かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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要するに『ifにするほどでもない別世界線』のお話。


高垣楓と一緒 Another one scene

 

 

 

「ただいま……っと」

 

 子供の頃から沁みついているその習慣はなかなか拭い去れない。玄関を潜って靴を脱いだら「ただいま」と言うのが我が神谷家の習慣となっていて、それは一人暮らしになった今も変わらない。誰もいない部屋の中に向かってその言葉を口にすることを空しいとまでは言わないが、それでも一抹の寂しさを覚えるものではあった。

 

 しかし、それも今日までだった。

 

「お、お邪魔します」

 

「いらっしゃい。……その言葉も今日までだな」

 

「……ふふっ、そうね」

 

 楓がこうして俺の部屋にやって来た回数は、既に数えきれないというレベルをとうに越していた。お互いに何も言わずにそのままお泊りすることもあり、既に私服を含めた楓の私物も少なくない数置かれているため、その境界線というか明確な線引きが曖昧なものになっていた。

 

 けれど、それも今日で終わり。

 

 

 

 今日この日から、この家は俺と楓の二人の家となる。

 

 

 

「なんだか緊張しちゃう……不思議ね」

 

「そうだな、なんだったら昨日の晩だって泊ってたもんな」

 

 一度楓を家に送り届け、その後()()()()()を持って再びこちらの家に帰って来た。

 

 入籍も挙式も済んでおらず、なんだったら世間一般に交際していることも公表していない。しかし既に楓が借りていたマンションは解約され……今日から正真正銘、ここが楓の()()()になったのだ。

 

 

 

「……ただいま、旭君」

 

「あぁ、おかえり、楓」

 

 

 

 今日この日から『生涯のパートナー』との生活が始まった。

 

 

 

 

 

 

 とはいえ、特別何かすることはそれほどない。荷物も少しずつこちらに持ってきてあったし、楓の部屋の家具も性能的な意味で俺の部屋のものの上位互換以外は全て処分した。ここ一・二年は半分同棲生活みたいなものだったので、今更私物の置き場や楓のベッドに悩むようなこともない。

 

 なので荷物の片付けらしい片付けはものの一時間で終わってしまった。

 

「ふぅ……」

 

「ん? 疲れたのか?」

 

 リビングのソファーに座ってお茶にしていると、ふいに楓が溜息を吐いた。片付け自体は楽だったけど、やっぱり精神的なものがあったのだろうか。

 

「疲れたわけじゃないけど……やっぱり、ちょっとだけ緊張してる」

 

「緊張?」

 

「……入籍はまだしてないし、結婚式も挙げてないけど……」

 

 楓は隣に座る俺の肩にコテンと頭を傾けた。

 

「……『あぁ、私、旭君のお嫁さんになるんだなぁ』って……」

 

 楓は上目遣いになりながら、頬をほんのりと赤く染めた。

 

「……ねぇ、チューしていい?」

 

「キャッ」

 

 答えを聞く前に楓の肩を抱き寄せる。日はまだまだ高いものの、二人きりに部屋で綺麗で可愛い最高の恋人がいるというのに、我慢する方が難しいというものだ。

 

 そっと頬に手を添えるが、楓は一切嫌がる素振りを見せない。寧ろ静かに目を瞑りちょんと唇をこちらに突き出してくる。

 

 

「楓……」

 

「旭君……」

 

 

 

 ピンポーン

 

 

 

「「………………」」

 

 それは来客を告げる呼び鈴の音だった。二人揃って思わず目を見合わせて(マジでこんなタイミングってある……?)と心の中で呟く。

 

 無視するわけにもいかないので、若干名残惜しそうに楓がチョンと脇腹を突くのを断腸の思いで振り切ってインターホンまでノロノロと移動する。

 

「はーい……」

 

 

 

『兄貴ー! 暑いから涼ませてー!』

 

『旭さーん! 冷たいジュース!』

 

『いきなりすみません……』

 

 

 

 インターホンの画面に映っていたのは、我が妹を含むトライアドプリムスの三人娘だった。マンションの入り口までやって来ていて、どうやら我が家を喫茶店代わりに使うつもりらしい。なんて図々しい……とは言わない。今回が初めてというわけではなく、寧ろ俺から「いつでも気軽に来い」と言ってあるぐらいだ。

 

 しかし今回ばかりはタイミングが悪い……というか今までタイミングが良すぎたせいで、凛ちゃんや加蓮ちゃんは勿論()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………………」

 

 さてどう返事するかと悩むよりも早く、楓がカメラに映らない位置から俺の服の裾を引っ張って来た。どうやら口パクで「入ってきてもらいましょう」と言っているらしい。

 

「……分かったよ」

 

『兄貴ー?』

 

「あぁ、悪い。今開ける」

 

 ボタンを操作してマンションに入口を開けた。

 

「……これで良かったんだよな?」

 

 カメラがしっかりと切れたことを確認してから、俺は振り返り楓に確認を取った。

 

「えぇ。いずれは言わなくちゃいけないことだし……それに折角だからビックリさせたいじゃない?」

 

「そりゃあビックリするだろうよ……」

 

 恋人の存在はそれなりに匂わせていたが、その相手がまさか『高垣楓』だとは微塵も考えていないだろうからな。

 

 ニコニコと無邪気な笑みで三人のリアクションを楽しみにしている楓に対し、俺はこの後我が家から発せられる三人の悲鳴にお隣さんから変な誤解をされないかどうかが心配だった。

 

 

 

「「「おじゃましまーす」」」

 

「ほい、いらっしゃい」

 

 三人娘を部屋へと迎え入れる。ちなみに楓の靴は隠してあるため、この段階ではまだ三人とも気付かない。

 

「ふぅ、暑かった」

 

「旭さんの部屋だと変装とか気にしなくていいから楽だな~」

 

「兄貴、何かジュースってある?」

 

「お前たちが用意しろって煩いから買っておいてやったよ」

 

 パタパタと来客用のスリッパを鳴らしながら廊下を進む三人を、俺は後ろから付いていく形になった。

 

 リビングでは楓がスタンバイしているはずなので、このまま突き進めば三人は真正面から楓と対面することになる。果たして三人はどんなリアクションを……って、そんなもの一択に決まってるか。願わくば、出来るだけ隣りのお部屋の方々に迷惑が掛からないような声量でお願いしたい。

 

 ガチャ、と奈緒の手によってリビングへの扉が開かれた。

 

「あーエアコン涼しー……え?」

 

「あれ? 誰かお客さん……え?」

 

「あれれ~? まさか旭さんの恋人……え?」

 

 ん? なんだ、三人のリアクションが……。

 

 一体どうしたのかと三人娘をかき分けてリビングに入る。

 

「……んん?」

 

 

 

『だから何度も言っているようにですね、楓さん。何度も、本当に何度も何度も言っていますが飲みすぎはよくないと……』

 

「……はい……すみませんでしたプロデューサーさん……」

 

 

 

 そこには、テーブルの上に立てられたスマホを正面に据えてフローリングに正座する楓の姿があった。

 

 

 

「……いや本当にお前何してるの……」

 

 とりあえず隣人からは怒られずに済みそうだった。

 

 

 

 

 

 

「というわけで、俺の恋人の楓です」

 

「旭君の恋人の、高垣楓で~す」

 

「あ、はい……」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

「お、お久しぶりです……」

 

「どうしましょう旭君、三人のリアクションが薄いです」

 

「そりゃ薄くもなるよ」

 

 寧ろなんでさっきまで『先日収録した番組でお酒を飲みすぎてスタッフさんに迷惑をかけた』ことをプロデューサーさんに怒られたのにあっという間に切り替えられるんだよ、お前は。

 

「プロデューサーさん説教しつつ半泣きだったじゃないか」

 

「あの涙に弱いんです……」

 

 そうか、プロデューサー(女性)泣かせておいて良心が痛む程度には反省しているようで何よりだ。後で俺からも説教だからな。

 

「……えっと、驚くタイミングを見失っちゃったんですけど……ほ、本当に楓さん、ウチの兄貴と付き合ってるんですか……?」

 

 ちょこんと右手を挙げてから奈緒が質問する。

 

「はい、そうですよ奈緒ちゃん。正確にはプロポーズもされてるので婚約者です」

 

「えっ、プロポーズ!?」

 

「旭さんと楓さん結婚するの!?」

 

「マジで!?」

 

「それです! そういうリアクションが見たかったんです!」

 

「誰かさんがヘマしなければスッと見れたんだけどな」

 

 ともあれ、ある意味本来の『妹である奈緒に恋人の存在&結婚の報告をする』という目的を果たすことは出来た。当然両親には先んじて伝えることが出来ているが、奈緒だけタイミングが無かったんだよ。

 

「……兄貴が、楓さんと、結婚……」

 

 そんな言葉をまるで噛みしめるように呟く奈緒。信じられない、という感じではなく、純粋に驚いているといったところか。

 

 そんな奈緒の様子にいち早く気付いた加蓮ちゃんが、早速『弄るポイントを見つけた』と言わんばかりにニヤ~ッと意地悪い笑みを浮かべた。

 

「あれあれ~? 奈緒ってば、お兄ちゃんが結婚するって知ってショックなのかな~?」

 

「バッ!?」

 

 そんな発言をされておいて、巷では『トライアドプリムスのツンデレ担当』だのなんだの呼ばれている奈緒が反発しないわけがなく、あっという間に顔を赤くして反論を始めた。

 

「そそそそんなわけないだろ!? 人をまるでブラコンみたいに言うな!」

 

「誰もそこまで言ってないじゃん。わざわざそんなこと言うってことは、自覚あるんじゃないの~?」

 

「か~れ~ん~!」

 

 キャイキャイとソファーで戯れる奈緒と加蓮ちゃん。あんまり暴れると今度こそ本当に近所迷惑になるので「騒ぎすぎるなよー」と軽く注意しつつ、何か摘まめるものでも出してやるかとキッチンへと向かう。

 

 そんな騒ぎの中で、ポツリと呟いた凛ちゃんの一言が何故かその場にいた全員の耳に強く届いた。

 

 

 

「……そうか、奈緒は楓さんの義妹になるんだ」

 

 

 

「……そりゃあ、まぁ」

 

 そうだろう、と俺は思ったのだが、どうやら当事者である楓と奈緒にとっては晴天の霹靂だったらしい。楓はなんともまぁ眩しい笑みを浮かべて、奈緒は何故か益々顔を赤くした。

 

「奈緒ちゃん、是非私のことは『お義姉ちゃん』って呼んでくださいね」

 

「えぇぇぇっ!? あっ、いや、その、そう呼ぶのが嫌ってわけじゃなくて!」

 

 

 

「……そういえば楓『妹が欲しかった』とかなんとか言ってたっけ」

 

「奈緒もたまに『お姉ちゃんが欲しかった』とか言ってましたよ」

 

「奈緒ってば真っ赤っか~」

 

 あっという間に蚊帳の外になった俺と凛ちゃんと加蓮ちゃんは、少々離れた場所から二人の様子を観察する。

 

「でもよかったですね。嫁小姑問題はなさそうで」

 

「元々心配してなかったよ」

 

 とは言いつつ、内心では『大切な恋人』と『大切な妹』の仲が良さそうなことにホッとしつつ、それはそれとして恋人が取られたような感じがして少々寂しさを覚える俺であった。

 

 

 

「『お義姉ちゃん』って呼んでくれるまで許してあげませんよ~?」

 

「か、勘弁してください!」

 

 

 




・旭と楓が同棲を始めるタイミング
・奈緒と凛と加蓮への恋人バレのタイミング

以上の二つが少しだけズレた世界線のお話でした。

今後はこういうわざわざif外伝にするほどじゃない細かい違いが発生するお話を中心に書く……かも(予定は未定)
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