かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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ようやく旭と楓の夏が始まる!


俺と高垣楓さんが南の島へ行く話

 

 

 

「はい旭君、あーん」

 

 

 

 対面に座る楓さんが、ニコニコと笑顔でこちらに向かってスプーンを差し出してくる。スプーンの上にはかき氷が乗っており、イチゴのシロップがかかったそれは夏の日差しを浴びて赤く輝いていた。……多分、それは今の俺の頬の色と似た色だ。

 

「あの、楓さん……」

 

「はい旭君、あーん」

 

 有無を言わさぬ、二度目のあーん。きっとこれはスプーンの上のかき氷が解けたとしても、俺の口に運ぶまでは決して引かれることはないだろう。

 

「……あ、あーん」

 

 意を決して口を開けて、楓さんが差し出しているスプーンを咥えた。

 

「美味しいですか?」

 

「……美味しいです」

 

 多分、と心の中で付け足す。正直緊張しすぎて味なんてよく分からないが、それは当然のことだった。

 

 

 

(……自分の恋人のお姉さんが真っ白なビキニを着て対面に座ってるっていうのに緊張しない男がいるわけないだろっ!)

 

 

 

 いやなんかもう本当に色々と眩しすぎる。頭上で鬱陶しいぐらいに熱を振りまいている太陽なんかよりも、眼前で頬杖を突いている楓さんの方がギラギラと輝いていた。

 

 どうしてこんな状況になっているのか。それを回想するために、今から二十四時間ほど時間を遡ろう。

 

 

 

 

 

 

「うひゃ~! やっぱり人多いな~。旭、はぐれないようにちゃんと付いて来いよ?」

 

「はぐれないし、はぐれても集合場所はちゃんと頭に入ってるから大丈夫だよ」

 

「そこは素直に分かったって言っておけばいいってのに、相変わらず可愛げがないなぁ」

 

「姉さん、俺のこと可愛いって思ったことあるの?」

 

 俺の姉であり同じ事務所(346プロ)に所属するアイドルでもある神谷奈緒と共に、ガラガラとキャリーケースを引っ張りながら空港のロビーを歩く。

 

 夏休みの真っ最中ということもあり、国際便のロビーは多くの人でごった返していて非常に歩きづらい。しかし人が多すぎるが故に、軽く変装しているとはいえアイドル(ねえさん)俳優(おれ)が普通に歩いていても全くバレる気配が無かった。

 

「おっ、いたいた!」

 

 集合場所に近付き、探していた人物を見付けた姉さんは大きく手を振った。そんな姉さんに気付いた人物二人もベンチに座ったままこちらに向かって手を振り返してきた。

 

「おっす! おはよう、凛、加蓮」

 

「おはよう、奈緒」

 

「おはよー」

 

 スマホを片手に小さく手を振る渋谷凛さん。なにやら観光ガイドのようなものを捲っていた北条加蓮さん。二人も346プロのアイドルで、姉さんが所属するアイドルユニット『トライアドプリムス』のメンバーである。

 

「旭君もおはよう」

 

「おはよー旭君! 今日からよろしくねー!」

 

「おはようございます。こちらこそよろしくお願いします」

 

 同じ事務所に所属をしている姉のユニットメンバーともなれば、俺も顔を合わせたことは一度や二度ではなかった。

 

「それにしても初めての海外ロケか~! すっごい楽しみだな~!」

 

「小さい頃は旅行とか全然出来なかったから、私も凄い楽しみ」

 

「旅行じゃないけどね。……楽しみなのは、私もだけど」

 

 はしゃぐ姉とその友人二名を横目に見つつ、実は若干緊張している俺は小さく深呼吸をした。

 

 そう、今日こうして空港に集まったのは旅行のためではなくお仕事のためであった。今度アイドル部門で発表する予定の曲が南国のリゾートをイメージしたもので、歌唱メンバーには姉さんたちを含めて数人のアイドル。彼女たちはそのイメージビデオの撮影をするために南の島へと向かうのだ。

 

 では何故俺がそれに同行することなっているのかというと、勿論姉さんの付き添いではなく、そのイメージビデオへの出演のオファーが舞い込んできたからである。キャスティングされた理由に『神谷奈緒の弟だから』というものも含まれているだろうが、別に断る理由にはならないので引き受けたのだった。

 

 そして今日がその海外ロケの出発日、というわけだ。まだこの場には俺を含めて四人しかいないが、その内に他の人たちもやってくるだろう。

 

「旭君も海外は初めてだよね? 楽しみ?」

 

「はい、初めてです。楽しみでもあるんですけど……やっぱり緊張してます」

 

「私も同じ」

 

 空き時間に何処へ行こうかとキャイキャイ楽しそうに話している姉さんと加蓮さんから少しだけ離れ、凛さんとそんな会話をする。

 

 勿論いつも緊張感を持って仕事をしているが、それでも海外は初めての経験なのでそれなりに緊張している。しかし俺が緊張している理由はもう一つあって……今回のロケには楓さんも参加するのだ。そして撮影は南の島で、彼女からは『空き時間に一緒に遊びましょうね』とも言われている。

 

 

 

 そう、つまり楓さんと南の島でデートすることが出来るのだ。

 

 

 

 これに緊張しない奴なんていない。いるわけがない。おかげで昨日の夜は緊張しすぎて全然寝れなかった。

 

 今は夏。どうしても撮影用じゃなくてプライベートの水着を着た楓さんを期待してしまう。持ってきてくれるだろうか? 着てくれるだろうか? 見せてくれるだろうか? 我ながら下心が溢れて止まらないが、これを期待するなという方が無理である。

 

「……あっ、アレ楓さんじゃない?」

 

「っ!?」

 

 そんな姉さんの言葉に思わず背筋が伸びた。今まで楓さんの水着姿を妄想してしまっていたので、なんか顔を見づらい。

 

 それでも振り返らないというのも不自然なので、必死に平常心を保つように心掛けながら俺は振り返り、いつものように「おはようございます」と挨拶をして――。

 

 

 

「……おはよう……ございます……」

 

 

 

 ――やや顔色の悪い楓さんの姿に、思わず言葉を失ってしまった。

 

 すわ体調不良かと心配になる場面ではあるのだが、楓さんがそうなっている原因に心当たりがあるため純粋に心配しきれなかった。

 

「おはようございます……って、楓さん大丈夫ですか!?」

 

「だ、大丈夫です……た、ただあまり大声を出さないでいただけるとありがたいです……」

 

「……って、まさか楓さん……」

 

 心配そうに楓さんに声を変えたが、返って来た反応に頬を引き攣らせる姉さん。

 

「……昨日、飲みすぎたんですね」

 

「……ちょ、ちょっとだけですよ?」

 

 人差し指と親指で小さく隙間を作りながら笑顔で誤魔化そうとする楓さんに、俺たち四人のため息が揃ってしまった。昨日の夕方に俺のスマホへ届いた『今から早苗さんたちと飲みに行きます』というメッセージに対して『飲みすぎに気を付けてください』と返信しておいたのだが、どうやらダメだったようだ。

 

 はぁ……全く……。

 

(……そういえば(コイツ)、楓さんのファンだったよな)

 

(これは流石に幻滅したり、とか……)

 

(大丈夫かな……?)

 

 何やら姉さんたち三人からの視線を受けつつ、俺は()()()()()()()()()()()コンビニの袋を楓さんに渡す。

 

「これ、どうぞ」

 

「? 旭君、これは……?」

 

「買ってあったスポーツドリンクです。もしよかったら飲んでください」

 

 さも『自分用に買ってありました』という顔で渡しているが、実はこれ、最初から楓さんに渡すつもりで買ったものである。

 

 昨日の夕方のメッセージの段階で楓さんが二日酔いになってくる可能性を考えていた俺は、あらかじめ二日酔いに効きそうなものを調べておいたのだ。こっそりと袋の中には胃薬なども入っているため、どれかが効いてくれるといいんだけど。

 

「………………」

 

「……楓さん?」

 

 俺から受け取った袋を覗き込みながら黙ってしまった楓さん。もしかして何か苦手なものや嫌いなものが入っていたのかと不安になる。

 

「……旭君!」

 

「わっ!?」

 

 顔を覗き込もうと近寄ったところ、突然楓さんに抱きしめられてしまった。

 

「ありがとうございます! 大好きです! 結婚してください!」

 

「ふむぐぅ!?」

 

 何やら色々と嬉しいことを言われたような気がするけど、ちょっとそれどころじゃなかった。何せ現在進行形で楓さんの胸元に顔を埋めているのだ。顔中に広がる柔らかさに興奮して心臓の鼓動が早まっているのに、鼻と口を塞がれて呼吸が出来ない。

 

「ちょっ、楓さん!?」

 

「お義姉さん、弟さんを私にください!」

 

「お義姉さん!?」

 

「奈緒、そこに反応してる場合じゃないよ!?」

 

「楓さん旭君苦しそうだから!」

 

「ぷはぁ!?」

 

 楓さんの腕の力が弱まったことで、俺はようやく空気を吸うことが出来た。よくよく考えればとてつもなく幸せな状況だったはずなのだが、それを認識するための酸素が全く足りていないので、ひーひーと必死に呼吸をする。

 

「旭、大丈夫か?」

 

「……て、天国が、見えた……」

 

「……それ、どっちの意味だ?」

 

 

 

「ごめんなさいね、旭君。本当に嬉しくて思わず感極まっちゃったの」

 

「正直そこまで喜んでもらえるとは思っていなかったですけど、それならよかったです」

 

 色々と落ち着き、楓さんと並んでベンチに座る。しかし集合時間が近付き徐々に他のアイドルやスタッフたちも集まり始めているため、()()よりも少しだけ離れている。

 

「……旭君」

 

 しかし楓さんはこちらに身を乗り出すと、こそっと耳打ちをしてきた。

 

 

 

「……ちょっとだけ自信のある水着、持ってきましたよ」

 

 

 

「っ~!?」

 

 俺の小指に楓さんの小指を絡められながら、なんかもうトンデモナイことを耳元で言われてしまい、顔が熱くなるのを通り越して眩暈がしてきた。

 

 自信のある水着ってなに!? 何に自信があるの!? 色!? 形状!? 露出!?

 

 そんな俺の様子を見ながら楓さんはクスクスと笑っているが、その頬は少しだけ赤くなっているような気がした。……いや、まだちょっと顔色悪いな。

 

「って、楓さんまた旭君を揶揄ってるー」

 

 振り返った加蓮さんが、そんな俺たちの様子を見て呆れていた。俺たちの関係が信じられていないからと楓さんからのスキンシップは結構頻繁に行われているため、それを目撃した人たちからは『高垣楓が自身のファンである神谷旭を揶揄っている』と認識されているのだ。

 

「うふふっ、旭君が可愛くってつい」

 

「旭君、将来は年上好きを拗らせちゃうんだろうなぁ……」

 

 加蓮さんに性癖を心配されてしまった。……いや、年上のお姉さんに憧れるのは一般的なはずだから……。

 

 

 

「楽しみですね、旭君」

 

「……はい……とても楽しみです……」

 

 

 

 既に今回の仕事の内容を思い出せるかどうか怪しくなってきたが。

 

 

 

 ……俺と楓さんの夏が、始まろうとしていた。

 

 

 




椛「いいなぁ~南の島!」

月「外の季節はもうすぐ秋だけど、こっちは夏真っ盛りなのね」

椛「外の季節?」

月「それにしても、やっぱり奈緒さんがお姉ちゃんなんだね」

椛「それも新鮮だね。次は多分海で水着! お母さん、頑張れ~!」

月「頑張らなくても陥落確定だけどね……」

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