紆余曲折を得て、俺は『高垣楓』の恋人になった。
お互いに『幼い頃にした結婚の約束を覚えていた』という衝撃の事実も発覚したことで、俺たちの間に存在した小さな隔たりが全て無くなってしまった。
だからここから先は、俺と楓の楽しい学園生活という名の後日談なのである。
その1
「卒業後?」
「はい。そろそろ進路を決めないといけないですから」
俺の部屋に遊びに来た楓が、相談があるといって切り出した話題がそれだった。
「旭君は何かしたいことってあるんですか?」
「楓と結婚したい」
「え、あっ、はい、それは私も……」
「………………」
「………………」
……あれ!? 今のもしかしてプロポーズになるのか!?
「えっ、ちょっ、まっ、今のなし!」
「えぇ!? なしなんですか!?」
「なしじゃないけど一旦なし! こんな形で言うつもりじゃなかった!」
うわマジか最悪だ! 本当はお互いに成人してからちゃんと指輪とか用意するつもりだったのに!
「……わ、私は、これでもいいですよ」
「……え?」
一人頭を抱える俺に対して、楓は顔を赤らめたままそんなことを口にした。
「ろ、ロマンチックなシチュエーションでのプロポーズに憧れがないといえば嘘になるけど……それ以上に『旭君と結婚出来る』って考えたら……」
そう言って楓は両手で顔を覆ってしまったのだが、手の隙間から見える顔ははっきりと赤くなっていた。そのリアクションだけで今の俺のプロポーズモドキをどう捉えてくれたのかが手に取るように理解出来た。
俺も意図せずしてしてしまったプロポーズの成功が、嬉しくないといえば嘘になる。
しかしどうしても、これだけはしっかりと、はっきりと、ちゃんとしておきたかった。
「……楓」
「っ!?」
顔を覆う楓の両手首を掴んで引き寄せる。露わになった楓の顔はやはり真っ赤で、そして羞恥にうっすらと涙を浮かべていた。
「今の俺はただの高校生で、何物でもない神谷旭だ。それでもここから先の人生全てを……高垣楓に捧げたい。……結婚してください」
「私もです。私の残りの人生全てを捧げて、貴方の人生の傍らに寄り添いたいです。……貴方と結婚します」
きっとこれは、愛の誓いと呼ぶにはまだまだ子どもみたいなただの真似事。俺たちはまだ何物にもなれていなくて、お互いの人生を支えられるほどの力もない。それでもお互いにこの気持ちに嘘偽りはなく、今こうしてお互いへの気持ちに偽りはない。
「………………」
静かに顔を近づけると、楓はすっと目を瞑った。
楓が何を求めているのか。俺は何をするべきなのか。そんなこと、わざわざ口にする必要もなかった。
そんな夏休みのとある一日。
その2
「というわけで」
「私たち結婚します」
「待て待て待て!?」
勉強会をするために借りた空き教室。先日の結婚報告をした俺たちに慌てた様子の佐藤が待ったをかけた。
「話が早すぎるんだが!? ようやくくっついたかと思ったら、あっという間に結婚とか段階すっ飛ばしすぎなんだが!?」
「そうは言ってもな」
「好きという気持ちに偽りはないし……」
「気持ちの真偽は聞いてねぇんだよ! 進行速度の話をしてんだよ!」
なんかヒートアップしている佐藤。こんな時期にそんなに騒いで暑くないのだろうか。
「はぁ……はぁ……あー色々と心配したはぁとが馬鹿みてー」
「はぁとちゃん、心配してくれてたの?」
「……あー、まぁ、ちょっとだけ」
「はぁとちゃん……!」
「ちょっ、抱き着くのはやめよう!? 本当に暑いんだって!」
一転して気恥ずかしそうな表情を見せた佐藤に、感極まった様子の楓が抱き着いた。ちょっとだけ羨ましい気持ちが鎌首をもたげたが、流石に女子にまで嫉妬していては身が持たないのでグッと堪える。
「はー……まぁアンタたちがそう決めたのであれば、はぁとがどうこう言うことはないよ。というか寧ろなんではぁとに話した?」
「えっと、それは……」
「勿論はぁとちゃんだからですよ」
楓と目を合わせて「だな」「ね」と頷き合うと、佐藤はハッとした表情になった。
「え……そ、それってもしかして……!」
「あぁ」
「はぁとちゃんだったら私たちの惚気をちゃんと聞いてくれるって思ったから……」
「『親友だから』とかそういう答えを期待したはぁとが馬鹿だったよチクショォォォ!」
その3
「というか、そもそも卒業後の進路の話だったんじゃねーのかよ」
「それは勿論……」
「楓ちゃん、そこで『お嫁さん』とか言ったらデコピンするから」
「……てへっ」
「うわ楓ちゃんのテヘペロ顔めっちゃ可愛い。でもデコピンするね!」
ズゴッ! とまるでデコピンとは思えないような音を立てて佐藤の中指が楓の額に叩きつけられた。両手でやる奴だった。めっちゃ痛そう。
「はい次、神谷。お前もふざけた答えだったら、コレだからな」
据わった目で自身の中指を立てる佐藤。はぁとを自称する明るい愛されキャラ感溢れる普段の佐藤の姿は何処にもなかった。
とはいえ俺の答えは最初から決まっているので、涙目の楓のおデコを優しく撫でながら正直に答える。
「俺は養成所に行く」
「……養成所?」
「346プロの美城が経営してる俳優養成所があるんだよ。アルバイトしながらそこに入って、俳優を目指す」
これはずっと前から、それこそ楓と出会うよりもずっと前から考えていた選択肢だ。
「まぁ、神谷らしい選択だな」
「……あれ、意外と肯定的だな」
てっきり『楓ちゃん幸せにする気があるならちゃんとした仕事に就けよ!』みたいな正論パンチをされるものだとばかり思っていた。
「神谷が昔から演技に対して本気なことは知ってるからな。どうせ楓ちゃんもそれを了承してるんだろ?」
「はい。私は旭君が俳優として大成すると信じていますから」
「うーんこの見事なヒモムーブ。神谷、お前本当に死ぬ気で成り上がれよ? 楓ちゃんに食わせてもらうようなダサい真似すんなよ?」
改めて佐藤に言われるまでもない。
「幸せにするさ。絶対に」
「……こんなことを素面で言えるなんて、いい男捕まえたな楓ちゃん」
「……取っちゃヤァよ?」
「取らねぇけどそのセリフもめっちゃ可愛いな!」
分かる。
その4
「それじゃあもしかして同棲とかするの?」
「「同棲? ……あっ」」
「え、なにその二人揃って『今気付きました』みたいな反応は」
まさしく今気付いた。
「そっか、同棲……か」
「……い、いいですね、同棲」
チラッと楓に視線を向けると、ちょうど楓もコチラに視線を向けていたために目が合った。
頬を上気させて上目遣いの楓。こんな美人と一緒に暮らす、ということか……。
「えっと、佐藤に言われたから提案する形にはなっちゃったんだけど……ど、どうかな」
「わ、私は、その……いいですよ……同棲」
隣に席に座っていた楓の右手がススッと伸びてきて、机の上に置かれていた俺の左手の小指を自分の小指で優しく撫でてきた。まるで小鳥のような、チョンチョンと甘えるその仕草がいじらしくて、俺もお返しとばかりに楓の小指に自分の小指を絡める。
「結婚、するんですもの」
「……そうだな……結婚、するんだもんな」
「一瞬ではぁとの存在忘れるのやめろ!?」
「「はっ!?」」
やっべ、マジで今ここが学校だということを忘れかけた。いくら夏休みの空き教室だからと言って色々とマズいことになるところだった。
「ありがとう佐藤」
「ありがとうはぁとちゃん」
「今日一番嬉しくない感謝の言葉ありがとよっ!」
ケッと分かりやすくやさぐれる姿勢を見せる佐藤。流石に悪いことをしたと楓と二人で持ち込んだお菓子の数々を献上して機嫌を取ることにする。
「ったく、教室でもそんな調子だったら、部屋で二人きりになったりしたらどーなるんだよ」
「「えっ」」」
「え?」
「「「………………」」」
教室に沈黙が流れる。
「……もうヤッたの?」
「「ヤッてない!」」
「あー焦ったー流石にそれぐらいの節度はあったかー……」
どっと力が抜けた様子で佐藤は机に突っ伏した。
「「………………」」
そんな佐藤に見えないところで、俺たちはこっそりとお互いの小指を絡めた。
確かに佐藤は良き友人だけど――。
――言えないことぐらいある。
ちょっと短いけど甘いから許してほしい。
前回は通常時空。今回は高校生時空。つまり次回はそういうことです。