恋人と一緒に南の島でデート。なんと心躍る響きだろうか。
その恋人が未成年ゆえに一緒にお酒を飲みながら一晩の思い出を……ということが出来ないことは少々不満ではあるが、それ以上の期待で私の胸は膨らんでいた。
……旭君も男の子だし、私の水着姿を期待してくれているといいなぁなんてことを考えて、実はちょっとだけ大胆なビキニを買ってしまったりする。我ながら浮かれているているし、若干の自惚れもあるが、きっと旭君は喜んでくれるだろう。
ただ前日に少しだけ羽目を外して飲みすぎた結果、当日二日酔いになってしまうという失態を晒してしまった。しかし旭君はそんな私のためにスポーツドリンクと胃薬を用意してくれるという優しさを見せてくれた。ん~本当に好き!
そんな風に旭君の優しさにキュンキュンしていると、あっという間に搭乗時間となった。
あらかじめ聞いていた飛行機の座席は、両側に三人席が並んでいるタイプ。旭君の隣に座る可能性が一番高い奈緒ちゃんはきっとトライアドプリムスの三人で座ることだろう。となると、きっと旭君はフリー。
(旭君には窓際に座って貰って、私はその隣ね)
そして通路側に早苗さん辺りに座って貰えば、飛行中も旭君とイチャイチャ出来るという寸法だ。この天才的な発想を昨日の飲み会の席で思い付いてしまい、思わず「ゆーりかー!」と叫んでしまったほどだ。
先ほどから旭君もチラチラとこちらを見ているので、きっと彼も同じような考えをしているに違いない。
さて、私と旭君の素敵な南国デートのスタートだ。
「………………」
スタートした、はずだったのだ。
――あ、あの楓さん、その……。
――旭さんはコチラの席ですわ。
――えっ。
――ほら楓さんたちの邪魔しないの。
――ちょっ、まっ!?
飛行機に乗った途端、期待と緊張に満ちた表情の旭君は櫻井桃華ちゃんと的場梨沙ちゃんの二人に引き摺られていってしまった。
……彼女たちに悪意は一切なかったのだろう。確かに普通に考えれば座席は自然と大人組と子ども組に分かれることになる。だからきっと彼女たちの目に旭君は『大人組の邪魔になる子ども』に見えていたに違いない。私たちに対して配慮した結果、旭君を自分たちの方へと連れていくという行動に出たのだ。
私はそれを引き留めることが出来なかった。いくら旭君の恋人を公言しているとはいえ、それを冗談として捉えられてしまっているため強く出れなかったのだ。普段は大っぴらにイチャつく理由として使っていたことが裏目に出る結果となった。
だから非常に残念だが、旭君と二人で空の旅を楽しむプランは中止である。別にコレが今回の旅行のメインではないので大丈夫だと自分に言い聞かせ、瑞樹さんや早苗さんと共に座席に付いたのだが……。
「ホラ見なさいよ旭! 下! ビルちっちゃ!」
「うおっ! すげぇ! アレもしかして『夢と魔法の王国』の城じゃないか!?」
「ふふっ、二人とも大はしゃぎですわね」
「むっ、何よ桃華、一人だけ余裕見せちゃって」
「どーせ飛行機に乗り慣れてるお嬢様に俺たち庶民の気持ちはわかりませんよーだ」
「変な拗ね方をなさらないでくださいな」
(……旭君、楽しそうですねー)
姿は見えず声しか聞こえないものの、どうやら窓側に座った梨沙ちゃんと通路側に座った桃華ちゃんと一緒に楽しんでいるらしい。
……まぁ、なんだかんだ言って旭君も十一歳の小学生ですもんね。初めての飛行機にテンション上がるのは仕方ないですもんね。
「はぁ……旭君の初めてが梨沙ちゃんと桃華ちゃんに奪われちゃいました……」
「楓ちゃん、流石にその発言はギルティーよ」
「小学生相手にしていい発言じゃないわ……」
思わず溜息と共に愚痴が零れ出てしまい、両隣の早苗さんと瑞樹さんからペチリと叩かれてしまった。
「だって~……」
「もーいい大人がワガママ言わないの。たまには旭君も子ども組の方で仲良くさせてあげなさいよ」
「……旭君は私の恋人ですもん」
「またそんなこと言って……」
「ホラホラ、大人組は大人組で楽しく飲むわよ!」
「飲むの!?」
「飲みましょう!」
「ちょっと二人とも!?」
こうなったら自棄酒だとばかりに機内販売のお姉さんからお酒を購入し、最初は止める側だった瑞樹さんも巻き込んで三人で酒盛りを始めるのだった。
普通にプロデューサーさんから怒られた。
無事に南の島へと到着した私たちだが、翌日から早速お仕事が始まった。旭君との南国デートを楽しみにしているのは本当だが、お仕事のことだって勿論忘れていない。
今回のお仕事は南国をモチーフにした新曲のイメージビデオの撮影。波打ち際で遊んだり、マリンスポーツを楽しんだり、美味しそうなフルーツを頬張ったり、歌とはまた違ったアイドルらしいお仕事だ。
撮影には私たち歌唱メンバーのアイドルだけでなく、旭君他346プロに所属している俳優さんたちも参加してくれる。ここで旭君と一緒の撮影になればそれはそれでいい思い出になったのだが、残念ながら私と旭君が一緒のカットは存在しないためちょっとモヤモヤ。
旭君は主に子ども組との撮影になっていて基本的に撮影中一緒にはならない。そして彼らの撮影を遠目に見る機会があったのだが、そこで楽しそうにしている旭君の笑顔を見てしまいさらにモヤモヤ。
お仕事も大切だと分かっているし、旭君もしっかりとプロの仕事をこなしている姿を見れるのでそれはそれで嬉しい。
しかし。
「……む~……」
同年代の女の子と楽しそうにしている旭君を見ると、どうしてもモヤモヤしてしまうのだった。
「……あら?」
お仕事にそんなモヤモヤを持ち込むわけにはいかないと、休憩中に木陰の椅子に一人座って頭を冷やしていたら、スマホがメッセージの受信を告げた。送信相手は……奈緒ちゃん?
一体どうしたのだろうかと首を傾げつつメッセージアプリを起動して――。
「……え?」
――そこに記されていた内容に、思わず驚きの声を上げてしまった。
「楓ちゃーん! 撮影終わったら飲みに行くわよー! プロデューサー君が奢ってくれるってー!」
「ん? どうしたの楓ちゃん? すっごい口元緩んでるけど」
「楓ちゃーん? もしもーし?」
「っ!? あっ、はい、お疲れ様です」
「あ、これ何も聞こえてなかったみたいね」
いつの間にか早苗さんと瑞樹さんが隣にいた。先ほどから話しかけてきてくれていたようだがメッセージに夢中で全く気付かなかった。
「それで勿論楓ちゃんも来るでしょ? プロデューサー君の奢りで飲むわよ!」
どうやらお酒のお誘いらしい。それも魅力的な話ではあるのだけど……。
「ごめんなさい。私、デートに誘われちゃったので」
今日の撮影はお昼過ぎに終了した。まだ明日の撮影を控えているが、それでもここから夕食の時間までは完全なフリータイム。各々海へ遊びに行ったりホテルで過ごしたりお酒を飲みにいったり、色々な方法で南の島の時間を過ごすことだろう。
そして私の過ごし方は――。
「……お待たせしました、旭君」
「っ! い、いえ、全然待ってないデス!」
――勿論、この可愛い恋人君との水着デートだ。
「あの!」
「なんですか?」
「……み、水着……と、とても、その……き、綺麗、です……!」
「……うふふっ、ありがとうございます」
真っ赤な顔で私の水着を褒めてくれる旭君がとても愛おしくて、悪いと思いつつも笑ってしまった。……こんな可愛い反応を見ることが出来たのだから、少しだけ勇気を出してちょっとだけ大胆なビキニを着てみた甲斐があった。
そのまま早速待ち合わせ場所として利用したホテルの裏口から直接宿泊者が利用できるプライベートビーチへと向かう。その際、ためらうことなく私の手を握ってくれた旭君にさらに胸がキュンとしてしまった。
「うふふっ、こうやって明るい太陽の下で手を繋いでデートするのは初めてね」
「そ、そうですね」
普段は人目が多いためにそういうことを自重するが、ここは南の島で、しかもホテル宿泊者のみのプライベートビーチ。日本人観光客もチラホラいるものの、軽くではあるが変装をしているために早々バレることもない。
そして私たちのことを知っている346プロの関係者にも
「それにしても、奈緒ちゃんから『旭とデートしてあげてください』なんてメッセージが来たときは少しビックリしちゃった」
「ただデートをしたいだけだったら極端な話、楓さんにメッセージを入れてコッソリとするっていう方法もありましたけど……それだと、こうやって堂々と出来ませんでしたから」
なんと旭君は普段から『高垣楓のファン』であると公言していることを逆手に取り、周りのアイドルやスタッフに『憧れの楓さんとデートをさせてください』と
「姉さんたちからは『マセガキ』だのなんだの笑われ、梨沙たちからは『身の程知らず』だのなんだの笑われ、スタッフさんたちからは『いい思い出を作れよ』だのなんだの笑われ、結局殆どの人たちから笑われる羽目になりました……」
旭君には少しだけ恥ずかしい思いをさせてしまったようだが、そのおかげで私たちは正々堂々と『南の島デート』をすることが出来るようになったということだ。
「でもそれだったら私が連れ出すっていう方法もありましたよ?」
私も私で『恋人と呼ぶぐらい神谷旭のことを気に入っている』と知れ渡っている。だから無理矢理旭君を連れ回しても問題なかったはずだ。
「……えっと、ですね……それは……俺が……」
そんな私の疑問に対し、旭君はゴニョゴニョと何かを言いながら目を逸らした。
「なんですか?」
「……俺が、一方通行だって思われるのが嫌だったんです」
「え?」
「例え信じられてなかったとしても、楓さんが俺のことを恋人だって言って好意を示してます。だから――」
――俺だって楓さんのことが好きなんだって、言いたかったんです。
「………………」
つまり、旭君は、もしかして、周りに、牽制、しようと、していた?
「っ~……!」
胸の奥がぎゅ~っと締め付けられるような感覚と共に旭君を思いっきり抱きしめたい衝動に駆られるが、寸でのところで持ちこたえる。いくら正々堂々とデートしているとはいえ、流石に水着姿で抱き合うのはNGだろう。
「か、楓さん?」
「ふ、うふふっ、うふふふふっ」
「え、あ、あの!?」
あぁ、私の恋人はなんてカッコよくて可愛いのだろうか。私が梨沙ちゃんや桃華ちゃんと仲良さそうにしているところを見てモヤモヤしていたように、彼もまた私に対してモヤモヤとしていたなんて。
今日はウンと楽しもう。一緒にかき氷を食べて、アーンなんてしちゃったりして。その後は一緒に水遊びもしたい。先ほどからチラチラと私の胸元が気になっている旭君のために、もうちょっと自然に見てもおかしくないようにサービスしてあげたい。
少しだけならお酒を飲んでも……なんて考えは、いつの間にか頭の中から消えていた。
今はアルコールの高揚なんかではなく、純粋なこの胸の高鳴りを感じていたかった。
……これが、私と旭君の、大切な夏の思い出。
椛「いいな~南の島でデート! 羨ましい!」
月「それはどっちに対して?」
椛「お母さんとデートでもお父さんとデートでもどっちも嬉しい!」
月「まぁ私もそうだけど」
椛「でも子どものお父さんってかなりレアだからそっちの方がいいかなぁ」
月「レアというか私たちじゃ絶対に会えない存在だからね」