かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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引き続き、酒飲み妄想話(+α)


続・もしも旭が○○と結婚していたら……?

 

 

 

 前回までのあらすじ。

 

 酔った佐藤が片桐さんと川島さんを巻き込んで()()という名の()()を始めた。

 

「っ……!?」

 

「全然上手いこと言ってないからな?」

 

 勝手に戦慄している楓はともかく、思わずはぁと溜息を吐いてしまった。

 

 それに目敏く気付いた佐藤がこちらに絡んでくる。

 

「おーなんだー? 折角色んな女の人とイチャイチャ出来るんだから、もっと嬉しそうな顔しろよ☆」

 

 いくら楓が寛容だからとはいえ、それを手放しに喜べるほど能天気じゃないぞ。

 

「それじゃあ次の生贄はどうしようかしらね……」

 

「そうね……新鮮な生贄が欲しいわね……」

 

「生贄って言ったぞこの人たち」

 

 そこまで妄想に自分を登場させられた上に俺とイチャつかせられたことが嫌だったのか。……別に悲しくないし。なんとも思ってないし。

 

 喉に突っかかるようなモヤモヤを流し込むようにビールを呷っていると、背後から「うぅん……」と色っぽい声が聞こえてきた。

 

 振り返るとどうやらソファーの三船さんが寝返りを打ったらしく、先ほど楓がかけたブランケットが下に落ちていた。かけ直してあげようかと思ったが、ロングスカートが肌蹴て足がかなり上の方まで見えてしまっていたのでそっと視線を外す。多分楓がかけ直してくれるだろう。

 

「……そうね、次は勿論美優ちゃんよね」

 

「自然な流れよね」

 

「不自然だよ」

 

 アルコールと羞恥で暴走中の二人の標的に三船さんが選ばれてしまった。彼女まで犠牲になるのは忍びないが、妄想を止める手立てを持ち合わせていない俺にはどうにもできなかった。とりあえず、このまま目を覚まさずに妄想を耳にしないことを祈ろう。そうすれば少なくとも彼女への被害はないだろう。

 

「オッケー! そうだなー……ギャップっていうのも大事だけど、美優ちゃんには素材の味そのものを楽しんでもらうのがいいと思うゾ☆」

 

「素材ってなんだよ素材って……」

 

 

 

 

 

 

「美優ー」

 

「………………」

 

 果たしてこうやって呼びかけるのは何度目になるだろうか。反応がないと分かりつつ、かといってこのまま美優を一人にしたまま他のことをし始めるのも目覚めが悪い。

 

「そろそろ出て来いって」

 

「………………」

 

 しかし美優は頑なに布団の中から出てこようとしない。時刻は十時を回り、既に朝と呼べる時間帯ではなくなってしまった。お互いにオフであるため仕事に遅刻することはないが、午後から予定していた買い物をキャンセルする羽目になるかもしれない。

 

 そこで俺は強硬手段を取ることにする。

 

「とりゃ」

 

「きゃっ……!?」

 

 布団を引き剥がすのではなく、そのまま俺も布団の中に潜り込む。ダブルベッド用の大きい布団とはいえ、潜り込むと美優の顔はすぐ眼と鼻の先だった。

 

「この寝ぼすけさんは、いつまでベッドに入っているつもりだ?」

 

「ね、寝ぼけてるわけじゃ……んっ!?」

 

 そのまま美優の唇を奪う。ずっと彼女に触れるどころか顔を見ることすら出来なかったので、そろそろ我慢の限界だったのだ。

 

「ふぅ……ご馳走様」

 

「あ、旭さん、いきなりなにを……!?」

 

 真っ赤になって「まだ歯も磨いてないのに……!」と美優は狼狽えるが、俺も彼女を辱めたいわけじゃ……まぁ、そんな気は少しぐらいはあるけど。

 

「折角のオフなのに、美優がこうやって布団に引きこもってるから寂しかった」

 

「……それは、その……ごめんなさい」

 

 先ほどの頑なさは何処へいったのか、素直に謝罪の言葉を口にした美優はそのまま体を起こそうとした。

 

 しかし、美優の腕を引くことで今度は俺が彼女の起床の邪魔をする。バランスを崩した彼女はそのまま俺の腕の中に倒れ込む。

 

「きゃっ……あ、旭さん?」

 

「こうやって美優と一緒にいれれば、布団の中も外も関係ないさ。……あぁ、やっぱり午後の予定をキャンセルして、ずっとこうやって引きこもってるのも悪くない気がしてきた」

 

 そのまま美優の身体を離さないようにギュッと抱き寄せる。このまま彼女の柔らかさを抱き枕にして休日を怠惰に過ごすことが出来たらどれだけ幸せだろうか。

 

「だ、ダメですよ……! 最初に私が起きようとしなかったことは謝りますから……!」

 

 もぞもぞと腕の中で身じろぎをしながらそう訴えかけてくる美優。

 

「うん、それじゃあ謝ってもらおうかな」

 

「……え?」

 

 おそらく意外だった俺の発言に呆気に取られる美優も可愛いが、俺の中の悪戯心がもっと可愛くなってもらいたいと囁いていた。

 

「どうして美優は布団に潜って起きてこようとしなかったのか……口に出してちゃんと謝罪してもらおうかな?」

 

「っ!? そ、それは……!?」

 

 先ほどよりも真っ赤になる美優。

 

「ほーら。美優はどうして布団に潜って出てこなかったのかなー?」

 

「うぅ……!」

 

 恥ずかしがる美優が可愛すぎて、自分の口元が吊り上がっていることを自覚する。

 

「そ、その……」

 

「うんうん」

 

 

 

「……わ、私が、その……()()()()に『子どもが欲しい』って言って旭さんを離さなかったことを思い出して、恥ずかしくなったからです……!」

 

 

 

「はい、よく出来ました」

 

「旭さんのばかぁ……!」

 

「はいはい、美優大好きな美優バカですよー」

 

 ポスポスと叩いてくる美優の身体を、そのままギュッと抱きしめるのだった。

 

 午後からの予定は、やっぱりキャンセルになりそうだった。

 

 

 

 

 

 

「きゃーっ! 美優ちゃんダイターン!」

 

「ついでに旭君鬼畜ー!」

 

「やかましい!」

 

 なんか佐藤の妄想の中の俺が言葉攻めの特殊プレイを楽しむ鬼畜になっていた。

 

「でも旭君、似たようなことをしたことあるじゃない」

 

「えっ!? 何それ楓ちゃん詳しく!」

 

「あれはそうですね……旭君がわざと私の――」

 

「言わせねぇよ!?」

 

 いくら気兼ねなく話を出来る仲である川島さんたち相手とはいえ、夫婦間の夜の生活の詳細を語るつもりはないし語らせるつもりもない。

 

 しかし三船さんが酔い潰れて寝ている状況で良かった。こんな過激な内容の妄想を聞かせたら、妄想の中だけじゃなくて現実世界の三船さんまでオーバーヒートしてしまう。

 

「………………」

 

「あら、美優さん、暑かったですか?」

 

「え?」

 

 楓の声に振り返ると、ソファーの上で寝ていた三船さんがうつ伏せになっており、顔をクッションに埋めている。そして髪の毛の隙間から見える耳がこれでもかというぐらいに真っ赤になっていた。

 

 ……どうやら最悪のタイミングで起きてしまい、先ほどの佐藤の妄想を聞かれてしまったようだ。しかもどうしてこういう話になっているのかという流れを知らないだろうから、いきなり自分と知り合いの男性がイチャついている話を聞かされるという訳の分からない状況だろう。

 

 ……俺も被害者のはずなのに、意図せずして加害者になってしまった罪悪感を覚える。

 

「あー、たのし☆」

 

 そして俺を加害者にしたてあげてくれやがった張本人であるところの佐藤は、まだまだお酒を飲みながらケラケラと笑っている。そりゃあ自分には一切なく、他の人が狼狽えている様を見るだけならば楽しいだろう。

 

 しかし、そんな佐藤の独壇場も終わりを迎えるときが来た。

 

「……それじゃあ最後は勿論」

 

「はぁとちゃんよね?」

 

「……えっ!?」

 

 目が据わった川島さんと片桐さんから向けられる視線に、佐藤の表情が固まる。

 

「ちょ、や、やだなー、はぁとはみんなのアイドルだから、熱愛は妄想でもNGなんだぞ☆」

 

「安心して、はぁとちゃん」

 

「どんなふうに妄想すればいいのかは、他でもない貴女から教わったから」

 

「げっ!?」

 

 どうやら調子に乗った結果自分の首を絞める羽目になったことに気付き、みんなのアイドルを自称しているにも関わらず随分とアイドルらしからぬ声で顔を引きつらせる佐藤。

 

「はぁとちゃんは、どんな感じが似合うかしら?」

 

「そうね……『しゅがーはぁと』って言うぐらいなんだから、これでもかっていうぐらい甘く仕上げるのはどう?」

 

「旭ぃ! この二人止めろぉ!」

 

「この二人を止めれるぐらいだったら、最初の時点でお前を止めてるに決まってるだろ」

 

 元々死に体の身だ。もうこうなったら全員道連れになるといい!

 

「ふふっ、はぁとちゃんはどんな感じになるのかしらね」

 

 そして俺の奥さんは楽しそうに笑ってないでちょっとぐらい止める素振りを見せてくれていいんじゃないかな!?

 

 

 

 

 

 

「ダーリン☆」

 

「……はぁ、なんだいハニー」

 

「最初のため息は余計だぞ☆」

 

「いや、だってなぁ……」

 

 読んでいた雑誌を閉じてパサリと机に軽く放る。

 

「……えへへっ」

 

 テーブルの向こう側では、頬杖を突いた心がこちらを見ながらだらしない笑みを浮かべていた。

 

 あまりにも幸せそうなのでそのままにしていたが、アイドルとして人にあまりお見せできそうにない表情をいつまでもし続けるのはいかがなものだろうか。

 

「なーなー旭☆」

 

「なんだ?」

 

「はぁとは、旭のなんだー?☆」

 

 それは昨日からずっと繰り返されている質問だった。何度答えても繰り返されるそれに少々辟易しているが――。

 

 

 

「俺の嫁さん」

 

「……ふ、むふふっ、そーだよなー☆ はぁとってば、もう旭のお嫁さんなんだよなぁ☆」

 

 

 

 ――答える度に見せてくれるその幸せそうな笑顔には、それ以上の価値はあると思っている。

 

「ったく、今のやり取り、これで何回目だよ」

 

「十から先は覚えてねーぞ☆」

 

「それはどっちかというと俺のセリフだ」

 

 苦笑しつつ再度ため息を吐くと、心は「だってだってー☆」とニヤついたまま腕に頬を乗せるように机に突っ伏した。

 

「……夢、だったんだぞ☆ お前のお嫁さんになるの☆」

 

「……何度も聞いたよ」

 

 何度も聞いた言葉だが、何度聞かされても顔がにやけそうになる。

 

「……あーさひ☆」

 

「なんだ?」

 

「なんでもなーい☆」

 

 元々可愛い奴だったが、結婚してデレが加速してからはさらに可愛くなった。

 

 器量良し(メチャクチャ可愛い)スタイル良し(ボンキュッボン)。性格にやや特徴的なところもあるが、それもまた可愛い。

 

 そんな美人が俺にベタ惚れで、俺の嫁。

 

 ……人生極まってるなぁ……。

 

「……ん? なんだよー☆ じっと見つめてー☆」

 

「美人で可愛い嫁さんで、俺は幸せ者だなって」

 

「えっ。……あ、ありがと」

 

 自分は恥ずかしい言葉を臆面もなく口にする癖に、いざ自分が言われる立場になると照れる様子が本当に可愛い。

 

「心」

 

「……うん」

 

 椅子を少しだけ後ろに引き、両手を広げる。それだけで俺の意図を察した心は、椅子から立ち上がりトトトッと近寄ってくると、俺の腕の中に飛び込むように膝の上に乗ってきた。

 

「……えへへ」

 

 ニヘラと笑いながら俺に向かって体重をかけてくる心。そのままギュッと彼女の体を抱き締める。

 

「……う、うりうり、どーだ☆ おっぱい当たって気持ちいーだろ☆」

 

「うん、だからもっとギュッとするぞ」

 

「……ちょ、ちょっとなら痛いぐらい強くしてもいいよ……?」

 

 お望みのままに、心を強く抱き締める。

 

「愛してるよ、心」

 

「……うん、私も愛してるよ……旭」

 

 

 

 

 

 

「これは来たわね」

 

「完璧ね」

 

「やあああぁぁぁめえええぇぇぇてえええぇぇぇ!!??」

 

 片桐さんと川島さんの口から語られた妄想の破壊力はすさまじく、普段のキャラや口調を投げ捨てた佐藤がブンブンと頭を振り回して取り乱すレベルだった。

 

 かくいう俺も相当なダメージを受けているので、恥も外聞も投げ捨てて楓の胸に顔を埋めて心の傷の回復に勤しむ。

 

 楓は「よしよし」と頭を撫でてくれているが、その手つきが若干荒いところを見ると、少しだけ嫉妬してくれているらしかった。その事実がまた俺の心を癒すのだった。

 

 

 

「よーやく落ち着いたな……」

 

「そうね」

 

 それは俺の心が、という意味ではなく、この飲み会の惨状のことである。あの後、羞恥を誤魔化すようにアルコールを加速したために全員が撃沈。美優さんもそのまま再び眠ってしまったため、生き残ったのは俺と楓だけだった。

 

「えっと……楓」

 

「なぁに?」

 

 後片付けを進めながら楓に話しかけると、彼女はいつものように可愛らしく小首を傾げた。

 

「その……片桐さんたちは色々言ってたけど――」

 

 

 

 ――俺は、楓と結婚する以外の未来は考えたことないから。

 

 

 

「……それだけ」

 

 今さら『楓が俺を疑うこと』を疑うことはないが、それでもちゃんと伝えておきたかった。

 

 神谷旭の人生には、高垣楓以外の女性と歩むという選択肢は存在しない。

 

「……旭君」

 

「ん? ……んっ」

 

 顔を上げるとすぐそこには楓の顔があり……それに反応する暇なくお互いの距離はゼロになった。

 

 これまでにも何度も経験し、しかし何度経験しても痛いぐらいに心臓が高鳴る楓との口付け。

 

 眠っているとはいえすぐ側に片桐さんたちがいるこの状況で、お互いの口の中に残っているアルコールを舐め合うように舌を絡め合う。

 

 

 

 ……例えどれだけ甘い妄想を繰り広げようとも。

 

 楓と触れ合うこの現実には、到底敵いそうにはなかった。

 

 

 

 

 

 

「……だってさ」

 

「……なんというか、それを義妹に話す辺り、楓さんって……」

 

「言うな凛……それでもあたしは義姉さんの義妹だから……」

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、なんか夢みたいだなぁ」

 

 コテンとソファーに座る俺の肩に頭を乗せながら、加蓮はそう呟いた。

 

「なにが?」

 

「この現実が。……まさか本当に私が、旭さんのお嫁さんになるなんて」

 

「……まぁ、そうだな」

 

 正直に言うと、俺も加蓮と結婚することになるなんて夢にも思っていなかった。何せ八つ年下で、妹の友人だ。今はお互いにそれなりの年齢になったからいいものの、出会った当初だったら世間的には色々とマズかっただろう。

 

「可愛いなとは思ったさ。……でも、こういう関係になるなんて考えもしなかったよ」

 

「えへへ。ってことは、私の粘り勝ちってこと?」

 

 スリスリと俺の肩に額を擦り付けてくる加蓮。

 

「……いや、俺も色々と我慢した結果だから、俺の勝ちでもあるぞ」

 

「……我慢、させちゃってた?」

 

 加蓮が上目づかいに尋ねてくる。大人の女性と呼んでも差し支えの無い年齢になった彼女ではあるものの、その仕草と瞳は出会った頃の少女のままで……少しドキリとしてしまった。

 

「そんなことない……って強がりたいところだけど」

 

「強がらなくていいのに」

 

「今更強がらないさ」

 

 加蓮の身体を抱きしめながら「こうしたいのを我慢してた」と耳元で囁く。

 

「……いいよ」

 

 加蓮の腕が俺の背中に回る。

 

 

 

「もう……我慢、しないで?」

 

 

 

 

 

 

「……なーんて。ないない」

 

「ん? 加蓮、何か言ったか?」

 

「ううん、何にも。えっと、奈緒が『お義姉ちゃん大好き』って話だっけ?」

 

「ばっ!? そ、そこまで言ってねぇよ!?」

 

「えー? 言ってるよねー?」

 

「言ってる」

 

「お前ら~!?」

 

 

 




 大方の予想通り、美優さんとしゅがはの妄想話でした。正直「素直に楓さんとやらせればよかったのでは」と思わないでもないですが、たまには……ね?

 そして大トリを飾った加蓮。時系列的に彼女はまだ自分の感情を告白していなかったからね。

 というわけで妄想話はこれで終わり。

 また来月、お会いしましょう。

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