今年も『綺麗で可愛く美しく子供っぽくも大人の色気を醸し出すユーモア溢れるほろ酔い25歳児』こと高垣楓(とついでに朝霞リョウマ)をよろしくお願いします。
年が明けて早くも二週間近くが経った。
流石に新年特番で「あけましておめでとうございます」を言うのも聞くのも飽きてきた頃合いである。ふと気を抜くと既に何度も顔を合わせた人にすら「あけましておめでとうございます」を言ってしまいそうになるぐらいには言い飽きた。
この年末年始は俺も楓もありがたいことにテレビやイベントに引っ張りだこで、正直息つく暇が無かった。普段ならばお互いのオフを重ねるように調整をするのだがこれだけ忙しいとその余裕すら無い。朝と晩しか顔を合わせられないなんてことはザラで、朝が早くなったり帰りが遅くなったりするとそれすら出来ない状態が続いた。
そんな新年の忙しさが無くなり、ようやく二人揃って一日オフを作ることが出来たのだが――。
「……けほっ」
「……三十八度五分、か」
――そんな矢先、コレである。
昨夜から調子悪そうにしていたのでまさかとは思ったのだが、一夜明けたら熱が出てしまっていた。本当に、なんともピンポイントに風邪を引いたものである。いやわざわざオフに風邪を引いて仕事関係で迷惑をかけない辺り、ある意味プロ根性なのかもしれない。
時期が時期なので「すわインフルエンザか」とすぐさま病院へ連れていったが、先生の診断は疲労からくる風邪とのこと。まぁ年末年始働き詰めだったので納得である。
病院で薬を貰って帰宅し、パジャマに着替えた楓は再びベッドの中へ。事務所に楓が体調不良で寝込んだ旨を連絡して、ようやく一息つくことが出来た。
「はぁ……はぁ……」
布団の中で息を荒げる楓。平熱が低めな彼女なので余計に辛いのだろう。元々色白なので発熱による肌の赤みが目立ち、額に手を当てると貼ってある冷えピタ越しにじんわりとした熱が伝わって来た。
「大丈夫か?」
「……
「ダメそうだな」
いやギャグのキレは前からこんなものだが。
とりあえず貰って来た薬を飲ませるために何かしらを胃に入れないといかん。
「何か食いたいものあるか?」
「……卵酒……」
「ブレねぇな」
確かに風邪を引いた時の定番ではあるが。
しかしそれだけだとアレだろうから一応お粥でも作ってやるか……と立ち上がり、はたと気付いてしまった。
「……そーいや冷蔵庫の中が空だったな」
本当に何も入っていないわけではないが、ここ最近忙しくてまともに買い物へ行けていなかったので冷凍食品や調味料などしか残っていなかったことを思い出した。そもそも今日のオフにまとめて買いに行こうという予定だったのだ。
最悪俺の晩飯は店屋物でもいいが、楓の飯がどうにもならない。今日は朝飯すら食っていないので、流石に三食全て素粥というのも文字通り味気がないだろう。そもそも楓に飲ませるスポーツドリンクとかその辺も全く無い。
「それじゃあ俺は買い物に行ってくるけど、何か他に欲しいものあるか? ゼリーとか、桃缶とか」
楓の寝室イコール俺の寝室なので上着はベッドのすぐ側の壁にかけてある。その上着に手を伸ばそうとして――。
「……やーぁ」
――楓に服の裾を掴まれた。いつも以上に力無く弱々しいが、そんな些細な抵抗に俺の動きは止まる。
「……行かないでぇ……」
「……って言ってもなぁ」
「やだぁ……」
熱のせいか幼児退行が著しい。二十五歳児が五歳児になりかけていた。川島さんもビックリのアンチエイジングである。
病気で体が弱っている時は寂しくなるとか聞くが……仕方がない。
「買い物は奈緒に頼むか」
スマホのメッセージアプリを起動して奈緒に『楓が風邪を引いたこと』『今俺が家を出れないこと』『買ってきて欲しいもの』を伝える。
確か今日は土曜日だから学校も休みで、仕事も夕方からと言っていたはずだ。案の定、俺からのメッセージはすぐに既読状態になり返信が来た。
『分かった! 兄貴のためじゃなくて、義姉さんのためだからな!』
そんなテンプレートなツンデレメッセージに思わずクスリとする。将来の義姉妹の仲は良好なようで何よりだ。
「さてと」
買い物に出る必要が無くなり、再びベッドの縁に腰を下ろす。
正直に言うと、俺もあまり今の楓から離れたくなかったからありがたかった。一応ただの風邪と診断されてはいるが、婚約者が病に伏せていて心配にならない奴はいないのだ。
そっと頬に触れると楓の熱が伝わってくる。そんな俺の手が冷たくて気持ちいいらしく、楓はほんの少し表情を和らげると手に顔を擦り寄せてきた。
「他に何かして欲しいことはあるか? 今日のお前は
尤もアルコール系統のお願いをされた場合は謀反も辞さないが。『スポーツドリンクが無いなら日本酒を飲めばいいじゃない』などと言い出すほど常識や思考回路がショートしていないと信じたい。
「………………」
「……楓?」
「……すぅ……すぅ……」
……どうやら寝たらしい。少し寂しい気もしたが、病人にはそれが一番だ。
いつの間にか俺の服の裾を掴んでいた手も離れていたので、今の内に掃除と洗濯をするとしよう。
「……あさひ、くん……」
……でもまぁ、ついさっきお願いを聞いてやると言った舌の根も乾かぬ内に「行かないで」というお願いを無視するわけにはいかないか。
持ち上げかけた腰を再び下ろし、苦しそうに……それでも先程よりは穏やかな表情で眠る楓の手を握った。
「兄貴ー」
「ん?」
左手で楓の手を握りながら反対の右手でスマホを弄っていると、部屋の外から奈緒の声が聞こえてきた。合鍵を預けてあるので、それで入って来たのだろう。
楓を起こさないようにそっと手を離して部屋を出る。
「すまん奈緒、助かっ……ん?」
「どうも」
「お邪魔しまーす」
玄関には予想通り買い物袋を携えた奈緒がいたのだが、その後ろには何故か凛ちゃんと……。
「……えっと、どちら様?」
「加蓮ですっ! あぁもうだから暑いって!」
鬱陶しそうに分厚いコートとマフラーと帽子とマスクを取り払うと、中から出てきたのは加蓮ちゃんだった。余りにも重装備なので一瞬判別出来なかった。というか、コートの下はコートの下で大量のカイロが貼られていた。そりゃあいくらなんでも暑いだろう。
「いーや! 今日は一段と寒いんだから加蓮にはこれぐらいでちょうどいいんだ!」
「そうそう。本当は今日一緒にお見舞い来るのだって反対だったんだから」
「みんなして過保護すぎるの! 今の私はそんなに病弱じゃないって!」
とにかく、二人は楓のお見舞いに来てくれたらしい。
「わざわざありがとうな。玄関じゃ寒いだろうから、中入ってくれ」
「その前に、ほい兄貴。頼まれてた買い物。ついでに色々と兄貴の分の食料品も買ってきといてやったぜ」
「サンキュー。金はまた後で渡す」
「これは私から。来る途中にウチに寄って持ってきたお花です」
「おぉ、ありがとう。花瓶出さんとな」
「私からはモクドナルドのフライドポテト!」
「最後待とうか」
奈緒と凛ちゃんはともかく、加蓮ちゃんのそれは単純に自分が食べたいものを持ってきたようにしか思えなかった。病人にジャンクフードはアカンって。
「でもこれが私の入院中に一番食べたかったものですしー」
「微妙にコメントしづらいな!?」
チョイスした理由に、無下に出来ないレベルの重さがあった。
「って、義姉さん!?」
「え?」
突然の奈緒の叫びに振り返ると、ヨロヨロとした足取りで寝室から出てこようとする楓の姿があった。
「楓!? 何してるんだ、寝てろって!」
調子が良くなったから起き上がった訳ではないことは一目で明らかだった。
駆け寄って体を支えると楓はこちらに体重を預けつつ、何故か弱々しくもプクッと膨れながら睨まれた。
「楓? 一体どうした――」
「……行っちゃ嫌って言ったもん……」
「――おいお前ら見てくれこのカワイイ
「「「いいから早くベッドに連れていけこのバカ!」」」
女子高生三人から罵倒される成人男性の姿がそこにはあった。マジすみません。
楓を再び寝かしつけてから部屋を出ると、何やらジャージャーと炒め物をする音が聞こえてきた。
ダイニングキッチンへと足を運ぶと、そこには「すみません、いただいてます」「楓さん寝ました?」とテーブルでコーヒーを飲んでいる凛ちゃんと加蓮ちゃん。そしてキッチンでフライパンを振っている奈緒の姿があった。フライパンの中は……チキンライスか?
「勝手に使わせてもらってるぞー」
「それはいいんだけど……何してんだ? いや、料理してるのは見て分かるんだが」
「……たまたまお昼にオムライスが食べたくなったから作ってるだけだ。私たちのついでに兄貴の分も作ってやるから感謝しろよ」
「なんて言ってますけど、奈緒ってば最初から旭さんに作ってあげるつもりだったんですよ」
「スーパーで買い物しながら『な、なぁ、今日は特別にアタシがお昼作ってやるよ! 兄貴の部屋でキッチン借りれるし……義姉さんの看病に専念させるために兄貴の分もついでに作ってやるか!』とか言っちゃって、すっごく可愛かったんですよー?」
「うわぁぁぁっ!? ち、ちが、言ってないからな!? そんなこと絶対に言ってないからな!?」
真っ赤になりながら凛ちゃんと加蓮ちゃんの言葉を否定する奈緒。ウチの妹も楓に負けず劣らず可愛かった。あとどうでもいいが、加蓮ちゃんの物真似が地味に似てた。
「と、とにかく! 飯はついでにあたしが作ってやるから、コレ食べたら兄貴は義姉さんの傍にいてやれよ」
「それはありがたいんだけど、久しぶりのオフだから色々とやることがあるんだよ。掃除とか洗濯とか」
先ほど楓の寝顔に釣られて出来なかった家事だが、他にやる人がいない以上俺がやるしかない。
「それぐらいなら、私がお手伝いしますよ」
「……え、加蓮ちゃん?」
それは全く予想外の人物からの提案だった。
「洗濯は……まぁ、ちょっとだけ恥ずかしいから妹の奈緒に任せるとして、お掃除ぐらいなら私がやります」
「えっと、何で?」
勿論その好意はありがたいのだが、正直加蓮ちゃんからその提案が出てくるとは思わなかったから疑問しか浮かばなかった。
「……楓さんの気持ちがよく分かるからですよ」
手に持ったコーヒーカップの縁を指でなぞりながら加蓮ちゃんは苦笑に似た笑みを浮かべる。
「私も病気しがちでよく寝込んでましたから。一人ベッドで横になってると、やっぱり寂しくて、ちょっと不安で……誰かが傍にいて欲しいって思っちゃうんですよ。それが、大好きな人なら尚更です」
「加蓮ちゃん……」
「傍にいてあげてください、旭さん。それが、旭さんが今の楓さんにしてあげられる一番のことだと思います」
「……好きな人いたの?」
「そこですか!? そこに食い付きますか!?」
「そそそ、そうなのか加蓮!?」
「これは詳しい話を聞く必要があるね」
「奈緒と凛まで!? あれ私今結構イイハナシしてたよ!?」
奈緒と凛ちゃんに詰め寄られ「例え話に決まってるでしょー!?」と狼狽する加蓮ちゃんの様子を眺めながら小さく笑う。
そうだな。やっぱり今日は楓の『何処にも行かない』という約束を守ることに全てを費やすことにしよう。
「……あれ……?」
「ん、起きたか?」
ぐっすりと眠っていた楓が目を覚ましたのは、夕方近くになって奈緒たちが帰ってからだった。やっぱり年末年始の疲れが溜まっていたのだろう。
「昼からずっとぐっすりだったぞ。気分はどうだ? 腹減ってないか?」
「……えぇ、大分楽になったし、お腹も減ったわ」
そう答えた楓は、確かに今朝よりも幾分か顔色が良くなっていた。
「よし、それじゃあ待っててくれ。今お粥暖め直してくるから」
「あ、その前に汗を拭きたいの。手伝って?」
「ん、分かった。ちょっと待ってろ着替え出すから」
先程も言ったがここは俺の寝室であると共に楓の寝室でもある。故にお互いの着替えの場所も分かっているので、タンスの中から替えのパジャマと体を拭くタオルを取り出す。
「ほい楓、着替えとタオル……ってオイ」
振り返ると、そこには体を起こして既に上のパジャマを脱いだ楓の姿があった。
「? なぁに?」
「いや『なぁに?』じゃなくてだな」
普段はパジャマの下に就寝用のパジャマブラという下着を付けるのだが、今は少しでも息苦しさを無くすためにそれを付けていない。
つまりパジャマを脱いだ今の楓は、上半身裸なのだ。
今さら恥ずかしがる間柄ではないし、何より風呂やベッドの上でも何度も見ている。しかし見慣れているのかと問われれば答えは否で、こうして不意討ち気味に見せられると今でも
「とりあえずお粥温めてくるから、その間に着替えておいてくれ」
思わずじっと見惚れてしまいそうになったがツイッと視線を反らす。
「え、体を拭いてもらいたかったのに」
「手伝うってそっちかよ」
着替えやタオルを取ってくれっていう意味じゃないのか。
「お願い、旭君。……今日の私はお姫様なんでしょ?」
「……聞こえてたのかよ」
「お願いね?」
「……はいはい」
「ふー、ふー……はい、あーん」
「あーんっ」
タオルで汗を拭くだけでなく下着を含む全ての着替えを俺がするという、一体どちらに対しての羞恥プレイなのか分からないような楓の着替えも終わってお粥を温め直してきたのだが、次なるお姫様のご要望は「食べさせて欲しい」とのこと。というわけで、レンゲで掬ったお粥を雛鳥のように口を開けて待つ楓に食べさせていた。
「あむ……ん、美味しいわ、この卵粥」
「良かった。……つっても、これ奈緒が作ったやつだけどな」
「え、奈緒ちゃん来てたの?」
「そこは覚えてないのか……」
奈緒は俺たちの昼食としてオムライスを作りつつ、並行して楓用のお粥も作っていたのだ。なんかここ最近になって奈緒が家事スキルを上げてきているんだが……何かあったのだろうか。
「奈緒に買い物を頼んだら、凛ちゃんと加蓮ちゃんもお見舞いに来てくれてな。加蓮ちゃんに『楓の傍にいてやれ』って言われて、三人がウチの家事全部やってくれたんだよ」
「そうだったの……三人には、またお礼を言わないといけないわね」
「ホントにな。……とはいえ、少し罪悪感というか何というか」
確かに『楓の傍にいたい』というのは俺の望みでもあったが、全ての家事を年下の女の子たちに任せた上に楓のお粥まで作ってもらってしまったのだ。
結局、俺は楓を病院に連れて行って着替えを手伝ったぐらいのことしかしていない。
若干落ち込み気味の俺に、何故か楓はクスクスと笑った。それは未だに体調は万全ではないので力弱いものの、確かにいつもの楓のそれだった。
「おかしな旭君。旭君は
「え?」
呆気に取られている隙に、楓は自身の右手の指を俺の左手の指に絡めてきた。
「こうやって、ずっと私の手を握っててくれた」
それは、楓が寝ている間ずっと俺がしていた手の握り方だった。
「熱くて苦しくて、でも右手だけはずっと暖かくて心地よかった。意識はハッキリとしてなかったけど、旭君がそこにいるってことだけはハッキリと分かった」
――だからありがとう、旭君。
「……あぁ、どういたしまして――」
「でもまだ何かしてくれるって言うのなら……」
「――え?」
「……卵酒、お願いね? 召使いさん……いえ、
「……いいぜ、とびっきりの奴作ってきてやるよ」
一月十四日
今日は年末年始からずっと無かった旭君と一緒のオフの日。
にもかかわらず、連日の忙しさが祟ってか私は風邪を引いてしまった。
熱で意識があまりハッキリとしていなかったが、ずっと旭君が傍にいて手を握ってくれていたことだけは覚えている。
旭君の話によると、私が寝ている間に奈緒ちゃんと凛ちゃんと加蓮ちゃんの三人がお見舞いに来てくれて、私や旭君のご飯を作ってくれた上に全ての家事をやってくれたらしい。
そのおかげで旭君はずっと私の傍にいてくれたのだから、三人にはまたお礼を言いに行こう。
熱くて苦しくて、それでも旭君が一日中私の手を握ってくれていたと考えると、それはそれで幸せな一日だった。
「それで? 結局何でいきなり家事スキル上げようと思ったわけ?」
「べ、別に義姉さん見てたらお嫁さんに憧れたとかそんなわけないからな!?」
「……あぁうん。そうだな、そんなわけないな」
直接描写しないとか健全な小説だなぁ(自画自賛)
とりあえずまた友人に作画依頼……の前に、早くウエディングドレスの方を取り立てないと。おうドレス姿の次は肌蹴たパジャマ姿を書くんだよあくしろよ。
さて、次は二月です。そしてこの小説の更新日は十四日です。
……この意味が分かりますね? ただひたすら甘さを目指します。
PS
ところで皆さん、先日のグルーヴイベント『命短し恋せよ乙女』はどうだったでしょうか? 作者は2000位どころか4000位の壁すら越えることが出来ませんでした。ガチ勢って怖い……。