――トップアイドルである神谷椛さんは、本命のチョコをあげる予定はありますか?
『はい、勿論あります』
――そ、そのお相手とは!?
『大好きな父と母、大大大好きな妹です!』
……というのが、先日地上波でも放送された日本が誇るトップアイドルであり我が姉でもある神谷椛がバレンタインイベントのインタビューで答えた内容である。
そんなインタビューが掲載された雑誌を捲りながら、我が友人は熱のこもった溜息を吐いた。
「なんというか、流石だよねぇ椛様」
「……個人の自由だから強くは言えないんだけど、妹の私の前でその敬称をつけるのはちょっと……」
「えー? でも椛様は椛様だし……」
「ブロマイドに頬擦りするのもヤメテ」
正直、お姉ちゃんがアイドルになる前からの友人でなければ今すぐに縁を切りたくなった。はっきり言うと気持ち悪い。
……まぁ、私が妹だからという色眼鏡をかけくれないのは、まぁ、感謝してるけど。
「ところで物は相談なんだけど」
「NGワードは『お姉ちゃんのチョコ』」
もしその話題を口にしたらグーでビンタする。
「……ゆ、ユエは誰かにチョコあげたりするのぉ……?」
……セーフ。
「ん、まぁ……お父さんとお母さんと……お姉ちゃんには渡すよ」
後は……そうだな、奈緒お姉ちゃんと恵理ちゃんとか、凛さんとか加蓮さんとか、それぐらいかな。
「……え、私は?」
「今まで渡したことないでしょ」
「私は毎年友チョコ渡してるよ!?」
「ホワイトデーで返してるじゃん」
「私はバレンタインの話をしてるの!」
そんなことを言いつつ耳元に口を寄せてくる友人に、また大声を出すんじゃないかと警戒しつつ話を聞く姿勢になる。
(ほらこっそり周り見てみ……)
(……?)
言われた通り目線だけで周りを見渡してみるが、昼休み中となので基本的にクラスメイトたちは出払っている。やたらとチラチラこちらを見ている男子生徒が数人いるぐらいだ。
(あいつら全員、ユエからチョコ貰えないかなーってソワソワしてるんだよ)
(え、なんで?)
「……ゴメン、殴っていい?」
「なんで?」
「クラスの男子たちの怒りを代表して殴っていい?」
「だからなんで?」
たまにこの子はよく分からないことで怒り出す。
「はぁ……」
友人のよく分からない怒りの沸点を疑問に思いつつ、私は思わずため息を吐いた。
「……ってことがありまして」
「あはは、相変わらず月のお友達は面白いねー」
友人との謎の会話をそのまま話すと、加蓮さんはケラケラと笑ってくれた。
「今年もありがとうございます。チョコ作るの手伝ってもらっちゃって……しかもキッチンまで借りちゃって……」
「だから気にしないの。私も月と一緒で楽しいし」
毎年、私はバレンタインが近くなると加蓮さんのマンションを訪れて一緒にチョコレートを作っていた。かれこれ中学生頃からずっと続けていることである。
「それにしても、いいの? そろそろ月も家でお母さんやお姉ちゃんと一緒にチョコづくりしてみたいんじゃない?」
「作りたい……という気持ちはありますけど……」
刻んだチョコを湯煎しながら、私は複雑な心境を吐露する。
「私はまだ……お姉ちゃんたちに……自分の気持ち、伝えられてませんから……」
私は辛いのだ。パパとママとお姉ちゃんが大好き過ぎて、けれどその気持ちを伝えきれずにいることが、辛いのだ。この大きすぎる感情でこの胸が張り裂けそうで痛いのだ。
「謝らなくちゃいけないって、分かってるんです。ずっと酷いことを言って、酷いことをして……謝らないと、一緒にチョコを作る資格なんて……」
周囲にずっと隠し続けたこのことを、私は加蓮さんにだけ伝えていた。別に加蓮さんのことをなんとも思っていないわけではなく、勿論奈緒お姉ちゃんや凛さんと同じぐらい大好きだ。それでも、奈緒お姉ちゃんとはまた違うベクトルで頼りになるお姉ちゃんだから、話してしまったのだ。
「月……」
思わず手が止まってしまう私に、加蓮さんは優しく手を置いた。
「それ、もうバレてるよ」
「えっ」
……え?
「だからバレてるって」
「……ば、バレてるというのは……ど、どれのことですか?」
実は三人とも大好きなこと? 鏡で自分の顔を辛そうに見てるのはお母さんとお姉ちゃんの顔に似すぎてるからってこと? 内心でパパとママって呼んでいること? お姉ちゃんの曲は振り付け込みで全部完コピしてること?
「全部」
「全部!?」
「うん、全部。旭さんも楓さんも椛も、奈緒も凛も全員知ってる」
「全員!?」
あまりにも衝撃的すぎる事実に、私は思わず湯煎のためにお湯を張ったボウルをちゃんと机の上に置いてからその場にへたり込んだ。
「そういうところしっかりとしてるわね」
「そんな……私が必死にひた隠しにし続けていたこの感情が……みんなにバレていたなんて……」
「いや、案外アンタ分かりやすかったわよ? 隠しきれてなかったわよ? 打ち明けられる前から私も察してたわよ?」
「私、これでも学校ではクール系で通ってるんですよ……」
「それ奈緒も現役アイドル時代に同じようなこと言ってた気がする」
え、奈緒お姉ちゃんと一緒……!?
「そこで嬉しそうにしちゃう辺り、やっぱりアンタにクールの素質はないと思う」
「ああああああ……私、これからどんな顔でお姉ちゃんたちに会えばいいんだろう……」
「こんな顔じゃないかな」
加蓮さんが私に見せてきたのは、学校で友人が捲っていたものと同じ雑誌。バレンタイン特集のインタビューに答えるお姉ちゃんの写真で……喜色満面に私たちへのチョコについて語る神谷椛の姿が、そこには映っていた。
「恥ずかしいのは分かるけど、それでも素直になった方が楽じゃない? いい機会なんだからこのバレンタインをきっかけにして、全部打ち明けちゃいなさい」
「加蓮さん……」
「……私は、出来なかったからさ」
「え?」
「……ううん、何でもない」
「私は出来なかったっていうのは……」
「だから何でもないって」
「昔、加蓮さんがパパのことが好きだったっていう……」
「誰から聞いたそれえええぇぇぇ!?」
手にしていた雑誌を机の上にしっかりと置いてから、加蓮さんはその場にへたり込んだ。
「違うのよ! 別に好きだったわけではないのよ! ただちょっと気になってただけ……じゃなくてね!? そうじゃなくてね!?」
あ……ちょっとテンパってる加蓮さん、新鮮で可愛い……。
「というか、その話は誰から聞いたの!?」
「ママが……」
「楓さん!?」
「お姉ちゃんが生まれたばかりの頃に、お酒の席で加蓮さんが自分で言ってたっていう話を……」
「アレかあああぁぁぁ!?」
どうやら心当たりがあったらしく、床にうずくまって頭を抱えてしまった。
「違うのよぉぉぉ……そうじゃないのよぉぉぉ……誰も拗らせてるわけじゃないのよぉぉぉ……」
「恥ずかしいのは分かりますけど、それでも素直になった方が楽じゃないですか? いい機会なんだからこのバレンタインをきっかけにして、全部打ち明けちゃいましょうよ」
「遺恨返しのつもり!?」
そんなつもりはないのだけど……。
「百歩! いや一万歩譲って、私にそういう気持ちがあったとするわよ!? アンタはそれでいいの!? 大好きなパパとママにとって、邪魔者なのよ!?」
「大好きなパパとママなので、例え何人たりとも間には入れないという確固たる信頼があるので……」
「げふっ」
奇声を発した加蓮さんが床に倒れ込んでしまった。
「か、加蓮さん……?」
「………………」
しかしすぐに起き上がったかと思うと、加蓮さんはスタスタと戸棚の方へと歩いて行って……。
「えっ、ちょっ」
「飲むっ!」
「加蓮さん!?」
お酒のことは全然詳しくないけど、確かそれってアルコールが強い奴じゃなかったですか!?
「飲まなきゃやってられないわよこんなもん! アンタも飲みなさい!」
「私の初めての飲酒はパパとママとお姉ちゃんと一緒に乾杯してからと決めてますので!」
「断る理由まで家族大好きか!」
何故かメソメソと涙を流しながら飲酒を初めてしまった加蓮さんに、私はどうしていいのか分からずオロオロするしかなかった。
「……え、えっと、お酌いります?」
「おねがいします!」
なおチョコレートはしっかりと仕上げることが出来た模様。
……とまぁ加蓮さんとのやり取りを得て、私もついに決心したわけなのだけど。
その結果、どうなったのかは……。
「……ユエ、なんか今日はやたらとご機嫌ね」
「まあね。ついに本命のチョコを渡すことが出来たし」
「本命!?」
「「「「「神谷の本命!?」」」」」
ま、そういうわけである。
月ちゃんがついに素直になる話……を書いていたはずが、何故か加蓮の吞兵衛話に半分近く浸食されてた。どうしてこうなった。
とはいえ今後の月ちゃんのアレコレが何か変わるということはありませんのでご安心を。
ところで魂を東京ドームに落としてきたみたいなんですけど、誰か知りません?