「……さて、それでは始めましょうか」
「あ、待って旭君。ちょっと美優ちゃんに連絡入れさせて」
「あ、はい。分かりました」
「旭くーん、これ開けてもいいー?」
「ちょっ、早苗さんそれクリスマスに開けるつもりだったワイン……あぁもう開けてるし」
というか、なにこの人は昼間っから飲もうとしているんだ。旦那に連絡を入れている瑞樹さんはともかく、早苗さんは自由すぎる……子どもが出来て少しは大人しくなったかとも思ったのだが、そんなことはなかった。
「旭君」
「なに、楓」
「私はこの子のおしめ代えてくるわね?」
「……いってらっしゃい」
俺の最後の希望であり最愛の妻である楓もリビングから離脱してしまった。
……えぇい、こうなったら俺も飲んでやる! 早苗さん! 俺の分も!
「……はぁ、早速脱線してしまった」
「まぁいいじゃない。子どもたちが帰ってくるまで、まだ時間はあるんだから」
ほーらお酌してあげるわよー! と早苗さんが注いでくれるワインをグラスで受ける。これ、そんなにグビグビ飲むようなワインじゃないんだけどなぁ……。
「確か一時からの公演でしたよね?」
「えぇ。765プロダクションの劇場ライブ、椛ちゃん、すごく観たがってたものね」
「昔は小さく細々とやってたみたいですけど、最近では全然チケットが取れなくなっちゃいましたからね」
椛のアイドル好きは今なお成長し続け、最近では他の事務所のアイドルの公演をも観に行くようになった。……そんな椛だが、そろそろ本当にアイドル事務所に入るつもりでいるらしいのだが……まぁ、その話はまた今度にしよう。
「しかし、美優さん一人に子ども三人預けて大丈夫だったんですかね?」
勿論美優さんを疑っているわけではなく、三人の面倒を見なければいけないという負担に対する心配だ。
「大丈夫でしょ。三人とも美優ちゃんのこと大好きだし」
「そもそもアズマもあずみちゃんも、椛お姉ちゃんの言うことは大体聞くから」
早苗さんと瑞樹さんの言葉に、それもそうかと納得する。
あれから結局無事に離婚することが出来た美優さんは、またこちらに戻ってタレントとして活動をし始めた。今なお変わらぬ美貌で未亡人系薄幸の美人として人気を博している彼女だが、度々子どもたちと遊んでくれているので三人ともすっかりと懐いていた。
……ただ「子どもたちと一緒にお出かけするときに便利ですから!」と言って免許を取ってくる辺り、なにか色々とこじらせているような気がしないでもないが……まぁ、美優さんに限ってそれはないだろう。うん、常識人枠のはずの美優さんまでそっちに行ってしまったら色々と俺が大変だから、その可能性は考えないでおこう。
しかしつまみも無しにただワインを飲むだけというのも寂しいので、なんか簡単なツマミでも用意しようかとキッチンに立ったところで、楓が戻って来た。
「おかえり」
「ただいま。……あら、おツマミ? それだったら私が用意するわ」
「いや、これぐらい大丈夫……」
「いいから。旦那様は座ってて。はーい、
代わりにお願いね、と差し出された
「……ママは凄いな」
「……すぅ」
九月に生まれたばかりの次女
「さて、そろそろ本題の戻りますよ」
人生で二度目の授乳期間につきアルコールを断っている楓に悪いと思いながらも、昼間からのお酒を楽しみつつ話を元に戻す。
「というわけで『クリスマスプレゼント選考会』を始めたいと思います」
これが今日こうして集まった理由である。
椛は七歳、あずみちゃんが四歳、アズマ君が三歳になったわけだが、そろそろクリスマスプレゼントに何が欲しいかを真剣に検討しなければならないお年頃になってきた。
椛は基本的に聞き分けがいいので何をあげても喜んでくれるが、しかし親としては当人が本当に喜ぶものを贈ってあげたいのだ。
ちなみに346プロにはイヴ・サンタクロースという文字通り『サンタクロースタレント』という特殊すぎるジャンルで活動している元アイドルがおり、事務所関係者の子どもたちはみんな彼女からプレゼントを貰うという形になっている。勿論そのプレゼントは親が買って彼女に預けておいたものだ。彼女は「私、本物のサンタですから~ちゃんと私がプレゼント用意しますよ~?」と言ってくれるが、流石に彼女にお金を出させるわけにはいかない。
そんな来たるクリスマスに向けて、子どもたちへのプレゼントを一緒に考えようというのが今日の主目的である。
「でも椛ちゃんは簡単じゃない? アイドルっていう分かりやすい好きなものがあるんだし」
「そうね。確か……283プロダクションだったかしら?」
「はい。最近だとアルストロメリアっていう三人がお気に入りみたいで」
「ただそのユニットのCDはもうテストで百点を取ったご褒美に買ってあげてるので……」
「応援グッズとか」
「それは自分でお小遣いを貯めて買ったみたいです」
「……ライブのチケットとか」
「誕生日プレゼントであげてます」
「「………………」」
沈黙する瑞樹さんと早苗さん。
最後のチケットはともかく、椛のアイドルに対する入れ込みようは若干執念に近い。CDを買ってもらうために学校のテストは常に百点。積極的に家事の手伝いをしてお小遣いを貯め、それを無駄遣いせずに全てアイドルグッズの購入資金に当てている。なんというか、親である俺たちですら本当に七歳なのかと疑ってしまいそうになるぐらいストイックだ。いや、アイドルに対する欲が強いから正確には
「なんというか……本当にハイスペックよね、椛ちゃん」
「アナタたちのどっちの影響?」
「二人して心当たりがなかったので、隔世遺伝という結論に至りました」
いや、子どもが優秀でとてもいい子なのだから手放しに喜んでいい場面のはずなのだが、流石にトンビからタカが生まれてきた感覚で戸惑ったり戸惑わなかったり。
「うーん、まさか椛ちゃんのプレゼントで悩むとは意外だったわね」
「『自分が欲しいものは、自分の力で手に入れたい』って言ってました」
「小学生のセリフじゃないわね……」
「その辺り、奈緒ちゃんの影響受けてない?」
「まぁ奈緒のことも大好きですからね……」
じゃあ奈緒のグッズはどうなのかというと、これはもう本人から全部直接貰ってしまっている。下手すると本人よりも持っているんじゃないかという保有率で、同じように凛ちゃんと加蓮ちゃんのグッズも貰ってしまっている以上、この三人に関しては椛が持っていないものはないだろう。
「先にあずみちゃんとアズマ君へのプレゼントを考えますか?」
「……それじゃあ、そうしましょうか」
時間がかかりそうだったので、一旦椛へのプレゼントは後回しにして、二人の子どもへのプレゼントを考えることにしよう。
しかし椛と違い、二人のクリスマスプレゼントはとてもあっさりと決まった。二人ともお気に入りの変身ヒーローの変身ベルトで全会一致したのだ。
「……我が娘ながら、本当にこれでいいのかしら……」
あずみちゃんが男の子向け変身ヒーローモノ好きなことに対して思うところがあったらしい早苗さんが頭を抱えていた。
ジェンダーフリーが唱えられて長らく経つ昨今ではあるものの、それでも自分の娘が可愛らしく魔法少女モノの真似をするところを見たかったらしい。確かにあずみちゃん、遊ぶときはだいたいアズマ君と一緒になってヒーローごっこだからなぁ……。
ちなみにウチの娘は囚われのヒロイン役で、やたらと堂に入った演技を見せてくれるようになって少し嬉しい。流石俳優とアイドルの娘である。
「ちなみに早苗ちゃん、貴女の子どもの頃は……?」
「………………」
瑞樹さんからの質問に、早苗さんは無言のままワインを呷った。どうやらそういうことらしい。
そういうわけでつつがなくあずみちゃんとアズマ君へのプレゼントが決まったところで、改めてウチの椛へのプレゼント決めに戻る。
「なんかスミマセン、結局ウチのプレゼント決めに付き合っていただく形になっちゃって」
「いいのよ。むしろウチの子たちが早く決まりすぎちゃったぐらいなんだから」
「プレゼントといえば~」
気にしないでと手を振る瑞樹さんにお礼を言うと、大分アルコールが回ってきたらしい早苗さんに肩を組まれた。彼女の胸が肩口に当たるが、嫌な予感しかしないので別に嬉しくはない。
「去年のクリスマスは、楓ちゃんに素敵なプレゼントをあげたみたいじゃない?」
「? はぁ、今回は確かに欲しがってたブランドのコートをあげましたけど……」
そんなに意味深に言うようなものかと首を傾げていると、「なに言ってんのよ!」とバシンと肩を叩かれた。
「
「……あっ、九月が誕生日ってそういう……」
「ヤメロォ!」
いやまぁ確かにしたけど! 逆算すると多分その日なんだろうけど!
チクショウ、いってきますのチューに憧れていた昔の瑞樹さんと早苗さんは一体どこへ行ってしまったのか……。
そんな頭を抱える俺に対し、月を抱いたままの楓はニコニコと笑っていた。あの、夫婦の夜事情の話なんだから貴女ももう少し恥ずかしがったらどうなんですかね……。
「それでお返しに『楓ちゃんからの愛』を貰ったっていうんでしょ! あぁもう本当に万年新婚夫婦ねアンタたちは!」
なにも言っていないのに勝手にヒートアップしていく
「……ん? あ、それいいんじゃない?」
「流石に椛に対するセクハラは許しませんよ」
最悪出禁まである。
「そんなわけないじゃない。そっちじゃないわよ」
苦笑しながらヒラヒラと手を横に振る瑞樹さん。まぁ、早苗さんよりは酔ってないだろうが……。
「椛ちゃんが大好きなアイドルは誰?」
「……奈緒?」
「『椛ちゃんのことが大好きなアイドル』っていう意味じゃないわよ。いやまぁ、間違ってないんだけど」
よくもまぁそのテンションが保てるなぁと半ば感心してしまうほどの叔母バカを未だに発揮し続ける我が妹のことを言っているのかと思ったが、どうやら違ったらしい。
「椛ちゃんの『一番好きなアイドル』は誰ってことよ」
「……それは」
齢七歳にしてアイドルオタクの片鱗を露にしている椛。アイドルならば基本的に雑食な彼女が、一番大好きだと公言しているアイドルは……。
「……えっ?」
夜。大人気の765プロのアイドルたちを間近で見ることが出来て大興奮だった椛もベッドに入り、今ではすっかり夢の中。寝るのが仕事の赤ん坊である月は先ほどから大人しく寝てくれているので、今は夫婦の時間だ。
とはいうものの、楓はお酒もコーヒーも飲めないので、二人並んでハーブティーを楽しむ。
「はぁ……今日は大変だった」
「早苗さん、ご機嫌だったわね」
なんとあの人、気付いたら一人で三本ぐらいワイン開けていたのだ。そりゃああそこまでへべれけにもなるわな……旦那さんが申し訳なさそうに連れて帰っていったが、逆にあずみちゃんに対して申し訳なくなった。
「それにしても……本当に椛ちゃんへのクリスマスプレゼント、あれでいいのかしら」
心配そうに呟く楓。
「いや、俺もあれがいいと思う」
誕生日にあげるべきもののような気もするが……これを
――椛が一番大好きなアイドル『高垣楓』、聖夜限りの復活である。
子守歌などは歌って聞かせたことがあり、さらに現役時代の映像記録も何度も見せたことがあるが、椛は
「でももうクリスマスまで十日しかないのよ? それまで仕上げられるかどうか……」
一応事務所のレッスン室を美城常務から借りる許可は貰うことが出来た。むしろ「箱を抑えるから是非」とかなりノリ気だったぐらいだ。
「出来るだろ? 楓なら」
「……もう、こんなおばさん捕まえて無理させないで」
「おばさんねぇ」
年齢で言えば、確かに楓も三十四だ。そろそろおじさんおばさん呼びもおかしくない。しかし、こんな美人を捕まえておばさんと称していいのか甚だ疑問である。
「……そうね。椛ちゃんの……小さなファンのためにも、ちょっと頑張ってみるわ」
「全力でサポートするよ」
フンスと気合いを入れる楓。二児の母親になってなお、こんな仕草がここまで様になっている辺り、やはりコイツはしばらく『老ける』という言葉とは縁遠いことだろう。
「それに、俺も楽しみだしな」
「え?」
「……俺だって『高垣楓』のファンだ。復活を心待ちにしてるのは、椛だけじゃないってこと」
むしろファン歴で言うのであれば、椛にだって負けていない。
「……それじゃあ、もうちょっとだけ応援してくれる?」
「……喜んで」
スッと目を閉じた楓の頬を撫でた。
十二月十四日
今日は瑞樹さんと早苗さんがウチに来て、みんなで子どもたちのクリスマスプレゼントを考えた。ちなみに子どもたちはみんな美優さんが引き受けてくれた。あとでまたお礼をしておかないと……。
早苗さんが昼間っからワインを開けて酔っぱらってしまったことを除けば、何事もなくプレゼント選考会は終わったのだが……肝心の椛ちゃんへのプレゼントというのが、私のステージということになってしまった。
未だにタレントとしては少しずつ人前に立たせてもらっているが、アイドルとしてマイクを持たなくなり数年経つ。そんな私が、果たして椛ちゃんを喜ばせるような歌が歌えるのか、少しだけ自信がない。
けれど、旭君や他の人もサポートしてくれるというので、少しだけ頑張ってみようと思う。
クリスマスまで十日。それまで現役と同じぐらいに……とまではいかなくても。
それでも、椛ちゃんに『高垣楓』を少しだけ見せてあげたいと思った。
親として、でもあるが……アイドルとして、譲れない。
「………………」
「大体アズマは……って、椛ねーちゃん!?」
「うわ、なんで泣いてるの!?」
「どこかいたいの?」
「ぐすっ……ううん……ただの思い出し泣きだから……」
クリスマスプレゼント考えるのが遅いって? キニシナーイ
そしてちらっとですがシャニマス勢登場。この世界線ではこの時間軸のアイドルという設定で一つ。次世代アイドル考えてたら、全員オリキャラになっちゃうからね。
そして改めて登場、妹の月ちゃん。「ゆえ」です。「ライト」ではないです。
それでは皆さん、少し早いですがメリークリスマス。そして良いお年を。