8:30 マジックフロンティア ゲート前
二人並んで今日の予定を再確認するために『マジックリゾート一泊二日のしおり』を読み返していると、スタッフの指示により列を詰めることになった。立ち上がってレジャーシートを畳んで片付ける。
「入園前に手荷物検査を受けないといけないのね」
「入場ゲートに並んでるつもりだったけど、ここは手荷物検査の列だったわけだ」
確かに先頭を見ると、手荷物検査所の先にもう一つゲートが見えた。
先ほど小さな子ども連れが少ない列を選んだ甲斐もあり、俺たちが並ぶ列はスムーズに進んでいった。
「……凄いな、ただ荷物の中身を確認するだけだと思ってたけど、ゲート型金属探知機にエックス線検査装置か」
「今は空港みたいに手荷物検査するのねぇ……」
勿論俺も楓も不必要なものは何も持ってきていなかったため、何事も無く通過。そのまま今度こそ入場ゲートの前に並ぶ。
「そろそろ入場チケットの準備もしないとな。ふぅ隊員、アプリの準備は出来ているか?」
「出来ています、ひぃ隊長」
昔は紙のチケットを駅の改札のように通していた。それがチケットに印刷されたバーコードを読み取る方式に変わり、そのバーコードもQRコードに、そしてアプリに表示されたQRコードを読み取る方式へと移り変わっていった。
「でも紙のチケットが廃止されちゃったら、スマホの操作が苦手なご年配の方の入場は難しいんじゃないかしら」
「一人のスマホに全員分のチケットを表示して一人一人入場させていく方法もあるけど、そもそも紙のチケットも残ってるらしいぞ」
流石にその辺りはしっかりと考えてあるらしい。
「……あれ? 向こうのゲートもう開いてるな」
「もしかしてアレが『アーリーエントリー』ってやつじゃないかしら」
「あぁ、ホテル宿泊者が少しだけ早く入園できるっていう……」
一部のホテルに宿泊することで15分だけ早く園内に入ることが出来る特典があるらしい。今回俺たちが泊まる『シャングリラ』もその対象なのだが、俺たちがその特典を利用できるのは今日ではなく明日である。
という話をしている内に、ついに開園時間だ。前方の入場ゲートから次々と人が園内へと入っていく。
(結構押されるな……)
入場ゲートに近づくにつれて人口密度が高くなっていくので、楓を俺の前方に配置してガードする。老若男女問わず楓の身体にゃ容易く触らせないぞ。
「………………」
だから楓さんや、ガードしてるだけでイチャついてるわけじゃないからこっちに身を預けようとしないで。前に進んで。
そしてついに。
9:10 マジックフロンティア・プラザ
「「入園っ!」」
ブラスバンド隊の壮大な演奏をBGMに入園。ついにやって来た、ここが『マジックフロンティア』である。七つの海をイメージしたテーマパークではあるが、残念ながら入園した直後ではまだ海は見えない。海が見えるのはもうちょっと先だ。
「ひぃくん、写真撮りましょう写真」
「そうだな」
早く先へと進みたい気持ちがないわけでもないが、折角楓とのデートなので記憶以外の思い出もしっかりと残しておきたい。
というわけで、入場して直後の広場『マジックフロンティア・プラザ』の中央に鎮座する大きな地球儀を背景に自撮り。
「ひぃくんにリクエストがあるの」
「ん?」
身体を寄せ合い画角に納まろうとしていると、楓がそんなことを言い出した。
「こう、片腕で私を抱き寄せるように撮って欲しいの」
「……もしかして、入場前の続きしようとしてる?」
「ちょっと良かったから……」
久しぶりのガッツリとしたデートなので楓さんが浮かれていらっしゃる……。
「それじゃあ代わりにふぅも、顔の横で両手ピース頼む」
「……ちょっとポーズが私にしては可愛すぎないかしら」
「は? ふぅは可愛いんだが?(威圧)」
いくら本人でもそこは譲れない。楓は可愛い。
そんなわけでお互いの要望を取り入れた結果、俺が楓の肩を抱き寄せて、楓が俺の片腕の中で小さく両手でピースサインをする構図での自撮りとなった。撮影は俺。若干背後の地球儀が小さく映ることになってしまったが、カップルの自撮り写真なんてこんなものだろう。
「ひぃくん、その写真みんなに見せたいから私の方に送ってほしいな」
「オッケー」
みんなというのは事務所の飲み仲間だろう。メッセージアプリ経由で楓に送ると、彼女はそのままその写真をグループチャットへと載せた。後ろから覗き込んでみると、画像に添付したメッセージが『今日からひぃくんとお泊りデート♡』になっていた。うーんこの溢れ出るバカップル感。
案の定、川島さんや片桐さんたちからの返信が『楽しんでいらっしゃい、このバカップル』『お土産期待してるわよ、バカップル』で溢れかえっていた。今日も楓にお付き合いいただきありがとうございます。
さて、記念撮影も終わったところで、そろそろ本格的に『マジックフロンティア』を楽しんでいくことにしよう。
えっと、プロデューサーから渡された『マジックリゾート一泊二日のしおり』に従うと……。
「『まずはベンチに座ります』」
「何度読んでも凄いこと指示されてるよなぁ……」
何処かへ行ってくださいとかそういう類いではなく、まずは着席を要求されるとは思わなかったよ。最初にこれを見たときは落丁があるんじゃないかと疑ってしまったほどだ。
しかし当然、その行動の理由も書かれている。
「『二人分のチケットを一つのアプリで共有させてから『マジックエンジョイパス』の予約をしましょう』」
『マジックエンジョイパス』というのは、早い話が『アトラクションの予約』。あらかじめ指定した時間にアトラクションへ並ぶことで、通常よりも早く乗り場へと案内してくれるシステムらしい。
このシステムはありがたいことに無料なのだが、当然その利用回数は有限。一度に一つのアトラクションの予約しか出来ない上に、利用枠が埋まってしまったら終了してしまうため、まずは入園した直後に『絶対に乗っておきたいアトラクション』の予約をするのが鉄則……というのがプロデューサーからのお言葉である。
『マジックリゾート』のパーク内には、この『マジックエンジョイパス』の他に様々なアトラクションの待ち時間を減らすシステムが存在し、それらを有効活用することでより多くのアトラクションやショーを楽しむことが出来るらしい。
「ベンチに座れっていうのは、つまり歩きスマホをやめましょうってことなのよね」
「歩きスマホダメ絶対」
周りを見てみると、結構多くの人がスマホを操作しながら歩いている。恐らく俺たちと同じように『マジックエンジョイパス』を利用しようとしているのだろう。見ていると何人かが人にぶつかりそうになっていて少しハラハラする。
「それで、最初に予約するアトラクションは『ファンタジーフライトツアーズ』だったな」
これは楓と二人で話し合って決めていた『フロンティア』の大人気アトラクションで、魔法の飛行機『ファンタスティックフライヤー』に乗って世界各地を飛び回るらしい。最近『フロンティア』に来ていなかった俺と楓は初めて乗るアトラクションだ。
「確か早めの時間がいいらしいから、お昼前ぐらいかしら」
「となると……この『11:00~11:10』に予約するか」
10分刻みで予約枠が存在するらしいので、丁度乗り終わったらお昼になる時間帯を選択する。
「この予約時間を過ぎたら次の予約が出来るようになるのね」
『フロンティア』だけでなく『ランド』でも、今はこうして様々な予約をしつつその時間に沿って予定を考えていく必要があるらしい。これを『時間が制限されて窮屈』と捉えるか『予定を考えやすい』と捉えるかは人によるだろう。
「さて、予約も終わったことだし……そろそろ行くか、ふぅ」
「そうね、ひぃくん」
ベンチから立ち上がると、自然な動作で楓が俺の左腕に右腕を絡めてきた。二人でデートするときの基本ポジションである。
俺たちがベンチに座っている間も次々と入園してくる他のゲストの流れに乗って『フロンティア』の奥へと足を進めていく。
途中、入園してきたゲストたちに手を振って出迎えてくれるキャストたちに向かって俺たちも手を振り返してみる。変装しているので早々気付かれることはないだろう……と思いきや、何人か手を振り返したときの反応が違うキャストがいた。彼ら彼女らは『神谷旭』と『高垣楓』の存在に気が付いたようだ。
『フロンティア』の敷地内に建つ『ホテル・シャングリラ』の下を通り……。
「……わぁ!」
広がる視界の先に『マジックフロンティア』を象徴する『ヘスティア火山』が俺たちを出迎えてくれた。
「……冒険が始まるって感じで、よりワクワクしてきちゃった」
「そうだな。しかも最初の目的地があの火山なんだぞ」
まるで本当の冒険のようなスタートである。
今度こそ、本格的に俺と楓の『マジックフロンティア』での一日の始まりだ。
「………………」
「……あの」
「………………」
「……さっきの二人」
「仕事中よ」
「そ、そうでしたすみません……」
「………………」
「………………」
「……あさかえ尊い」
「!?」
「これがその写真」
「うわママ可愛い!!! パパ格好いい!!!」
「声でかっ」
「お姉ちゃん、この写真ウチの家宝にしない?」
「家宝でアルバムが一冊埋まっちゃいそうだなぁ」