女王蟻と放出系と女王蜂   作:ちゅーに菌

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ハクア青くなる

 

ミトさんが抱いていた赤ん坊がくじら島に来てからかれこれ3年の月日が流れた。俺が来てからは5年経ったという事だ。

 

俺の義弟というポジションに収まる今は小児の名前はゴン=フリークス。あの人間性は反面教師の鏡のような男ことジン=フリークスの息子である。ジンと同じように澄んだ目をしているのが何よりもの証拠だろう。とは言え目だけは綺麗と、目も綺麗では全く話が違うからな。ゴンには是非とも後者になって欲しいものだ。

 

ゴンはミトさんが母親の顔をしながら育てているので心配はないだろう。あの顔を見た瞬間、ああミトさんはもう終わってしまったのだな……と感じ、そもそもの諸悪の根源に有らん限りの憎悪を込めた一撃をどのような念能力の形にするかと考えながら、いつものようにハクアのいる穴へと向かった。

 

ちなみに俺は放出系である。念が発現したばかりの頃、何よりも先にモヤモヤボールとか呼んでいた念弾を形成していた辺りアホ程放出系に向いていると見える。

 

今日は午前中からいつものように洞窟内の急斜面を駆け下り、その先の非常に緩やかな下り坂を250m程進むと幾らか広めの細長い空間に出る。そこにはいつも通りやたらデカくてゴツいシロアリの女王っぽいへんないきものが鎮座していた。

 

『お帰りなさぁい』

「はい、ただいま」

 

頬擦りという俺が確りと纏をしていなければ表皮が削れそうな挨拶を済ませ、いつものようにハクアに食べさせるために念弾を作る。

 

『んー……今日は遠慮しておくわぁ』

 

ハクアとの生活で初めての言葉である。どこか悪いのではないかとハクアのやたら縦に長い身体の回りを4周ほどぐるぐる回ったが、目立った外傷はなく、顔色が悪いようにも見えない。虫の顔色なんて知らんが。ならばとハクアの巣の隅へと向かう。

 

明かりがなければ暗闇だというのに夜目が効くお陰で机、椅子、ベッドのマットレス、布団、枕等々が置かれておりハクアの巣は微妙に生活感の出てきている気がするが、そんなことは気にせずにベッドのマットレスに横になる。ここは一年中真っ暗闇で、ハクアが居るせいなのか動物どころか虫すら居ないために昼寝には持って来いだったりするのだ。

 

と言うわけで仕方がないので少し眠る事にする。昨日はミトさんに隠れて遅くまでJS2《ジョイステツー》をやっていたので寝不足なんだ。

 

ベッドに入って瞼を瞑ると、そう言えばいつも絶でいるためハクアのオーラをまだ見たことがない事をふと思い出した。この空間を埋める巨体のハクアと普通に接する事が出来るのは、あり得ないほどにハクアの存在感が限り無く薄いからということが大きい。小鳥ぐらいの気配に感じるのである。気を抜くとハクアがいることを忘れる事さえもある。まあ、これだけでもとんでもなく卓越した念能力者だということは何と無くわかるので、今更追及するような疑問でもないか。 ねむねむ。

 

『今日で"3年目"だわぁ…』

 

眠りに落ちる寸前に何だかとてつもなく重要な事をハクアが言った気と、何かが鈍く弾けるような重低音が響いた気がするが、寝る寸前の俺の気に止まるような事では無かった。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

ここから遠く離れた場所と時代に暴虐の限りを尽くした女王がいた。女王は種族の王である事を遺伝子に刻み込まれた生まれながらの王女である。

 

だが、王女には不満があった。それは王女には十数体の姉妹がおり、また同じ種族でも血の繋がりの無い女王がきっとこの広い世界の何処かにいる事だ。故に彼女は未だ王女でなく皇女。王女はそれが気に入らなかった。

 

王女は考えた。自身が満足が出来る程に女王が女王足りえるにはどうすれば良いのか。そして、考えた末に王女は最も単純で、最も放逸的な名案を閃く。

 

"女王という名称がただの1匹を指すようにすればいい"と。

 

この日から王女の独善は己以外の全てに向けられたのだった。

 

 

植物兵器ブリオンの守る古代の迷宮都市にて唯一持ち帰る事に成功した正体不明の伝記序章より抜粋。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと暗闇だった。ここにいる以上は当たり前であるが寝惚けた頭を多少混乱させるのに一役買うぐらいの効果はある。

 

寝起きのお陰で辺りは暗闇。目を擦りながら慣らしていると違和感に気が付く。

 

ハクアの巨大な何かが揺れ動くような気配がないのだ。気配を凝らせば直ぐに見つかるハズのそれがない。

 

俺は冷や汗を流す。ハクアが地上に出ていたとするのならくじら島はB級パニック映画さながらの光景になるだろう。その映画で俺は原因を持ち込んだ者という中盤で殺されそうな役回りだろうか。

 

阿呆な事を考えて現実逃避している場合では無いが、まだ眠気も抜けきらないままかつ冷や水を背中に流し込まれたような気分により、近くにまだいるのではないかと考え、円を広げて確認した。

 

俺の最大範囲は4年強の修行の結果、現在のところ"200m"程度。ハクアに言わせればターム族のただの戦闘兵ですらもう少し広いらしいので、俺の円は念能力の平均以下のクソ雑魚ナメクジなんだろう。悲しい限りである。

 

そんな俺の円は不思議なことにハクアのオーラを捉えた。だが、その捉えた場所により目が点になる。そこは俺が今半身だけ起こしているベッドで、俺が寝ていた場所の反対側だった。

 

身体を返し、夜目が多少効いてきた眼でそこを見つめると布団が何故か人がひとり入れそうな膨らみが出来ており、それが静かに上下しているのがわかる。

 

俺はベッドから手を伸ばして、ベッドの枕元にくっつけるように置かれた机の上にあるカンテラに明かりを灯し、ベッドの周囲が照らされる。そして、恐る恐る布団の謎の膨らみに手を掛けた直後、俺はそれに釘付けにされた。

 

蒼く澄んだ細身ながらも出るところは確りと出た身体。

 

エメラルドが輝いているのではないかと錯覚を覚える程に艶やかな長髪。

 

カゲロウのような薄い琥珀色の4枚の羽を背中に生やしている。

 

「んっ……あらぁ?」

 

暫くそのまま硬直していると、彼女は身体を起こして俺を見つめて嬉しそうに頬を緩めた。

 

彼女瞳は羽のそれの更に深い琥珀に染まり、吸い込まれそうな程に妖艶な瞳がこちらを見つめる。そして、小さく笑みを浮かべると静かに口を開く。

 

「おはよう私の愛しい人」

 

それはいつも直接頭に響いてくるハクアの声と同じ抑揚で同じ声色をしていた。ただ、明らかに違うところは頭に響くのではなく、耳で声を感じ取れている事だ。

 

「ハクア……なのか…?」

「私よぉ」

 

ハクアはしなやかな腕を広げ、その腕には些か不釣り合いに映る鋭利な五指を背中に回すと壊れ物を触るように抱き締めて、その頬を俺の頬に当ててスリスリと頬擦りする。

 

あ、これ間違いない。ハクアだ。

 

「いったいお前に何があったんだ…?」

「んー? 進化したのよぉ。あの身体じゃ色々不便じゃなぁい」

 

いや……確かに明らかに不便な身体ではあったとは思うが、これは進化とかそういう次元じゃないような…。

 

「…ふふ、うふふふふ…」

「楽しそうだな…」

 

進化前のハクアのハグは固くて鋭くて痛かったが、進化後のハクアのハグは柔らかくてすべすべしていて豊かな膨らみが軽く潰れるぐらい抱き寄せて来るので別の意味で大変である。

 

「だっていつもみたいに抱き着いても照れるだけで嫌がらないんですものぉ、とっても嬉しいし楽しいわぁ」

 

ああ、一応嫌がっていたのはわかっていたのか。止めてくれる様子は全く無かったが。

 

そのまま暫く、美人になったハクアは非常に嬉しそうな表情で俺に抱き着いていたが、昔よりは数段マシどころか悪い気もしないでもないのでそのままされるがままに暫く過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1992年5月16日

 

今日ハクアが羽化というか進化した。デジモン並みの超進化である。夜鷹の夢は名曲……あれ? ゾイドだったか? まあ、いいや。反戦思想はイマイチ理解不能だしな。

ハクアは3時間ぐらい俺を抱き締め続けた結果、日が傾く時間に俺を解放した。するとハクアは5年振りに外出するとの事である。ハクア大地に立つ。

冗談はさておき、ハクア曰く折角身軽な身体になったので1ヵ月間留守にして巣のリフォーム材料を取って来るらしい。どうやら巣は気に入っていた様子である。

1ヶ月では精々"あなた達の世界の外の湖沿岸部"を回るぐらいしか出来ないから心配はいらないとも言っていたので、進化しても不思議ちゃんなのは変わらないらしい、相変わらず言っている事がわからん。宗教概念かなんかの話なのか。

空に消えていったハクアを見送りながら考えても見てみれば、ハクアというデカいペットのようなモノのお陰で5年間毎日オーラを枯渇させ続け、餌やりのような事でくじら島をほぼ離れられなかった俺には久し振りの活動期間となる。

良い機会だ。故郷に置いてきた"カエデ"をくじら島に連れて来てみるのも良いかもしれない。ここの島民ならば"カエデ"を受け入れてくれるかもしれない。まあ、とりあえずは明日にでもミトさんに話してみるか。

この辺りで日記を閉じようと思ったのだが、そう言えばハクアが、念の修行に使えそうな"丸い頭に人型の身体をした植物兵器"を持って帰ってくると豪語していた事を思い出したので書き留めておく。どうやらハクアはサイバイマンに伝があるらしい。戦闘力1200に勝てるように修行は怠れないな。ハクアの念能力絡みの事は比較的信じれるので何かしら持ってくるのは間違いないので今から楽しみだ。

 

マコの為にドリアンを買ってきたのだが、割ってみると想像以上にアレだった。台所にミトさんが飛んでくるレベルである。流石にこれはマコも食わんだろうから土に還そうかと考えていると、台所の網戸にマコが張り付いていた。匂いに釣られて来たらしい。その後、俺の部屋が数日芳しくなったが、マコが幸せそうだったのでよいだろう。

 

後、忘れそうなので今作っている自分の念能力を日記に書いておく事にする。そこそこ膨大な量の日記から見つけるのは困難だろうから丁度いい。

 

気弾(オーラバルーン)

念弾自体が自身の身体から切り離されていないオーラに直接触れていると、徐々に威力を増す念弾。その特性上、撃ち出しさえしなければボールのように扱う事が可能。

制約

①1度自身のオーラから切り離すとその気弾の威力上昇は止まる。

②1度切り離された気弾を再び自身のオーラに繋ぐ事は出来ない。

③最大容量の5%以上を気弾にオーラを込めると自身のオーラから離れ、自分以外のオーラに触れた瞬間に爆発する。

 

移動弾(いどうだん)

当たった場所へ自身を瞬間移動させる念弾を放つ。また、自身が何かを掴んでいる時に放つと掴んでいるモノを瞬間移動させる。

制約

①片手で持ち上げられないモノは瞬間移動出来ない。

 


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