――346プロダクションの新人アイドルデビュー!
――歌姫高垣楓の名を継ぐ天才姉妹! 高垣モミジ・高垣ユエ!
――双子アイドルユニット『カナリア』!
『カナリア』。それが私たち姉妹のユニット名。芸名を使うことも検討したが、結局『高垣楓の親戚』であるということは隠さないこととなったため、私たちは本名である『高垣椛』と『高垣月』でデビューすることに。まぁこれだけ似てたら芸名もなにもあったもんじゃないしね。ただ私の『月』という名前だけは初見で読みづらいため、お姉ちゃんと共にカタカナ表記となった。
「でもカナリアって、かなり『歌姫』を意識してるユニット名だよね……」
「ちょっとプレッシャー感じちゃうなぁ……」
プロデューサーさんがそういう感じに私たちを活動させていきたいという理由は勿論分かるのだが、それでも未だに『歌唱』に対する自信を掴み切れていない私にとっては、少々
「大丈夫よ、二人ともとってもお歌上手になったんだから」
「「ありがとう、ママ」」
ママから褒められて間違いなく嬉しい。嬉しいのだけど……あの『高垣楓』から歌が上手と褒められて素直に喜べない辺り、やはり私たちは年齢通りではないなんちゃって小学生である。
というわけで、ついに私たち姉妹のアイドルデビューを翌日に控えた晩。デビューイベントに向けての最後の打ち合わせとリハーサルを終えて帰宅した私たちは、ママを間に挟むようにソファーに座って一家団欒の時間である。
「ママは明日は……お仕事なんだよね」
「……そうなの……」
改めて確認すると、ママはどんよりと表情を曇らせてしまった。相変わらずトップアイドルとして活動しているため、流石に私たちのデビューのために休みを取ることは出来なかったようだ。
「一応プロデューサーさんにビデオ撮影をしてきてもらうように頼んであるんでしょ?」
「それでも椛ちゃんと月ちゃんのアイドルデビューする姿はこの目でしっかりと見届けたかったの……」
私たちを両側から抱き寄せるようにギューッとしてくれるママ。それだけでママがどれだけ悔しがっているのかが伝わってくるが、私もママが見に来てくれないことがとても悔しくて寂しかった。
「でも大丈夫。二人がアイドルとして活動していけば、きっといつかママと同じステージに立つ日が来るわ」
「……いつになるんだろう」
明日ようやくデビューする小学生アイドルがかの歌姫と共にステージに立つ。それだけを聞いてしまえば、まるで雲を掴むようなおとぎ話だ。
「すぐよ。二人ならきっと」
しかしママはそう断言した。
「「それは……私たちがママの娘だから?」」
「そうだけどそうじゃないわ。世間はきっと、貴女たちに夢中になる。それは『高垣楓の娘』だからじゃなくて……『私の娘』だから」
……それは、傍から聞けば親として贔屓目に見ての言葉。でも、きっとママは信じてくれているんだ。私たちのことを、高垣椛と高垣月のことを。
その事実だけで、私は誰にも負けないアイドルになれる、そんな気がした。
「……ねぇ、ママ」
「なぁに、椛ちゃん」
私がむぎゅむぎゅとママの身体に抱き着いている反対側で、お姉ちゃんがママに話しかけた。
「……私たちのお父さんは、観に来てくれるのかな」
……うん、そうだよね。
「……え?」
それはいつもの深夜姉妹会議。きっと今日は明後日のデビューイベントのことを話すと思っていた私は、突然お姉ちゃんの口から語られた言葉をすぐに飲み込めなかった。
「お、お姉ちゃん……!? そ、それ、ほ、本当に……!?」
「……まだ証拠はないし、色々と辻褄の合わないこともいっぱいある。でも私はそうとしか考えられないから」
そして再び、お姉ちゃんはそれを口にした。
「私たちのお父さんは、きっと神谷旭さん」
「……旭さんが……」
私たちの……お父さん……!?
「な、なんで!? 何か分かったの!?」
「証拠は何もないよ。ママや旭さんの口から直接聞いたわけじゃないし、DNA鑑定をしたわけでもない。でも……もし旭さんが私たちのお父さんだったと仮定した場合、色々なことに納得出来るんだよ」
そう前置きをして、お姉ちゃんはノートに箇条書きを始めた。
「まず、旭さんと初めて会ったとき。旭さん、私たちが自己紹介する前に私たちの名前を呼んだでしょ」
「うん。それに私の名前が『月』って書いて『ユエ』って読むことも知っていた」
これら二つは『旭さんが私たちのことを知っているのに知らないフリをした』という一つの嘘にまとめることが出来る。これは二年前の時点でも気付いたことで、しかし当時は『旭さんの年齢が若すぎる』という理由で旭さん父親説を否定したはずだった。
「でもそれは、よく考えると
二十一歳の高垣楓と、十二歳の神谷旭。あり得ないと思い込んだその年齢差は、確かに常識的に考えるとあり得ないが……けれど確かに、生物学的には問題ない。
「今は常識的に考えるのは止めよう、月ちゃん」
「そうだね、お姉ちゃん」
まぁ、そもそも私たちの存在そのものの方が、十二歳の父親よりもよっぽど非常識だしね。
「つまりこの疑問に対する答えは、こっそりとママが旭さんに私たちのことを教えていたから……ってことになるのかな」
「うん。あと旭さん、デビュー前のレッスン中に『将来はお母さんみたいに美人になる』って言ってくれたことあったでしょ」
「あっ、つまり私たちの母親を知っているってこと!?」
「これは、イコール父親っていうことにはならないけど、そう考えることが出来る」
全然気付かなかった……。
「そして、これが一番私が『旭さんが父親だ』って思うようになったきっかけ」
サラサラと手元のノートにペンを走らせるお姉ちゃん。
そこに書かれた文字は……。
「『高垣楓と話すとき、高垣楓を見ていない』……?」
「月ちゃんは気付かなかった? 旭さん、ママと話しているとき……」
「あっ、
「そう」
不思議な人だなぁなんて思ったけど、それの何処がきっかけになるの?
「……ずっと旭さんとお話して、ずっと旭さんの演技を見てきて、ようやく気付いた」
――神谷旭は高垣楓の前で
「気付かれないために、誰かに悟られないために、何かを隠すために」
ずっと……演技をしてたってこと……?
「ママとお話する旭さんの目は、愛する人を見る目じゃなかった。私たちとお話してくれる旭さんの目は、愛する娘を見る目じゃなかった。でも
「………………」
神谷旭は、天才役者である。
「……あとこれは直接旭さんが父親っていう考えには結びつかないんだけど……旭さんが『高垣楓』のファンになったのって、今から七年前なんだよね」
「う、うん、奈緒お姉ちゃんはそう言ってたね」
「……丁度、私たちが生まれる一年前なんだよね」
「へ?」
えっと、子どもが生まれるのは
「つまり旭さん、ママのファンになってすぐにってこと……!?」
「……私は寧ろ逆なんだと思う」
逆?
「七年前に何かがあったんだよ。高垣楓と神谷旭、二人が出会って
……でも、それは。
「それは旭さんが『私たちのお父さんである』っていう前提の疑問であって、証拠にはならないよね?」
「うん、それはそうなんだけど……何か気になるんだ」
お姉ちゃんはここまで考えを書き込んでいたノートをパタンと閉じた。
「だから、直接聞こうと思うの」
――ママが、父親に気付かせるために私たちをアイドルにしようとしたのなら。
――もうきっと、答え合わせの時間だよ。
「……えっ」
お姉ちゃんの発言にママは驚いていたが、無理もないと思う。
「……ママはいつかは教えてくれるって言ってくれたけど、私たち、ずっと考えてたんだ。私たちのお父さんのこと」
お姉ちゃんは先ほどの私のようにママの胸におでこをくっ付けるように俯いていて、どんな表情をしているのかは見えなかった。けれどどんな表情をしているのか……私にはなんとなく分かった。
「……そっか」
ママは優しい笑顔で、優しい手つきで、お姉ちゃんの頭を撫でた。
「椛ちゃんと月ちゃんは、気付いちゃったんだね」
「……そうじゃないかって思いついて、もしかしてって色々考えて……でもどうしても、どうしても分からないことがあって……そうじゃないかって、言い切れないの」
「そうね……きっと今の椛ちゃんと月ちゃんには難しいことが、色々とあるの。話してもきっと分かってもらえない
「「っ……」」
思わず息を呑んでしまった。例えそれが事実だったとしても……『ママが私たちには分かってもらえない』という言葉に、私たちの胸は少しだけギュッと締め付けられた。
「でも……きっとママも心の何処かで二人に気付いてほしかったんだと思う」
ママは再び、私たちのことをぎゅっと抱きしめた。
「ごめんなさい……ずっとずっと隠していて」
「……私たち、怒ってないよ」
「あと悲しくもないよ。それがママの優しさだって気付いてるから」
私たちもママのことをぎゅっと抱きしめ返す。
「でも、だからママは私たちをアイドルになってもらいたかったんだよね」
「パパのことを気付けるように、パパとの接点が増えるように」
ママは優しく微笑んで……。
「……え?」
「「えっ」」
……首を横に傾げた。
……え?
・神谷旭は『神谷椛』と『神谷月』を知っている。