かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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二ヶ月かかった今回の番外編のプロローグ。


私と神谷旭くんの最初の話

 

 

 

「ボク、どうしたの?」

 

 

 

 不思議な佇まいの男の子に、私はそうやって声をかけた。

 

 

 

 背格好から察するに恐らく小学生ぐらい。年上の大人である私から声をかけられても全く物怖じする様子はなく、しかしその赤茶色の瞳を少々戸惑った様子でパチクリと瞬かせた。

 

「誰かを待っているの?」

 

「えーっと……」

 

 男の子の顔を覗き込みながら尋ねるが、彼はツイッと顔ごと視線を逸らしてしまった。

 

 そのとき、男の子の視線が私の胸元に向いていたことに気付いた。私の今日の服装は胸元がゆったりとしたものだったので、この姿勢だと彼からは私の胸の谷間が大きく見えてしまっていることだろう。恥ずかしがって目を背けてしまうなんて、なんて可愛い反応だろうかと思わず笑みが零れる。

 

 それにしても、と男の子の様子を静かに観察する。赤茶色の瞳と濃い茶髪、少々ふんわりとした印象の眉毛になんだか少しだけ見覚えがあるような気がした。

 

 

 

 そしてなにより、素直にカッコいいと思ってしまうような男の子だった。

 

 それこそ、チラリと恥ずかし気にこちらを見る仕草にキュンとしてしまう程に。

 

 

 

「あ、あの……!」

 

「ん?」

 

 なにやら意を決した様子で顔を上げた男の子。その真っ直ぐな瞳にドキリとしつつ、小首を傾げながら彼からの言葉を待つ。何度もパクパクと口を動かし、まるで言葉を探しているようだった。

 

「お、俺……!」

 

「?」

 

 一度ギュッと強く目を瞑った男の子は――。

 

 

 

「貴女のことが、好きです!」

 

 

 

 ――私の人生を変えるとても素敵な一言を口にした。

 

 

 

 

 

 

「こんにちは~……あら?」

 

 旭君がいるという事務所の控室へ挨拶をしながら入室するが、彼からの返事が無い。部屋を間違えてしまったかと思ったが、机の上には彼のものと思わしき勉強道具が広げられているのでそれもないだろう。

 

 もしかして……と思って回り込むと、ソファーの背に隠れるようにしてスヤスヤと可愛らしい寝顔を見せる旭君の姿があった。どうやら勉強の途中に眠ってしまったらしい。

 

「うふふっ、お疲れ様」

 

 控室に備えてある仮眠用の毛布を持ってきて彼のかけてあげようとして……折角だから膝枕でもしてあげようと思い立った。

 

 旭君の隣に座って体を優しく引っ張る。すると彼の上体はゆっくりとこちらに倒れてきて、そのまま私の太ももの上にポフリと頭を軟着陸させた。これで先ほどよりも寝やすくなったことだろう。

 

 毛布を掛けてあげてから、優しく旭君の前髪を撫でる。芸歴六年を越えるベテラン俳優ではあるものの、それでもやっぱり学生と俳優の両立は大変なのだろう。こうして控室で寝ている姿を見ることは少なくなかった。

 

 だからこそ、こうして少しでも、どんな形でも、彼を労ってあげたかった。

 

 だって彼は……。

 

「……んん……」

 

 膝の上で身じろぎをする旭君。瞼はまだ閉じられたままだが、どうやら目を覚ましてしまったらしい。

 

「あら、起きちゃましたか?」

 

「うん……」

 

 寝ぼけ眼のまま生返事をした旭君は、そのままグッと背伸びをして――。

 

 

 

 ふにっ

 

 

 

 ――彼の右手の甲が、私の胸に触れた。

 

「あらあら」

 

 不快ではない。相手が子どもだから……ではなく、相手が『神谷旭』だからこそ不快感を覚えなかった。もっと触って欲しいとまでは言わないが、けれどたまに触るぐらいならば笑って許してあげたくなる。

 

 それほどの好意を、私は十四も年下の少年に抱いていた。

 

「っ!?」

 

 バッと勢いよく体を起こした旭君。太ももの上から心地よい重みがなくなってしまったことを寂しく思いつつ、振り返った旭君に笑顔で挨拶をする。

 

「おはよう、旭君」

 

「……お、おはようございます」

 

()()()で跳()()()て、どうしたんですか?」

 

「………………」

 

 私からの問いかけに答えず、旭君は先ほど自分の体の上から滑り落ちた毛布を手にして現状を把握しようとしていた。そして私の太ももや胸元にチラリと視線を向け、カァッと顔を赤くしながらペコリと頭を下げた。

 

「毛布と……ひ、膝枕、ありがとうございます……」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

 どうやら旭君は正確に現状を把握することが出来たらしい。頭を下げつつも再び私の胸元に視線が向いてしまい、それを首ごと横に逸らす旭君。そんな彼の仕草に思わず意地悪をしたくなってしまった。

 

「やっぱり恥ずかしかった?」

 

「いや、その……はい……正直その、嬉しいんですけど、恥ずかしさの方が上回って……」

 

「うふふ、たまにだったら触ってもいいんですよ?」

 

「俺は膝枕の話をしてたんですよぉぉぉっ!」

 

 両手で顔を覆いつつ旭君は叫ぶ。

 

「うふふふふ、ごめんなさい、慌てる旭君が可愛くて」

 

「そりゃどうもぉ……」

 

 旭君は未だに赤い顔から手を退けると、まるで小さい子どもが怒られたときのようにシュンとなってしまった。

 

「……その、ごめんなさい、寝起きで気付かなかったとはいえ……さ、触っちゃって……」

 

「あら、そんなこと気にしなくてもいいのに」

 

 だって。

 

 

 

「私は『旭君の恋人さん』なんだもの」

 

 

 

 

 

 

 それは一年前の話。

 

 芸能事務所『346プロダクション』のモデル部門に所属するモデルである『高垣楓(わたし)』は、事務所の敷地内のベンチに座っている一人の少年の姿が目に入った。

 

 こんなところに子どもが……と思わず声をかけてしまった相手は、なんと当時既に五年というキャリアを持つ俳優の『神谷旭』君。名前を聞いたことがあったが、実際に会ってみた印象が少しだけ違っていたのでそのときは気が付かなかった。良く言えば大人びていて、悪く言えば子供らしくない。とても『大人』な少年だった。

 

 そんな彼が、いきなり私に『告白をした』のだ。本当に突然のことで思わず目を白黒させてしまった。告白されること自体は短大に通っていた頃から少なからず体験したことだったが、一回り以上年下の男の子からされるのは初めての経験だった。

 

 

 

 ――そして告白を『受けた』ことも初めての経験だった。

 

 

 

 正確にはその場でオッケーを出したわけではない。その後の事務所での幾度かの交流を経て、今なお天才子役として名を馳せる十一歳の『神谷旭』君は、二十五歳の『高垣楓』の恋人となったのだ。

 

 ……告白を受けた私がいうことではないのかもしれないが。

 

 

 

 ……こういう人生もあっていいんじゃないかと思っている。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 仮眠を終えた旭君は再び勉強道具に向き直った。どうやら宿題が残っているらしく、真剣な表情でカリカリと鉛筆を漢字ワークに走らせている。そんな旭君の姿を、私はすぐ隣でじっくりと観察する。

 

「……あ、その漢字って五年生で習うんですね」

 

 十年以上前の勉強内容なんて覚えているはずもなく、今は当たり前のように使っている漢字が逆に新鮮なもののように見えた。

 

「……旭君、とても字が綺麗です」

 

 小学生男子は字が汚い、という偏見をもっているわけではないが、それでも丁寧に書かれている漢字に、思わず感心してしまった。

 

「……あの」

 

 チラリと旭君がこちらに視線を向ける。どうやら独り言にしては声が大きすぎたようだ。

 

「あっ、煩くしてごめんなさい。気が散っちゃいますよね」

 

「いや、それはいいんですけど……その……ち、近くないですか……?」

 

 またしても頬が赤く染まっている旭君。確かにお互いの太ももと肩がピッタリとくっ付いている状態を近くないと表現する人はいないだろう。しかも旭君の視線の高さに私の胸があるため、それがまた恥ずかしいらしい。なんとも可愛らしいことだ。

 

「うふふっ。こうやって旭君と二人きりなのが嬉しくて、つい」

 

「……ふ、二人きりが嬉しいのは……俺も、一緒、です。でも――」

 

 私の言葉を肯定しつつ、きっと旭君は「誰かが入って来たらどうするのか」という言葉を続けようとしたのだろう。しかしその言葉は遮られることとなった。

 

 

 

 ――控室のドアが開く音によって。

 

 

 

「旭君、お疲れー!」

 

 勢いよく控室に入って来たのは、私と同じアイドル部門に所属する片桐早苗さんだった。

 

「旭君、いきなりでゴメンだけど楓ちゃん見なかった……って、やっぱりここにいた」

 

 私の姿を発見するなり呆れた表情を浮かべる早苗さん。どうやら私を探しに来てくれたらしい。

 

「お疲れ様です、早苗さん。でも邪魔しちゃダメですよ、旭君は宿題中なんですから」

 

「現在進行形で邪魔してる子が何言ってるのよ……」

 

 心外である。確かにこうやって未だに旭君にくっ付いたままで、胸が肩に当たって先ほどから旭君をすっごいドキドキさせてしまっているが、私にそんなつもりは一切ない。

 

「私はいいんですよ。だって旭君の恋人なんですから」

 

 だから私は、堂々とそれを宣言する。今こうして私と一緒に座っている男の子は、私の恋人なのだと。

 

「……あーはいはい、分かった分かった」

 

 ……しかし、私の言葉は信じてもらえない。

 

「ゴメンね旭君、いつも楓ちゃんが迷惑かけて」

 

「えー、迷惑なんてかけてませんよー。ね、旭君?」

 

「小学生を揶揄っておいて、どの口が『迷惑かけてない』なんていうのよ」

 

「私は本気なのにー」

 

「はいはい本気本気」

 

 本当に本気だ。彼の告白を『受けた』あの日から、私はずっと本気だった。

 

 しかし私と旭君は歳が十四も離れていることも事実で、そんな二人が恋人同士だと信じる人がいるわけがなかった。

 

 子どもが憧れの大人へと告白するというシチュエーションは多々あるだろうが、良識のある大人ならばやんわりと子どもを諭すのが普通だろう。だが私は諭すことをしなかった。

 

 諭すことをせず、断ることもせず、ただ一緒にいる時間が少しだけ増え、神谷旭という少年のことを知り――

 

 

 

 ――そして私は()()()()()のだ。

 

 

 

「いいからレッスンに行くわよ。トレーナーが待ってるんだから」

 

「はーい……」

 

 どうやら時間切れのようだ。せめてもの抵抗としてぶーぶーと唇を尖らせてみるが早苗さんに通用するわけもなく、そもそも早苗さんに通用してもなんの意味もなかった。

 

 早苗さんが部屋を出るためにこちらへ背を向ける。

 

 

 

 チュッ

 

 

 

 その瞬間を狙って、私は旭君の頬にキスをした。

 

 誰も信じてくれなくても、君にだけは信じてもらいたい。

 

 これは大人の戯れじゃなくて、大人の本気の恋だから。

 

 きっと旭君も不安に思うこともあるだろうから。

 

 私は、しっかりと言葉にして伝えよう。

 

 

 

「私は、本当に大好きですからね」

 

 

 




月「前回、お母さん視点がないと思ったらこういうことだったのね」

椛「お父さんも可愛いけど、すっごいウキウキしてるお母さんも可愛い!」

月「とりあえずお母さんが本気で子どものお父さんを好きだってことは分かったけど」

椛「これからの二人を、私たちもゆっくり見守ろうね」

月「……うん、そうだね、お姉ちゃん」

椛「差し当たっては、そろそろ飲み物とか欲しいんだけど……」

月「そもそもここは何処なのかっていう話題をするには一年遅くない……?」
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