早速ですが、シリアス風味です。覚悟して読んでください。
10 years after~神谷月のとある1日~
――私は、鏡を見るのが苦手。
――自分が写った写真を見るのも苦手。
――
「ねーねーユエー!」
「んー?」
お昼休み。お弁当を食べ終え、教室で紙パックの牛乳を飲んでいると友人が話しかけてきた。何故かキラキラと目を輝かせている。
「何?」
「今度の文化祭でミスコンやるらしいんだけど、ユエは出る?」
「出ないよ」
そんな面倒くさいことにどうして出なければいけないのか。
だから私は「そんな当然のことを聞くんじゃない」と返したのだが、何故か友人は「えー!?」と不満そうである。
「出ようよ出ようよー! ユエ美人なんだから絶対にいけるって!」
「女子の言う『美人』は信じないことにしてるの」
「ちょっと男子ー! ユエに自分が美人だってこと教えてあげてー!」
友人が教室にいた男子生徒にそう呼びかけるも、男子たちは「お前言えよ……」「いやお前が……」「前に気になるとか言ってたじゃねーかよ……」みたいにお互いを小突きあっていてまともな返事が返ってこなかった。
「このヘタレ男子どもっ!」
「とにかく、ミスコンなんか私は出ないよ。……そーいうの出たら、なんて言われるのかなんて分かりきったことだし」
「それは……!」
咄嗟に反論しようとしたらしい友人の言葉は、あっという間に尻すぼみに小さくなった。
「……ゴメン。そーいうつもりじゃなかったんだけどさ」
「分かってるよ」
だからこの話はお終いとばかりにパンッと手を叩くと、暗くなっていた友人もようやく笑顔になってくれた。全く……。
「か、神谷! お、俺はお前のこと美人だと思うぞ!」
「「おっそいっ!」」
「……はぁ」
放課後、部活がある友人と別れて一人帰路に着きながら、昼休みに言われたことを脳内で反芻する。
――ユエ美人なんだから絶対にいけるって!
でも。だからこそ。私はこの顔が……。
「わっ!」
「っ!?」
「なーに俯きながら歩いてるの?」
背後から驚かすように声をかけてきながら、その人物は「危ないよ」と優しくポンポンと私の頭を撫でた。
「別に、何でもないよ……
「そう、なら良かった」
変装用のサングラスを外しながら、私の姉『神谷椛』はニッコリと笑った。
――『神谷椛』はトップアイドルである。
伝説のアイドルとして名高い『高垣楓』と大物俳優『神谷旭』の間に生まれ、十二歳でアイドルデビュー。一度は悪質なオーディションに落とされるという悲劇もあったが、その後は瞬く間にトップアイドルへの階段を駆け上っていった……『アイドルの天才』。
日本最大手と称しても過言ではない346プロダクションにおけるトップアイドルの称号である『シンデレラガール』を三年連続で受賞して殿堂入り。さらには日本における最大のアイドルの祭典『アイドルエクストリーム』においても優勝。数々の伝説を残し、それでもなお人々の魅了し続ける、現在の日本の頂点に立つアイドル。
それが私の姉、神谷椛なのだ。
お父さん曰く『お母さん似の美人』な私たち姉妹。こうして真正面から見るお姉ちゃんの顔は、確かに写真で見せてもらった若い頃のお母さんによく似ていた。目の色がお父さんと同じ赤茶色のこと、お母さんと同じ鶯色の髪を背中まで伸ばしていること、そして高垣楓のチャームポイントである泣き黒子がないこと、相違点を上げるとするならこれぐらいだ。
「………………」
「なぁに?」
そんなお姉ちゃんの顔を思わずじっと見てしまっていたらしい。私は「何でもない」と言って首を横に振る。
「それにしても、どうしたの? 今日は遅くなるって言ってたのに」
「えぇ、遅くなるわよ。だからその前に、たまたま見かけた可愛い妹から元気を貰おうと思って」
そんなことを口にしながら、お姉ちゃんは「ぎゅーっ!」と言って私を抱きしめてきた。両親に似て身長の高いモデル体型なお姉ちゃんと違い、私は少々身長は低め。お姉ちゃんに抱きしめられると丁度胸の辺りに顔が来るので、いつも苦しい思いをする。
「……二十四にもなるんだから、そろそろ妹離れしようよ」
「年齢は関係ないでしょ? 私はいつまでも、月が大好きなの。勿論、お父さんもお母さんもみんなみーんな大好き!」
そんなことを恥ずかしげもなく言い切るお姉ちゃん。往来でかなり注目を浴びているこの状況は、お姉ちゃんのアイドル的にも私の心情的にもあまりよろしくない。そもそも時期が時期だから純粋に熱いから離れてほしかった。
「はいはい。いい子だから離れてお姉ちゃん」
「うぅ……私の妹がクールすぎる……」
やんわりと引き剥がすと「よよよ……」と涙を拭うフリをするお姉ちゃん。
「……ほら、まだ仕事あるんでしょ。そんな調子で大丈夫なの?」
「……勿論よ月。私を誰だと思ってるの?」
その瞬間、先ほどまでホニャホニャと笑いながら私に抱き着いていた彼女は、妹の私ですらゾクッとするような静かな笑みに変わった。
それが『お姉ちゃん』から『アイドル』に変わった瞬間だった。
「どんなときでも全力で、何があろうとも最高のパフォーマンスを叩きつける。だって私は――」
――神谷椛だから。
「楓……」
「旭君……」
「………………」
仕事へと向かったお姉ちゃんと別れて帰宅すると、両親がイチャついていた。
五十一歳になったというのに、未だに若々しい私の両親。お父さんもお母さんも、娘の私の目にも年相応には見えなかった。お母さん曰く「目元の小皺が増えた」らしく、確かによくよく見れば年相応な小皺がある。しかし逆に言えばそれだけで、肌は下手な二十代よりも瑞々しい。お父さんも俳優としてしっかりと身体づくりを続けているので中年太りとは縁遠い。私ぐらいの歳になると父親のことを疎ましく思うらしいのだが、生憎そんな感情を抱く要素が一切なかった。
そんな見た目まだまだ三十代で通りそうな二人がリビングのソファーに隣り合って座り、お互いに体を預けあっている。しかもしっかりと手を握り合っている上にお互いの足を擦り付けあっている始末。銀婚式を挙げてなお、この夫婦の熱は冷めないようである。
「おほん」
このままだとキスでもしかねない雰囲気だったので、咳ばらいをして自分が帰ってきたことを気付かせる。
「あっ、おかえりなさい、月ちゃん」
「おかえり月ちゃん」
ようやく私が帰ってきたことに気付いた二人だったが、しかし体を離すつもりはないらしい。私もお父さんもお母さんも、色々と慣れてしまっていた。
「ただいま。あんまりお熱いことされると見てるこっちが辛いんだけど」
鞄を適当な椅子に置き、キッチンへ向かい冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出す。
「そうか? 実際にやってみると、意外と熱くないぞ?」
「もしよかったら、月ちゃんも来る?」
そう言いつつ、お母さんが両腕を広げてきた。
「っ」
『高垣楓』が『神谷旭』の隣に座り、私を抱きしめようと腕を広げているその光景に、私は息を飲んだ。
――……やっぱり、ダメだ。
「……子どもじゃないから。そーいうのいいから」
グラスに麦茶を注いでからやや乱暴に冷蔵庫へしまうと、自分の鞄を拾い上げて急ぎ足でリビングを飛び出した。
私に向かって何か言っていたような気がしたが、私の耳には届いていない。届いていないならば、聞こえていないのと同じだった。
「月ちゃん……」
「……大丈夫だよ、楓。心配いらないさ」
「っ……!」
無意識に強く閉じてしまった扉がバタンッと大きな音を立てる。ダンッとグラスをテーブルに置いて鞄を放り投げると、私は自分の体をベッドの上に投げ出した。
「っ……!」
枕に顔を埋め、声にならない声で叫ぶ。
ダメだ。
辛い。
平気なフリはこれ以上出来ない。
どうして。
どうして……!
――どうして
あああぁぁぁ今日もお姉ちゃん可愛かったぁ! あの「わっ!」ってやった後の悪戯っぽい笑顔超かわいかった! その後ポンポン頭撫でるとか、本当もう反則! 一発退場! 胸もやわらかくていい匂いがして……あれでお金払わなくていいとか、世の中絶対におかしいよ! ホント夜まで会えないと思ってたから、不意打ちすぎて心臓止まるかと思った……! だ、大丈夫だよね!? 変な顔してなかったよね!?
それにパパもママも! やめてよぉ! そーいうイチャついてるところいきなり見せないでよぉ! 私に心の準備をさせて! ついでにあわよくば録画とか撮影とかさせてぇ! 抱っこも本当はされたかった! ママに抱っこされてパパに頭なでなでとかすっごいされたかった! でも今は無理ぃ……! これ以上は一日の私の許容量をオーバーしちゃうからぁ……! 本当に死んじゃうからぁ……!
もうホント無理。しんどい。そもそも三人とも顔が良すぎる。鏡で自分の顔を見る度に三人のことを思い出しちゃって大変なんだから。自分の顔が推しの顔に似ているなんて、私は前世で一体どんな徳を積んできたのだろうか。前世の私グッジョブ。
ミスコンもなぁ、悪いことしちゃったかなぁ……でも、『神谷旭と高垣楓の娘で、神谷椛の妹』なんて紹介されたら、嬉しすぎて顔がマズいことになりかねない。一応これでも、学校ではこのキャラ隠してるんだから……。
「……はぁ」
落ち着いた。一日一回は発散させておかないと、心が持たない。
……とりあえず「さっきは態度が悪くてごめんなさい」とお父さんとお母さんに伝えてこないと。
着替えようとベッドから起き上がり、制服のネクタイを抜いたところでスマホがメッセージの着信を告げた。
――やっほー! 月! なんとあたしたち、今から収録なんだ!
――限定復活するトライアドプリムスのステージ、楽しみにしててくれよ!
あああぁぁぁもおおおぉぉぉだからあああぁぁぁ!!
奈緒ちゃんから送られてきた、昔の衣装に身を包んだトライアドプリムスの三人の自撮り写真に、私は再び声にならない叫びと共にベッドへ倒れ込むのだった。
私、神谷月の周りには大好きな人が多すぎて、生きるのが辛い。
前書きでシリアスと言ったな……アレは嘘だ。
完璧にアイドルオタクと化した月ちゃん(17歳)。椛は自分がアイドルになることによってアイドルオタク的なところは若干抑えられましたが、姉がアイドルになってしまった月ちゃんを止めるものは何もありませんでした。
今後、進路のことなどで悩むこともあるでしょうが、彼女ならば人生楽しく生きていくと思います。
とまぁこんな感じで今後は気楽な番外編を書いていくので、これからも変わらずよろしくお願いします。