かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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残り三話!


神谷椛11歳と遊園地へ行く4月

 

 

 

「おぉ、四月に入って、少しぐらい人が少ないかなぁとか思ったが……」

 

「そんなことなかったわねぇ」

 

「人いっぱいだぁ」

 

「いっぱいだぁ」

 

 春の休日。俺たちは国内最大規模を誇る遊園地『夢と魔法の王国』へとやって来た。つい先日はまでは春休みで学生が多いことを知っていたため避けていたが、新年度になろうともここはいつも通りの人の多さだった。

 

「まぁ、ここが空いてることなんてないって」

 

「そーそー」

 

 そして家族のお出かけに当たり前のようにいる奈緒と加蓮ちゃん。なんというかいつもの光景すぎて今更つっこむのもアレなのだが、一応聞いておこう。

 

「加蓮ちゃんはともかく……奈緒、お前本当に旦那は良かったのか?」

 

「快く送り出してくれたぞ?」

 

 曰く『家のことは俺がやっておくから』と言ってくれたらしいが……なんというかこっちが申し訳なくなってくる。今度何かいいお酒を……と思ったけど、飲まない人だったのでお菓子でも奈緒に持たせることにしよう。

 

「それより旭さん、私はともかくってどういうことですか」

 

「そういうことだよ」

 

 言わないことが俺の優しさだということに気付いてほしい。

 

「私は奈緒ちゃんと加蓮ちゃんと一緒の遊園地嬉しいよ!」

 

「わたしもー」

 

「ありがとうなぁ! 椛ー! 月ー!」

 

「後でお揃いの付け耳買おうねー」

 

 ……まぁ、椛と月が喜んでるからいいか。

 

 チケットはあらかじめ買ってあるので、チケット購入ブースを通り抜けて入場ゲートへと向かう。

 

「はい。二人の分も買っておいてやったぞ」

 

「あっ、ありがとう兄貴」

 

「えっと、お金を……」

 

「いくらお前たちが三十を越えてるからとはいえ、妹からチケット代なんて取らんよ。加蓮ちゃんも同じようなものだ」

 

 普段から色々と椛たちにプレゼントくれたり遊んでくれたりして貰っているから、そのお礼も兼ねている。これぐらいは軽いものだ。

 

「………………」

 

「どうした?」

 

 チケットを手渡すと、何故か加蓮ちゃんが「うーん」と唸っていた。

 

「いや……今更なんですけど、旭さんは未だに『加蓮ちゃん』なんだなぁって思って」

 

 何事かと思ったら、どうやら呼び方の話のようだ。

 

「まぁ確かに、そろそろ『加蓮ちゃん』っていう年齢ではないな」

 

「加蓮ちゃんパンチ!」

 

 結構本気のグーが俺の肩口に入った。普通に痛い。

 

「えー? 加蓮ちゃんは加蓮ちゃんだよねー?」

 

「かれんちゃんだよねー?」

 

 顔を見合わせる椛と月にほっこりとする。

 

 確かにずっと『加蓮ちゃん』と呼び続けているから、というのもあるが……世間一般に言っても彼女はまだアイドル『北条加蓮』なのだ。立場的なことは勿論なこと、見た目もまだまだ『加蓮ちゃん』で通用するので全く違和感がない。

 

「今更『加蓮』って呼ぶのもなんか違和感あるし」

 

 だから今後もこのままで……。

 

「………………」

 

「……加蓮ちゃん?」

 

 なんで君はちょっと恥ずかしそうに俯いてるの?

 

「……旭君?」

 

「これは俺の責任どこにもなくない!?」

 

 流石にこれを咎められるのは納得がいかない。

 

「……加蓮、お前まだ拗らせてるのかよ……」

 

「い、今のは仕方なくない!? 不意討ちだったんだし!?」

 

「仕方なくはないだろ……何年引き摺ってるんだよ……」

 

「……お姉ちゃん、パパたちはなんのお話してるの?」

 

「難しいお話だから、月は気にしなくていいよー」

 

 

 

 

 

 

 ゲート前でひと悶着あったが、ようやく入場する。

 

「それじゃあ、まずは……」

 

「「ミッピーだ!」」

 

 『夢と魔法の王国』は広く、どういう順番で回るのかあらかじめ大まかな予定を立てていたのだが、娘二人がマスコットキャラクターのネズミのキグルミを見付けて駆け寄っていってしまったことにより出鼻を挫かれることになった。

 

「……まぁ、これぐらいならいいか」

 

「ふふっ、()()を変更して()()()()きましょう」

 

 確かに記念写真も娘の成長を残す上で重要だ。普段から俺や奈緒が散々撮っていたりするが、それでもマスコットにはしゃぐ子どもらしい姿の写真は何枚あってもいいだろう。 

 

「………………」

 

「ん? もー奈緒までソワソワしちゃってー。マスコットにはしゃぐなんで、かわいいんだからー」

 

「は、はぁ!? はしゃいでないし!? 椛と月の方がかわいいし!?」

 

「……一瞬昔の奈緒が垣間見えたかと思ったんだけど、全然そんなことなかった……」

 

 ピョンピョンと飛び跳ねながら必死に手招きをしてくる椛と月に促され、俺たちもミッピーの元へ向かう。

 

「よければお撮りしましょうか?」

 

 スマホを出してカメラの用意をしていると、近くのスタッフのお姉さんが声をかけてきた。

 

「折角だから、お願いしましょう」

 

「それもそうだな」

 

 というわけで六人でミッピーと記念撮影をすることになったので、俺のスマホをお姉さんに預ける。

 

 ミッピーの前に椛と月が並び、その両脇に俺と楓がしゃがむ。その後ろに奈緒と加蓮ちゃんが立つというフォーメーションになった。

 

「それじゃあ、撮りま……えっ」

 

 スマホの画面越しにこちらを見ていたお姉さんが、何かに気付いたようでこちらに直接視線を向けてきた。これまでにも何度も見てきた反応で、どうやら俺たちが『神谷旭』と『高垣楓』と『神谷奈緒』と『北条加蓮』だということがバレたようだ。変装も軽いものなので、じっくりと見られた結果だろう。

 

『しーっ』

 

 椛と月も合わせて六人で人差し指を立てる。人気絶頂の芸能人のように取り囲まれることは流石にないだろうが、それでも騒ぎになって時間を取られることは避けたい。

 

「っ……は、はい。それじゃあ撮りまーす」

 

  遊園地のスタッフらしい笑顔に戻ったお姉さんが改めてスマホを構える。

 

「はい、ミッピー!」

 

 掛け声に続いてカシャリとシャッター音が聞こえてきた。

 

「はい、それでは確認をお願いします」

 

 俺にスマホを返すお姉さんは、少々視線が楓に流れていた。どうやら『高垣楓』のファンだったようだ。

 

「大丈夫です。ありがとうございます」

 

「ありがとうございます! ミッピーもありがとう!」

 

「ありがとー」

 

 お姉さんにお礼を言った後でミッピーにお礼のハグをする椛と月。微笑ましい光景に、手が自然に動いてパシャリと一枚撮っていた。

 

「いってらっしゃい。今日は一日楽しんでね」

 

 屈んで椛と月に手を振るお姉さんと別れ、俺たちはようやく『夢と魔法の王国』の奥へと足を進める。

 

「よし、それじゃあ改めて……今日は遊び尽くすぞー!」

 

「「「おーっ!」」」

 

「奈緒まではしゃいじゃって……」

 

「ふふっ」

 

 

 

 

 

 

「もうマジむり……」

 

「遊び尽くすんじゃなかったのかよ」

 

「お父さん! 次あっちー!」

 

「あっちー」

 

 グッタリとベンチに座り込む俺を呆れたような目で見てくる奈緒と、俺の体を揺する椛と月。普段はあまり子どもらしさを見せない椛の年相応の行動が大変微笑ましいが、残念ながらそれでも回復しないほどに体力が磨り減っていた。

 

「奈緒ちゃん、加蓮ちゃん、二人のことお願いしていい?」

 

「えっ」

 

「いいですけど……」

 

「椛ちゃん、月ちゃん。パパとママはここで休憩してるから、奈緒ちゃんと加蓮ちゃんの二人と遊んでおいで」

 

 飲み物を買ってきてくれた楓が俺の隣に座りながら、四人にそんな提案をする。

 

「……うん、分かった。お父さんはしっかり休んでね」

 

「やすんでねー」

 

「ありがとう、椛、月。二人とも、任せた」

 

「あぁ、任された」

 

「行ってきまーす」

 

 手を繋いだ椛と奈緒、月と加蓮ちゃんを見送る。まだまだお昼を過ぎたばかりで減る気配を見せない人混みに中に、四人の姿はあっという間に消えていった。

 

「……ふぅ」

 

「本当にお疲れね」

 

「そりゃ、あれだけアトラクションに回ればな……」

 

 『夢と魔法の王国』のアトラクションは基本的に年齢や身長などの制限が緩く、椛は勿論のこと月も乗ることが出来るアトラクションばかりだった。そして二人ともジェットコースタータイプのアトラクションにハマってしまい、そういう系統のアトラクションばかりを回っていたのだ。

 

 途中でシアター系の座ってみるアトラクションも挟めればよかったのだが、奈緒の「人気のアトラクションは午前中に回れるだけ回っておく!」という熱い力説によりそれも叶わなかった。

 

「もしよかったら、膝枕でもしましょうか?」

 

「家ならお願いしたけど、流石に衆人環視の前では……」

 

 かろうじて羞恥心が楓の膝枕の誘惑に勝った。正直人前じゃなかったらお願いしていたと思う。

 

 楓と並んで彼女が買ってきてくれたアイスコーヒーを飲む。

 

「……そういえば、遊園地で二人きりっていうのも久しぶりだな」

 

「そういえばそうね……椛ちゃんが生まれてからはずっと一緒だったし、たまに二人きりになれても遊園地に遊びに来るような年齢でもなかったものね」

 

 そもそも楓とのデートで遊園地に行っても、目的はその隣でやっている『名酒博覧会』みたいな催しにばかりだった。こうやってまともに遊園地で遊んだことなんて一度もなかった気がする。

 

「そういう『恋人同士で来る遊園地』にも憧れてたんだけど……やっぱり私は、こういう『家族で来る遊園地』の方が楽しいわ」

 

「……まぁ、そうだな」

 

「不思議よね。二人きりの時間が減ってるのに、それがとても幸せなんだもの」

 

 確かに、恋人同士だった頃は二人きりが楽しかったし幸せだった。ガラにもなく『このまま二人だけの時間が続けばいいのに』なんて思ったことだって何度もある。

 

 それが今はこうして、二人きりになれない時間が幸せなのだ。

 

「勿論、二人きりだって幸せよ?」

 

「言わなくても分かってるさ」

 

 ベンチの上に置かれていた楓の右手に左手で触れると、彼女は「ふふっ」と笑って指を絡めてきた。

 

「それにそうだな……いずれは椛と月も結婚して家を出ていけば、嫌でもまた二人きりになるんだ。今は二人きりじゃない幸せを享受するときなんだよ」

 

「流石にそれは気が早いんじゃないかしら」

 

 クスクスと笑う楓だが、女の子の成長はあっという間だと俺や楓の両親は言っていた。

 

「二人とも楓によく似た美人になるだろうから、行き遅れる心配もないだろうし」

 

「でも、美人でも早く結婚できない例だって身近にあったわけじゃない?」

 

 楓の発言が一体誰を指してのそれだったのかとても気になるところだが、そこを掘り下げても誰も幸せにならないから止めておく。

 

「もし将来椛ちゃんが男の人を連れてきたら……旭君は、どうするの? 奈緒ちゃんみたいに『椛はやらん!』とか言う?」

 

「奈緒がそう言うことは確定なんだな……」

 

 いやまぁ確かに、以前加蓮ちゃんに「将来、椛ちゃんか月ちゃんをお嫁さんにちょーだい?」と言われた際に俺が反応するより早く「ダメに決まってんだろうがあああぁぁぁ!!」と絶叫した実績が残っているので、多分言うだろう。

 

 両親よりも両親らしいムーブをするって思われているアイツは本当になんなんだろうか……下瀬話と分かっていても「さっさと自分の娘を作ればいいのに」とも思ってしまう。

 

 しかしそうだな……。

 

「最初はそういうかもしれないけど……最終的にはその男の人の味方をすることになると思う」

 

「あら」

 

 意外そうな表情の楓。別に俺が奈緒よりも椛や月のことを思っていないということではない。断じて違う。

 

「結婚だけが幸せの全てじゃないとは言わないけど……それでも()()()()()()()()()()()()()()()って思うんだ」

 

 自惚れとかではなく、楓の幸せを知っているからこそそう思えるのだ。

 

「……えぇ、そうね。今の私の幸せを、椛ちゃんにも感じてもらいたいな」

 

 まぁよっぽど酷い男だったら、親として引っ叩いてでも目を覚まさせる責任があるとは思うが。

 

「そもそもアイツの場合、将来アイドルになって恋愛する暇なく歳をとってそうでな……」

 

「そういう前例が身近にあるものね」

 

 今日の楓は一体どうしたのだろうか。何故そんなに積極的に地雷を踏みに行こうとするのだろうか。

 

「まぁ、全部全部まだ十年近く先の話だ」

 

 来年のことを話すと鬼が笑うのであれば、今頃鬼は大爆笑だ。

 

「いずれ椛と月が何処かへ行くことになったとしても、そのときは――」

 

 

 

「えっ!? 私たちどこにも行かないよ!?」

 

「いかないよー?」

 

 

 

「――え?」

 

 何故か奈緒と加蓮ちゃんと遊びに行ったはずの椛と月の声が背後から聞こえてきた。まさか二人のことを考えすぎて幻聴が……と思ったが、振り返るとそこには確かに椛と月がいた。二人とも両手にコーンに乗ったアイスを一つずつ持っており、その後ろでは奈緒と加蓮ちゃんもアイスを手にしていた。

 

「どうしたんだ? アトラクションに行ったんじゃ……」

 

「えっとね、やっぱりお父さんとお母さんと一緒の方がもっと楽しいから……あっ! 別に奈緒ちゃんと加蓮ちゃんと一緒が楽しくないって言ってるわけじゃないよ!?」

 

「分かってるよ、椛」

 

「椛ちゃんは優しいねー」

 

 ニコニコと笑いながら二人がかりで椛の頭を撫でる奈緒と加蓮ちゃん。

 

「はい、ママ」

 

「あら」

 

「こっちはお父さんの」

 

「ありがとう」

 

 楓は月から、俺は椛からアイスを受け取る。

 

「これ食べて休憩してから、今度は座って観れるアトラクションに行こう。ミッピーのオーケストラっていうのがあったよ!」

 

「ミッピー……!」

 

 俺と楓が間を空けてやると、椛と月はひょいっとその間に座った。

 

「……あぁ、ありがとう。それじゃあちょっとだけ大人しいアトラクションに行ったら、またジェットコースター乗りに行くか」

 

「いいの!?」

 

「勿論。今日は夜までトコトン遊ぶぞ」

 

「「やったー!」」

 

 彼女たちが将来どうなるのか、運命の相手が見つかるのかどうか……それは今考えるべきことじゃないな。そういうことは未来の俺に任せることにしよう。

 

 

 

 何せ、今の彼女たちとの思い出を作ることは、今しかできないんだから。

 

 

 

 

 

 

 四月十四日

 

 今日は奈緒ちゃんと加蓮ちゃんも一緒に六人で『夢と魔法の王国』へと遊びに行った。あらかじめ話に聞いてはいたものの、人の多さに驚いてしまった。

 

 椛ちゃんも月ちゃんも年齢制限も身長制限もクリアしていたので、色々な絶叫系と呼ばれるアトラクションをはしごしていたのだが……お昼を過ぎたあたりで旭君が少しだけばててしまった。私も少し疲れていたので、二人でベンチで休憩している間に二人をも奈緒ちゃんと加蓮ちゃんが遊びに連れて行ってもらった。

 

 遊園地のベンチで旭君と二人で座っていると、少しだけ結婚前の恋人だった頃のことを思い出した。遊園地で遊んだこと自体はなかったものの……もっと早く、それこそ学生時代に出会っていれば、こういうデートもあったのではないかと考えてしまった。

 

 そこで少しだけ椛ちゃんと月ちゃんの将来の話をした。正直、旭君のことだから椛ちゃんが将来男性を連れてきたら「うちの椛はやらん!」みたいなことを言うと思っていたのだが……どうやら旭君も色々と思うところがあるようだ。

 

 私も結婚が全ての幸せとは言わないが……今の私の幸せを、椛ちゃんと月ちゃんにも知って欲しい。私もそう思った。

 

 

 

 

 

 

「二年前の遊園地か……月は覚えてる?」

 

「覚えてない」

 

「夜に『帰りたくない』って言って珍しくグズったんだよー?」

 

「……覚えてない」

 

「月ちゃん照れてる~」

 

 

 




 前話から続いて順調に加蓮が結婚するとか、そんなこと全くなかった(なかった)

 このとき、丁度加蓮は30歳です。なんか個人的にツボです。派生のお話を考えたくなるぐらい……一応アイデアだけは取っておこう。

 そして朝霞リョウマ作品だとおなじみの『夢と魔法の王国』の登場。勿論浦安のあれがモデル。

 残り二話です。ここしばらくネタ切れとの闘いになっていますが、頑張っていきますのでよろしくお願いします。

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