かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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遅ればせながら、あけましておめでとうございます。


神谷家の元旦

 

 

 

「新年明けまして」

 

 

 

『おめでとうございます』

 

 

 

「ござーます」

 

 カーペットの上で正座をしてしっかりと頭を下げる俺たちの真似をして、ペタンと女の子座りをした月がペコリと頭を下げる。

 

「あああおめでとうなあああぁぁぁ月えええぇぇぇ!」

 

「むぎゅ」

 

 そんな月の愛らしい仕草に感極まったらしい奈緒が早速抱き付いていたが、胸を顔に押し付けられて月は鬱陶しそうに身を捩っていた。

 

「ったく、こいつは」

 

 既に恒例となっているため突っ込むことすらしていないが、本当いつまでこいつは我が家で年末年始を過ごすつもりなのだろうか。所帯を持っている俺はともかく、仕事で忙しくないのであれば実家に帰るなり、芸能人らしくハワイへ行くなりすればいいものの。

 

「楓さん、お屠蘇(とそ)の準備ってこれでいいですかー?」

 

 それ以上に、本当に加蓮ちゃんはここにいていいのか。

 

 朝の準備をしている楓の手伝いをしてくれるのはいいのだけど、率先してお酒の用意をする辺りが本当にもう……あの可愛かった加蓮ちゃんがどうしてこんな飲酒系残念美人になってしまったのか……。ウチの嫁がその一端を担っているような気がして、何故か親御さんに対して大変申し訳なくなってくる……。

 

「旭さん、今私のこと『可愛い』とか『美人』とか言いませんでした?」

 

「調子に乗るな酔っ払い」

 

「新年早々辛辣じゃないですか!? そもそもまだ飲んでない……あれ? 否定はされていない……?」

 

「楓、何か手伝うことあるか?」

 

「こっちは椛ちゃんがお手伝いしてくれてるから大丈夫よ」

 

「お父さんは座っててー」

 

 それはそれで寂しいものがあるが、下手に邪魔なことをするぐらいならば大人しくしておくことにしよう。

 

「………………」

 

 そう思ってテーブルに着くと、目の前の席にはニコニコと笑顔の加蓮ちゃんが屠蘇器(とそき)を手にスタンバイしていた。

 

「はーい旭さん、お酌しますよー」

 

「新年のお屠蘇は楓に注いでもらうって決めてるから遠慮しとく」

 

「えー? それじゃあ逆にお酌してもらうっていうのは……」

 

「逆もまた然り。ほら、もうちょっとなんだから我慢しなさい」

 

「はーい……」

 

 渋々といった様子で加蓮ちゃんは屠蘇器を机に置いた。

 

 やがて楓と椛の手によって机にはお節料理が並べられ、月を愛でていた奈緒と奈緒に愛でられていた月もテーブルへとやって来た。

 

「はい、それじゃあいただきます」

 

『いただきまーす!』

 

 机に揃って全員で手を合わせる。例え元旦であろうとも、朝のこの光景だけは変わらなかった。

 

「はい旭君」

 

「ありがとう、楓」

 

 美味しそうに黒豆や伊達巻を食べる椛と月を微笑ましく眺めながら、朱塗りの盃で楓からのお酌を受ける。

 

「はい、楓も」

 

「ありがとう、旭君」

 

「はっはっは、こやつめ」

 

 楓の手からコップを取り上げて俺の盃と同じものを持たせ、そこにお屠蘇を注ぐ。

 

「旭君のいけず」

 

「このあと初詣にも行くんだから控えなさい」

 

「はーい」

 

 返事はいいが、目を離すとコップと変わらない量を飲みそうなので注意しなければ。

 

「奈緒と加蓮ちゃんはいいか?」

 

「月から注いでもらったから大丈夫だぞ」

 

「私は椛ちゃんからー!」

 

 なにそれズルい。

 

「旭君、ここは私たちも椛ちゃんと月ちゃんに注いでもらうために二杯目三杯目を飲むべきだと思うの」

 

「おおっと! この二人から注いでもらいたかったら、私と奈緒からのお屠蘇を飲んだ後にしてもらいましょうか!」

 

「なんてことでしょう、旭君。これは最低でも五杯は飲まないといけません」

 

 お前たち、いつの間にか打ち合わせでもしたの?

 

 

 

「ご馳走様でした」

 

「でしたー」

 

「ん、二人ともご馳走様か。それじゃあ……はい! お年玉だ!」

 

 奈緒はお酒が入ってやや赤くなった顔をホニャリと緩めながら、椛と月へポチ袋を手渡した。

 

「ありがとう、奈緒ちゃん!」

 

「あがとー」

 

「へへっ、どういたしまして」

 

「椛ちゃーん、月ちゃーん、私からもお年玉あげるねー!」

 

「加蓮ちゃんもありがとう!」

 

「あがとー」

 

 加蓮ちゃんからもお年玉を貰い満面の笑みの椛。月はまだよく分かってなさそうではあるが、お姉ちゃんと同じものを貰ってご満悦である。

 

「毎年ありがとうな、二人とも」

 

「あたしがあげたいからあげてるだけだって」

 

「私もでーす」

 

「月ちゃんのはママが預かっておくわね?」

 

「はい」

 

 二人から貰ったポチ袋を月から受け取る楓。流石に一歳三ヶ月子にお金の管理は出来ないため当然である。

 

「椛ちゃんは?」

 

「うん、通帳に入れておいて」

 

 そして完璧に金銭管理が出来てしまっている八歳の椛も、大金を手元に置いておくような真似をせずに母親へと預けるのだった。椛はどれぐらいの金額を何に使いたいのか明確に申告してくるため、必要な分を彼女のために作ってあげた口座から引き下ろして渡す、という形にしている。

 

 ……高学年に上がる頃には、その通帳と口座のカードも自身で管理させてもいいかもしれない。親の贔屓目を抜きにしても、ここまでしっかりと自制できている子に親の管理は必要ないと思う。

 

「……ところで奈緒、お前何円包んだんだ?」

 

「二万」

 

「……絶妙な多さ……!」

 

 一万円を越えつつも三万円を超えないという絶妙な金額。小学生には十分過ぎるほど多い金額である。

 

「椛と月にお年玉やお小遣いを上げるのが、今のあたしの生きがいだから……」

 

「お前の人生それでいいのか……?」

 

 到底二十七歳のセリフには思えなかった。

 

「将来的に自分の子どもが生まれたらどうするんだよ」

 

「だから別腹って言ってるだろ」

 

 だからその言葉は正しい用法じゃないと……。

 

「えっと……奈緒ちゃん? お年玉貰えるのは嬉しいけど、無理しなくて大丈夫だからね?」

 

 とうとう椛にまで心配される始末。

 

「いーや! なにがあろうと、あたしは椛と月にお年玉をあげ続けるからな!」

 

「お前さぁ……」

 

 新年早々一発目の力強い宣言がそれなのは、奈緒らしいといえば奈緒らしいが。

 

「さっすが奈緒、ブレないね~」

 

「加蓮ちゃん、空いてるわよ~」

 

「ありがとうございま~す!」

 

「ふふっ、お屠蘇が(おとそ)かになっちゃったわね~」

 

「お前らもなぁ!」

 

 それ一体何杯目……なに屠蘇器からじゃなくて一升瓶から注いでんだぁ!?

 

 

 

「うーん、貰えるのは嬉しいんだけど……なんか大人になっても貰いそうだなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 神谷家の元旦は、毎年ウチで過ごすのが恒例である。勿論仕事が忙しくて集まれないこともあるけど、今年も無事にウチで過ごすことが出来た。

 

「あけましておめでとう! はい、月、お年玉だ!」

 

「……ありがとうございます」

 

「おう!」

 

 やや恥ずかしそうに奈緒さんからポチ袋を受け取る月。本当は私みたいに奈緒さんのことが大好きなのに、思春期なのかそれを隠そうとしていて隠しきれていない。うーん、私の妹は可愛いなぁ。

 

「はい、そんでこれ椛の分のお年玉な!」

 

 そんな妹の可愛さを堪能していると、クルリと身体をこちらに向けた奈緒さんが私にもポチ袋を差し出して来た。

 

「………………」

 

「ん? どうした?」

 

「あ、いや、その……」

 

 軽くこめかみを人差し指で揉みながら言葉を選ぶ。

 

「えっと……奈緒さん?」

 

「おう」

 

「私、何歳だと思います?」

 

「? 二十四だろ?」

 

「はい、そうです、二十四なんです」

 

 アイドルとしてデビューし、お仕事にギャランティーが発生するようになってから既に十年を超えている。勿論芸能界という広い世界においてはまだまだ若輩者であることは自覚しているが、既に事務所の後輩へお年玉をあげる立場だ。

 

「毎年のことなんですけど、流石にこの年になってお年玉を貰うのは気が引けるんですけど……」

 

 気が引けると同時に、月やアヤちゃんたちと一緒にお年玉を貰っているのが恥ずかしいというか……。

 

「いいんだよ、あたしがあげたいんだから」

 

 既にこのやり取りも何度も行われており、ある意味我が神谷家の元旦の恒例行事になりつつある。

 

「……お父さーん、お母さーん」

 

「誰も損してないんだし、貰っとけ」

 

「毎年ありがとうね、奈緒ちゃん」

 

「いえ、こっちこそ毎年恵理にありがとうございます」

 

 両親に助けを求めるが、お父さんはお母さんからのお酌でお屠蘇を飲んでいて全くこちらに関心を向けていなかった。私もお母さんのお酌で飲みたいのにー!

 

「まぁまぁ、椛」

 

「イヤでもいつかは貰えなくなっちゃうんだからさ」

 

「そのいつかが全然来ないから困ってるんですけど……と言いながら、凛さんと加蓮さんまで!?」

 

 ポンッと私の肩に手を置きながら諭してくれるのかと思いきや、さりげなく二人からもポチ袋を渡されてしまった。

 

「これはこれで面白いネタになるんじゃないか? 『トップアイドルの神谷椛、二十四になってもまだお年玉を貰っている』って」

 

「絶対にやだー!?」

 

 うぅ……私もう大人なのに……。

 

「……確かに、椛ちゃんはもう立派な大人よ。自分のことは自分で出来るし、トップアイドルとしていつも頑張ってる」

 

 ガックリと肩を落としていると、お母さんが「でもね」と言いながら私をギュッと抱き寄せた。

 

「今こうして、貴女を抱きしめることが出来る間は『私たちの子ども』として可愛がらせて」

 

 そんなことを言われてしまったら、私だって甘えざるを得ない。いや、私だって本当は甘えたい。

 

「………………」

 

 月たちの前で恥ずかしいと思いつつも、お母さんに抱きしめられたままお父さんに向かって手を伸ばす。

 

「ん? ……はいはい」

 

 苦笑しつつこっちに来てくれたお父さんが、お母さんごと私を抱きしめる。

 

 

 

 私、神谷椛の目下の悩みは、大好きな人たちが私を甘やかしすぎること。

 

 全くもって、贅沢すぎる悩みである。

 

 

 

 

 

 

「ホント、母さんってば椛さんと月さんのこと大好きだよなー」

 

「恵理と一緒」

 

「は、はぁ!? 何言ってんだよ綾香! べ、別にアタシは、その……」

 

「好きじゃないの?」

 

「……好きだけど」

 

 

 




 なにげに初となるお正月のお話。大体更新日の14日に合わせて時系列を合わせてるから……。

 楓さんとのイチャイチャを抑えつつ、主に椛と月メインのお話でした。

 恵理ちゃんと綾香ちゃんについては第三部13歳のお話を参照。



 というわけで変わらずぐだぐだとやっていきます。

 今年もどうかよろしくお願いします。

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