かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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今月も変わらずイチャついていきます。


神谷家のホワイトデー

 

 

 

『ユエー! 今晩、みんなで御飯食べないー!?』

 

「……急に何かと思ったら」

 

 土曜日の昼下がり。自室で課題を消化していると友人から電話がかかってきた。

 

「休校で一応外出自粛中だって分かってる?」

 

 世間では新型のウイルスが流行っている影響で全国の学校が休校になっており、私の通う高校も例外ではなかった。今日は土曜日なのであまり関係ないが、最近はずっと家で課題を消化したりお姉ちゃんやお母さんのライブや、お父さんの映画のDVDを観て過ごしている。

 

『そんなつまんないこと言わないでさー! ほらほら、みんなくるって言ってるよー?』

 

 そのみんなというのが果たして何人のことを言っているのかは定かではないが、例えどんなメンバーが来ようとも私の答えは決まっていた。

 

「私はパス」

 

『えー!? なんでー!?』

 

 クルクルと指先でシャーペンを回しながら返答すると、スマホの向こうからは不服そうな友人の声が聞こえてきた。

 

「うちの用事があるから」

 

『うちの? ……あー、なるほどね、そりゃ無理だ。これは私たちが束になっても敵わないわ』

 

「なに言ってんのさ」

 

『ちなみにどんな用事か聞いてみてもいい?』

 

「別に大したことじゃないよ。みんなで一緒にご飯食べるだけだから」

 

『……うーん、ユエの家族のことを考えるとそれだけでも重大イベントかもしれないけど……』

 

「ホワイトデーのお返しってことで、お父さんが私とお母さんとお姉ちゃんに料理を作ってくれるんだ」

 

『めっちゃ重大イベントだった!』

 

 スマホの向こうで鼻息を荒くしている友人に、見えていないことをいいことに全力のドヤ顔を浮かべる。

 

 そう、そうなのだ。パパの手料理である。基本的にウチはほぼ専業主婦のママが料理をするため、こうしてパパが台所に立つことは滅多にない。そんなパパが私たちのために料理を作ってくれるのだ。私たちの! ために!

 

『そーいうことなら素直に引き下がるよ。男子たちは残念がるだろうけど』

 

 どうやらみんなの中に男子が含まれていたようだが、別に関係のない話だった。

 

『それじゃあね、ユエ。お父さんの料理、食べ過ぎないようにねー』

 

「なにそれ……うん、じゃあね」

 

 通話を終了し、スマホを机に置く。……それと同時にシャーペンも机に置く。

 

「……()()()()……!」

 

 私はその一言で、大事なことに気付かされた。

 

 

 

(パパが折角料理を作ってくれるっていうのに……私は何もせずにそれをただ享受するだけでいいの!?)

 

 

 

 最近は外出を自粛していたため若干の運動不足感が否めない。ママの血のおかげか、生まれてこの方体重や体型に難儀したことはない。しかし、こんな到底万全とは呼べない状況でパパが作ってくれる料理を食べていいものだろうか。

 

 確かにパパがこの先二度と料理を作ってくれないというわけではないだろうし、滅多に台所に立たないというだけで今までだって食べたことがある。

 

 それでも! パパが! 手料理を! 私たちのために! 作ってくれるのであれば、万全な状態でそれを食べるのが私の義務ではないだろうか!?

 

「……よしっ!」

 

 そうと決まれば早速行動あるのみ。私は課題の問題集を閉じると、クローゼットへと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 今日はホワイトデー。バレンタインに事務所で貰った義理チョコのお返しを午前中に済ませてきた俺は、お昼に夕飯の買い物を終えて帰宅した。

 

 今日は楓と椛と月の三人にバレンタインのお返しとして、俺が夕飯を振る舞うことになっていた。別段得意と胸を張るほどの腕前ではないが、これでも楓と同棲を始める前は五年以上自炊をしていた身だ。人に振る舞って恥ずかしくないぐらいの料理は……一応出来ると信じたい。最近あんまりやってなかったからなぁ……。

 

「なにか手伝うことがあったら言ってね?」

 

「いや、それだとお返しの意味がないじゃないか……」

 

 リビングのテーブルに肘を突き両頬を手のひらで押さえながらニコニコ笑顔の楓。二人でキッチンに立つのも悪くはないが、今回はお返しを優先させてもらおう。

 

「……あら? どうしたの、月ちゃん」

 

 さて下準備を始めようかとキッチンの流しで手を洗っていると、リビングに月が入ってきた。今日土曜日で休日で、そもそも休校なので彼女が昼間から家にいること自体は何もおかしくない。しかし、珍しくジャージ姿だった。

 

「えっと……ちょっと走ってこようかと」

 

「急だな」

 

「ホワイトデーに、どうして(ホワイ)今日(トゥデー)なの?」

 

「……外出自粛中で、最近体が鈍ってたから」

 

 ツイッと視線を外されたが、多分思春期特有のアレだろう。少々心にクるが、それでも月はいい子だということを理解しているのでこれぐらいならば耐えられる。

 

(っかぁ~エプロン姿のパパカッコいい~!)

 

「あんまり無理はしちゃダメよー?」

 

「うん、行ってきます」

 

 ヒラヒラと手を振る楓に見送られ、月は走りに行ってしまった。

 

「……よし」

 

 しっかりと手を洗い、早速料理に取り掛かることにしよう。

 

「ただいまー」

 

 というタイミングで今度は仕事を終えて帰ってきた椛がリビングに入ってきた。今日はホワイトデーということでバレンタインほどの仕事は少なかったらしく、彼女も午後からはオフとなっている。人気絶頂のトップアイドルとはいえ、こうしたオフはしっかりと貰えているようだ。

 

「さっき走りに行くっていう月とすれ違ったんだけど、いきなりどうしたんだろうね?」

 

「月ちゃんは『体が鈍ってるから』って言ってたけど」

 

「ふーん……まぁ、月も休校の上に外出自粛で運動不足だろうし、たまには体を動かしたいときもあるよね」

 

 椛は「私も一緒に走ってこよっかなー?」と言いつつ、上着を脱いでソファーに腰を下ろしたところを見ると実際に走ってくるつもりはないようだ。彼女の場合、トップアイドルとしてのステージやレッスンで普段から散々体を動かしているから、今更運動不足なんて無縁の存在だろう。基本的にダンスが激しくない楓ですら、現役時代は相当な運動量だったのだから。

 

「……それは夜の運動とかそういうオチ?」

 

「いくらお前が二十四になったからとはいえ、娘相手にそんな下ネタを言うつもりはないぞ」

 

 誰だ椛にそんな知識を仕込んだ奴は……!? 今更生娘扱いするつもりはないが、それでも出来れば自分の娘とこんな会話をしたくなかった……。

 

「まぁ冗談はさておき。確かに『Nocturne』とか『Max beat』とかのダンスは結構激しかったよね」

 

 目にも止まらぬ素早さでスマホを操作し、楓の過去のライブ映像を再生する椛。楓の動画を再生する動きは最早洗練されたものである。

 

 それはさておき、椛のスマホには鷹富士茄子、二宮飛鳥、大和亜紀、松永涼といった懐かしいメンツと共に『Max beat』の激しいダンスを踊る楓の姿が映っており、珍しいホットパンツの衣装から覗く白い太ももが眩しかった。

 

(チラッ)

 

 そしてそんな俺の視線に目敏く気付く辺り、俺のことをよく分かっている楓。そして自分のスカートを少し捲り上げて太ももを見せつけてくる辺り、本当に俺のことをよく分かっている楓。流石俺の嫁。正真正銘俺の妻。

 

(相変わらず仲いいなー)

 

 

 

 

 

 

(……なんか、走っている場合じゃないぐらい惜しい場面を見逃した気がする……)

 

 

 

 

 

 

 さて、若い楓の可愛い姿も今の楓の艶やかな姿も堪能できたところで、そろそろ料理の方を始めていくことにしよう。

 

 折角なので出来るだけ手の込んだ料理で、それにみんなが好きなメニューということでグラタンを作ろうと思う。

 

「お父さん、難易度高くない?」

 

「今はネットで調べるっていう便利な方法があるから」

 

 堅実に作るつもりなので、失敗することはないだろう。

 

「それにしても、ホワイトデーのお返しかー」

 

 玉ねぎや鶏肉といった材料を切る俺の手元を覗き込む椛。

 

「ねぇお母さん。これまでお父さんから貰ったホワイトデーのお返しの中で、一番思い出に残ってるものってなに?」

 

「え? ……そうねぇ」

 

 うーんと人差し指を顎に当てて考える楓。

 

 俺も手元を動かしながら、楓の反応が一番良かったのはどれだったかと思い返してみるが、これといって一際大喜びしてくれたものはあっただろうか。

 

 そんなことを考えていると、楓は俺をチラリと一瞥してからクスリと笑った。

 

「勿論、お父さんから貰ったものは全部嬉しかったわ。でも……そうね、その中で一番の思い出は――」

 

 

 

 

 

 

「……すぅ……はぁ……」

 

 二度三度と深呼吸を繰り返す。舞台や撮影で緊張には慣れたつもりだったが、こういう種類の緊張には生憎縁のない人生を送ってきてしまったが故に全く慣れていない。けれど、ここで足踏みをしていてもどうにもならない。

 

 ……彼女も、こんな緊張を乗り越えてくれたのだろうか。だとしたら、今度は俺も勇気を出す番だ。

 

「……よし」

 

 呼吸を整え、先ほどからカフェテラスでカップを傾けている彼女の元へと向かう。

 

「……高垣さん、お疲れ様です」

 

「っ」

 

 俺が話しかけると、高垣さんはビクリと肩を震わせた。

 

「……お、お疲れ様です、神谷さん」

 

 そしてカップをソーサーに戻しつつ振り返る高垣さん。一瞬カップの着地点を見誤ったところとか、少しだけ声が上ずっているところとか、そんな小さなことがとても可愛らしく見えて余計に心臓がキュッとなったような気がした。

 

「ご一緒しても?」

 

「……えぇ、どうぞ」

 

 ニコリと笑いつつ対面の席を勧めてくれたので、内心でガッツポーズを決めつつ「ありがとうございます」と席に着く。

 

「……先日は、チョコレートをありがとうございました」

 

「いえ、()がどうしても()()たかったものでしたから」

 

 ダジャレで返ってきて若干怯んでしまったが、こうして席に着いた以上止まるわけにはいかない。

 

「……その、ですね」

 

 だから、俺は一歩前に進みたい。

 

「今日はホワイトデーなので、高垣さんにバレンタインのお返しをしたいと思いまして」

 

「……はい」

 

 

 

「……今晩、二人で食事なんてどうでしょうか」

 

 

 

「……えっと、ですね」

 

「はい」

 

「実は、その……今日は片桐さんたちと……」

 

「ホントすみませんでした出直します」

 

「あぁ!? ま、待ってください!」

 

 なんかもう穴に埋まって消え去りたいようなやらかし具合に一刻も早く高垣さんの視界から消えてなくなりたかったが、腕を高垣さんに掴まれてしまった。

 

「こ、断りますから!」

 

「はい断ってくださって結構ですそれじゃあ俺はこれで」

 

「そ、そうじゃなくて!」

 

 さらにグイッと俺の腕を抱くように強く引っ張られ、思わずたたらを踏んでしまった。

 

「か、片桐さんたちとの約束を断ります!」

 

「……え」

 

 高垣さんのその発言に耳を疑い――。

 

「……え、えっと……」

 

「っ!?」

 

 ――肘に当たっていた柔らかさに気を取られ、さらにそれに気付いた高垣さんが赤くなって離れたことで気を失いそうになった。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「え、いや、寧ろ俺がごめんなさい……」

 

 やばい、まるで青春の一ページみたいなやり取りに俺の心臓が持たない。

 

「……その、移動しませんか? これ以上ここにいると、騒ぎになっちゃいそうですし……」

 

「そ、そうですね」

 

 幸い、俺たちのやり取りを見ている人はいなかったようだ。お互いに芸能人の身ゆえに、もうちょっと考えて行動するべきだったと反省する。

 

「そこでその……詳しい話を聞かせてください」

 

「……えっと、それは、その……」

 

 

 

「……お食事、何処へ連れていってくださるんですか?」

 

 

 

 

 

 

「……っていうのが、一番の思い出かしら」

 

「へぇ~へぇぇぇ~へえええぇぇぇ~!」

 

 楽しそうに笑う楓と、興味津々で目を輝かせる椛。

 

 こんな話を目の前でされている状態で、果たして俺は無事に料理を完成させることが出来るのだろうか……。

 

 

 

 

 

 

(あぁ!? 今本当に聞き逃しちゃいけない話を聞き逃した気がする!? うわ~ん! パパ~! ママ~! お姉ちゃ~ん! 何話してるの~!?)

 

 

 




 見た目は高垣楓。雰囲気は渋谷凛。中身は松田亜利沙。それが神谷月という少女。

 まさか椛以上にキャラが濃くなるとは思わなかった。

 そして初々しい旭と楓さん書くの楽しい……もっと……ネタ……。

 というか、あと三回書いたらまた一年なのか……。
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