かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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珍しく本編よりも過去のお話。


むかしばなし~恋人時代のお話~

 

 

 

「「「カンパーイ!」」」

 

 

 

 とある居酒屋の個室。三人でジョッキを軽く合わせると、そのまま口をつけて黄金色の液体を喉に流し込む。

 

「「「……ぷはぁ……!」」」

 

 半分ほど飲み干したところで、三人同時に息を吐いた。

 

「いやー! お上品に日本酒とかワインとかもいいんだけど、やっぱり一杯目は生ビールに限るわねぇ!」

 

「ふふ、早苗ちゃん、口元に泡が付いたままよ」

 

「泡……アワー……our……」

 

「楓ちゃんは一人で物思いに耽らなーい」

 

 豪快にジョッキを机に置きながら口元の泡をグイッと拭う小柄な女性と、そんな彼女を見ながら上品に笑う女性。

 

 それぞれ元警察官の片桐早苗さんと元アナウンサーの川島瑞樹さんといい、私が346プロダクションのモデル部門から転向してきたアイドル部門で仲良くなった『アイドル』だ。

 

「うーん、今日はダメですねー」

 

 泡にかけたギャグが思い浮かばず、少しだけ残念に思いながら枝豆に手を伸ばす。

 

「ホンット、まさかあのミステリアスが服着て歩いてるような楓ちゃんが、こんな居酒屋好きのオヤジギャグ好きだなんて未だに信じられないわ」

 

「人は見かけによらないものなんですよ」

 

「それ自分で言っちゃうのね」

 

 早苗さんと瑞樹さんはまるで残念なものを見るような目で見てくるが、特に気にはならないのでそのまま枝豆を口に含む。

 

「そういえば楓ちゃん、今日は結局なんだったの?」

 

「………………」

 

 早苗さんからの質問に、思わず手が止まる。

 

 ……本来ならば、今日は旭君とのデートの日だった。しかし旭君のドラマの撮影が機材トラブルにより長引いてしまったことでご破算になってしまったのだ。

 

 旭君は必死に「必ず埋め合わせはする!」と謝ってくれたし、トラブルである以上誰のせいでもないということは理解している。それでも楽しみにしていた恋人とのデートの延期は、私の腹の虫の居所が悪くなるには十分すぎる理由になった。

 

「……別に、なんでもないです」

 

「そんなふてくされた顔で『なんでもない』なんて言い訳が通用するわけないでしょー?」

 

 体ごと近くに寄ってきて顔を覗き込んでくる早苗さん。

 

「こら。言いづらいこともあるでしょうに、無理に聞き出すのはやめなさい」

 

「もしかしたら口に出したらスッキリするかもしれないじゃない」

 

 諫めようとする瑞樹さんの言葉を受け流しながら、さらに早苗さんは距離を詰めてくる。

 

 ……確かに、このモヤモヤを胸の中に留めておくよりは、吐露してしまった方がいいのかもしれない。

 

「……ちょっとだけ愚痴になってしまうかもしれませんが……」

 

「おっ?」

 

「楓ちゃん、無理しなくてもいいからね?」

 

「ありがとうございます」

 

 瑞樹さんが気を遣ってくれるが、今は早苗さんの好意に甘えることにしよう。

 

 だから私は、それを口に出した。

 

「……本当は私、今日デートの約束だったんです」

 

 

 

「「ぶふっ!?」」

 

 そうしたら、ビールが二人の口から出た。

 

 

 

「お二人とも、大丈夫ですか……?」

 

 まるで悪役プロレスターの毒霧もかくやという勢いで噴出されたそれは、その正体とは裏腹に照明によってキラキラと輝いていた。

 

「か、楓ちゃん……? 今、なんとおっしゃいましたか……?」

 

「あ、あたしたちの聞き間違いかしら……? 今『デート』って言った?」

 

 口元をお手拭きで拭いながら、二人が尋ねてくる。

 

「言いましたけど……」

 

「……あ! 分かった! あれね、ペットね!」

 

「いるわよね! ペットとのお出かけをデートって言っちゃう人!」

 

 二人揃って「いやーそういうことだったかー」と自分で納得しようとする瑞樹さんと早苗さん。

 

「普通に人間の男性ですよ」

 

「……今度こそ分かった! 従弟! もしくは甥っ子! 親戚の男の子!」

 

「どう楓ちゃん! 今度こそ当たってるでしょ!」

 

「えっと……成人男性です」

 

「「………………」」

 

 ついに押し黙ってしまった二人。そもそも何故こんななぞなぞのようなことになってしまったのか。

 

「……あれ? 私言ってませんでしたっけ? お付き合いしている男性がいるって」

 

「「聞いてないわよっ!?」」

 

 ダンッと勢い良く机を叩かれたので、思わずビクリと体が震える。

 

「えっ、えっ、ちょっと待ってちょっと待って、楓ちゃん恋人いたの!?」

 

「い、いや、別にいてもおかしくはないのよね、楓ちゃん美人だし」

 

「ありがとうございます」

 

 生ビールを飲み終えて二杯目は何にしようかとメニューを手に取るが、瑞樹さんに取り上げられてしまった。

 

「お酒……」

 

「好きなの奢ってあげるから、後にしなさい!」

 

「だ、誰!? あたしたちも知ってる人!?」

 

「もしかして同じ事務所の人だったり……?」

 

「はい、多分ご存じだと思いますよ。俳優部門の神谷旭君です」

 

「お、おぉ……意外といえば意外……!」

 

「そこそこ有名な名前が出てきたわね……!?」

 

 主演こそ少ないが、そろそろ新人俳優という肩書が抜けつつある旭君。彼の名前が売れていくことが、自分のことのように嬉しかった。

 

 ……というか、そろそろ次のお酒を頼みたいのだが。

 

「いつから付き合ってるの?」

 

「これ以上は有料コンテンツです」

 

「はいはいお酒ね、約束通り好きなの頼んでいいわよ」

 

「では森伊蔵を」

 

「躊躇も容赦もないわね……」

 

「その代わり、洗いざらい吐いてもらうわよ!」

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……」

 

 本日の仕事を終え、自室に帰ってきた俺はソファーに倒れ込みながら肺の中の空気を全て吐き出すように重いため息を吐く。

 

 まさか機材トラブルで撮影が押してしまい、デートの約束を反故にすることになるとは思っていなかった。……いや、そういう小さな可能性を危惧できなかった俺のミスだろう。

 

「……楓、怒ってるよなぁ……」

 

 電話越しに謝ると彼女は『大丈夫よ。お仕事頑張ってきてね』とは言ってくれたが、声色から察するに少しぐらい機嫌が悪くなっていたと思う。

 

 今度のデートは今回の埋め合わせも兼ねて、少々いいところにいいお酒を飲みに行くとしよう。機嫌取りの手段にお酒というのも安直だが、それで楓が素直に喜んでくれることも事実なのだ。

 

「……ん?」

 

 どこかいいお店はないかスマホを使って探そうとすると、画面が通話を知らせるものに切り替わった。そこに表示された名前はまさしくその楓のものだった。

 

 確か『今日は友だちと一緒に飲みに行きます』と言っていた気がするが……もう終わったのか?

 

「もしもし、楓? 今日はごめんな」

 

『申し訳ないけど、楓ちゃんじゃないわよ』

 

「っ!?」

 

 スマホの向こうから聞こえてきた楓のものではない女性の声に背筋が凍った。

 

 俺と楓はまだまだ新人の域を出ないとはいえ俳優とアイドル。お互いの活動に支障をきたす可能性があるからという理由で、お互いの関係はこれまでは出来るだけ隠してきたのだ。

 

 ……大丈夫、まだ名前を呼んだだけ。ここから俺と楓の関係がバレないように気を付ければいいだけだ。

 

「え、えっと、失礼ですがどちら様ですか?」

 

『楓ちゃんの同僚の川島瑞樹よ。初めまして、神谷旭君』

 

「……初めまして、川島さん」

 

 元アナウンサーという肩書を持つためにデビュー前から一定の知名度を持っているアイドル。同事務所ということもあるが、楓から「仲良くさせてもらっている」という話も何回か聞いている。

 

「それで、どうして川島さんが……高垣さんのスマホから俺に連絡を?」

 

『あぁ、もう隠さなくていいわよ? 楓ちゃんから聞いてるから』

 

 バレないように気を付けようと思った矢先にこれである。

 

 川島さん曰く、どうやら今日のデートがご破算になったことに対する愚痴を誰かに聞いてもらいたかったらしく、思わず川島さん(ともう一人いるらしい友人)に話してしまったとのこと。

 

「楓ぇ……」

 

『根掘り葉掘り聞き出そうとした私たちにも勿論非はあると思うけど、思わず話しちゃうぐらいショックを受けてた楓ちゃんに対するフォローは忘れちゃダメよ?』

 

「はい……」

 

 それはそうと、結局何故川島さんが俺に連絡を入れてきたのだろうか。

 

『そうそう、本題を忘れてた。ちょっと神谷君に楓ちゃんを迎えに来てほしいのよ』

 

「迎え?」

 

『……彼女、今まで秘密にしてた分を全部吐き出すんじゃないかってぐらい盛大に貴方とのことを惚気てくれたんだけど、吐き出した分だけお酒が進んじゃって、もうベロンベロン』

 

 タクシーで送ろうにも楓の家の住所が分からないため、恋人である俺に連絡を寄越したということらしい。

 

『というわけで、居酒屋「しんでれら」っていうところなんだけど、お迎えお願いしてもいいかしら?』

 

「……はぁ、分かりました、すぐ行きます」

 

 最後に「お手数をおかけします」と一言謝ってから通話を終了した。

 

「……全く」

 

 いきなり秘密がバレてどうなることかと思ったが、相手は楓と同じアイドルの身。ちゃんとお願いすれば俺と楓の関係は黙っておいてくれる……と信じたい。

 

(……けどまぁ)

 

 秘密に口を閉ざし続けるというのはそれなりにストレスになる。その捌け口が見つかったというのであれば、きっとそれは悪いことではないのだろう。

 

 先ほど帰ってきたばかりで着替えもしていなかったため、特に準備をする必要はなかった。ソファーから身を起こし、机の上の車のカギを持ち上げると部屋の入口へ向かう。

 

「……今後は、こういう風に迎えを頼まれることが増えそうだな」

 

 それはそれで役得だったりするのだが。

 

 苦笑交じりのため息をもう一度吐きつつ、俺は部屋の鍵を閉めた。

 

 

 

 こういった小さなハプニングはあるが……楓との交際は、順調である。

 

 

 




 やや短めですが、恋人時代の一場面。初めて川島片桐コンビが旭の存在を知ったときの話です。

 ネタ切れ気味だったのですが、今後はこういうお話を増やそうかと。

 ただたまには椛ちゃんと月ちゃんも出してあげなければ……。
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