かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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流行に乗るスタイル。


かみやけチャンネル!

 

 

 

「「「346チャンネル! in 神谷家ー!」」」

 

 

 

 ――始まった!

 ――ついにきた!

 ――このときを待っていたんだ!

 

 

 

 カメラに向かって楓と椛の三人でタイトルコールをすると、画面には視聴者からのコメントが矢継ぎ早に流れていく。開始して三十秒と経っていないが、既に視聴者数は五千を越えていた。お昼の三時とはいえ、凄い人数である。

 

「わ、すごい沢山」

 

「本当に凄いな……」

 

「皆さーん、見えてますかー?」

 

 増え続ける視聴者数とコメント数に驚く椛と俺に反し、楓はマイペースにニコニコと笑いながらカメラに向かって手を振っていた。

 

 

 

 ――楓さん!相変わらずお美しい!

 ――旭さんも手を振って!

 ――椛ちゃん可愛い!

 

 

 

「ほら旭君、リクエストされてるわよ」

 

「はいはい」

 

「みんなありがとー!」

 

 楓に促されて俺も一緒に手を振り、褒められて嬉しい椛もニコニコと手を振る。

 

 

 

 さて、そろそろどうしてこんなことになっているのかという説明をすることにしよう。

 

 というのも、流行の新型ウイルスの煽りを受けて世間では自宅での自粛が推奨されている。学校が休校になったり様々な施設が休止したり、一部の企業では休業や自宅でのテレワークへの業務を変更したり。

 

 我らが346プロダクションでもライブの延期や撮影の中止など様々な影響を受けており、俳優やアイドルたちだけでなくファンのみんなにも残念なことばかりである。

 

 そんな中、346プロダクションでは事務所の動画チャンネルでアイドルや俳優たちが日替わりで生放送をするという企画が行われていた。とある俳優は独自の筋トレ方法を公開したり、とあるアイドルはオススメのお酒を紹介したり。……いやまぁ、本当に今更ではあるんだけど、どうして加蓮ちゃんはこうなっちゃったの……昔の君だったらオススメのネイルコスメとか紹介してたでしょ……。

 

 そして今日、ついに我らが神谷家にも生放送企画の順番が回ってきたというわけだ。普通ならば『神谷旭』と『神谷椛』の二人に分けて放送するべきなのだろうが、一緒に暮らしているのにわざわざ分ける必要もないだろうというプロデューサーたちからのお達しによりこのような形になった。

 

 そして神谷家で放送するのだからという理由で、今では芸能界から引退した楓もついでに登場することになり、その旨をあらかじめ告知しておいたのだが……。

 

「その結果がこれか」

 

「流石お母さん!」

 

「うふふっ、みんなに忘れられてないか心配だったけど……ホットしたから、ホットコーヒーでも飲みたいわぁ」

 

 

 

 ――久々に出た!

 ――よっ! 高垣屋!

 ――実 家 の よ う な 安 心 感

 ――実際に実家

 ――むしろ私の実家

 

 

 

 楓のダジャレに盛り上がるコメントたち。久しぶりに公の場に出たということで、これを期待していた楓のファンの大勢いることだろう。

 

「さて自己紹介は不要だとは思うが、冒頭ということで一応。346プロダクション俳優部門所属、神谷旭です」

 

「その妻で元アイドルの高垣楓、改め神谷楓でーす」

 

「そんな二人の間に生まれたのがこの私! 346プロダクションアイドル部門所属、神谷家長女の神谷椛でーす!」

 

 三人で自己紹介をすると、コメント欄に『888888』と拍手のコメントが流れていく。

 

「この生放送を観に来ているというのに俺たちを知らないという人もいないだろうけどな」

 

「旭君と椛ちゃんはともかく、私を知らない人はいるんじゃないかしら?」

 

「「それはない」」

 

 

 

 ――それはない

 ――それはない

 ――それはない

 

 

 

 俺と椛の他、コメント欄でも異口同音になっていた。

 

「でも引退して長いし……」

 

「お前マジか……?」

 

「未だにウチの事務所の一角に写真パネル飾られているというのに、自覚がない……?」

 

 パチクリと意外そうな表情をする楓に椛と二人で静かに戦慄する。昔から自分の人気に無頓着なところはあったが、こうして第一線を退いてからはそれに拍車がかかっている気がする。

 

「視聴者さんたち、この俺の美人な奥さんに分からせてやって」

 

「うん、私の美人のお母さんに自分の人気を教えてあげて」

 

 

 

 ――デビュー当時から楓さんのファンです!

 ――生まれた時から好きでした!

 ――物心ついた頃には既に引退しちゃってたけど、好きです!

 

 

 

「……うふふっ、そう言ってもらえると少し恥ずかしいけど、嬉しいわ」

 

 恥ずかしそうに頬を染める楓に、さらにコメント欄の盛り上がりが加速する。

 

 

 

 ――美しい上に可愛いとか反則じゃね?

 ――あああその表情大好き!

 ――それよりもナチュラルに惚気られた件について

 ――椛ちゃんも相変わらずお母さん大好きだなー

 

 

 

「俺の奥さん自慢して何が悪い」

 

「お母さん大好きだよー! 勿論お父さんも妹も、みんな大好き!」

 

 

 

 ――ところで、何処から配信を?

 ――もしかして自宅?

 ――なんか見覚えがある場所

 

 

 

「そうですよー」

 

「遅くなったけど、私たちの自宅から配信中でーす」

 

 奥が見えるように少しだけ体をズラす。勿論俺たちも例に漏れず自粛中なので、外部スタジオなどは利用せずに自宅のリビングで放送中だ。

 

 

 

 ――ということは、噂の妹ちゃんもいるの?

 ――もみもみ似と噂の妹

 ――妹ちゃーん、出ておいでー

 

 

 

「勿論いるけど、残念ながら出演予定はないぞ」

 

 当然自粛中の自宅なので月もいるのだが、彼女は芸能人ではないので申し訳ないが自室にいてもらっている。

 

 

 

 ――流石に無理か

 ――素人さんだからね

 ――芸能人一家唯一の素人さんか

 

 

 

「あの子も昔はアイドルに興味あったんだけどねー」

 

 (ははおや)との共演と同じぐらい(いもうと)との共演にも夢見ていた椛が不服そうに頬を膨らませる。

 

「今でもアイドル自体には興味あると思うが、自分がなりたいとかそういうのはないんだろうな」

 

「でも二十歳を過ぎてから急にアイドルを目指す場合だってあるわよ?」

 

「うーん、確かにそれぐらいの年齢になってから急にアイドルを志すっていうのは、346にとっちゃある種の伝統芸能みたいなところがあるからなぁ……」

 

 などと今ここにいない神谷家次女の話で盛り上がっていては生放送の時間が終わってしまうので、そろそろ今日の放送内容に触れることにしよう。

 

「今日も他のみんなの配信と同じように一時間を予定してます」

 

「内容としては俺の童話朗読」

 

「私、神谷椛のアイドルトーク!」

 

「三人で振り返る『神谷家の思い出』の三部構成になってまーす」

 

 

 

 ――旭さんの朗読キタコレ!

 ――これを期待して観に来た!

 ――おおぅ、もみもみのアイドル語りか……

 ――これはディープな内容になりそうだ……

 ――神谷家の思い出!?

 ――これは若かりし頃の楓さんや、幼い頃のもみもみが見れる!?

 

 

 

 放送内容は告知してなかったが、コメントの反応は上々のようである。

 

「さて、時間がないから早速始めようか」

 

 オープニングトークで十分近く使ってるから、さくさく進めていこう。

 

「まずは、神谷旭による『童話朗読』でーす!」

 

「お父さんの読み聞かせ大好きー!」

 

 ソファーとカメラの配置を変えて、ソファーに座る俺の前に楓と椛が映るような構図にする。視聴者たちと一緒に二人にも読み聞かせるという形だ。

 

「………………」

 

「ん?」

 

 なにやら視線を感じて顔を上げると、リビングのドアから月が顔を半分覗かせていた。角度的にはカメラには映っていないだろう。

 

「あら月ちゃん」

 

「あっ! もしかして月も聞きたくなった?」

 

 楓と椛も月に気付いて声をかけると、椛の問いかけに月は少々恥ずかしそうにしながらも無言のままコクリと頷いた。

 

 

 

 ――ゆえ?

 ――もしかして妹ちゃんきた?

 ――妹ちゃんきたー!

 

 

 

「どうやら私の可愛い妹もお父さんの読み聞かせを聞きたくなっちゃったそうなので、画面外で参加になります」

 

「ほら月ちゃん、こっちいらっしゃい」

 

 楓が自分の横のカメラに映らない部分をポンポンと叩くと、月は無言のままやって来てポスンと腰を下ろした。

 

「さて、それじゃあ観客が一人増えたところで始めていこうか」

 

 今日のために用意しておいた絵本を取り出して膝の上に置く。

 

 いつも楓や椛や月に読み聞かせているときと同じように。作者の気持ちを理解するなんて崇高なことは出来ないが、それでも『聴いてくれる人が何かを感じ取ってくれる』ことを想いながら。

 

「『むかしむかし、あるところに――』」

 

 

 

 

 

 

「――『Trinity Field』もいいんだけど、私の一推しはやっぱり『Trancing Pulse』なんだよね! 実は奈緒さんたち三人がユニットを組むまでにも色んなことがあって、その経緯を経てからのこの曲だから、それを知ってから聞くとまた印象が変わってきて……よっし! プロデューサーからの使用許可取れたから、ちょっと流されてもらうよー! ほらみんなちゃんと聞いてね! 『Triad Primus』神谷奈緒・北条加蓮・渋谷凛の三人による『Trancing Pulse』!」

 

 俺の読み聞かせが終わって椛にバトンタッチした途端、彼女のマニアックなアイドルトークが始まった。

 

 現在のアイドル事情ではなく、346黄金期のアイドルの話をしだすところが本当にアイドルヲタクとしての面目躍如といったところか。わざわざ事務所の許可を取ってまで楽曲使用する辺りガチである。

 

 椛が一人でトークをしている間、俺と楓はカメラが映っていないところに移動して小休止中。月も読み聞かせが終わっても部屋に戻らず、同じくカメラの映っていないところに座って椛の話を聞いていた。

 

「ふふふーん」

 

 その一方で、楓はスマホの写真をスワイプしながら楽しそうに鼻歌を歌っていた。

 

「楽しそうだな」

 

「どの写真を紹介しようか悩んじゃって」

 

 楓の隣に座って彼女の手元を覗き込む。椛が幼い頃の写真のようだ。

 

「これとかどうかしら? みんなでプールに行ったときの写真」

 

「それはどちらかというとお前のファンが喜びそうな写真だな」

 

 確か椛がまだ二歳の頃、事務所とのタイアップ企画で遊びに行った屋内プールで撮影した一枚だ。俺や椛は勿論のこと、楓や奈緒たちも水着姿になっている。宣材写真として何枚か公開しているが、これはプライベートで撮影しているものなので当然非公開の写真。これはファンには垂涎ものだろう。

 

「あとは……これとか」

 

 そう言って楓が指さしたのは、プールの写真よりもずっと以前の写真……俺と楓の結婚式での写真だった。

 

「最近はそういう機会がめっきりなかったから……この辺りで私と旭君のラブラブっぷりを見せつけようかと思って」

 

「……いいね、それ」

 

 椛と月の視線がこちらに向いていないことを確認してから、こっそりと楓にキスをする。

 

 世間では濃厚接触が忌避される中、これだけは絶対に外せない俺と楓の触れ合いだった。

 

 

 

 

 

 

 ――今日の346チャンネル凄かったな……

 ――夢のような時間だった

 ――かみやけチャンネルとして毎週やってくれないかな

 

 

 

「……私は毎週どころか毎日聞いてる(自慢げ)」

 

 

 




 昨今の世間での風潮加蓮を取り入れた結果、生放送加蓮ネタとなった。

 世間では外出自粛加蓮中ではありますが、自分はいつもと変わらず執筆加蓮を続けていきたいと思います。

 話は変わりますが、ついに第九回総選挙が開催加蓮されますね!

 楓さんの担当としては彼女を応援加蓮したい気持ちもあるのですが、今年は別のアイドルを応援加蓮したいと思います!

 というわけでここに集まってくださっているであろう高垣Pの皆さん、北条加蓮をよろしくお願いします!

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