年経ってれば……ねぇ?

 さらに新キャラが増えてますが、多分次回にちゃんと登場します。
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