「そういえば神谷、お前どーなったんだよー」
「……どうって、なにがだよ。主語がないぞ佐藤」
「んなもん! あの美少女転校生の高垣楓とのことだっつーの☆」
「ぶふっ」
演劇部の基礎トレを終えて休憩していたところ、佐藤がニヤニヤと笑いながらそんな変なことを聞いてきたので思わずスポーツドリンクを吹き出してしまった。
「……いきなりなんだよ、お前は」
「だってほらー、楓ちゃんが転校してきてからもう一ヶ月経つだろ? その間ずっと席が隣なんだから、何かしらのイベントがあってもいいじゃんかよー」
憎たらしい顔をしながら「どーなんだよー」とグリグリと肘で頭を押してくる佐藤にイラッとするが、これぐらいのことで腹を立てていたらコイツとの付き合いはやっていけない。
「……って、待て。お前、今高垣さんのこと名前で呼んだか?」
「ん? そりゃ仲良くなったからな。いやぁいい子だぞ楓ちゃん! ちゃんと私のこと『はぁとちゃん』って呼んでくれるからな!」
「調子に乗るなよ佐藤ぉ……!」
「なんだその怨嗟の籠りまくった声!? お前『家族を殺された復讐者』役のときでもそんな声出てなかっただろ!?」
別に羨ましいとかそういうわけじゃない。異性と同性ではその辺りに差があってもなにもおかしい話ではない。あぁおかしくないさ。
でもなんとなく納得いかない。ぶっちゃけると羨ましい。俺も『旭君』って呼ばれたい。
「というか、楓ちゃんが好きってこと自体はもう隠さねぇのな」
「……事実だしな」
否定しないとはいえ、それでも女性への好意を肯定するということは妙に恥ずかしく、抑えようとしていても顔が熱くなるのを感じた。
「お前にぶっちゃけたところで問題ないだろ」
「おい、それどーいう意味だ? 理由によっちゃあタダじゃすまねぇぞ☆」
「いや、お前はこういうこと他人に吹聴するような奴じゃないから」
これでも下手な男友だちより信用してるぞ。
「……振り上げかけたこの拳の行先はどうしたらいいと思う?」
「最近肩凝っててな」
ちょいちょいと右肩を指差すと、佐藤の拳が勢いよく振り下ろされた。肩パンしろとは言ってない。
「で? 話戻すけど、実際どーなん?」
自然に隣に腰を下ろした佐藤が改めて尋ねてくる。
「……まぁ、普通に話ぐらいはするさ」
転校当初の高垣さんフィーバーは過ぎて、周囲の人間は彼女が大人しいタイプだということに気付いてからは必要以上に話しかけなくなった。ハブるとかそういうのではなく、みんなで彼女の時間を尊重した結果である。
なので俺が部活の朝練を終えて教室に入ると、高垣さんは既に自分の席で読書をしていることが多い。
「その姿がまた様になっててさ」
「話が進まなくなるからそういう主観の感想は後にしてくんね?」
「おはよう、高垣さん」
朝、自分の机に鞄を置きながら隣の席の高垣さんに挨拶をする。
「……あ、おはようございます、神谷君」
高垣さんはいつもわざわざ読んでいた本から顔を上げて挨拶を返してくれる。そしてさらにそのまま本に栞を挟んでパタンと閉じてしまった。
自分が読書を邪魔をしてしまったようで少々心苦しいものもあるが、それでもまるで読書よりも自分との会話を優先してくれたような優越感があった。
「今日も朝の練習、お疲れ様」
「ありがと。走り込みと発声練習だけだけどね」
「それでも毎朝ちゃんとしてるんですから、凄いですよ」
もっと純粋な動機があったはずなのだが、こうやって高垣さんに称賛されるだけでも部活をやっていて良かったと思ってしまった。
「あっ、そうだ。昨日神谷君にオススメされた映画、観ましたよ」
「もう? 昨日の今日だけど」
「気になったので家に帰ってすぐに動画サイトでレンタルしちゃいました。私、実はあまり恋愛映画というものに手を出してこなかったもので、とても新鮮でした」
「あれを素直な恋愛映画として分類していいのか少し微妙なところだけど……まぁ、楽しんでもらえたようで何よりだよ」
「それと……続編、出るんですね」
「あぁ、今年の冬に。前評判はすこぶるいいけど、あんまり期待しすぎると碌な目に遭わないのが続編っていうものだから……」
「ふふっ、でも公開されるまでドキドキ待ってる期間も、映画の醍醐味ですよね?」
「それも一理あるね」
「公開されるのが楽しみですね」
「あぁ」
「……みたいな話は、ちょくちょくしてる」
「………………」
とある日の朝の出来事を正直に話すと、何故か佐藤が頭を抱えていた。
「ようやく自分の頭が痛いことに気が付いたか?」
「オイコラ誰の頭が痛いって? ……って、そーじゃなくて、今のはないだろ」
え、今の会話のどこに問題が……?
「お前なぁ! そこで『公開されたら一緒に観に行こうね』って約束する場面だろっ!」
「………………」
あ゛っ。
「そこに気付けないとは……お前、本当に大丈夫か?」
「割と大丈夫じゃない……」
正直ダメージがデカい。そうだよ、そういうタイミングでそういう約束をするのがセオリーというか鉄板じゃないか。
「これでチャンスを一つ逃しちゃったなー。いやー実はデカいチャンスだったりしてなー」
「………………」
「今頃、お前以外の誰かとその映画観に行く約束してたりしてなー。あーあー、そのタイミングで誘えてたら良かったのになー」
「………………」
「あ、あの、お二人とも……」
「ん? どーした美優ちゃん。というか、そろそろはぁとって呼べよ☆」
「そ、その……神谷君が、お手本のようなを死んだ魚の目をしてらっしゃるんですが、なにかの練習中なんですか……?」
「へ? ……おわっ!? ちょっ、お前流石にダメージ受けすぎだろ!?」
自分の失態に文字通り頭を抱えてしまう。普段から「デートしてみたい」とかそんなことばかり考えているくせに、こういうときに限ってそちらに頭が向かないとは……。
「あー……まぁ、分かるよ。自分の趣味のことになると思考がそっち優先になるもんな。ついでに好きな人が自分の趣味を理解してくれると嬉しいもんな」
ポンポンと肩を叩きながら佐藤がガチ目に同情してくるのが余計に心にキた。
というかそもそも『一緒に遊びに行く』のハードルが高すぎて、気付いてもそれに誘えなかった可能性も十分あった。
「す、好きな人……!? ……あ、高垣さんのことですか……」
「そーなんだよ。ほら、美優ちゃんからも何かアドバイスないか?」
「え、えぇ……!? あ、あるわけないですよ……! そ、そんな経験も、ないですし……」
「でもでも~美優ちゃんも乙女なら理想のシチュエーションとかあるだろ~? どんな感じでデートしてみたいとかさぁ~?」
絡み方や言い方は完全におっさんのそれであるが、それでもそういう情報を女の子である美優さんから聞き出してくれるのは普通にありがたかった。こういうのは男連中には聞きづらいからな。
「……えっと……その……」
「ん? なんて?」
真っ赤になってゴニョゴニョと尻すぼみになっていく三船さんの言葉を聞き取ろうと、佐藤と二人で耳を寄せる。
「……な、並んで座って……お勉強……とか……」
「……あーなるほどねー、美優ちゃんっぽい感じだわー」
大げさに頷きながら納得する佐藤を恥ずかしくなったらしい三船さんがポカポカと殴る中々微笑ましい場面を見つつ、確かにアリだなぁと一人感心する。
「時期も時期だから、そういうのもいいね」
「はい、そろそろですから……」
「……え、時期ッテナニガー? そろそろッテナンノコト? はぁとチャンワカンナイナー?」
突然片言になる佐藤に、三船さんと顔を見合わせて思わず溜息が零れる。
「お前、前回あんだけ先生と部長にドヤされておいてまだ懲りないのか?」
「流石にそれは……」
「……分かってるよー分かってるけどよー……」
オヨヨとお粗末な泣き真似をしながら三船さんに泣きつく佐藤。
「何度も言うが、定期試験で赤点取ったらしばらく部活出来ないんだぞ」
「佐藤さん、去年の期末試験の補習と追試で、春休みに出演予定だった定期公演の練習に参加出来なかったですもんね……」
よもや一年生で赤点取って部活参加出来なくなるやつがいるとは……と先生と部長が呆れながらも佐藤への公開説教をしたのがつい数ヶ月前の出来事なので記憶に新しかった。
「中間試験目前なんだから、今回はもうちょっとヤル気だせよ」
「ちくしょう……なんで勉強なんてしなきゃいけないんだよ……」
「学生だからだろ」
「そーゆーんじゃなくて!」
「将来自分がやりたいことが見つかったときのために勉強の仕方を学ぶためでは……」
「そーゆーマジレスも求めてないから!」
じゃあなんだっていうんだ。
「勉強しましょう、佐藤さん……分からないところがあるならお手伝いしますから……」
「うぅ、美優ちゃんの優しさが染みる……って、これじゃん!」
「なにが?」
「ふっふっふ~! 感謝しろよ、神谷! お前に口実を作ってやるぞ!」
「「口実?」」
試験準備期間に入るとウチの高校では全ての部活動がお休みとなる。我らが演劇部もその例外ではなく、放課後の練習が全て無くなった。そしてその時間を勉強時間へと当てるのだが……。
「誘ってくれてありがとうございます、神谷君。ちょうど私も試験範囲で困っていたところがあって……」
「い、いや、佐藤がどうしても『楓ちゃんと勉強したい!』って言って聞かなかったから」
高垣さんと並んで自習室へと向かう。
そう、あのとき佐藤が高らかに声を張り上げた口実とは『私が楓ちゃんと勉強したがってるっていうことにして、一緒に勉強しようって誘え!』というものだった。まだ『一緒に遊ぶ』ということのハードルは高いが、『一緒に勉強』ならばまだ心情的にもマシだった。
「神谷君、英語と現国が得意なんですよね?」
「得意ってわけじゃないけど……まぁ、それなりに点数は取れてるよ」
かなり謙遜したが、実は学年でもトップクラスと自負している得意科目である。
「私、英語は苦手なので……よかったら、教えていただけませんか?」
「っ……お、俺で良ければ」
「はい、よろしくお願いしますね、神谷先生」
思わず心の中でガッツポーズを決めてしまった。ありがとう、佐藤。たまにはいい仕事するなお前……!
内心のウキウキをひた隠しながら、俺たちは自習室へと歩を進める。
| 既読 18:30 | 今日は旭君と一緒に勉強しました! |
| へぇ、勉強 | 18:35 |
| 試験勉強? | 18:36 |
| 既読 18:38 | はい |
| 既読 18:39 | 旭君の隣に座って 英語を教えてもらいました |
| いいね、青春してるね | 18:42 |
| 既読 18:44 | 凄いんですよ、旭君 すっごい英語を教えるのが上手なんです |
| それも凄いけど 二人で一緒に勉強するぐらいには仲良くなったんだね | 18:47 |
| 既読 18:55 | ……まぁ、他にも人がいたんですけどね |
| あれま | 18:56 |
| 友だち? | 18:56 |
| 既読 18:57 | 友だちもいたんですけど |
| 既読 18:58 | それ以上にマズいことが |
| マズいこと? | 19:00 |
椛「ふーん、はぁとさんと美優さんも演劇部なんだね」
月「それはいいんだけどさ……お姉ちゃんって、恋愛ものの漫画読む?」
椛「ん? まぁ、人並みには」
月「……これ、はぁとさんとのラブコメの序盤にも見えるんだけど……」
椛「……え゛」
月「ほら、恋愛のアドバイスをしてくれた友人が最終的にっていう……」
椛「つ、続き! これ続くみたいだから!」