※暗い展開や誰かが不幸になる展開は存在しません。
転生ってなんですか?
「……ふぅ」
「緊張してる?」
「そりゃしてるよ、お姉ちゃんと一緒」
「……分かるんだ」
「分かるよ。だって
ここはステージ裏の暗がり。この階段を駆け上がれば、光り輝くステージがすぐそこだ。
もうすぐだ。
もうすぐ、私たちは
「……ここまでの人生、色々あったね」
「流石に人生のハイライトを始めるの早くない?」
「
出番だ。
私たちは手を繋いだまま、階段を駆け上がる。
見ててね、ママ、パパ。
貴方たちの娘は。
今日、アイドルになります。
『皆さんこんばんは、高垣楓です』
「あああぁぁぁ……今日も楓ちゃんの声に癒されるぅぅぅ……」
バタリとベッドに倒れ込みながら、ネットラジオから聞こえてくる
私は、346プロダクションに所属するアイドル『高垣楓』の大ファンだった。
高垣楓のデビューライブから筋金入りの……と言えればカッコ良かったかもしれないが、生憎私が彼女のことを知ったのはデビューしてからしばらく経ってからであった。
どれだけ彼女のことを好きだったのか。彼女の何処が好きだったのか。その全てを語りつくせるほど私は自分の言葉を多く持ち合わせていなかった。高垣楓のことを思い浮かべるたびに語彙力が消失していくタイプのオタク故に、ただ一言『好き』と口にすることが精いっぱいだった。
高垣楓のCDや写真集は全て買った。一部プレミアが付いてかなりの値段になっていたものもあるが、生活費を大きく削ることにより無事に手に入れることが出来た。もやし様には足を向けて寝ることが出来ない。
高垣楓が出演するライブにも全て参加……は流石に出来なかった。倍率が高すぎる彼女のライブ全てのチケットを握ることは不可能だった。いくら自らの生活を彼女に捧げていたとしても、そんなに都合よくはいかなかった。それでもライブビューイングや後日発売される円盤などで、その姿はしっかりと拝ませていただいた。
『それではみなさん、また来週、この時間でお会いしましょう。お相手は、高垣楓でした』
「あぁ……終わっちゃった……」
過酷な労働を終えた後の至福の時間は、あっという間に終わってしまった。
私が働く理由は全て『高垣楓』のためだった。独り身ゆえにお給料の殆ど全てを彼女のために継ぎ込んだ。それを咎める親や親戚はいないし、仲の良い友人もいない。高垣楓に全てを捧げることこそが私の人生の全てなのだ。
「……また数時間後には出勤なんだよなぁ……」
部屋の明かりはついているのに、楓ちゃんの成分が無くなってしまったことで目の前が真っ暗になってしまったような感覚になってきた。
……あ、あれ? 本当に暗くない? それに何故か体が動かないような……。
その日、私の人生は一変した。
「はーい、
ある日、目が覚めたら『高垣楓』の娘として生まれ変わっていた。
……冷静になって考えると訳が分からないことが多すぎる。生まれ変わりなんて非現実的な状況がそもそも訳が分からないが、個人的にはそもそも『
高垣楓が出産したってことだよね? 現役アイドルだよね? え、本当にどういうこと? あの高垣楓に男がいたってこと? なにそれ悪夢?
「うふふっ、かわいいでちゅね~」
あの高垣楓に微笑みながらかわいいって言われる状況が悪夢なわけないだろバカなことを言うな私!
……いや本当に訳が分からない。状況を整理しようにも、慈愛の表情を浮かべる高垣楓に抱っこされているという夢のような状況でまともに頭が働いていない。そういうことを考えるのは、夜になって高垣楓が眠って一人になってからにしよう。
「んー、月ちゃんはあんまり泣かないから分かりづらいけど、そろそろお腹が空いてる頃かしら」
えっ、ちょっ、まっ、服、捲って……お、おっっっ!?
……前世でも今世でも、女である私だが。
いまめちゃくちゃしあわせ。
「まま」
「うふふっ、月ちゃんは甘えたがりですね」
私が抱き着くと、そう言って楓ちゃんが抱きしめ返してくれる。
これを天国と呼ばずしてなんと呼ぼうか。
私が高垣楓の娘としてとして生まれ変わり、早三年という月日が流れた。私の今の名前は『高垣
「まま~わたしもだっこ~」
「あらあら、椛ちゃんも甘えん坊さん」
そんな私と同じように、楓ちゃんに抱き着く赤子がもう一人。彼女は『高垣
一見すると私の天国のような状況に入り込んでくる不埒な輩なのだが……ハッキリ言おう。楓ちゃんが女神とするならば、彼女は天使である。
だって楓ちゃんの娘だよ? しかも親子だから似てるんだよ? つまりほぼ赤ん坊の楓ちゃんなんだよ? そんなの天使に決まってるじゃん。楓ちゃんが楓ちゃんを甘やかしてるみたいなもんなんだよ? そんなの尊い光景に決まってるじゃん。そんなの新しい推しになるに決まってるじゃん。
推しに甘やかされることも、推しが推しを甘やかしているところを見ることも、全てが私の心の栄養となっている。
たまんないね。
最初こそ訳の分からない現状に混乱し、頑張って現状を把握しようとするたびに楓ちゃんから甘やかされて前世のことなんてどうでもよくなり、その後冷静になって再考しようとしてまた甘やかされ……と一向に考えがまとまらなかった。しかし四年も流石に考えをまとめることが出来た。
正確には
「……まま、ねた?」
「うん、ねた」
高垣椛もまた、
お互いがお互いの状況に気が付いたきっかけは些細なことだったため割愛するが、お互いに『高垣楓ファン』の『元女性』の『生まれ変わった双子の姉妹』であるという状況であったため、割とすんなりと協力体制を取ることが出来た。
そうして今のように楓ちゃんが眠った頃を見計らい、二人で意見を出し合うことで現状の把握をするようになった。
その1。私たちは、ある日を境に高垣楓の娘として生まれ変わった。理由はお互いにハッキリしないものの、とりあえず前世の最後に覚えている状況から考えて死んだことで生まれ変わったのではないかという結論に至った。
「しゃちくだったからなぁ……おねえちゃんは?」
「……びょうき、かな」
どうやらお互いに不健康だったようだ。
その2。楓ちゃんは現在二十四歳。つまり
「おねえちゃんのほうはどうだった?」
「おなじだよ。かえでさんはにじゅうごさいだった」
転生であると同時にタイムスリップの可能性も生まれてしまった。
その3。楓ちゃんは
「まぁ、げんえきアイドルがこどもをうんだなんてせけんにバレたらたいへんだもんね」
「ぼうどうがおきるよ」
しかもあの『高垣楓』だ。346プロダクションが誇る歌姫でありトップアイドル。そんな彼女が子どもを産んだとなれば、大スキャンダル間違いない。これを知っているのは事務所の一部の人間と、楓ちゃんと仲の良い一部のアイドルぐらいだ。
「はぁ……べつにショックをうけてるわけじゃないんだけど……なんだかなぁ……」
社畜であった私が癒しを求めていた高垣楓は、既に子持ちだったということだ。私は弁えたファン故に、楓ちゃんのプライベートのことにまで苦言を呈するつもりはない。しかしそれでも思わないところがないわけではないのだ。
「かえでちゃんがシンデレラガールになったときには、すでににじのははだったってことだもんねぇ」
「……それなんだけど、すこしきになることがあるんだ」
「どうしたの?」
「いまって、
「……え?」
「だってまま、わたしたちをうんでいちねんかんおしごとおやすみしてたでしょ?」
「……あ、そっか」
そこまで言われて私もようやく気が付いた、というか思い出した。
少なくとも私の記憶の中で『高垣楓が一年も活動休止した』なんてことはなかったのだ。
「じゃあもしかして……」
「うん、たぶん……」
「まるちゆにばーす……!」
「ぱられるわーるど……え?」
そうだね、普通はパラレルワールドの方だよね。マルチユニバースなんて単語がサッと出てくるのはオタクだけだよね、なんかごめんなさい。
その4。これが一番重要なことであり『把握出来ないということを把握してしまった』という少々ややこしい問題。
楓ちゃんのプロデューサーさんも、事務所のお偉いさんも、仲の良いアイドルの友人も、そして実の子どもである私たちですら知らない、現状考えうる最大の謎。
「「……わたしたちのちちおやって、だれなんだろうね?」」
魂は違うものの、双子らしく首を傾げる仕草と言葉が重なってしまった。
三年間。楓ちゃんは一度もその存在を口にすることはなく、そして姿を現すこともなかった。
・高垣椛と高垣月は双子で、ともに転生者である。
・高垣楓は21歳で出産した。
・出産した事実は秘匿されている。
・父親の存在を誰も知らない。